導き
一方、ガンザン、ウルク、ギルの三人はイツキからガクウの失踪を知らされ、今後の対策を練るという名目で再びガンザンの部屋に集まっていた。
が、具体策がさっぱりうかばない。わかってはいたが、ガクウがいないということは国の頭脳を失うということである。しかも南麓村の政、医療団の統治とガクウが担っていた仕事が大きすぎる。果たしてその穴を埋めることができるのか。
極度の疲労が三人をむしばんでいた。「考える」ということがこれほど体力を奪うことかと一様に感じていた。ガンザンは苦い顔をして黙りこんでいる。ギルはうーんとうなっているだけである。ウルクは畳に寝そべって眠そうな目でふたりのようすを見ていたが、ひとつ大きなあくびをして、よっこらしょ、とからだを起こした。
「村役の統制はイツキだな。医療はガクウの右腕の、ほらなんてやつだっけ?」
「アオイだ」
ガンザンがぶっきらぼうに答えた。
「そうそう、そいつだ」
ギルは力なく「大丈夫なのか、あいつらで・・・」とつぶやいた。
「大丈夫さ」
とウルクがいい捨てた。
ガンザンが続けた。
「そうだな。南麓村の管理も医療班の動きも大きな変更はない。いずれにしてもガクウが作成した管理体制はすぐに崩れるものではないからな。国全体のやみひと対策も、各村の実施項目は変更はないだろう。すでに文書化して各村にはわたしてる。あれはガクウが完璧に仕上げている」
あいつの力にどれだけ頼っていたか。改めて自分が情けない。いやそんなことはわかっている。いまはそんなことを考えている場合ではない。問題は・・・。
「問題は予期しないことが起こった場合の対処。ガクウの不在による村人の不安。それから」
「それから、俺たち三人の喪失感だな」
ウルクが軽くいい放ってみたが、ギルのため息を引き出しただけだった。
「あーあ、なんだよ。落ち込んでてもしかたないだろ。予期しないことが起こったら俺たち三人で考える。ガクウの失踪はひたすら隠す、それしかない」
「そうだな、まずはそれしかない。とにかく先に・・・」
ガンザンがいい切ろうとすると、ギルが慌ててさえぎった。
「そうだ、ゲンさまは? ゲンさまに相談してみたらどうだろう。ほら、医療という面では癒しの力をお持ちだし。ガンザン、どう思う?」
答えたのはウルクであった。
「ばかだなあ。ゲンさまみたいな目立つ御方は相談には適しない。こんな話は隠密に進めるもんだ」
「それにゲンさまの無邪気な感じ。あれはどう見ても気のいい仙獣さんじゃん? ・・・あの御方はおそらく利用されている」
「利用? だれに? 」
「んん、どうしよっかなー」
「なんだ、いえよ」
「ヨクさまだよ」
「え」
「あ、そうかも」
ギルはあっさり納得したので、ガンザンはつい大きい声で指摘した。
「そうかもって、ギル、なんてこというんだ」
「なんとなく納得するだろ? ヨクさまはそれだけ怪しいところだらけなんだ」
「おい、それ以上の侮辱は許さん」
ガンザンの険しい表情がウルクに向けられた。
「落ち着けよ、ガンザン。このまえはギルの新ネタに驚かされたがな、新ネタを持ってるのはなにもギルだけじゃないんだぜ」
「軽くいうなよ。俺がどれだけの思いで告白したか」
今度はギルが険しい顔をした。
「わかってるよ。だから俺も切り札を出すことにしたんだぜ。俺の見解ではコウさまだってヨクさまに利用されているともいえる。・・・怒るなよ、ガンザン」
ウルクはガンザンを気にしながら話し続けた。
「だが、俺のネタはギルの話みたいに証拠がない。これは完全に憶測なんだが・・・」
ウルクの視線が落ちた。急に空気が変わった気がしてギルはぎくっとした。
ガンザンはその表情を知っていた。幾日か前、ずぶぬれになったウルクが見せた絶望の表情である。
