決着
一方、講堂前。
恐ろしいほどの咆哮が聞こえた。
「うおおおおおお! きさまらあっ! 許さんぞおお!」
ガンザンであった。ガンザンはやみの襲撃を待たない。ガガを馳せて次々にやみひとを殴りつけていく。
凄まじかった。祈りもなく、ただ怒り狂った獣である。
左腕に喰いつかれれば、それを右腕で握りつぶし、足下で祓い師が食いつかれれば、上体をねじらせて足で蹴り上げる。
「全身に気を張れい!」
「おおおう!」
ガンザンのまわりには屈強な体躯の祓い師たちが並ぶ。
ガンザン率いる部隊は強力であった。講堂前のやみひとはことごとく祓われ、次々と勝鬨があがり、勝利は目前だと思われた。
そのとき、ガンザンの目の前からすうっとやみが消えた。
「え?」
講堂前が静かになった。講堂前だけでなく、中央の全体が水を打ったように静まり返っていた。
祓い師の中にはほうっと一息つくものもいたが、ガンザンは落ち着かなかった。やみひとの気配が消えているわけではない。
各堂の上にはそれぞれの将がぽつんと滞空したまま、ぽかんとした格好をしてガンザンに視線を送っている。
(風が止まった)
ガンザンは辺りを見回した。
一の修練堂を見ると、血まみれのウルクが、ララにからだを預けるようにして倒れ込んでいる。しかし、ウルクもただならぬ気配を感じたのであろう、上体をゆっくりと起こした。
診療堂にはセンキがいる。ガンザンの動きにだけ集中しようと、じっとしているのがわかる。
講堂からはよく見えないが、三の修練堂にひとり滞空している者がいる。体格からしてイクリであろう。
御堂は完全に見えないが、タイシが赴いたことはわかっている。
図書堂にはギル。ギルだけはガンザンを見ていなかった。なんらかの匂いを感じ取っているのだろうか。
二の修練堂と薬師堂に将はいなかった。エフム、カナク、やられたのか。
(モトン族の姿が見えない。大物のおでまし、ということか)
ガンザンの腕にぐっと力が入った。
ガンザンのもとに猛スピードでかけてくる者がいた。
「ガンザン! いかーーん! 下だあっ! 飛べっ、飛べえええ!」
図書堂にいるはずのギルであった。
(あっ)
ガンザンは即座に気づいた。が、遅かった。同時に並はずれた悪寒を感じ、からだが凍り付いたかと思った。
「うわああっ!」
と、ガンザンは叫んだつもりだったが、実際には声が出ていなかった。ガンザンはすぐにガガの手綱を引いたが、ガガも金縛りにあったかのように動かない。
どごーーん!
爆発音がしたかと思うと、地中から大きな黒い塊が飛び出していた。塊は迷いなく一点に向かっている。
一点に、ただ一点に。
ガンザンという灯を絶やすために。
とどめ。
ガンザンは瞬く間にやみひとに覆われた。
「うおおおっ」
こぶしを叩きつけると確かに、こぶしの分だけやみひとは消える。自分に迫ってくるやみひとを祓うには、あと何回のこぶしを振わねばならぬか。その向こうにどれだけのやみひとが迫っているのか。
ガンザンの力の限りの抵抗はむなしく、そのからだはガガごと一瞬でやみひとに取り巻かれていく。
ウルクもギルもその姿を見ながら、一歩も動けなかった。彼らもまた、やみひとの餌食となっている。
ガンザンの姿が、やみの奥底に沈むようにして、消えた。
祓い師たちは一気に士気が萎えた。
「ガンさんが・・・!」
「もう、だめだ」
腰をぬかし、膝をつき、顔を覆う。恐れおののくのではなく、あきらめであった。恐れというのは闘う意思があるうちの話なのだ。ガンザンという絶大な存在がいなくなった。それだけで中央はがらがらと音をたてて崩れていくようであった。
そのとき。
うおおおーーん!
