一の修練堂
やみひとは増幅しながら、次々と修練堂を襲っている。
一の修練堂ではウルクの声が鳴り響いていた。
「やみひとに腕の一本ぐらい呉れてやれ! 血を吸わせてやるんだ。そしてたまったところで祓え! そうすれば一気に三体は祓えるぞ!」
そう叫びながらララに乗って駆け抜ける、ウルクは左手から大量の血が流れていた。その体をだしにしながら、やみひとをおびきだしているのであった。やみひとはわれ先にとウルクにたかり、ウルクの腕にぶら下がっている。
ウルクはララに乗って低く飛びながら、血を流しながら、からだには大量のやみひとを抱え、背負い、そして笑った。
(引きずって、背負って、そして祓え、か)
自分のからだが、ガンザンのことば通りに行き着いていることがおかしかったのであった。
「ウルクさん!」
祓い師たちが近寄ろうとしたが、ウルクは寄せ付けなかった。
「みんな、くるなよー。ララ、上!」
ウルクはにやりとして、ぐううんっと上に昇った。ウルクは喰いつかれた右手をすうっと斜めに上げた。
「大いなる御方、お空さまの名において、やみを祓う」
と唱え、さっと右手を下した。
しゅうっ
と音がして、ウルクのからだにまとわりついていたやみひとたちが、しゅんっと消えた。
空高く滞空しているウルクは血だらけであった。片目がつぶれ、左腕がだらりと垂れさがっている。数人の祓い師たちがウルクのもとに羽犬を馳せ、ぞっとした。
ウルクは笑っていた。はしゃいでいる子どものような顔の合間を、だらだらと血が流れていた。ウルクは、ひゃあひゃあと奇声を上げながら、一の修練堂の裏に回っていったた。
掟や重圧から解放された子ども。ウルクはまさにその状態であった。我慢していたイタズラを存分に楽しんでいるようであった。改めて、あれほど自由に立ち振る舞っているようにみえたウルクが、自分を制御していたということがわかった。
そう思うと再び、祓い師たちはぞっとした。ウルクは変わっていることは知っていた。変人でもなけりゃ、こんな末期の国の村長なんてやってられない。
それにしてもここまでの狂気とは。
あの人は、「ひと」なのか。
俺はいま、生まれてはじめて自由だ。
これまで自分が思い悩んでいたこと、考えては暗くなっていた国の未来。とてつもない不安。人々を助けられない現状。絶望的な状況は改善するどころか前代未聞の大災害が起こると予想され、それは徐々に確信に変わっていく。考えれば考えるほど絶望しかなかった。だが、俺は村長だ。そんな顔を見せるわけにはいかない。
小さいときから大抵のことは難なくこなした。やみひとが大きかろうが多かろうがなんとかできた。しかし、なぜか心の奥に潜む不安は消えなかった。逃げたかった。放り出してしまいたかった。何度もガンザンに話を聞いてもらおうとしたが、やめた。ガンザンは俺よりも重いものを背負っているように感じたからだ。たぶん、あいつはとうぜんのように俺の荷物を持ってくれただろう。あいつは、どんなに大きくても重くても得体のしれない荷物でも引き受ける。それでもあいつはあいつのままでいる。だから俺も俺のままでいることを決めた。
俺は虚勢を張って生きた。しかし、ひとりで黙っていると気が狂いそうになった。そのたびに口数が多くなった。なにかしらしゃべっていれば安心できた。考えがまとまった。人が寄ってきた。俺のしゃべりに魅力があると人はいうが、俺はひとりで不安を抱えていることに耐えられなかっただけなんだ。
だが、どうだ? まさにいま、その大災害の真っただ中なんだぜ? こんなにも自由じゃないか。不安とか絶望とかって実はたわいない幻想なんだ。
俺は確信する。これが俺の絶望の終わりだと。だったら俺にはもう、何も怖がるものはない。ただ、喰うやみひとを引き付けて走りまわるだけだ。これだけで何人かのひとを助けるだろう。俺のようなちっぽけな存在が村人全員を救おうなんて思いあがった考えだった。いまここ。いまここで果たして何人救えるか。それだけでいいんだ。
おい、ガンザン、見ろよ! 俺はこんなにも自由だ! 不安も絶望もない。ここで十分に暴れまわることが、俺の命だったのだ!
ウルクをはじめ祓い師たちは、喰いつかれては祓い、祓っては喰いつかれの繰り返しである。しかし、皆がウルクのように祓いの力が強いわけではない。次第に力尽きる者が増えてきた。動けなくなった者たちのからだに、やみひとが一斉にたかっている。とうぜんだが、動けなくなった者達は祓う気力がなくなっている。喰うやみひとの餌食となる。そのようすを見て、まわりの祓い師もすっかりおびえてしまい、恐怖で動けなくなっていく。
(もう、終わりだ・・・)
祓い師の一人が膝をがっくりと落としてしまうと、次々に士気が萎えていく。




