ヨクの告白
コウが授かり岩に向かった頃、ヨクは朗々と語り始めていた。
ヨクの話を聞きながら、ガンザンは徐々に夢の中に入っているのを感じた。同時に魂が目覚めていくような気になった。
ガンザンの脳裏には、夢の続きが鮮やかな映像となって次々と現れた。
そう、そうだった。
娘と白狼犬は、ムラにはびこるやみひとをことごとく祓った。
人々に安堵の夜が訪れた。
しかし、それからだ。ムラに異変が起き始めた。
まず、激しい雷雨が続いた。そして泉谷川の氾濫。前世でのそれは、今世のそれより規模は小さかった。しかし、被害は大きかった。そのころは泉谷川に堤を築くというような備えはなかったのだから。
それから南山で地震が起き始めた。地は割れ、豪雨によって緩んだ山々の斜面は容易に畑や家屋を呑み込んだ。
被害が絶えないさなか、その娘はいった。
「破壊の神がこの地にあらせられる。このたびの報いを受けるべきは、私ひとりである」
そうして白狼犬とともにどこかに行ってしまった。誰もその意味がわからなかった。
捨てられた、と思った。娘も白狼犬も我々を捨てたのだと嘆いた。恨み言をいう者も多くいた。やみひとから救ってもらった恩も忘れて。
我々は不安と怒りと絶望の一夜を過ごした。雨は止まず、雷が鳴り続け、地が震えた。
翌朝、気が付くと雷雨は止み、曙の太陽が明るくムラを照らしていた。その太陽の中から浮き出るようにして、娘が戻ってきた。その瞬間、我らは察した。あの娘がこの地を鎮めたことを。我々はあの娘に再び助けられたのだと。
しかし、白狼犬はいなかった。
娘はいった。
聞け!
我は空の子である!
空の神はいっときの猶予をお与えになった。
しかし、同時に枷もお与えになった。
空の神からの預言を伝える。
神はいわれた。
これは剪定である。
新生のときまで、空の子を遣わそう。
空の子に従うのだ。
すべては新しき灯のためである。
灯をともすにはやみが必要である。
いま少しこの地にやみを置かねばならぬ。
やみは根源であり、神である。
おまえたちは神の力に翻弄されるであろう。
しかし、
自己を守ってはならない。
逃げてはならない。
苦しみを受け入れよ。
そこに新しき灯がともる。
そしてやみの子を遣わそう。
それは新生の兆しである。
三体のやみの子がこの地に集うとき、
空の子は新たな力を呼ぶであろう。
力とは大いなる破壊であり、
神の力の具現である。
川が氾れ、地が割れる。
しかし、
畏れてはならない。
疑ってはならない。
破壊を受け入れよ。
そこに清浄の地が生まれ、
おまえたちの魂は救われる。
そして新しき灯がともる。
灯を求めよ。
それは若き灯、白き灯、強き灯、熱き灯である。
それは新生の証である!
これが空の神の預言である。
この預言の下で、我は生きよう。
おまえたちとともに。
生き残った者たちも同じように泥にまみれ、涙を流し、娘にすがるようにしてひれ伏した。
その瞬間、娘は巫女となった。
ここまで語り終えると、ヨクはふう、と息を吐いた。
「これが預言じゃ。予言の書とは、始祖さまが真に巫女さまとなられた時に、発せられたおことばなのじゃ」
【ヨクの告白】
これが預言じゃ。
予言の書とは、始祖さまが真に巫女さまとなられた時に発せられたおことばなのじゃ。
ガンザン。なぜおまえが始祖さまのことまで辿りついたかは問うまい。おまえにはおまえの業があるのじゃろう。
あれは、わしが十の時じゃった。わしには二つ上に双子の姉がいての、賢い姉たちじゃった。双子の姉たちの名はレンリとテルイ。そうじゃ、ここにおるテルイじゃ。
おどろいたかの。テルイは子どもの頃から養子にいったからの。
レン姉さまは自分の命を知っていた。噂の予言の書を見つけること、それがレン姉さまの命であった。
予言の書をはじめて手にしたものはたちまち死ぬ。予言の書を目にすれば子孫の繁栄はない、といい伝えられている。それはたわいもない噂と思ったものじゃ。
しかし、それは本当のことじゃった。
その証拠に、レン姉さまは予言の書を手にした直後に死んだ。そしてわしとテル姉さまはその瞬間を見た。じゃから、わしもテル姉さまも子のできないからだになった。それどころか、わしの一族はことごとく子どもに恵まれず、既に生まれていた子どもたちはやみに呑まれ、または病で死んでいったのじゃ。
