図書堂
図書堂にはギルがいる。
ギルはいつもとは違って落ち着いていた。やみと闘うときのギルは、短い呪文、素早い祓い、ことば少なに指示を出す。東の祓い師は察知能力に特にすぐれている。受け身だけではなく、こちらからやみの出所に飛び込んで先に祓う。祓い師たちはギルの指示を待っていた。
図書堂の隣の建物は薬師堂である。ここはカナクの采配である。カナクもモトン族の血が濃く、やみの察知に優れている。祓い方は東の者たちと似ているところがあり、やみひとが来るまで待つことはしない。事前に察知し、打って出る。
しかしながら、だからこそ、なのか、図書堂と薬師堂に出るやみが少なく、図書堂の祓い師も薬師堂の祓い師もイライラしていた。
瀬戸の里長カイムがとうとう叫んだ。
「ギルさん! 我々はここにいて、あそこで皆が血を流しているのをみていないといけないのでしょうか」
「落ち着け。こころを乱すと察知できんぞ。感覚を研ぎ澄ませ」
修練堂に加勢にいきたいが、持ち場を離れるわけにはいかない。ここ図書堂と薬師堂にも避難している人々がいる、我らは守らねばならない。
しかもここはあまりにも静かすぎる。罠の可能性が高い。
「罠」か・・・。
サクさまの仕業だろう。アデさまがどれほどの御方かはわからんが、サクさまが絡んでおられる以上、油断はできない。しかし、それは口外できない。
ギルは、つと薬師堂を見た。ギルの視線の先にはカナクがいる。カナクが羽犬に乗って浮遊している。
(あいつはいったいどういう気持ちでいるのだ?)
ギルは知っていた。
カナクがサクさまからサイナを託された理由。それは、カナク一族が昔からモトン族のつなぎとして存在していたからであった。このことはガクウも知っていたであろう。ガクウとカナクが裏でつながっていたことはモトン族から聞いて知っている。カナクはモトン族と懇意だ。サクさまの力をまったく知らないということはなかろう。知っていながらカナクはいったいどんな気持ちで闘っているというのか。
カナクを見ていると、すうっと羽犬が目の前に現れた。シャシャであった。その上からサイナがひょいっと顔を覗かせた。
「ギル、なんて顔で父さんを見てるのよ?」
「う、あ、いや、別に」
「正直ね。ヨクに話を聞いたのね。知らないほうがよかったでしょうに」
「俺は空人の行く末を預かる身だ。知らなくてもよいことなどない」
「優等生の常套句ね。気に入らないわ」
そういうとサイナは飛んだ。サイナの全身が血で汚れている。シャシャの背中も血塗られているようだ。死体を診療所裏の広場に運んでいるのだ。こいつらも闘っているのだ。モトン族たちは死体運びに忙しかった。死体を積み上げて盾にして、講堂と御堂を護る。
どうやら司令塔は御堂。思案したのはおそらくテルイさま。決断し指示をしたのはヨクさま。あのおふたりが姉妹だったとは気づかなかったが、さすがに息の合ったふたりだ。長老たちを死体の山に赴かせ、ヨクさまの命を護ろうとなさっている。いや、ヨクさまの死を護ろうとなさっている。タイさまの御意志を護ろうとなさっている。
ギルはヨクのことばを思い出していた。
ヨクさまとテルイさまは、六十年も前からタイさまとともに闘っておられるのだ。コウさまのこともサクさまのこともすべて承知で、平然と、淡々と、空の国の末期と闘っておられる。
ああ、そうか。
コウさまもサクさまも長老さまも、モトン族も空人もそしてやみひとも、空の国とやみの国の末期と闘っているのだ。しっかりと絡み合うしめ縄のように、ひとつになって助け合いながら、殺しあいながら、一点の光を求めて、すべては神の御心のままに。
この国の未来。それを作るのが我々の仕事。死のうと生き延びようとそれは関係ない。死んでも生き延びても空の国の末期を飾る。そこまでの道のりをただただ逃げずにまっすぐに向き合って生きる。そこに灯があるのだ。
我々は同じ道を歩む同士なのだ。
「来るっ! 備えええ!」
やみひとが迫ってくる。
同士よ。
闘おう、ともに命をかけて。俺たちが生き残るか、おまえたちが生き残るか。
ああ、おまえたちは、そうか、悲しいのか。いや、怖がっているのか。恐ろしい顔だ。が、俺にはおまえたちの悲しさが見えるよ。そんなに威嚇するなよ。悲しすぎて涙が出てくる。
残念だな。俺たちの先祖はおまえたちと共に過ごした時期があったそうじゃないか。しかし、引き返すことはできない。
俺たちがおまえたちの領域を侵したことが原因か、おまえたちが俺たちのからだを呑み込んだことが原因か。いまとなってはどうでもいいことだろ?
「ひるむなっ! 祓えええ!」
なあ、同士よ。
この先に未来があるというが、そういうものを求めて我々は戦っているだろうか? 違うな。いまここで勝者を決めようとしているだけだ。そうだろ? 過去も未来も関係ない。だが、それでいいと思わないか?
いま、なのだ。たったいま、我々は互いに生を主張している。生を主張するために互いを求めているではないか。たったいま、同じ場所で存在していることに意味があるのだ。この出会いは奇跡だ。だからこそ命が輝くのだとは思わないか?
「空の神よ! 我に力を!」
なあ、同士よ。
俺はいま、わかったよ。敵味方は関係ない。我々は愛し合っているのだと。おまえたちは俺たちをこの上なく必要としている。そして、俺たちはそんなおまえたちをこの上なく必要としているのだ。だからこそ、おまえたちは俺たちを喰う。俺たちはおまえたちを消す。これが互いの愛でなくてなんであろう。
「力を与えたまええ!」
ギルは力強く祓ってのけた。
何体かのやみひとが恐怖の叫び声をあげながら、笑っているようなせつない顔を残して消えた。




