二の修練堂
「来るぞ!」
二の修練堂を統括しているエフムは、堂の上高くから声を上げた。
屈強な北の祓い師たちがいるはずの修練堂まわりで、悲惨な声が上がり続けた。
「ひっ。ひいいい」
「いやだ、いやだあ」
人々はすっかり士気が下がっている。
エフムは羽犬を促し、下に降りようとしたそのとき、後ろからぐいと肩をつかまれた。
「エフム! おまえはここを動くな! わしが行く!」
「セグルさま!」
セグルはすいと羽犬を地に降ろし、地上低く駆け飛んだ。へたり込んでいる祓い師たちを叱りつけ、怒鳴り続けた。
「ばかどもが! 起きんか! 喰われても死なんじゃろが! こいつらのいいところは呑み込まんちゅうこった。離れるな、近づけ! ゲンさまの御護りが一体ぐらい消してくださる・・・」
そのとき、二の修練堂の裏側で悲鳴が上がり始めた。
セグルは舌打ちをした。
「セグルさまっ! ここは俺にお任せ下さい! セグルさまは早く裏へ!」
ひとりの若い男が甲高い声を上げた。
「うむ! 頼むぞ」
「はいいっ」
若い男の声が終始裏返っている。その裏返り方がおかしくも悲愴で、泣き喚いていた人々は男の背中を見た。その男は大の字になっていた。
「デタンか!」
デタンはやみひとに喰われながら、左手を掲げて祈りを唱えようとした、が、たかってくるやみひとが多すぎて手がいうことを聞かない。
そのとき、後ろからひとりの祓い師が声を上げた。
「我に力を! お空さまの光を!」
その声に答えるようにして光が降りてきた。
さっと、やみひとがデタンの腕から離れた。
その隙にデタンは祈りをささげた。
「お空さまにこの身を捧げん。我の祈りを聞きたまえ!」
うえから
どどん!
と光が降りてきた。
(ああ。こんな光が俺にくるなんて)
デタンのからだは光につつまれた。
「この力を持ってやみを払わん!」
そういって後ろを振り向き、やみひとがたかっている人々に向かって一気に両手を振り降ろした。
「つああああああっ」
右目はえぐられ、そこから流れる血が口の中に入り、その血は激しい掛け声とともに飛び散った。
(あ、この掛け声、セグルさまみたいだ)
デタンは、妙に落ち着いている自分を感じた。デタンの一番近くにいた祓い師は、顔に血が飛んでくるのを感じたかと思うと、いきなり目の前が真っ暗になった。デタンが落ちてきたのであった。
「デタン!」
そういってデタンを抱き起したが、デタンは起き上がることができなかった。
デタンは笑っていた。そしてぐったりと倒れ込んだ。デタンは、ふう、ふうと苦しそうに息を上げた。
デタンのからだを地におろし、その祓い師はゆっくりと起き上がった。祓い師は両手を高く挙げた。その手は既にやみひとに喰われ、血だらけであった、だからこそ高くあげ、前にたたたっと走った。首にかけているお守りからひとすじの光が放たれ、目の前にいたやみひとを二体祓った。しかし、次々とやみひとがたかってきた。
「天にまします、お空さま! 我をたすけたまえ。我のもとに大きな力を!」
そういうとたかっているやみひとごと、えいっとふりおろした。すると、その祓い師にもとに清らかな光が降りた。その光はひとすじの希望のように辺りに広がった。
デタンにも光が降りてきた。
気持ちのいい光だ。溺れそうだ。
ああ、俺は光に救われている。俺、許されたのかな。こんなにも柔らかい光。痛みがない。心から幸せだ。泣きたい。俺、もう泣いていいのかな。
デタンは目から涙を流した。
涙ってこんなにあったかいもんだったのかあ。なーんだ。痛みや哀しみや苦しみ、そんなもんはこうやって光に溶けるんだ。俺はこんなに気持ちが膨らんでいる。嬉しい。嬉しくてもっともっとあったかい涙を流したい。なーんだ。だったら、怖がったりせずにもっと挑んで、恐怖に飛び込んでいけばよかったんだ。・・・あのときも。
母さん、兄さん、姉さん。こんな気持ちで天に上ったのかな。うん、きっとそうだ。だって、三人とも俺を護ってやみに呑まれたんだから。
だから、ああ、そこにいるみんなに教えてあげたい。挑めば挑むほど、恐怖や痛みや苦しみは柔らかい光に変化するんだよって。そしてつつんでくれるんだよって。
でも、もう眠くて。みんなには教えてあげられそうにない。気を失いそうに眠いんだ。
俺、もう眠ってもいいのかな。




