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空の子  作者: そうじ
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死体の堰

 二の修練堂の裏側に回っていたセグルが、一の修練堂の状況に気づいた。

 「くそっ。間に合うかっ」

 セグルは持ち場ではなかったが、一の修練堂の者たちを助けるために羽犬を馳せた、そのとき。ぶううん、と風が吹いたように思った。

 「は?」

 セグルには何がなんだかわからなかった。一瞬、時が止まったかとも思った。

 次の瞬間、突然しゅっと小さな熊が現れた。熊は羽犬に乗って人間語をしゃべった。

 「こっちじゃあ!」

 セグルは熊に腕を取られながら、ひょいっと反対方向に連れて行かれようとし た。

 「いかん、あっちに・・・」

 二の修練堂の祓い師たちを指さして驚いた。

 祓い師たちがいない。

 まさか、呑まれた?

 いや、そんなはずは。こいつらは喰うやみひとだ。呑まないはずだ。

 すると、目の前に数頭の羽犬が悠々とあがってきた。羽犬にはそれぞれ小さな熊が騎乗していて、それぞれの腕に数人の祓い師を抱えていた。

 (あっ。こいつら、もしかしたら、やまんと?)

 ずんぐりとした背格好。ぎょろっとした目つき。確かにジャクルじーさんや誘導役に似ている。だが「うみんと」のからだからは感じない、どこか獣のような雰囲気。もさもさとした毛におおわれている。

 セグルはしばらくぼうっと「やまんと」を見ていたが、はっと我に返り、

 「い、生きとるか・・・」

 と声をかけた。

 「こいつは死んどる。こっちはまだ生きとる」

 ひとりのやまんとがあっさりといった。

 「こいつら、ソラモンのくせに、よう頑張ったのう」

 ぐったりとした祓い師をそのやまんとは穏やかな顔で見つめていた。祓い師の顔や手足からだらだらと血が流れ、やまんとの腕を赤く染めていた。血につられて何体かのやみひとが喰いついてきたが、そのやまんとは驚きもせず、微笑みさえ浮かべて見ているだけであった。

 セグルはさっと祈りをあげて、やみひとを祓った。やみひとはあっさり消えた。やまんとが少しさびしそうな顔をした。

 「仕方ないじゃろ」

 セグルは口をとがらせて拗ねたいい方をした。それがおかしかったのか、やまんとは無邪気に笑顔を見せた。

 「ついて来い」

 「どこへ?」

 「あっち」

 やまんとは診療堂の方向を指差し、羽犬を馳せた。セグルがついていくと、そこには重症で動けない者達が寝かされている。

 「おう、ここじゃ、ここじゃ」

 ジャクルが手招きをしていた。

 そこに次々と力ないからだ達が運ばれてくる。

 運んでくるのはやまんとたちであった。

 彼らはやみひとを祓う力はない。しかし、その俊敏な動きとやみの察知能力で、力尽きたからだを運ぶ。そのからだのいくつかはまだ息がある。いまのうちに手を尽せば命を長らえるものがいるかもしれない。しかし。

 診療堂にも護符が貼られている。護符をはがして中に入ることはできない。それぞれの建物の中にいる者たちは希望の証。我々はもとより、そこに戻る気などないのだ。診療堂から東の方向を見上げると小高い丘があり、その丘の上に御堂が小さく座っている。西の方向には講堂があり、講堂には他の堂の何倍もの人数が避難している。

 その診療堂、修練堂側。これだけ血の臭いがプンプンするからだを並べているのでは、やみひとたちはこぞってここを狙うに違いない。

 (死体で堰をつくるつもりか)

 セグルは焦った。そのからだを犠牲にすることはできない。

 (守らねば。でも、どうする)

 この場所の危険性を察知しながら、セグルはここにいつまでもいるわけにはいかなかった。

 「まあ、そう気負うな」

 懐かしい声であった。

 「ソウイさま」

 セグルはゆっくり振りかえる。ソウイだけではなかった。ギンカがソウイの横で神経質な顔をしてまわりをうかがっている。

 各里の長老たちもゆるゆると集まってきていた。ノセ、カシイ、ミヤ、ゲンカイ、コマ、コザキ、ヤナ。

 「これは・・・」

 「ここで強大な盾を作る」

 「まさか、ガンザンがそのような指示を?」

 「あやつは、そんな考えが及ぶほど賢うはないのう」

 「ソウイさまが?」

 「誰が指示を出したか、そんなこたあどうでもよかろう」

 ソウイとセグルの間をぬうようにして、ばたばたとサキイとヨキイが駆けつけてきた。

 「あっ。サキイさま、ヨキイさま。診療堂の中は・・・」

 「孫から追い払われてしもうての」

 「まったく、誰に似たのか」

 サキイとヨキイはせわしくことばを交わしながら、けが人の側にさっさと行ってしまった。

 ソウイはセグルの肩をポンとたたいた。

 「わしらは居場所がなくてのう。ここで露祓いをさせてもらうわい」

 「え」

 セグルは顔を上げた。

 「セグル。おまえにはまだ、居場所があるじゃろうが。はよ行け」

 セグルの胸にソウイのことばが強く突き刺さった。他の長老たちはセグルに見向きもせずに作業を始めた。ノセだけがちらっとセグルを見て、しっ、しっ、というように手で空を払った。セグルは深くお辞儀をして唇をかんだ。そのままくるっと振り返って羽犬を馳せた。

