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空の子  作者: そうじ
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土橋の里

 一方、ゲンはコウよりも一時ほど早くから動いた。

 ゲンの警邏担当地域は北麓村から東浜村である。西麓の案内役に誘導されながら、北麓村の中心の里、土橋に向かった。

 土橋の里は昔から北麓村の村長が在する里である。ここにはひときわ大きく端正な建物がある。その建物の奥の一室に北麓村の大長老テルイの作業場があった。その建物は「御館おやかた」と呼ばれ、村役、祓い師、技術者などの有力者が多く出入りする。

 テルイは国の創造物を司る最高責任者ともいうべき存在で、北麓村をものつくりの村として組織的につくりあげた。齢七十三。ものつくりの才能、行動力、先を見通す力が抜きんでており、北麓村の司令塔であった。西の最長老ヨクよりもふたつ年上でありながら、すらりとした容姿で足腰のしっかりした老婆である。いまでこそその顔だちは老いさらばえているが、若い時は涼しい目をした美人であったろう。長く白い髪は端正に編みこまれ、べっ甲の髪どめがひとつ施されている。七十を超えてなお髪の量はじゅうぶんで陶器のような光沢があった。

 御館はかなり広いが創作物が散乱していて足の踏み場がない。なのにそこにはいつも技術者、創作者などがたむろしていた。いわばテルイのサロンである。その中に村役や祓い師も加わり、会議を開くときはもちろん、そうでないときも人が集まるにぎやかな場であった。

 

 今日の御館はいつにも増して騒然としていた。なにしろ「昨夜、巫女さまふたりがやみと闘い、さらにサクさまはやみに入られ、御所ごしょが呑まれた」というのである。

 しかし皆には希望があった。なぜなら、

 「伝説の仙獣、ゲンさまが降臨なさった」

からであった。とにかくその話でもちきりである。

 その話を得意満面で話すのはもちろんウルクである。伝説の仙獣と直接話をしたとウルクは得意気に話し続けた。皆、目をきらきら輝かせ、うんうんとうなずいてはウルクの一言ひとことにわあっと声をあげて手を叩きながら喜ぶ。

 「ゲンさまのお姿は神々しいぞ。おからだに光をまとっておられる」

 「おおっ。光を」

 「その光をぶつけてやみひとをいっきに祓われるんだとよ。昨夜はコウさまをお助けになったんだ」

 「そりゃすげえ!」

 「だからサクさまは、この国の護りをコウさまとゲンさまにお任せになって自らやみに入られたんだ。サクさまの計画通りってことよ。なんの巫女さまが呑まれるわけがない。やみのやつらをばったばったとお祓いになってお帰りになるそうだ」

 「へえ!」

 「そういうことなのか」

 「ああ、よかった」

 テルイはそのやりとりを、なかばはらはらしながら、なかばあきれ顔で見つめていた。

 (ウルクめ。途中「他言するな」とお達しがあったことを口にするのではないかと肝を冷やしたが、サクさまのこともうまくごまかしたな。ものはいいようとはこのことだ)

 テルイはそう考えておかしいやら、情けないやら、複雑な気持ちになった。しかも事情を知っている自分さえウルクの話に聞き入ってしまう。語り方はなにも考えていないようでほんとうは熟慮しているのかとさえ思うほど流れがいい。この絶望的な状況において、最終的には巫女さまに忠実にかつ希望を持って動くいう意欲を引き出す。

 (ウルクが心底お空さまに通じているからできることだ)

 が、そのままにしておくと話が脱線していく。もう充分に熱が伝わったところなのでそろそろ本題に入らせないといけない。そこで登場するのが長老ソウイである。

 「サクさまがやみに入って行かれ、コウさまもおつらいだろうに『私についてきてほしい。空の国を守る』と気丈におっしゃった。もちろんコウさまについていく。のう、皆の衆」

 「おおう。もちろんだとも」

 この流れを受けてウルクは、さきほど西麓で行われた緊急会議での決定事項を具体化して伝えていった。

 これがいつもの北麓の伝達方法である。長老ソウイが作りあげた伝達方法であった。

 ソウイは齢六十五。二十五歳から北麓の長となり巫女を支えてきた。能力者であり、祓い師として北麓村ではいちばんの実力者であった。

 ソウイは、ウルクが子どもの頃から目をつけていた。ソウイは建築設計の仕事に携わっていて、仕事仲間の息子がウルクであった。小さいときから祓いの力もさることながら頭の切れがいい。だが、いたずらを思いついては仲間を巻きこんで大人たちを混乱させ、叱られてもけろっとしている。もっといけないのは口が過ぎることであった。

 (あの悪ガキがほんとうに長になるからのう。世の中わからんもんだ)

