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空の子  作者: そうじ
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三の修練堂

 巨大なやみが襲ってくる。

 イクリが叫びながら飛んでいた。

 「気張れっ! あきらめるなっ!」

 イクリのからだに数体のやみひとが喰いついていたが、イクリはあまり慌てていない。大男であるゆえか、イクリは祈りを捧げながら蛇でも捕まえるようにして、一体ずつ祓っていた。

 イクリの右手にアグリがいた。右足を喰われて立ち上がれずにいる。

 (イシンさまは・・・)

 アグリはイシンの姿を探した。イシンは村人を背にして立っている。血しぶきをあげながら右手を高く掲げている。しかし、動かない。

 (いかん! イシンさま! くそ、右足の役立たずめ!)

 アグリは足を引きずってイシンのもとに近寄ろうとした。

 イシンの膝がゆっくりと落ちた。背後の人々はそれを呆けたまま見つめている。そのままイシンは前のめりにばったりと倒れた。やみは高々と笑うようにしてイシンを見据えていた。

 「イシンさまああっ!」

 アグリが声を張り上げると、村人の一人が気が付いたように、

 「ひゃああああっ」

 と声を上げた。

 アグリはとっさに人々の顔を見とめると、笑っているような顔つきのものもいる。

 「ばっかやろう! あきらめるなあああっ!」

 そう怒鳴ると同時に、咄嗟につかんだこぶしほどの石を思いっきり人々に向かって投げつけた。ひとりの男にごつんっとぶつかった。その男ははっとしてお札を握った。

 「じゅ、呪文だ!」

 その声で幾人かは我を取り戻して、呪文を唱える。

 (くっ! 私のからだ、動けえ! お空さま、お空さまあっ!)

 アグリの顔中に血管が浮き出た。真っ赤な夜叉のようであった。瞬間、ぐんっと力が沸き、たったった、と二、三歩足が交互した。アグリはイシンのからだを覆うようにして倒れ込んだ。それからイシンをくるっと背で守り、やみに対峙した。いつものこぶしが出ない。数珠をじゃらっと震わせたのみにとどまった。もう足は動かない。

 「お空さま! 大いなる御方さま! 私のからだを! 私の命をお使い下さい!」

 アグリは目をかっと見開き、両腕と左足に手刀を差し込んだ。張りのある筋肉がぶつっと音を立て、血しぶきが舞った。

 「やみよ! この血を、このからだを喰ってみろ!」

 と叫んだ。いなや、一体のやみがぐうんっとしなり、アグリのからだに吸い付いた。それにつづいて村人を狙おうとしていたやみひとたちが、競ってアグリのからだに襲いかかった。両手両足がぐいっと引っ張られたかと思うと、直後、全身に極度の緊張が走った。

 「ぐううううう!」

 アグリはうめき声をあげながら、後方の村人に向かって叫んだ。

 「おまえたち! はやく! はやく行け!」

 祓い師たちは悲鳴を上げながら、這うようにして逃げていった。

 アグリは痛みさえ快く感じた。イシンを護っているというただ一点において、アグリは幸せであった。

 (イシンさま、私がお守りします)

 そう心でつぶやきながら、目を閉じた。

 (こぶしなど役に立たんな。セルムに笑われそうだ)

 アグリは気を失いかけながら、そんなことを思った。

 そのとき、遠くから祈りの声がしたように感じた。と、ひゅうっと風が吹き、目の前に光が走った。

 (あれ・・・、私、死んだのかな?)

 そのまま、アグリは気を失った。

 

 「アグリ! アグリ! しっかり!」

 (セルム?)

 気が付くと診療堂の裏庭に寝かされていた。

 「う・・・、私は死んだのか? セルム、お、・・・おまえも死んだのか」

 「なにいってんだ! 俺は生きてるっ! おまえも生きてるって!」

 「・・・ああ、生きてるか。ははは・・・。セルム、助けてくれたのか」

 「ああ、そうだ。もう余計なおしゃべりはするな」

 「イ、イシンさまは」

 「大丈夫だ。気を失っておられるが、息がある」

 「ああ、良かっ・・た」

 「無茶ばかりして!」

 「無茶しないと・・・、いけない時があるのさ」

 「おまえが無茶しない時があったか」

 「ふ・・・、まあな。私はいいから。はやく、行け」

 「だけど・・・!」

 「動けるなら・・・、一体でもやみを祓え」

 「わかった。行く。でもアグリ! いいか! 俺は必ず生きて戻ってくる。そしたら、おまえの田んぼ、一緒に耕そう。だから死ぬなよ! 死んだら許さんからな!」

 アグリは腕を挙げようとしたが、手は動かなかった。笑って見せようとしたが、セルムは既に走り去っていた。

 (あたしの田んぼ耕す? なんだそれ)

 血止めのためにしっかと巻かれた包帯の下から、どくんどくんと血が溢れていくのがわかった。右足の感覚はなかった。

 (ああ、そうだ、セルム、こぶしが役に立たなかったよ。おまえのいう通りだったな。おまえが戻ってきたら、おまえの忠告を聞かなかったことを謝るよ)

 ゆっくりと右手を這わせ、右足を触ってみた。そこには土と石と、生暖かい血だまりがあった。右足は根元からなかった。

 アグリは満足そうに目を閉じた。からだに痛みがなかった。それどころか真綿に包まれたように心地よかった。

 (お空さま。私のからだをお使い下さったのですね。ありがとうございます。これで少しはお空さまのお役に立ったのでしょうか)

 アグリはいとおしいものに触れるようにして、右手を血だまりに這わせていたが、しばらくしてその手は動かなくなった。

 アグリの閉じた目から涙が流れた。

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