禊
ヨクは杖を掲げた。
「時が来た! いまこそ力の解放を! タイさまの力を解き放ちたまへ!」
すると空からひとすじの光が杖に向かって叩きつけるように降りた。
ヨクはぐぐっと重心を低くし、その光を全身で受けた。光はどっかと重力を増した。
「うおおおおっ」
ヨクはまるで獣のような声を出し、叩きつけられる大岩のような光を支えた。
からだは高齢ではあるが、長年鍛えられた左足と両手の筋肉がぐっと大きくなった。
「お空さまの名のもとに!」
ヨクは杖を地面に突き付け、そのまま、ぐいっともたれかかるようにして、全体重を杖にかけた。しかし、杖は地面に突き立てられたまま、動かない。
「ぬおおお!」
(いましかないのだ。くっ。力が出ない。ああ、コウさま・・・)
ヨクの力はむなしかった。鍛えられた力とはいえ、あまりにも老いていた。
「ヨクさま!」
野太い声がした。ガンザンであった。ガンザンはその大きな体でヨクを抱きこむようにして、杖に、ぐん! と重力をかけた。杖はずぶりと地面に差し込まれた。
かっ!
杖は地の上に光を強く吐き出しながら、地の下深く光を落としていった。
そこからまるで爆発でも起こしたように、閃光が飛び出した。あまりの光の強さに、ヨクもガンザンも目を瞑った。
(タイさま。御約束はお守りいたしました)
ふたりはからだが溶けるかと思うほど、光を一身に浴び続けた。するどい風が吹き荒れ続ける。
すると、周りのやみひと、どころか、中央一帯のやみひとが次々に消されていった。
「おお!」
近くにいた者たちはただ、あっけにとられて見入った。
「これは」
「ゲンさまの光?」
「いや、それ以上だ」
「お空さま!」
「お空さまの御力じゃ」
ヨクとガンザンはばったりと倒れていた。
ガンザンはヨクを抱きかかえるようにして、倒れていたが、やがてむっくりと上半身を起こした。そして目を見はった。
「おお! なんと美しい! ヨクさま、ヨクさま! ご覧ください! やみが、やみが、一度に消えていきます」
ガンザンは見晴らしのよい御堂から、中央の地のやみがずいずいと祓われている様子を目にし、感動を覚えていた。濃い霧が、台風で吹き飛ばされていいくかのようであった。
「ヨクさま、ああ、よかった。ヨクさま! ありがとうございます」
しかし、ヨクは応えなかった。ガンザンは、はっとしてヨクを見た。ヨクは目を開けていた。
「ガンザン・・・」
「はい!」
「いままでよう、すけてくれた。世話になった」
「な、何を! これからもお助けします。ですから、そんな・・・」
ガンザンは、ヨクのからだが軽すぎることに気付いた。既にヨクは、からだの力を使い果たし、とっくに死んでいてもおかしくないことを改めて感じた。
「ヨクさま・・・」
「空の国を、皆を頼む・・・。ガンザン、熱き灯よ」
ガンザンは大粒の涙を流しながら、ただ小さなヨクのからだを抱きしめた。
ヨクは目を閉じた。
「おおお。美しい、美しいのう。広い、広い、レンゲ畑じゃ・・・」
ヨクは、すううー、と大きく息をついた後、呼吸をしなくなった。ガンザンははっとして、
「ヨクさま! ヨクさま!」
と、小さなからだを揺さぶると、しばらくしてまたヨクの口から、すううー、と息が出た。ガンザンは、再びヨクが呼吸を始めることだけを信じて、か細い肩を揺さぶった。
「ヨクさま! ヨクさまあ!」
ヨクは動かなかったが、また一つ、すううー、と吐き出すような息をした。
それきりヨクの息は絶えた。
ガンザンはそれでもヨクの名前を呼びながら、肩を揺さぶり続けていたが、はたと手を止めた。
ヨクの最期の息が淡い灯となるのを見たからであった。
灯はひらと空に漂い、すっと消えた。
ガンザンは涙に濡れそぼった瞳で、消えてしまった灯を呆然と見続けた。
やがてがっくりと肩を落とし、ガンザンは腕の中のヨクを見た。
小さなからだは、小さな手足を縮めるようにして死んでいた。それはただの木片のようであった。