 ソウイは、横でてきぱきと指示をしているウルクを見ながら不思議な気持ちでいた。ふとテルイをみるとウルクに吸い込まれるようにして話を聞いている。その顔をみるたびにソウイはウルクを長にしたときのことを思い出す。


 ウルクは成長するにしたがって落ち着いてきたし、十五になった頃から村役として力を発揮するようになった。祓いの力、統率力ともに申しぶんなかった。が、口達者とずうずうしさは相変わらずで大人たちに人気がない。しかしソウイはウルクが二十歳になったのを機に、四十二歳という若さでありながら長老に志願し、ウルクを長にするよう願い出た。

 長になるためにはその村の長老と各村長の推薦書を巫女に提出し、巫女が認定する決まりになっているが、実質は村の長老たちの推薦さえあればあとは飾りである。

 ウルクは特に長老たちに人気がなかった。第一に態度がずうずうしい。叱られても平気な顔である。第二に口が過ぎる。おしゃべりなやつは行動が伴わない。第三に若い。ウルクでなくても、この若さでは反対だ。第四に・・・。きりがなかった。そこを押してでもソウイはウルクを長に仕立てあげたいと思っていた。ソウイには強い思いがあった。

 (テルイさまの思いを形にしたい)

 ただそれだけであった。

 テルイは能力者ではない。しかし優秀な祓い師であった。非能力者で祓い師になるのは稀である。多大な努力と根気。そしてなによりも強い信念が必要である。テルイにはその強い信念があった。

 テルイは北麓村の長として、途中からはソウイを長にして自分は長老となり、北麓村の改革に取り組んできた。結婚もせず子どももいない。北麓村のためだけに生きてきた女性である。

 職人の集まるこの村は各職人の感性とこだわりを大事にしていた。それだけに職人の作風を重んじ、各自が自由奔放で統一感がなかった。そこに一本筋を入れたのがテルイである。中心に「空の国」という筋をいれた。

 「空の国のため」

 そうすることがお空さまのご意向なのだと意識を植えつけていった。

 自分のためにと思うより、誰かのためにと思ったほうが職人たちの仕事の効率があがり、生き生きとした創作ができていく。「北麓のために」という狭い範囲でとどまらず、他の村のために、空の国のために、巫女さま、お空さまのために、と広がれば広がるほどいい仕事ができる。結果、空の国全体が活気づき、人々の生活が豊かになっていった。

 とはいえ因習というのはいちどにぬぐえない。テルイが目指しているものは「空の国のために動く北麓村」が根付くことであった。

 そんなテルイを敬愛し、テルイのために働く者が数多かった。

 ソウイもその中のひとりである。ソウイは、ウルクを使わない手はないと考えた。

 ウルクは口が過ぎるがあの語りは人を惹きつける。感動がじかに伝わってくる。あいつのまわりにとりまきが多くいるのも、あいつの感動が伝わって元気になるからだ。その人気は北麓村にとどまらず他村にも聞こえていた。そしてなんといってもお空さまに対する信仰心があつい。空の国のために動く北麓村をつくるにはもってこいの素材であった。

 その強い思いを持って、ソウイはウルク嫌いの長老たちをなだめすかし、なんとか北麓村の長に仕立て上げたのであった。


 ウルクの背後をすすっと横切るものがいた。三十なかばの女性である。物静かないでたちで音もたてずに大長老テルイに近づく。

 ウルクの妻カツアであった。カツアはソウイの長女。大長老テルイの側つきであり、テルイの手足となって働いている。

 ウルクは妻に気づかぬふりをして会議を続けた。ソウイも知らんぷりを決めこんで茶をずずっとすすった。ウルクがちらっとソウイをみるとソウイと目が合った。ふたりともふき出しそうになったが、我慢して役を演じた。

 (恒例のやりとりがはじまるぞ)

 とでもいった目つきでソウイが眉をあげてまた茶をすする。

 (またですか。最近多いですな)

 とウルクも口を曲げてみせた。

 カツアはそっとテルイに忍びよる。ウルクとソウイ以外の者は特に気にしたふうはない。カツアはテルイの側つきであり、この場にいて不思議はない。また、場は人と物で埋めつくされているし、ウルクは次々と皮肉まじりで指示を出しまくるし、それどころではない。

