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空の子  作者: そうじ
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アデ、登場

 気が付けば、そこは闇に沈んでいた。母の肉体はすでに息絶えていた。

 背後から、

 ずるっ

 とはいずるような音が聞こえてきた。コウは、

 「去れ!」

 と一喝した。

 サクのからだを喰おうと近づいてきた「妖のやみひと」である。やみひとは、コウの恫喝に遭い、一瞬ひるんだが、また、次々と這いずってきた。

 コウはすっくと立ちあがった。

 「私のいうことが聞けぬ、というのか」

 静かであったがおぞましい声であった。妖の「やみひと」たちはひるんだ。しかし、引こうとはしない。コウは怒りで震えた。

 「聞け! 我こそは、やみの神、一の子コウである! 我に従わぬ者は消されると思え!」

 やみひとたちは小さく悲鳴を上げて、こそこそと姿を隠した。

 コウは微動だにせず、竹林の奥を睨んだ。

 「妖の意識体を操っているのは、おまえか」

 答えはない。ただ、竹がさわさわと揺れた。

 「母上のからだに触れることは許さぬ」

 奥で誰かが笑う気配がした。

 「姿を見せよ。そこに潜んでいるのはわかっている」

 竹林の奥から、やみの粒子がうなる。

 ずず、

 やみの粒子が音を立てる。

 ずおん。

 「いやいや、感動いたしました。実に美しい母子愛でございましたなあ。お久しゅうございます、コウさま。それとも、『母上』とお呼びした方がよろしいでしょうか」

 「おまえは私の子ではない。ただの影だ」

 「おや。このアデをお忘れのはずがございません。さきほども『紋白蝶』と言われたではありませんか」

 コウのこめかみが怒りでつりあがった。

 「おまえっ・・・、アデの記憶をのぞいたな」

 アデは冷たい笑いを見せた。

 「『紋白蝶』のくだりは、まことに美しい記憶でございましたなあ。あの冷徹なコウさまが聖母に見えました。で? サクさまともご一緒に『紋白蝶』をご覧になったのですか。ほうほう、サクさまの聖母ぶりも拝見しとうございましたなあ」

 コウは怒りに震え、短い髪がぞわっと逆立った。

 「それ以上の侮辱は許さん」

 アデはわざと身をすくめて見せ、口の端をゆがめたまま、にやりと笑った。

 「おお、怖いお顔をなされて。私をどうなさるおつもりで?」

 「去れ。すぐにゲンが来る」

 そうはいったものの、コウには念話でゲンを呼ぶ体力が残っていない。

 「それはそれは。わざわざお教えいただくとは。わが子は影でもかわゆうございますか」

 アデはにやりと笑った。

 「おまえは、いずれ私が消す」

 「たったいま、母上に消されてもよろしゅうございますが?」

 「・・・」

 コウは、情けないことにこたえることはできなかった。

 コウの体力は限界であった。さきほどのサクとの戦いによって、ほとんどの体力を使い切っていた。立っているだけでやっとの状態であり、ひざががくがくと鳴っている。

 「そうでございましょうとも。ここで私をも殺せば、母上は『母殺し、子殺し』でございますからなあ。サクさまもすでに『母殺し』でございましょう? いやいや、心身ともにお美しい巫女さまがそれではいけません。もしも空人に知れたらどうなることやら」

 コウの背中から怒りがこみ上げた。

 「しゃべりすぎたな」

  

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 そのころ、チャルラは出血多量で体力を失いかけていた。飛ぶこともままならなく、羽を広げたまま、崩れるようにして地上に落ちた。

 ゲンは滞空してそのさまをしばらく見降ろしていた。

 (チャルラはこれ以上動けない)

 そう見極めるとゲンも地上に降り、チャルラの近くに歩みを進めた。チャルラはどうやらゲンを見ているようだが、ゲンはチャルラの目の力を警戒し、目を逸らしていた。

 「また、急所を・・・外しましたね」

 チャルラは息も絶え絶えになっている。

 「おまえのいうことはわかっている。甘い、といいたいのだろう」

 「ふ、ふ。いいえ。そんなこと、・・・ではありません」

 「もう行く。おまえはじっとしていろ」

 「間に合いませんよ・・・」

 「コウはオレが助ける」

 「あなたはまた・・・、そんな戯言を。・・・まあ、そこが私は気に入っているのですけど」

 (気に入っている? オレを? チャルラが?)

 ゲンは思わすチャルラを見たが、はっとして目を逸らした。

 「ふふ。そんなに警戒しなくても、もう・・・時空を操る力は・・・ありませんよ。わかっているでしょう」

  目の色は黒である。

 (確かにそうだ。いま力を使えば、そのからだは確実に死ぬ)

 「あなたは甘い。来世からは・・・、私の部下にしないよう、うえに・・・申請しなければね」

 「オレからも申請するさ」

 「ふ、・・・ふ。ほんとうに甘い」

 そのとき、チャルラはにやりと笑った。

 (し、しまった!)