わしら姉妹は予言の書を読み解き、来るべきときに備えるために生きた。それしか道がなかったのじゃ。予言の書がどこにあるかはいうまい。ここにいるおまえたちの子孫が滅ぶことになっても困るからのう。
おまえたちは、予言の書を決して見てはならぬ。触ることも許さぬ。
予言の書を目にしたのは四人。
レン姉さま、わしとテル姉さま。あとひとりは、サクさまじゃ。そうじゃ。巫女の血も絶える。しかし、巫女の血が絶えることは、やみひとが絶えることにほかならない。
やみひと。
やつらがなぜ我々を呑むのか。もうわかっているじゃろうが、われらのからだを憑代として生きるためじゃ。ではなぜ憑代を必要とするのか。
この地は知っての通り、モトン族が棲みついていた。そこに空人と称する人々がやってきた。南山の向こうからといい伝えられているが、それは定かではない。モトン族がこの地に来たのは海の向こうからといわれている。が、それも定かではない。
では、モトン族が来る以前のこの地はどうであったか。
やみひとの地であった。つまり、やみの神の領域であったのじゃ。
そこにモトン族が来て、長い間やみひとと共存していた。彼らはやみひとの領域を侵さなかった。モトン族の優れた感覚はやみひとをとらえ、モノノケと呼び、自然の一部としてその存在を認めていたんじゃ。
不幸なことに新参者の空人は感覚が鈍かった。形ある存在しか認められない。友好的なモトン族は何度も注意したことじゃろな。しかし、空人は自分たちの思想に、行動に、自信があった。五感も運動能力もモトン族の足元にも及ばぬというのに。しかし空人は絶対なる自身があった。なぜか。
自信というのはどこから来ると思う?
それは神の力じゃ。
空人とは、空の神の命を受けた者のことなのじゃ。
やみの神が所有していたこの地に空人がやってきた。空人がやみひとを駆逐する。それはすでに、空の神とやみの神の約束事じゃった、ということじゃ。この世は常に神々の御意志を映し出している。
空人は山を削り、田畑を作った。やみひとの安住はそこで壊れた。それを誰が止めることができたろう。誰も止められぬ。なぜならば、神々の御意志であったのだから。
やみひとたちは棲家を追われ、行くところがなくなった。彼らは陽に当たると力が弱まる。常に暗いところに逃げた。しかし、次々に暗い山は削られ、田畑になっていく。
わしら空人が、やみひとの領域を侵し続けた。やみひとを追い詰めたのは空人なのじゃ。
そこでやみひとは人のからだに逃げ込むことを選んだ。それがはたしてやみの神の指示だったかは知らぬ。あるいは、やみの神がこの地からお離れになって、やみひとたちが困惑した結果の行動だったのかも知れぬ。
その頃の空人は「祓う」ことを知らなかった。呑まれるか、ムラ抜けするか、どちらかの選択をするしかなくなった。ムラ抜け。知っての通り、それは死を意味する。
そのとき、始祖さまがゲンさまとともにこの地においでになったのじゃ。
始祖さまのお名前は、コウさま。
そう、コウさまじゃ。コウさまは始祖さまの生まれ変わりなのじゃ。コウさまは再びお出ましになった。この地からやみひとを完全に駆逐し、空の神の領域にするために。
コウさまは前世でやみひとを完全に駆逐するの拒まれた。やみひとを生かすことをお決めになった。なぜ、そのようなことをお決めになったのか、それはわからぬ。
いま、空の国全体に異変が起きている。これから大きな破壊が起こる。それはやみひとの仕業ではない。すべて、コウさまとゲンさまのお力。ゲンさまのお力は「源」そのもの。つまり、地をまっさらになさる神通力なのじゃ。
いずれにしても空の神、やみの神、大いなる御方々の御意志。
二千年前、ゲンさまは事を起こすことなく空にお帰りになった。コウさまがやみひとを生かすことをお決めになった、とさっきはいうたが、本当のところはゲンさまが嫌がられたのかもしれぬ。あの御方は、破壊の力を持ちながら、その御心は繊細な小娘のようじゃからの。お空さまがどうしてあのような御心の持ち主に破壊のからだをお与えになったのか。まったく、お空さまは酔狂な御方よ。
なんじゃ、ガンザン。そう顔をしかめるな。死にぞこないの浅はかな勘繰りじゃと思うて聞いておけ。ま、神の領域じゃ。わしらにはとても思いつかぬような、お空さまの計画があるのじゃろう。どうじゃ、ガンザン。これで満足したかの?
