ガンザンの覚悟
ガンザンの部屋で三人の話は続いていた。
ガンザンが腕組みをしてギルに向かっていた。
「サクさまの話はわかった。で? ガクウがなんだって?」
ギルは声を潜めた。
「あいつがやっていること、おまえらだってうすうすわかっているんだろ?」
ガンザンは渋面を作って黙っている。ウルクはガンザンを気にしながら、ギルに向かってぼそといった。
「コウさま曰く、やみひとの研究ってやつだろ?」
「そうだ。しかし知ってのとおり、おもに行われている作業は死体の解剖だ」
ガンザンはなにもいわない。ウルクは目をそらした。ギルはふたりをなぐさめるようにして続けた。
「おえらいさんがたはみんな知っているさ。でも逆らえないんだ」
「そりゃなんたって、あいつは国の医療を牛耳っちゃってるからねえ」
ウルクの皮肉にガンザンは頬をぴくりと動かした。
「ウルク。ことばが過ぎるぞ」
「へいへい」
ウルクに反省の表情はない。ギルは二人のやり取りを見終えてから話を続けた。
「その通り、ガクウが医療の権威だ。・・・で、そのガクウに死体の解剖をやらせていたのは、サクさまだ」
「えっ」
ウルクから余裕の表情が消えた。
「なんでそんな・・・」
ガンザンは一度ことばを失い、気を取り直してギルに問うた。
「ギル、そのことを誰から聞いた」
「俺は東浜の長だぜ。もう長い」
ウルクがぽんと手を打った。
「モトン族か」
「そうだ。が、うみんとはだめだ。ジャクルじーさんのの息がかかっているからな。さらっととぼけやがる。実はやまんとのほうがおしゃべりなんだ。やまんとは南と東の山奥に多く棲みついている。しかし、俺もギンカさまも詳しい場所は知らない。でもガクウはたぶん、ほとんど把握しているはずだ」
「ガクウが?」
「なんで」
「死体の解剖だよ。モトン族が山奥で見つけた腐乱した死体やら、動物の肢体やらを持っていって、ガクウが報酬を与えているらしい」
「やまんとのやつら、よく引き受けたな」
「どうやらサクさまとガクウに恩があるらしい」
「恩?」
「あいつらは情が厚いからな。よほどのことがあって世話になったんだろう」
「そりゃ、いったいどんな」
「わからん。あいつら、肝心なことは一切口にしない。ただ、サクさまとガクウのためにやっている、ということは確かだ」
ギルはヒヤリとした。勢いで取り返しのつかないことをするところだった。自らの胸の奥が高鳴ってぶちまけてしまいたいと思う気持ちをなんとかなだめた。モトン族がサクとガクウに受けた恩というのをギルは知っていた。それはモトン族にとって、末代にまで宝のように大切に語り継ぐであろう大事なのだ。いくら懇意にしていてもモトン族は別の人種。踏み込んではいけない領域というものがある。
「ギル、おまえ、いつからそんなことを」
「十二年前、コウさまがお生まれになってひと月ほど後かな。やまんとの姿を見たという報告がちらほら上がってたんだ。あいつらが俺たちの前に姿を現すのは、異変が起こる予兆みたいなもんだからな」
ウルクとガンザンの表情が硬くなる。ギルは先を進めた。
「ここまでたどりつくにはそりゃ苦労した。ほとんどは酒飲ませて聞き出したから大したことない内容が多かったがね。猿を生け捕りにしてガクウの弟子に渡したとか、人肉が残っている人骨が喜ばれたとか」
「うわ・・・。なんか俺にはわかんない世界だなあ」
「つまり、サクさまはガクウを使って死体の解剖までさせていた。ガクウはやまんとの協力を得て死体の回収をしているわけだ。なんのためか。表向きは『やみひとの研究』『やみを祓うため』だ。だが、あのとき俺がみたのは祓いではなかった。確かに俺は見た。サクさまがやみの力を操っておられた。だから、なぜサクさまが『やみひとの研究』と称してガクウに死体の解剖までさせていたのか、その真意がわからんのだ」
ガンザンは冷静に聞いた。
「で、ギル。俺にどうしろと」
「サクさまの真意をガクウから聞き出してほしい」
「ふうむ」
「ガクウは知っているはずだ。それを知ることがいまの危機を乗り越えるためのカギになる」
「それは確かにそうだが」
「それだけじゃない。ガクウを正しく導いてほしい」
「導くって・・・」
「ガクウはますます陰湿になっている。サクさまがいなくなられてから特におかしい。もしもサクさまのことを隠しているとしたら、その時点で道から外れているんだ。だから正しく導くべきだ。それができるのはガンザン、おまえなんだよ。個人的な感情でいってるんじゃない。あいつがおかしくなれば、国の医療だっておかしくなる。俺は気が焦って焦って仕方ない。落ち着かないんだ」
「ギル、そう慌てるなよ」
「ウルク、俺の気の焦りは啓示だ。おまえならわかるだろ?」
