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空の子  作者: そうじ
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御堂

 妖のやみひとたちは、診療堂前の死体の盾から一斉に離れ、飛びすさんだ。彼らは診療堂に見向きもせずに講堂に向かっていた。

 診療堂のまわりのやみひとたちも、つられるようにして行動に向かった。診療堂の上で闘っていたタイシは、自分の腕からすうっとやみひとが離れていくのを不気味に思った。彼らの行く手を見据えると、そこは講堂であった。

 タイシは講堂に向かおうと、自陣を指示しようとした、そのとき。

 ジャクルが慌てて駆けてきた。

 「いかんいかん! タイシさん! 御堂じゃ! 御堂に来るっ。でかいっ」

 「!」

 タイシは一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐに落ち着きを取戻し、振り返った。

 声が強くいきわたる。

 「コタイ班! 御堂西に配置。センキ班! 東の位置に! コウシ! 稲塚の祓い師を御堂本堂の前に配置! 廊下に見張りを四人、入り口に四人だ! 急げっ」

 「はいっ」

 タイシはいい終えると自らはすうっと上に昇った。

 コウシは兄の姿を呆気にとられて見ている。

 「コウシ! 何をぼうっとしているっ。持ち場に戻れっ」

 コウシはちっと舌打ちをしては御堂の中にかけいった。

 ちくしょう、いわれなくたってわかってるさ。

 兄さんはずるい。いつもそうだ。へらへらしてて、ふざけてて、いざというときはあんなふうに、父さんみたいに。

 父さん・・・。

 父さんは兄さんを特別に思っている。俺には目もかけない。いっつも兄さんのことばかり。俺のほうが努力してるのに。俺のほうが父さんのいうことをちゃんと聞いているのに。俺を全然評価してくれない。現場に行く回数だって兄さんの半分だ。俺だって。俺だってやれるのに。だいいち、本堂の中が俺の持ち場ってなんだよ。そりゃヨクさまの護衛だけど、護符に護られている場所じゃないか。

 本堂の扉を開けると、そこにはヨクとテルイ、そしてヨクの盾たちが控えていた。

 テルイはヨクの表情をただ見ている。ヨクは目を閉じ、険しい表情をして中央に置かれた椅子に座っている。盾たちは五人。いずれも老婆ではあるが、手練れの祓い師。外から、男たちの叫び声が聞こえてくる。そのたびに、本堂の中がはっとするような緊張につつまれた。

 どどん、どどん、と音がしている。タイシが率いる祓い師たちが闘っている音だろうか。

 コウシはただ降ってくるようなその音をからだに受けていた。

 すると。

 鳴り響いていた音が急に止んだ。

 (気が流れていない・・・。息苦しい)

 タイシは、全神経を窓の外に向けて様子を窺っていた。居合わせた者たちは耳をすまし、ゆっくりと顔を見合わせている。ヨクの盾、カスミが声をかけた。

 「ヨクさま、これはいったい」

 ヨクは閉じていた目を開け、

 「しっ!」

 とカスミを叱った後、目をぎらと光らせて窓を睨み、すっくと立った。

 「おまえたちはわしの後ろに下がれ」

 「そういわれましても」

 「下がらんかっ」

 「はっ」

 気迫のこもったヨクの声に皆がびくっとして、すすっと窓から離れた。ヨクはゆっくり窓の前に歩み寄った。テルイがそのあとに続いている。

 「ヨクさま、もしや」

 「うむ」

 コウシは瞳を右左に動かしながら、ヨクとテルイを見比べた。

 窓になにがあるというのか。たとえやみが襲ってきたとして、護符がびっしりと貼ってあるのだ。コウさまのお力が込められた護符。やみひとが束になっても破れるわけがない。

 「皆の者、備えよ」

 ヨクのしわがれた声が重く響いた。皆、ごくりとつばを呑み、次のことばを待った。ヨクはことばをださず、そっと窓の方に歩いた。床が、きし、きし、と音を立てた。時折、本堂の建物の天井が、ぱちっ、と鳴り、その度に全員がびくっとその音の方向を見た。

 空気が固い。緊張の糸が全員をつなぎ、ぴんと張っている。

 そのとき、ヨクはかっと目を見開き、窓を背にぐるっと振り返って叫んだ。

 「来るぞっ!」

 とたんに、外から竜巻でも起こったかと思うような音がした。

 カスミが叫ぶ。

 「ヨクさまっ。窓からお離れ下さい!」

 ヨクは離れず、窓を背にしている。

 テルイが叫んだ。

 「皆の者、伏せいっ!」

 その声と同時に、

 ばあああん!

