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空の子  作者: そうじ
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はじまり

 御堂本堂では、ヨクとテルイ、ソウイとギンカが集まっていた。

 ヨクはゆっくりと立ち上がり、テルイはヨクのからだを抱えるようにして支え、ヨクを椅子に座らせた。

 ソウイとギンカは、双方ともずぶぬれであり、手拭いでからだを拭きながら入ってきた。いずれも痩せたからだつきではあるが対照的な表情をしている。

 ソウイはあっけらかんとして鼻歌を歌い、手を頭の後ろに組み合わせて機嫌が良い。からだからしずくが垂れるのを楽しんでいるようだ。濡れて重くなった手拭いを、ときどきギンカのからだに当ててからかっている。

 対してギンカはひとしずくでも逃すまいと、丹念にからだを拭いている。わが身を濡らした雨にいら立っているのか、頭痛でもしているのか、眉間をぐっとしかめている。ソウイから繰り出される手拭い攻撃を面倒くさそうに払いのけながら、とぼとぼと歩いてくる。

 このふたりが昔から親友だというから、ヨクはいつも不思議であった。

 後ろから、今度はサキイとヨキイの姉妹が入ってきた。これはまたうるさい。濡れた身など気にも止めずになにやら口げんかをしている。

 「ほじゃから、姉さんはダメなんじゃあ」

 「なーにがダメじゃあ。おまえにいわれとうないわ」

 「葬式の時ぐらい神妙にしとけんのかい」

 「ヨキイ、おまえがあの場に行ってみい。みーんな黙っとるんぞ。もう我慢ならんて」

 ギンカが思い出したように、はあ、とため息をついた。それを見てヨクも軽くため息をついてつぶやいた。

 「ほんにこの顔ぶれで良かったのか」

 テルイはヨクのことばを聞きとめて、叱るような口ぶりで言った。

 「ヨクさま、いまさらなにを。こいつらしかおらんでしょうが。お空さまが何とかして下さるでしょう」

 「はあ」

 「ヨクさまが任命したんでしょう。しっかりして下さい。とりあえずソウイが仲間に入るのは、私は反対しましたからね」

 「あ、あれはライさまじゃ」

 「まったく、ライさまにも困ったもんです。やりっぱなしで、ご自分はさっさと崩御なさって」

 「うむ、うむ」

 すると高窓がガアッと開き、ざああっと雨が降り込んできた。同時にひときわ大きな声がした。

 「こりゃ! ライさんの悪口いうとるな?」

 ヨクとテルイはぎょっとした。窓から、蓑に覆われたジャクルが顔を覗かせている。笠は重たそうに雨水をぼとぼとと落としていた。

 「ジャクル! 窓をはよう閉めんか」

 ギンカが苛立った口調でジャクルを叱り、窓にかけよっていった。

 「ほいほい」

 ジャクルが身に着けている蓑は相当の雨を吸い込んでいるらしく、辺りが水浸しになってしまった。

 「あやつめ。いつからあそこにおったのか」

 テルイは舌打ちをしてつぶやき、ヨクを見た。ヨクはちらっとテルイを見たあと、何事もなかったかのように目を逸らした。テルイは、

 「ジャクル。この地獄耳め」

 といってみた。ジャクルは大声で笑った。

 「はっはっは。自然と聞こえるんじゃよー。ソラモンとはからだのつくりが違うんじゃー」

 「おまえ、いつから窓の外にいた」

 テルイは探りを入れてみた。テルイはヨクとの話を聞かれたのではないかと疑ったのであった。

 「ふんふーん、ふんふん。なんじゃあ?」

 ジャクルは得意のとぼけた調子で歌を歌い始める。テルイは鼻を鳴らした。

 (ジャクルにゃ敵わん)

 そう思いながらジャクルを凝視すると、ジャクルはにいっと笑って三本しかない歯を見せた。

 そこにひときわ張りのある、凛とした声が響いた。

 「そろったか」

 全員が、さっと振り向いた。

 (はっ、サクさま)