 「おうおう、元気にいきよったわ」

 ソウイが悠長に見上げていると、

 「こら、ソウイ。怠けるな。おまえ、仕事もせんでさっさと喰われよったら許さんぞ」

 と、ギンカが叱りつけた。

 「はいはい。隊長どの」

 ソウイがさっと姿勢を正すと、ギンカが、ふん、と鼻を鳴らした。

 「まこと、露祓い、に間違いないのう。さて、露を祓ってどれだけこいつらの命を救えるか」

 息絶え絶えの祓い師たちがうめき声をあげていた。サキイとヨキイが慌ただしく手当をしている。ノセ、ミヤ、コマ、ヤナといった老婆たちは「救える」からだの手当てを手伝った。

 他の長老はいわゆる男手で、サキイとヨキイに「救えない」と判断されたからだを運ぶ作業に徹した。さすがに老体にこたえるらしく、時折、腰を伸ばす者もいた。皆、一様に血まみれになっている。

 亡骸が何体も積まれていく。

 ゲンカイがぼそっとつぶやいた。

 「ばかが。わしより早う死におって」

 たぶん、自分の里の祓い師を見つけたのであろう。長老たちはそのことばを確かに聞き、あるいは鼻をすすり、あるいは涙をこらえ、あるいは聞こえないふりをして黙々と作業をこなした。

 おしゃべりなソウイもことばを失くし、黙って作業をしていたが、

 「あっ」

 と小さく声をあげた。

 一人の若者と目が合ったのだ。

 (死人と目が合うなどありえない)

 ソウイは改めてその若者をみつめた。見知らぬ若者であった。その若者は目を見開いたまま、壮絶な形相をして息絶えていた。

 ソウイはしばらく釘付けになっていたが、ふうっとため息をつき、血で汚れた自分の手をまだ汚れていない着物の裾をみつけて丁寧に拭った。そして、見開かれた両の目をなでるようにしてまぶたをしっかりと降ろした。そのあと若者の頬をなでつけながら声をかけた。

 「おまえ、わしになにかいいたかったんじゃな。よしよし。怖かったのう。きつかったのう。ようがんばった。もう安心して眠れる。おまえの魂は救われた。もう二度とおまえの魂にやみひとが近寄ることはない。そして、おまえの亡骸にも近寄らせん。わしが護る」

 (ガンザンはよういうたわ)

 ソウイは亡骸をゆっくりと地面に置いてしみじみと考えた。

 わしがなぜ生き残っているのか。

 小さい時からこの年に至るまで、家族を呑まれ、友を呑まれ、なぜわしだけが生きているのか。わしも死ねばよかったんだと何度思ったか。何度悔しい思いをしたか。

 ―――ここに存在するためである。

 ―――いまここに生きている同士を護るためである。

 わしらはこいつらを護らにゃならん。そのために、わしらはやみひとを祓って祓って、祓いつくさにゃならん。

 ギンカはソウイの姿を見て手を休め、そして空を見上げた。

 「月が出とる。久しぶりに見た。美しいお月さんじゃのう」

 満月であった。つるんとしたいじらしい光を帯びていた。

 

 のう、ソウイ。

 最後のお月さんじゃ。

 ヨクさまが仰る通り、お空さまは粋な御方じゃな。わしらに最後のお月さんを見せて下さった。

 なんともかわいいお月さんじゃないか。生まれたての、若い若いお月さんのようじゃ。こんなに美しいお月さんは初めて見た。

 こいつらは、この美しいお月さんを見たかのう。

 そうじゃあ、ソウイ。

 わしらは、ここにいる消えそうな灯を絶やさぬために生き残った。そして灯の絶えた亡骸とともに、新しい灯を護り通す。

 じゃがのう、ソウイ。わしはそのためじゃなく、この美しいお月さんを見るために生き残ったような気がするんじゃ。

 そうじゃろう? のう、ソウイ。のう、皆の衆。


 ギンカは黙々と作業を続けているだけで、心の中の思いを発することはなかった。とうぜんソウイもほかの皆も聞こえるわけがなかったが、

 「ほんに、美しいお月さんじゃあ」

 と、ソウイも長老たちも月を見上げた。

 大量の喰うやみひとが、死体の堰に襲いかかっていった。



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