「ウルク、おまえ、いったいなにを」
ガンザンが慎重に訊ねたので、ウルクは笑顔を作ってみせた。
「ヨクさまは主犯だがテルイさまが共犯だ。そしていまや七人衆とモトン族も共犯だ。筋書を書いたのはヨクさまだと考える」
「食糧庫のことと、やまんとの出没と、なにか関係があると?」
「うん、たぶんな。お偉いさんたちはなにか重要なこと、それこそいま起こっている災厄に関係することを俺たちに隠れてこそこそやっている。いまだって、もう午の刻すぎたな。みなさん、どこかにお集まりだぜ。その主犯格はどう考えてもヨクさましかいないだろ」
「だとしても、いったいなにをなさってるんだろう」
「それよ。あれだけの食糧をあの老人たちが全部食べるわけがないし、やまんとだって穀物には興味がない。だとすれば空人の食糧に決まってるんだ。それをやまんとに運ばせているんじゃないかな」
「どこに」
「ガンザン、おまえはどこだと思う?」
ガンザンは即座に答えた。
「中央しかない」
「やっぱりな」
「じゃ、なんで」
「近々、大災害が起こるとみた」
「くっ」
ガンザンとギルは同時に声を上げた。その声は驚きではなく落胆であった。この雷雨つづきである。そう思わない方がおかしい。
やみの力の変容、サクさまの力、チャルラの出現。さまざまな災いが次々と襲いかかる中、さらに雷雨による被害が続出する状況にありながら、その被害が大災害になるなど思いたくなかった。空の国の歴史においてどの古文書をひもといてもそんな事例はないということが、勤勉なふたりにとっての唯一の救いだったのだ。
「しかし、まさか」
「まあ、きけよ」
ウルクはさぐるようにして話し始めた。
「あれは俺が十五のときだったかなあ。ソウイさまが酒にかなり酔われてな。こんな話をされたんだ。『ヨウさまがお生まれになったとき、ヨクさまとテルイさまが待ち人来たらずっていわれていた。いったいなにを待っているんだか』って。当時は全然意味がわからなかったが、俺はずっと気になっていたんだ。いまならわかる。つまり、ヨクさまとテルイさまは特別な巫女さまがお産まれになるのを待っておられた」
「なんのために?」
「大災害による被害を少なくするために、だ」
「そんな」
「あのふたりは大災害が起こることがわかっていた。で、それを防ぐ手立てを考えていたと推測する。そして、それを防ぐ特別な巫女をひたすら待っていた」
「なんでそんな巫女が生まれてくるってわかったんだろう」
「そりゃ、ヨクさまは謎が多いからな。あれだけのお人だ。お空さまからなんらかの啓示を受けていたとしてもおかしくはないだろ?」
「確かにそうだが・・・」
「で、特別な巫女とはやっぱり、コウさまってことだよな」
ギルもガンザンも、ここで「サクさまの可能性もある」と心の中で思ったが、思うにとどめた。長老がやみの力を持った巫女など待つものか。
ウルクはふたりを見てふうんと長く喉を鳴らした。
「結果、コウさまだった、ということになる。そりゃそうさ、考えてもみろよ。あれだけの祓いの力をお持ちなんだ。そしてなんてったって、あの伝説の仙獣を召喚なさったんだぜ? そんなの聞いたことある? 始祖の巫女さまもびっくりだよ」
ガンザンがいきなり「ああっ」と声を発した。
ギルもウルクもぎょっとした。
「どうした、ガンザン」
ガンザンはウルクをちらっと見て
「俺の夢のこと、聞いたことあるだろ」
と恥ずかしそうにいった。ウルクは「あはあ」といってひやかした。
「伝説のゲンさまに乗って始祖の巫女さまがおまえを助けにきたって、あれだろ?」
ギルはきょとんとしていた。ウルクはにやにやしながら、
(前世の話なんだって。ガンザンの新ネタさ)
とギルに耳打ちした。
「あれから毎日見るんだ」
「えっ。毎日?」