ともかく、ゲンさまは空にお帰りになった。しかし、そのままではやみひとがはびこり、空人は滅亡してしまう。そこで、始祖コウさまがこの地に残られ、巫女となられたのじゃ。
コウさまは十五でお子をお産みになった。その子はアデと名付けられた。アデさまは光の意識体とやみの意識体を持ち合わせておられた。なに、驚くことはない。 なぜなら、始祖コウさまご自身がそうであったからじゃ。
コウさまは、空の神の一の子であると同時に、やみの神の一の子。アデさまはその次の子。
アデさまのお力は強かったが、それでもコウさまのお力の半分ぐらいじゃった。
ところが、アデさまはやみの力のほうがお強く、その力をたいそうお好みになられた。コウさまはやみの力を完全に制御なさっていたが、アデさまは制御力がなく、やみを操っておられたそうじゃ。
アデさまが特にお好みになったのは「妖」のやみひとじゃった。聞き慣れないじゃろうの。「妖」のやみひとなど。しかし、おまえたちも既に知っておる。ガンザン、おまえは直接闘ったじゃろ? そう、あの「喰うやみひと」のことじゃよ。
そのアデさまも十五になってお子をお産みになった。すると三代目の巫女ユウさまはやみの意識体はお持ちでなく、純粋に光の意識体だけをお持ちであった。
つまり、「三体のやみの子が集うとき」にはならなかった。
神々の力の調合がうまくいかなかったのかのう。それとも神々の計画通りか。いずれにしても我々人間がいくら察したところで、神の御心の深さには及ばぬ。
コウさまは崩御なさって空の神のもとにお帰りになった。しかし、アデさまは崩御なさったあと、やみの神のもとにお帰りになった。
その後、アデさまはやみの意識体となってこの地に下られてやみを操っておられる、と古文書にある。その古文書はいまここにおる誰も見たことはあるまい。それは隠されていたのじゃからな。
四代目巫女さまはシュウさまとおっしゃる御方での、風紀や規律に厳しい御方じゃったらしい。シュウさまは、予言の書とともに当時の記録文書を御隠しになることをお決めになった。神の御意志と、人の価値観の違いに悩んでおられたのじゃろう。予言の書もアデさまの記録も人々の疑いをもたらすには十分じゃからの。
そしてシュウさまは予言の書には呪詛をおかけになったのじゃ。見出したものは命を落とし、目にしたものの子孫はついえる、とな。
時が流れ、二千年ほど経ったある日、巫女タイさまが、アデさまの記録文書が存在することを偶然お知りになった。「偶然」というのは我々人間にしかないことばであろうがな。「偶然」は神の啓示に他ならない。つまり「必然」なんじゃ。お空さまの計画の一つであったのじゃ。
タイさまは噂となっている予言の書は本当にあることを確信され、予言の書を見出すことに力を注がれた。しかし、ご自分が見出すことも目にすることもできない。シュウさまの呪詛は巫女に最大の効力を発した。いつの時代も、巫女は巫女を絶やすことを許されぬ。
タイさまの念願をかなえたのが、レン姉さまじゃった。レン姉さまは「予言の書」を見出し、命を落とされた。そしてテル姉さまと私は「予言」の内容を目にした。われわれはその書のために生きてきた。いずれ起こるであろう空の国の壊滅に備えるために。
それも「偶然」じゃ。
三代目の巫女さまからヨウさままで、光の意識体のみを持った巫女の時代が続いた。純粋なお空さまの御子じゃったわけじゃが、そのお力はコウさま、アデさまに比べればずいぶん弱かった。
そしてやみの意識体を持ちあわせた、強い巫女さまがお生まれになった。それが、サクさま。わしが待っていた巫女さまのおひとりじゃ。
これで二体のやみの子がこの地に存在することになった。
アデさまとサクさま。しかし、まだ二体。「破壊を迎える」ことにはならない。
サクさまは頭のよい御方。歴代の巫女さまの中でいちばんじゃろうのう。その名の通り、策に長けておられる。その点ではコウさまも敵うまい。わしもテルイも騙されてしもうての。予言の書をあっさりと見られてしもうたんじゃよ。サクさまがコウさまをお産みになられてひと月も経たん頃じゃったかのう。
サクさまは、予言の書などわざわざ見ずとも内容はすみずみまでご存じじゃったはず。サクさまは、当時のやみの統治者アデさまとはつながっておられたからのう。サクさまが十四になられた頃か、もっと前からか。
それでもサクさまはどうしても予言の書をご覧になりたかった。なぜか?
