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空の子  作者: そうじ
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ガクウの決意

 その夜、子の刻。

 ガクウは暗黒の部屋にいた。

 人の気配はない。誰もいるはずはない。

 しかし、ガクウに突き刺さる視線があった。それはガンザンの視線であった。もちろんガンザンがこの部屋にいるわけではない。今朝、ガンザンの目を見た時からガクウはずっとガンザンの目に縛られていたのであった。

 あいつはいつもあんな目をする。正しく強い目。なんであいつのところに私は行ってしまったんだ。わかっていたはずだ。あの目で見られることを。私はあの目で見てほしかったのか? 違う! では私はいったいなんのために行ったというのだ。あいつが私に嘆願するとでも思っていたのか? そんなやつじゃないことぐらいわかっていただろう? だが万が一、あいつが嘆願したらどうするつもりだったんだ? 私はあいつのいいなりになるつもりだったのか? ばかな! 私はすでに決意していた。ガンザンごときの言動に揺さぶられる決意ではなかったはずだ。なのに、私はあいつに会いに行った。なんで行ってしまったんだ! くそっ! なんであいつはいつもあいつなんだ。

 私はなぜあの目に縛られている? あいつの目が執拗にからみついてくる。なぜ振り払えない? いや、振り払っているんだ。振り払っても振り払ってもまとわりついてくるんだ。俺はあいつの目から逃れなければならない。それだけだ。だからここにいるんだ。


 ガクウは背後に怪しい気配を感じた。

 (きたか)

 基本的には誰かがいる、という気配にしかすぎない。しかし、やみの気配だと判断した。ガクウの感覚は能力者が直感的にとらえるものとは違っていた。すべての現象から推測できるものを瞬時に判断する。

 ナツイの最期のことば。ナツイの葬儀の日、エイリが誰かがここにいると感じた。その時、人はいなかった。しかし、ガクウにはささやきが聞こえた。誰の声かはわからない。

 ―――子の刻、この場で。

 と。聞いたことのない声。ねっとりとした声であった。すぐさまガクウは悟った。

 サクさまが呼んでいる、と。

 しかし、ガクウはここ数日、研究棟に入らなかった。入ることができなかった。ガクウ自身は決意が固いと思っていたようだが、実際は決意ができていなかった。

 真の決意とは決断である。からだに食い込むようにして複雑に絡みついた蔓を断ち切ることである。切っても切っても絡みついてくる蔓。あるいは肉体をえぐりとって与えてやらねば切れぬこともあろう。その結果、肉体も精神も激しく痛み、血を流し、深く傷つき、その傷は永遠に癒えない。そうやって、たったひとつの道を選ぶことである。

 ガクウはその覚悟がなかったのである。 

 振り返ったガクウの目には、テテの姿が映った。

 「おまえがチャルラか」

 チャルラは微笑んでいる。

 (怪しい妖気。これがチャルラ)

 やみを感じる能力がないからこそ感じる、素直な受容。

 「やっといらしたのね」

 「ああ」

 「私、何日も待っておりましたのに」

 「そうか」

 「なにもかもご存知なのでしょう?」

 「ああ」

 「サクのことも?」

  

 そう、わかっていた。

 あのとき、モトン族の墓を暴いて死体を刻んだ。そこになぜ、サクさまがいらっしゃったのか。

 すべてサクさまの手引きだったのだ。サクさまはすべてご存じだったのだ。あの死体の女は生前、モトン族の長だったことも。死体に息づいていた胎児のことも。

 モトン族とサクさまの間になんらかの契約があったのか、もしくはサクさまが胎児を人質にしてモトン族を操っておられたのか、推測は容易であった。しかしそんなことはどうでもよかった。私は人体の研究さえできればそれでよかった。

 それがきっかけでサクさまによって人体の研究が許された。サクさまの手引きとはいえ、結果として胎児の命を助けたことでモトン族が私の研究に協力してくれた。なにしろ、あの胎児はモトン族の長の娘。次代の長になる娘なのだから。

 そして、死体の解剖を続けることで、やみひとは空人のからだを乗っ取って意識体としての自らを永く存在させようとしていることもわかった。空人のからだはやみひとの意識体に適合せずほどなく朽ち果て、また適合したとしても老化が進み、早死にすることも判明した。