「あのとき、確かにゲンさまがおいでになった。でもゲンさまはほどなく空にお帰りになった。始祖の巫女さまだけがこの地に残られたんだ」
「おいおい。あのときって、たかが夢じゃないか。まさか本当に前世だと思っているのか?」
「確信している。といってもおまえは信じないのであれば仮説と思って聞け。つまり俺の夢が仮に本当のこととして、だとしたらゲンさまはなぜお帰りになったのか」
「始祖さまだけで大丈夫ってことになったんじゃないの」
「そんなはずはない。だったらなぜいま俺たちはこんなにやみひとに苦しめられているんだ」
「見立てが失敗だったんだよ。だから、ヤバイヤバイってことでゲンさまを召喚したんだろ」
「真剣に答えろよ、ウルク。だったらなんで、ゲンさまを召喚なさるのがいまなんだ?」
「そりゃ、コウさましかできないことだから?」
「俺たちが苦しんでいるから仕方なくってことじゃないのか」
「確かにそれもあるだろう。でもそれはあくまでも通過点だと思う」
「通過点?」
「ああ。よく考えろ。ゲンさまが来られて確かにたくさんの人が助けられた。しかしゲンさまが来られてから災厄がひどくなっている。あのときもそうだった。ひどい雷雨が続いて・・・」
(そう、この懐かしさ。あのときのものに違いない)
ガンザンはなぜこれほどまでに雷雨が懐かしいのか、ずっと考えていた。
もちろんこの国では雷雨は珍しくない。子どもの頃の記憶といわれればそれまでだ。しかしこの感覚は違う。もっとせつなく、甘く、もっと悲しい。深い深い海の底のような、まっくらな心の奥底に潜む記憶。いま、その記憶みずから淡い光を放ち、顕界に姿を現そうとしているのだ。
「ゲンさまは始祖の巫女さまだけを残して、すぐに空にお帰りになった。その後、災厄は続かずにこの地が保たれた。しかしいまはどうだ。ゲンさまはここにおいでになった。今度は空にお帰りになる気配はない。災厄はどんどんひどくなっている。ということは、これからあのときの続きが行われるのではないか。いま起こっている災厄の本当の理由は、もっとおおもとの、もっと・・・」
ガンザンの顔がぽかんと呆けてきた。まるで夢の中にでもいるような顔だった。
「つまり、決まっていたとしたら・・・。なにもかも、あのときから」
ウルクは黙って聞いているが、ギルにはなんのことかさっぱりわからなかった。
「あのとき?」
「始祖の巫女さまが仙獣とともに降りてこられた時だ。決まっていたんだ」
「なにが」
「あのときの続き、なにもかも・・・」
「だから、なにがっ!」
ギルはイライラが過ぎてとうとう大声で訊き返した。しかしガンザンはぼうっとした顔でただぶつぶつ唱えていた。ガンザンは呆けた顔のまま、ぐるっとふたりを見た。ふたりはぎょっとした。
「いま起こっていることだ。そしてこれから起こることだよ」
ウルクはガンザンの怪しいようすを冗談と思いたくてわざと茶化した。
「ははは! ガンザン、おまえもとうとう頭に来たか」
そのときガンザンは目が覚めたような気がした。
「はっ。もしかしたら、予言の書というのはあのときの・・・」
ガンザンの声をさえぎってウルクが「あっ」と叫んだ。ウルクもガンザンもそれっきり黙ってしまった。ギルはふたりを見比べながら混乱していた。
「なにいってるんだ。予言の書だって? そんな子どもみたいなことを。おい、ガンザ・・・・」
ギルの肩をウルクがしっかりと握った。ウルクの目の焦点が合っていない。
「なんだよ、ウルク、おまえも・・・」
「ギル。ガンザンのいう通りだ。予言の書はある。大災害が起こるとか、特別な巫女が生まれてくるとかってことが書かれているに違いない。そんでもって隠してやがるんだ」
「だれが?」
ウルクは得意そうな顔をした。
「決まってるだろ。主犯のヨクさまだ」