 ゲンが悟ったときはもう遅かった。チャルラの目が青く光り、徐々に緑になっていく。ゲンは目を見開いたまま、金縛りにあったように動けなかった。ただ、嘲笑っているチャルラの目だけが脳裏を占めた。

 (ちくしょう! チャルラにまんまと騙された)

 目のまえのチャルラの顔が奇妙にゆがんで消えた。


 ・・・・・・・・

 

 気がつくと同時に、ゲンはやみの気配を感じ、全身の毛が逆立った。

 (ここは? オレはなぜここに?)

 人影があった。

 (コウ?)

 すると、やみがしゅうっと消えていき、コウと思われる影がばたりと倒れた。

 「コウ!」

 ゲンはすぐさま駆け寄った。

 (あっ)

 コウはサクの上に重なるようにして倒れていた。

 (サクは、・・・息絶えている)

 「ゲン、遅い。おまえはいつもそうだ」

 そういってコウは薄く笑った。声に力がない。

 ゲンは二人を光で包んだ。

 「ああ、・・・あったかい」

 コウはそういうと、ごほごほとせき込み、血を吐いた。

 「いかん。しゃべるな」

 「いいんだ。まだ、・・・死なない。ゲン、お願いがある」

 「なんだ」

 「私と母上を、・・・巫女の墓場に」

 「わかった」

 ゲンはふたりを乗せて、ゆっくりと飛び上がった。

 しばらく無言であった。コウは眠ったようだ。

 ゲンはじっと考えていた。

 チャルラ。今頃、あいつは息絶えているだろう。あの状態で瞬間移動の力を使うなど・・・。しかも、オレをコウのところに送り込みやがった。

 くそ! 今度こそ勝ったと思ったのに。これじゃ完全に「負け」だ! 死ぬ間際まで、なんて嫌みなやつだ!

 来世から部下にしないだと? ああ、もちろんだ。頼まれたってなってやるもんか。

 心の中で悪態をつきながら、ゲンは涙が出た。風に吹かれて涙が後ろに流れた。

 ゲンの涙がコウの頬にあたり、コウは目覚めた。からだが軽くなっている。サクのからだをしっかりと抱き、ゲンの背中に乗っていることに気付いた。さきほどから頬にあたるのは雨かと思い、コウは空を見上げた。

 空には星が無数に瞬き、美しい夜だった。

 コウは、母のからだをぎゅっと抱きしめた。

 コウがぐすっ、ぐすっ、と鼻をすすった。ゲンが気づいて声をかけた。

 「どうした。からだがつらいか」

 「いや」

 「泣いているだろ」

 「いや」

 母と闘い、母が死に、自分が生き残った。その母のからだをしっかりと抱いて、巫女の墓場へと連れて行こうというのだ。いくらコウとて精神的につらかろう。

 加えてコウの肉体は限界を超えている。下手に話をして、体力を使わせるのはいけない。このまま巫女の墓場に行って、サクの亡骸だけを置き、コウを連れて帰ることがはたしてできるかどうか。コウもそのまま亡骸となるかもしれなかった。

 祠に入り、迷いの廊下を歩き出した。しばらくすると、コウが力なくつぶやいた。

 「母上のお腹のあたりが、まだ温かいんだ」

 「そうか」

 コウは鼻をすすった。

 「母上は泣きたくなかったんだ」

 「え」

 「母上は、命が尽きる直前、『手を放せ』と言われた」

 「そうか」

 「私は手を放した」

 「放したのか」

 「きっと私の手もあったかいんだ」

 「そうだな」

 「母上は、あったかい手に甘えて泣くことを嫌ったんだ」

 「そうだな」

 「母上も泣いてしまえばよかったんだ」

 「そうだな」

 「泣いたら、楽になるのに」

 「そうだな」

 「私も、母上を泣かせてしまえばよかったんだ」

 「そうだな」

 「手を放しちゃいけなかったんだ」

 「そうだな」

 「私は、母上を楽にしてあげられなかった」

 「そうかな」

 「それだけの存在になれなかった」

 「そうかな」

 「うん。母上、ごめんなさい」

 コウはサクの背中にしがみついて、うっ、ううっと嗚咽を漏らした。

 「おまえは泣けばいいさ」

 「うっ。ううっ。でも、母上は『強くあれ』といわれた」

 すでにコウは鼻水を垂らして泣いている。

 「おまえは十分、強い」

 ゲンも涙目である。

 「うっ、うっ。私は強くなんかない、強くなんか」

 「泣かないことが強いことではない」

 「うん、でも」

 「じゃあ、我慢するか」

 「うん。うっ、うっ」

 ゲンは、コウに気づかれないように、こっそり鼻を、すん、とすすった。

 「我慢してないじゃないか。泣いてしまえ」

 「うん。ううう。母上、母上・・・。ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 コウは、かすれるような声で泣いた。執拗に許しを乞い、泣きながら、母のからだをしっかりと抱き、頬ずりし、しがみついた。まだ弾力を残す母の肌の感触が、さらにコウの感情を高ぶらせた。次第にコウは声を上げて泣きはじめた。まるで五歳のこどものように、コウは泣き続けた。いままで甘えることができなかった分を取り返しているかのようであった。

 ゲンも泣くのを精いっぱい我慢したが、涙があふれて止まらなかった。涙は光となってコウとサクを包み、迷いの廊下に広がり、祠全体に広がった。


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