 と爆発音がして窓が外れた。

 (護符が、破れた・・・?)

 これがやみひとか?

 もう見慣れたはずのやみひとであった。が、その姿はいままで見たこともなかった。それは大きく深くたゆたみ、底なし沼のように美しかった。

 「お空さま! 我に力を与えたまえ!」

 盾たちはそれぞれに祈り、祓うが、それは泥沼の中の手拭いに等しく、すぐにやみひとの餌食になった。からだはほとばしる血とともに底なし沼にずぶずぶと入っていく。

 「ヨクさまっ!」

 コウシは声を張り上げることしかできなかった。両足をやみひとに喰いつかれ、ぐいぐいと引きずられている。

 ヨクは杖を握りしめ、祈るようにして高く持ち上げた。カスミが叫ぶ。

 「いけません! ヨクさま!」

 しかし、ヨクの耳には届いていなかった。

 「我は空の神の意思を預かる者! これ以上は許さぬぞ!」

 ヨクは力強く祈りを捧げ、杖をどごんっと床に突き立てた。

 「やみよ、去れ!」

 大きな光がどどん! と落ちてきた。

 それは、本堂にぬめっている泥を拭うように光り輝いた。

 しかし、泥沼はまた降ってくる。

 杖の光は次第に消されていく。

 「ぬおおおおおっ」

 ヨクはぐっと杖を握り直し、その度に光が増す。

 「ヨクさまっ! それ以上、杖の力をお使いになってはいけません!」

 カスミが再び叫ぶ。

 ヨクとてそんなことはわかっていた。しかし。

 (いまここで死ぬわけにはいかぬ)

 が、杖の力どころかヨクの体力が持たなかった。ヨクはしだいに押しつぶされ、右足ががくんと落ちた。

 カスミはやみの沼にひきずり込まれてもう声も出ない。ほかの四人の盾たちはすでに沼にどっぷりと浸かり、息もない。コウシだけは若く体力があるためにかろうじて持ちこたえているが、左足がつかまれて動けず、ただただ惨状を見続けるしかない。 

 すると、ヨクの目の前がいきなりなにかがで覆われた。温かなその着物は懐かしい匂いを醸していた。懐かしい匂いに抱かれながら、ヨクは仰向けに倒れた。

 すすり泣くような声が聞こえた。

 「ヨク、もうよい。もうよい」

 ヨクはふっと子どもに戻った気がした。そんな場合ではないことは承知であった。しかし、子どもに戻らざるを得なかった。

 (テル姉さま・・・)

 テルイが自らの着物をヨクにかぶせ、その上から自身のからだですべて覆い尽くした。長身のテルイのからだは、小さいヨクのからだを覆うのに十分であった。ヨクを襲うはずのやみひとはすべてテルイに集中した。

 テルイの首元に一体のやみひとが喰いつき、血がほとばしると、さらに大量のやみひとがたかってきた。

 「うおお!」

 テルイはうめき声をあげ、ぐったりと力を落とした。

 「テル姉さまっ! 早くどいて、早くどいて下さいっ」

 ヨクはテルイの下でもがいたが、テルイは両腕をがっちりとヨクに回したまま頑として動かない。

 テルイはヨクにささやいた。

 「ヨク、レンちゃんがいる・・・」

 テルイの最期のことばであった。

 ヨクはぼろぼろと涙を流して、姉のからだにしがみついた。姉の亡骸はやみひとの餌食となりながら、亡骸になってなお、懐かしい匂いをそのままにして妹のからだを守った。

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