 ヨクは一瞬そう感じたが、コウであった。

 コウの髪が濡れそぼり、くせ毛が萎えてまっすぐに垂れ、いつもより黒く見えたからであった。雨に濡れ続け、体温が下がったのか、コウの顔が白かったせいもあった。

 サクの髪は艶のある濡れ羽色であり、顔色は青白かった。コウは同じ黒髪ではあるが、少しくせ毛で短髪、手入れをせず、寝ぐせまでつけている。また、コウの顔は日焼け、子ども特有の赤みを帯びている。そのため、ふたりの母娘は「似ていない」とほとんどの村人に思われていた。

 (よう似ておられる)

 皆が同じ気持ちになっていることを、ヨクは感じた。それは決して姿かたちだけではないことを、この場にいる者たちは知っていた。

 後ろにサイナが控えている。コウとサイナが部屋に入ると、ギンカが扉をさっと閉め、錠がかけられた。その瞬間、長老たちは膝をつき、頭を垂れる。しかし、サイナとジャクルだけは立ったままであった。ジャクルは、

 「やあ、コウさん」

 といって手を挙げ、酒をくいっとあおった。

 サイナはその姿をひとにらみした。

 「ジャクル。この場でお酒はだめよ」

 「なーんも。コウさんはええというてくれとるわ。のう、コウさん」

 しかし、コウは答えなかった。ジャクルは白髪の眉毛の間から、瞳を光らせるようにしてコウを見た。そのジャクルの目を見て、サイナははっとしてコウに向きなおった。

 頭を垂れていた長老たちは気が凍り付いたのを感じ、ぎくっとしてコウの言動を注視した。

 (コウさま・・・)

 皆がごくりと唾を飲んだ。

 ジャクルの軽口は、コウのようすうかがいの役割を果たしていた。コウに気軽に声をかけられるのはジャクルぐらいしかいない。自然とジャクルの言動によるコウのしぐさを皆が感知する。ジャクルの声掛けに返事をしないときのコウは、たいてい神がかっているときである。

 案の定、コウの表情はいつもと違った。用意されている座にどっかとあぐらをかいて座り、手すりに肘を置いて、こぶしで片頬をぐっと支え、焦点の合わない目をしている。

 雨は激しい音を立て、雷光が放たれた。

 ジャクルが声を上げた。

 「あっ。ライさんじゃ。あれはライさんの光じゃ」

 居合わせた者たちはびくりとしたが、ギンカは静かにうなずいていた。ヨクがコウの表情を窺い見ると、コウは緊張した顔をしていたが、目が生きていた。

 「よくわかったな、ジャクル。その通りだ。ひいおばあさまがお力を下さる」

 コウは静かにいった。口元には笑いさえうかべていた。

 「おお。ということは」

 ヨクは緊張のあまり、ことばを続けることができない。

 他の者は固唾を呑んでコウのことばを待った。

 コウはいった。

 「はじまるのだ」

 場に、静かな厳粛な気が満ちた。

 「おお・・・」

 ため息のような声が漏れた。

 稲妻が走り、どどんっと雷鳴が降りてきた。


 空の国ではその日から激しい雷雨に見舞われた。

 その間やみひとは山奥を除いてほとんど出現しなかった。そのことは空人にとっては別に不思議なことではなかった。いままでも激しい雷雨のときは、やみひとが出現しなかった。

 それよりも雷雨の激しさにおびえた。

 ―――こんなことはいままでなかった。

 ―――きっとなにか起こるに違いない。

 ―――予言の書のうわさは本当だったのか。

 不安と疑惑と確信に似たうわさが飛び交い、人々は困惑した。

 ほどなく、各里に直接コウからの指令が出た。

 「全員、各里に残ることなく、中央に移動するように」との異例の指示であった。

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