 そのようすを確認してカツアはテルイの前で膝をつき、

 「テルイさま、ヨクさまがお呼びでございます」

 とそっと耳うちした。

 「そうか。ヨクさまは御堂みどうか」

 「さようで。外に羽犬を待機させております」

 「うむ。わかった」

 短くうなずくとテルイはさっとたちあがった。

 するとソウイが、

 「あら。テルイさま、どこへ」

 ととぼけて見せた。テルイは軽く舌うちをした。

 「いや、疲れたからな。休ませてもらおう。あとは任せるぞ、ソウイ」

 「テルイさま、ずるいですぞ。これからテルイさまの分の仕事を伝えるところだったんですぞ。のう、ウルク」

 ウルクは内心うきうきして返答した。

 「そうですとも。北は年寄りをいたわるという慣例はございませんよ。そうお決めになったのはテルイさまご自身ではございませんか」

 いつものふたりの軽口であった。

 「わかっておる。川口にいって今回の決定事項を伝えてこい、というんじゃろ」

 「おお。あそこの者どもはテルイさまがいけば、いちころですからなあ」

 ソウイが白々しくはやす。

 「そうそう、さすがはテルイさま。私がいわずともお察しいただけるとは、うーん、参りますなあ」

 ウルクがやたらうれしそうである。

 「そうじゃとも。だからおまえたちも無駄口はたたかんことじゃな」

 テルイはせめてもの反撃を残して、そそくさと部屋をでていった。


 川口は川端の里にあり、施工担当つまり土木建築作業をする肉体労働者が多い集落である。通常なら川端の里長や里役が通達するのだが、今回は里長の上役である村長もしくは村役が担当することになった。というのは、今回の通達は人々の生活を無視して避難を強要する内容であり、しかも現在、川口では川堤の修復が行われていて、土橋の里からも多くの肉体労働者を集めているからである。しかしいかに村長や長老といえど、ウルク、ソウイといった設計あがりの者は施工者に嫌悪されていることが多く、けんかになる可能性も高い。

 だがテルイなら話は別である。北麓村の大長老であり祓い師としても実力者である。しかしそれよりもテルイが空の国一の設計技術者であるということが一番の理由である。テルイはいまでこそ主だった設計は担当しないが、かつての施工者たちにとってテルイの元で働いたことは、たとえ石運びだったとしても誇りであった。テルイの仕事は大がかりなものばかりであった。北麓村の象徴となっている御館の建築もそうである。その仕事の内容を、いまでは技の師匠となった者たちが弟子たちに自慢げに語り続けるのである。そのテルイの話を彼らが聞かないはずがない。

 

 部屋の外にはカツアが待っていた。

 「ソウイめ! 内密にするようあれほどいい聞かせたというのに。のう、カツアよ、ほんにおまえもソウイなんぞの娘に産まれて苦労するのう」

 カツアは静かに笑うだけである。

 テルイはカツアとともにそれぞれの羽犬に乗り、羽犬は南の空へ飛来した。

めざすところは川口、ではない。御堂である。

 テルイは後ろをふりむきながらカツアに声をかけた。

 「カツア、悪いがな、川口に向かってくれぬか。わしもあとでいく」

 「かしこまりました」

 「あ、ウルクにはいうなよ」

 「心得ております」

 「ふん。あやつのことじゃ。すでに予想はしておろうがの。のう、カツアよ、ほんにおまえもウルクなんぞの妻になって苦労するのう」

  カツアはまた、静かに笑うだけである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ゲンは風雅な建物を見つけた。

 ここが御館だなとわかった。巫女の田舎屋とは比べものにならない。ほんとうは巫女は大事にされていないのではないかと疑問に思ったほどであった。

 屋根の線は丸みを帯びてたわむような姿に整えられ、装飾も華美ではないがまわりの自然に溶けいるようで美しい。御館と呼ばれるその建物のまわりにはいくつもの松明がたちならんでいた。空はまだ明るさを残してはいたが、雲が黒いたなびきをみせていた。

 ゲンは静かに降りようとした。まだうまくからだを扱えない。気をつけないとまた、ずしん、と音をたててしまう。下をみて徐々に距離を測ろうとして驚いた。

 大勢の村人がわあわあいいながら外で手をふっている。しかも幡を持っているものさえいる。

(そうか。あのウルクが長なんだ。きっとオレがくることを吹聴したんだろう)

 下では大騒ぎであった。

 「おお! ウルクのいうとおりだ! 光っておられるぞっ」

 「きゃあ、かっこいいわー」

 年寄りたちまで集まり、涙を流してひざまずき、手を合わせて拝んでいるものもいる。

 「お空さま、ありがとうございます、ありがとうございます・・・」

 「おおおい! ゲンさまあ! ゲンさまあ! おおい、おおい!」

 そうか。村人をなるべく一か所に集めるといってたし、それで集まっているんだな。それにしても幟を持ってきてふることはあるまい。歓迎はうれしいが遊びにきたわけではない。

 ゲンはげんなりとした。そっちに気持ちがそれてしまったために降りるのにタイミングを間違ってしまい、また、

 ずしーん!