 モトン族の血をつなぎ、やみひとをより深く知ることができ、そのことが空人を助けることになった。すべて正義ではないか。しかし、正義と常識は相反するものであり、同居できないものである。だからこそ研究は空人には内密に行われた。

 しかし、サクさまの意図はそこにはなかった。サクさまはもっと先を見ておられた。やみひとの意識体が入った空人の肉体をどう維持するか。それがあの御方の狙いだった。

 しかし、無理がある。目の前にいるテテのからだを見ても明らかである。衰えが早すぎる。だから、どうしても医者が必要になる。医者ならだれでもいいというわけではない。そこで私だというわけだ。

 サクさまは常に限界に挑み、無理は承知で無理を通そうとなさる。その意志の強さ。掟や常識、感情にまったく縛られず、淡々とご自分の思いを果たされるその姿。素晴らしい。そう。私はサクさまの強さに魅かれたから行くのだ。ガンザンなんか関係ない。私は私の道をすでに歩んでいたのだから。今朝の私はおかしかっただけだ。なにを悩む必要があろうか。まったく愚かな。

 私は一度だけ、サクさまがやみを操っておられるのを見た。その時は驚いた。しかし徐々に納得していった。サクさまはとてつもない大きなことをなさろうとしている。やみを操ることが悪だとだれが決めた? 正義と常識は相反するものだ。常識に反していること自体、正義の証明ではないか? それがわかるのは私だけだ。サクさまを支えることができるのは私しかいないのだ。

 

 チャルラが物憂くいった。

 「サクがどうしてもあなたに来てほしいと望んでいるのでね」

 ガクウは自然と笑みがこぼれてきた。


 そう。問題はサクさまの御心、サクさまの存在、それのみ。

 私は選ばれた存在なのだ。

 ナツイの最期のことばでサクさまの御心を理解した。ナツイを遣って私を呼ぼうとしていることがわかった。たとえ、サクさまがなさっていることが空人に知れて、空人からさげすまれたところでそれがなんであろう。彼らは与えられた恩恵に身を委ねて生きるだけの存在ではないか。その奥に潜む真実を究めようとする意志もなく、その恩恵が自分に都合よく働かなくなれば逃げようとしてクニ抜けを試み、結果、惨死して肉塊となり果てる。または逃げる勇気も挑む力もなく、まわりの有力者に庇護されながら卑しく生きながらえる。いずれにしても、環境に左右されるだけの存在に嫌われるとすれば、望むところだ。

 サクさまの目的が達成されれば、真の正義が表に出る。立場は逆転する。私はサクさまのもとで、空の国とやみの国を両方を手にする。医術。私だけに与えられたこの技術。私だけに許されたこの力。ガンザンでもウルクでもない、この私に。

 私は選ばれた存在なのだ。

 選んだのは誰だ? 力を与えたのは誰だ? ほかならぬ空の神であろう。であれば、その力を有効に使わねば意味がなかろう。この力を真に理解なさっている御方のもとで。

 

 チャルラは再び微笑んだ。

 「あなたはサクに似ていらっしゃるわ。でも・・・、あなたの心の底に潜んでいるこだわりは、消えるのかしら」

 「こだわりとは?」

 「さあ」

 チャルラは、目をそらした。

 「おまえが私をどこまで理解しているというのか」

 「まったく知りませんわ」

 「ではなぜ、そんなことをいう」

 「直感、いえ、霊感とでもお伝えしておきましょうか」

 ガクウは眉をひそめた。

 「あら、そんなお顔なさらないで。自尊心の強いお方ね。・・・で? お決めになったのかしら」

 「ああ。もう決めている」

 「あなたも破滅をお好みになるのね」

 「好まなくても破滅はもうはじまっている。その後に新しい世界が生まれる。そこに残るのは、多大なる知識と大いなる運を持ち、すべてを捨てる覚悟を持つ者なのだ」

 「ずいぶんと自信をお持ちですこと。でも、二番手の悪あがきのようにも聞こえますけど?」

 ガクウは明らかに不機嫌な顔をした。

 「ふん。それはおまえのことか」

 「どうかしら。うふふ。まあ、よろしいでしょう。いずれにしても空の国のなれのはて」

 「確かに」

 ガクウは白けた顔をした。

 「では、まいりましょう」

 チャルラは笑った。

 (なれのはての塵と散るために)

 チャルラの目が青く光った。

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