という地鳴りとともに、爆風のような光が叩きつけられた。
辺りは一瞬で昼間のような明るさとなり、見えていなかった木々の葉まではっきりと見えた。
その爆風はことごとくやみを蹴散らしていく。
(ああ・・・。ゲンさまだ)
爆破の余波が中央の隅々にいたるまていきわたると、やみひとがちぎれちぎれになって消えて行った。
人々はまぶしい光に照らされながらなお、その光の主を仰ぎ見た。
ゲンのからだから光が放たれている。
光の源はその背。まぶしすぎて、そのモノが見えない。
しかし、人々にはわかっていた。
(コウさま・・・)
次第に光が途切れて、その姿が露見したとき、それは小さな少女であることがわかった。それがコウであったことに、改めて皆が驚き、おののき、涙を流した。
神々しい光がゆっくりと降ってきた。
ゲンの毛からゆるゆると光が溢れだし、辺り一面にはらはらと光の粒子が降りている。
いま、腕に喰らいついていたやみひとがしゅうっと消えていく。
からだじゅうにまとわりついていたやみひとがひらっと消える。
「ああ、助かった・・・」
「ゲンさまとコウさまがやみひとを消して下さったんだ!」
驚きと喜びの声が次第に大きくなり、勝鬨となった。
ゲンはコウを背に乗せたまま、中央の空を駆け回った。やみというやみがことごとく祓われ、神の光に照らし出された地はたちまち清浄の地となった。
あまりの明るさに、堂の中に避難していた村人たちはゲンとコウが戻ってきたことを確信した。
「ああ、助かったんだ・・・」
堂の中から人々を外に出そうとして、祓い師が護符をはがす作業に取りかかった。
しかし、コウは叫んだ。
「まだだ! だめだっ! 護符をはがすな!」
人々の緩んだ気持ちはもう取り戻せなかった。あまりの明るさにガンザンさえ呆然としている。
「ガンザン! とめろ!」
ゲンが叫ぶ。
ガンザンははっとして講堂前に飛んだ。
「イツキ! 護符をはがしてはならん! 人々を中に戻せ! ギル! 戻れっ、戻れっ!」
講堂前はイツキが急ぎ、図書堂へはギルが飛んだ。・・・が、間に合わない。診療堂や修練堂に至っては指令さえままならない。
「ゲン! 私はここで降りる! おまえは修練堂と診療堂へ飛べ!」
「わかった!」
コウはすとんっと降りて、たたたっと講堂前に走った。
ゲンは診療堂へ向かった。
(いかん! 声を張り上げたところで間に合わん)
ゲンは高く上空に飛び上がり、滞空した。
―――皆の者、落ち着け。
ゲンの声がずしんと地上から響いた。
頭蓋骨にぐわんと響き、頭を押さえて倒れる者も多数いた。
―――まだ外に出てはならぬ。やみひとはまだこの地にいる。
背後から聞こえてくるのかと振り返るものもいた。
―――急ぎ中に入り、護符を張りなおすのだ。
ゲンはいい終えるとひゅんっと診療堂に向かった。
気が解かれると、人々は我に返った。ここかしこで祓い師たちが慌てて叫び始めた。
「中に入れっ! やみが出る! 護符を張れっ」
こおお・・・・
遠くから不穏な音が忍び寄ってきた。空から聞こえた。
「なに? いまの音・・・」
弱い雷鳴かと思うものいた。が、そんな明るい音ではなかった。雲の上から何かが近寄ってくるような音。それは心臓に忍び寄る恐怖の音。
ひゃああっと引くような悲鳴をあげながら、恐怖で足がすくみ、転げ、ばたばたと倒れ込み、その上を我先に這いずって中に入っていく人々。
カリカリカリカリカリ、カ、カ、カ・・・
地下から確定的な音が鳴った。
講堂前ではコウがはっしとふんばり、声を上げた。
「構えいいいいっ!」
ゲンは診療堂前で構えた。怒りが抑えられず、
う、う、う
とうなっている。その姿のほうが恐ろしい。
ずずず、ずおおおん
と、音が響き、地からやみひとが現れた。
ゲンはやっと怒りを開放できることに安堵した。
うおおおお!
とうなり、光をぶつけるとやみひとが一瞬で消えていく。
「おお! ゲンさま! なんというお力」
祓い師たちがゲンの力に歓喜の声を上げた。
ゲンはやみの気配がすればすぐさま咆哮をぶつける。すると大量の光がか空から降り、ゲンのからだから発せられる。辺りはそのたびに美しく照らし出される。
一方、講堂前ではコウが力をふるっていた。
コウは祈りをささげ、手を高くかかげて光を降ろして、やみひとにぶつける。しかし、羽犬に乗っているわけではない。祓う範囲はゲンとくらべて狭い。コウはやみを感じて走っては祓い、また走っては祓うの繰り返しであった。しかもガンザンやイツキに指示を出す。声が届かない。
「コウちゃん! 乗って!」
「サイナか! ありがたい!」
サイナはシャシャを低く飛ばした。コウがシャシャに乗ろうとしたとき、背後にいた祓い師たちがぎゃあっと悲鳴をあげた。コウは後ろをふりむき、祈りを唱えると、空から大筋の光が降りてきた。
「はあああっ!」
コウは光を両手で受け止めてやみひとを祓ったが、反動でコウの小さなからだが後ろに飛んだ。
「コウちゃん!」
勢いよく吹き飛ぶコウのからだめがけ、サイナがまるでバッタのように跳ね上がって、コウのからだを受け止めた。少々距離が近かったのだろう、「ぎゃっ」とふたり同時に声を上げたが、サイナは無事にコウを抱きとめ、シャシャがすっと飛んできてふたりを救いあげた。
「よし! これならよく見える。サイナ! 左だ!」
「わかった!」
コウはサイナの前に乗って光を下し、サイナはコウを抱くようにしてシャシャを操った。
中央の地には、次々に稲妻が降りてきているかのような、大きな美しい光が繰り出された。
祓い師たちは血まみれのまま、自分の仕事を忘れてただ見入っていた。
やみひとは祓われた。地に清浄の気が戻った。しかし、さきほどのようにまたやみひとが現れるのではないかと、祓い師たちは気を緩めることができなかった。
サイナがコウを講堂前に降ろして、自身はそのままシャシャに乗って空に上がり、ぴゅうっと指笛を鳴らした。すると、モトン族たちがぞろぞろと姿を現し始めた。
ゲンが講堂前に降り立った。コウはゲンを見つけると駆け寄り、ひょいっと背に乗ってきた。
「ゲン、上に」
ゲンはコウを乗せて講堂の上に滞空した。
コウは右手を掲げ、すうっと息を吸って祈りをささげている。
「空の神よ。いまひとたび、我に力を与えよ」
空から一筋の光がコウの向かって降りてきた。コウは息を吐きながら右手を下ろした。光の海が波を打って中央全土に広がった。光は、生きている者、息絶えた者、ひと、羽犬、木々を包みながら、消えていった。