 と、音をたててしまった。あたりはどどっと揺れ、木の葉がはらはらと舞い、ゲンのからだのまわりに浮遊する。

 「おお!」

 「神々しいお姿じゃ!」

 皆、大喜びであった。

 「ゲンさま、はじめまして。私は・・・」

 「あ、ずるい。俺が先にいうんだ」

 「私も、私も」

 いかにも空人らしい明るい雰囲気である。大人も子どもも競ってゲンにくっついてきた。

 その大騒ぎをウルクが背後で見ている。にやにやしながらとめようともしない。

 その横にはソウイがいて、こいつも楽しそうである。ゲンが困っているのをおもしろがっているかのようであった。 

 そこに二頭の羽犬がすうっと降りてきた。長老のテルイとカツアが乗った羽犬であった。テルイは老婆であり、動きがはやいわけではない。が、このときばかりははやかった。たたたっと走りながら懐から扇子をおもむろにとりだし、ソウイとウルクに近よる。

 「やあ、テルイさま、お帰りで」

 とにやついて腕組みをしたソウイとウルクの頬を扇子で思いっきり、ばちっばちっとはじいた。

 「こりゃあ! なにやっとんじゃあ、バカタレどもが! はよういってとめんか!」

 「うひゃ、これはお怒りだ。はいはい。いってきます」

 ウルクは一生懸命走るフリをして足踏みをした。ソウイはげらげら笑っている。

 「ソウイ、ふざけるのもいい加減にせんか。ほれ、ウルク、いかんか」

 「合点承知!」

 ウルクは逃げるようにしてゲンのもとに走っていった。テルイはなだ怒りがおさまらず、扇子を持つ手がぶるぶると震えていた。ソウイが苦笑しながらテルイをなだめた。

 「まあまあ、テルイさま。皆の志気があがればそれでよいじゃないですか。ははは。ほーら、ゲンさまもうれしそうじゃあ」

 「・・・阿呆め!」

 「ははは。テルイさま、一瞬、納得されたでしょ」

 「ふん、おまえのいうことなんぞに納得するか」

 テルイは実は納得した。

 ああ、皆、なんという喜びようだろう。おお、ゲンさまがおからだから癒やしの光をだしておられる。お空さまの力を直接お出しになってそれを我らに直接いただける。こんなことはいままでなかったのだ。感動で胸がしめつけられる。これで我らも希望を持って生きることができる。  

 するとカツアがすっとテルイの横に現れた。羽犬たちに水を飲ませてから戻ってきたのであった。

 「ではテルイさま。ただいまからゲンさまの案内をしてまいります」

 「うむ。よろしく頼む」

 「かしこまりました。失礼いたします」

 カツアは無表情でそういうと、すすっと音もたてずにゲンに近寄っていった。

 ソウイがため息をつく。

 「はあ。なんで、あんなおもしろうもない大人になったかのう。我が娘ながら情けない」

 「なにをいうとるか。ようできた娘じゃ。おまえの娘とはとうてい思えん」

 「そうでも、もっとこう、なんというか、心の奥底から感情を表現するっ!」

 といってソウイは両のこぶしをぐぐっと握りしめ、そのあとまた、はあっと力をぬいた。

 「・・・という、そういう娘であってほしかった」

 「その期待通りの娘なら小河原にひとりおるじゃろうが」

 ソウイは気まずそうに笑った。

 「はあ。あれはまあ、そうですがね」

 「なんじゃ、まだ話をしとらんのか」

 「ええ、まあ」

 ソウイの勢いが急に萎えたのでテルイは小気味よかった。

 「ふふん。ま、よい。とにかくカツアは、おまえやウルクの近くでいちいち感情を表現しよったら身が持たんと思っておるんじゃろ」

 ソウイはじっとテルイを見た。

 「テルイさまは、よう感情を表現なさいます」

 「かなり感情をおさえとるのがわからんか。丸うなって艶が出てきとるわ。おまえらに鍛われたおかげで秀逸の一品に近づいとるのう」

 「なにをおっしゃいますか。私がテルイさまの創作物ですよ」

 「ふん、失敗作じゃ」

 テルイは笑った。

 湿った風がふたりをなでた。

 「で? ヨクさまはなんと?」

 ソウイが小声でいうとテルイもそれに倣った。

 「焦るな。コウさまからお達しがある」

 「えっ、コウさまが」

 「しっ。声が高い」

 ソウイはこほんと咳払いをし、重たくなった空を見あげた。

 「こりゃ、どうやらひと雨きますな」

 「ただの雨ならいいがの」

 テルイはからだをひるがえして建物の中に入っていった。

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