そう悲しい顔をするな、ギル。相変わらずおまえは察しがよい。
そうじゃ。巫女の子孫を絶やすためじゃ。
ほかの誰でもない、やみの力を持ち合わせた自分の子。産む前から、三人目のやみの子に違いないとおわかりだった。
「空の子が新たな力を呼ぶ」。
我が子が空の国に破壊をもたらす。そう確信なさったのじゃ。
サクさまはサクさまのやり方で、この地を護ろうとなさっていたのじゃよ。
サクさまはご自身の十五の受胎の夜、受胎を阻止しようとなされた。そしてヨウさまは、サクさまを止めるためにやみと闘って亡くなられたのじゃ。
どのような闘いが行われたのか、・・・わしには想像もつかぬ。
サクさまの受胎阻止は失敗に終わった。そして、そのお子の肉体には始祖コウさまの意識体がお入りになったのじゃから皮肉なことよのう。サクさまはそのことを知って、予言の書を目にすることをお決めになったのじゃろう。
それにしても、サクさまはなんとも特異な空の子であることよ。幼い頃から自身の特異な力に翻弄され、かろうじて理性でおさえ、いいようのない孤独に悩まされ、不幸な巫女さまであった。
にもかかわらず、あの御方の御心は若くみずみずしい。空の神に挑み、倒れ、絶望を味わいながら、それでもなお、強い夢と希望にあふれて、いまも空の神に闘いを挑んでおられる。その生き方はなんとも潔いではないか。
しかし、サクさまのお力は空の神のお力には及ばなかった。
果たしてこの地に三体のやみの子が集った。
アデさま、サクさま、そしてコウさま。
サクさまは計画を変更なされた。自身はやみの国に入り、コウさまをもやみの国に取り込む。コウさまがゲンさまを召喚できないように、早くから計画なさっていたはずじゃ。
コウさまは、二千年前やり残したことを果たすために、再びこの地においでになったのじゃからのう。当然、サクさまとはお考えが違ったじゃろう。サクさまの計画を察したコウさまは、すぐさまゲンさまをお呼びになった。
つまり、やみの神の一の子コウさまが、やみひとを根絶やしにすると決断なさった。それは普通のことではない。それはからだの半分を殺すこと。ご自分の命もお捨てになることを決意されたのじゃ。同じやみの子であるサクさまにはできなかったことなのじゃ。
それは空の神の計画、空の神の決断。そしてやみの神の計画、やみの神の決断。身を切るような決断を、二千年前に御ふたかたがなさったんじゃ。
遠い昔から、空の神とやみの神は、お二人でこの地に存在なさっていた。しかし、どういう理由かはわからんが、この地を空の神だけが支配することになり、やみの神はこの地から離れることになった。いずれにしても、うえの決めたことじゃ。計り知れぬ。
大いなる御方のそれぞれの決意の表れが、巫女の始祖コウさまの存在であったのじゃ。
しかし、人のからだを持つというのは悲しいもんじゃな。常に「情」が魂の邪魔をする。二千年前、コウさまは大いなる御方々のご意思を受けとりながら、その計画を遂行できなかった。
いや、遂行しなかったのは双方の神々なのかもしれぬ。なぜなら、コウさまは空の神とやみの神の調和を象徴した存在。コウさまが一番はじめに作られた意識体であり、双方の神々は互いにコウさまをこよなく愛しておられたのじゃろう。
その愛する子を互いの決別の道具として、とうとうこの地に出された。そうせざるを得ない状況に陥った、ということじゃろうのう。
コウさまの御心も、サクさまの真意も、いまではわからぬ。いや、巫女さまはすべて、その真意はわからぬものじゃ。あの御方々は神そのものじゃからの。
いま、三体のやみの子が集い、この地は破壊を迎えた。
「空の子は新たな力を呼ぶ」。
コウさまはゲンさまを召喚された。そしてゲンさまは破壊そのもの。
新生のために。
絶望は希望のためにある。
新たな灯は、絶望の果てにともる。
そのためにゲンさまのお力が必要なのじゃ。
それは空の神の降臨。
これから破壊がはじまる。
真の絶望に立ち会うことになる。
しかし、我々は破壊を受け入れねばならぬ。逃げるのではなく、真っ向から絶望に立ち向かわねばならぬ。
そこに「救い」がある。
この杖にはな、タイさまの力が籠められている。浄化の力じゃ。この力を解放するためだけにわしがいる。そのためだけに生きてきた。時がきたら力を解放する。そのとき、この地が新生するのじゃ。いま、ようやく時を迎えようとしている。
やっと命を果たすことができる。
えらそうにしているが、わしらはできの悪い「居残り組」なんじゃ。見てみい。仕事を終わらせることができず、老い果てて、この期に及んでも、お空さまからお許しをいただけない問題児ばかり。
しかし、「居残り組」にもお空さまはご褒美を下さる。ここまで生きていたからこそ、このうえない感動を味わう。それがたとえ恐れや不安、とてつもない絶望だとしても、感動に間違いなく、この世を面白いと思える。それが幸せというものじゃ。
サクさまにお会いできた。
コウさまにお会いできた。
ゲンさまにお会いできた。
そして何よりも、新しい「灯」に会えた。
「灯」は紛れもなくおまえたちじゃ。
ガンザン、ウルク、ギル。
この地に懸命に生きて生きて生き延びて、これからの空の国を護ろうとするものたち、そして護られるものたち。
おまえたち全員が「新しき灯」なのじゃ。われわれは「新しき灯」を一人でも多く残さねばならない。それが、われわれの生きる理由、神に賜った命なのじゃ。