ウルクはぐっとことばをとめた。確かにそうだ。こいつの感覚は鋭い。鼻がいいとか、そんな程度の鋭さではない。こいつの焦りを見過ごして後悔したことが何度もあった。ガンザンめ、苦い顔してやがる。俺はガクウを信じたい、なんて甘いことを思ってんじゃないだろうな。いつもの悪い癖だ。
ギルも同じことを思っていた。
ガンザンはガクウを無理に従わせるようなことはしない。誰を相手にしてもそうだ。こいつは自分を過信している。いや、人を過信している。俺はこいつらみたいにガクウと幼なじみでもなければ、特別に仲がいいわけでもない。いけすかないやつで本音をいえば嫌いだ。
だが、ガクウを野放しにするわけにはいかない。あいつは絶対になにか隠している。結果、サクさまの真意を知らなかったとしても、あいつが隠していることを少しでも吐かせることが、国を救うカギだと思えてならない。しかもあいつは国の医療そのものだ。あいつ自身が正常に機能しないと救える命が少なくなる。だからこそガンザンに動いてもらうしかないんだ。しかしこの頑固者め。頬の筋肉さえ動かさん。
ガンザンは目を閉じている。
ギルとウルクはガンザンの表情をただ凝視することしかできなかった。
ガンザンがやっとことばを発した。
「わかった。俺が直接ガクウに会おう。だが、俺のやり方でやる。いいな? 」
ウルクはほっと息をついた。
「もちろんさ。おまえしかできないことだからな」
ギルはまだ焦りが収まらず、
「いつ?」
とガンザンに詰め寄った。
「急くな。お空さまが場を準備される」
「ああ、確かに」
ギルは意外なところから納得させられた。ガンザンが決意した時点で、すでにお空さまが動いておられるのだ、と思った。そんなギルも純粋ではあるが、ガンザンはさらに単純だった。ガクウが近いうちに自分を訪ねてくる、と直感したのだ。根拠もなにもなかった。そのようにお空さまが自分のこころにお伝えになった、と感じた。
「だからこそ」
ガンザンが、ギルとウルクに交互に視線を向けた。
「たとえ我々が最悪と思える結果でも、それはお空さまのご意向だ」
ガンザンの眼が座っていた。
ギルはただうなずいた。うなずくことしかできなかった。
ウルクはまばたきさえできなかった。ガンザンの眼に感動していたのであった。
「目が座る」とよくいうが、そうか、これは覚悟だ。これが諦観というものか。常に結果を受け入れているんだ。諦めに似た覚悟。やるべきことを尽くしているから生まれる天命への信頼。最悪の状況を受け入れるという手放しの宗教心。心もからだも神にゆだねているものの強さ。ガクウをどうしようが、もうおまえの思う通りにしてもらって構わない。ガクウに甘いと思うし、それについては俺もいいたいことがたくさんあるが、もういい。おまえという存在が決めるのであればそれで十分だ。
ウルクはガンザンの眼をずっと見ていたいと思った。
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翌朝。
ガンザンは憔悴しきっていた。昨夜は各地で中規模のやみひとが出現し、チャルラも南に出現した。ナツイの惨死の噂で、人々の士気が下がっていたため被害が多かった。
からだは溶けるほど疲れているのに、頭の中が動きをとめない。
「父さん、ガクウさんがおいでに」
部屋の外からイズが声をかけた。
(来たか)
ガンザンはしびれるほど納得した。昨日、ギルから聞いた話が頭の中をぐるぐると廻った。
(俺は俺であるだけだ)
ガクウが直接、ガンザンの屋敷に来るなど、子どものとき以来である。
「イズ、この部屋に入るように伝えてくれ」
「はい。既にこちらにおいでになっています」
「入るぞ」とガクウの声がしてすっと戸が開いた。
イズが膝をつき、一礼をして立ち去る。
ふたりは気まずい感じを露わにして、しばらく黙っていた。ガクウがガンザンに用があったのだろうが、ガクウはなにもいわない。ガンザンは、数珠を丁寧に拭きはじめた。
その姿を見てガクウがぽつりといった。
「変わらないな。おまえ」
「なにが」
「そういうとこ」
「ああ、これか」
「そのあと、手でなでるんだろ」
「ああ」
「そうすると手垢で艶がでる。そうすることで、自らの力を封じる。いざというときにそこから力を得る」
「よく知ってるなあ」
「おまえが昔から唱え続けていただろうが」
「唱える?」
「呪文みたいなもんだったからな」
「そうか」
再び沈黙になった。
ガンザンはなにもいわない。
「ガンザン」
ガクウはとうとうしびれをきらして声をかけた。
「なんだ」
「聞かないのか」
「なにを」
「なんで私がここにきたのか」
「おまえの用事だろ。おまえの間で話せばいい」
「時間がないのに」
「沈黙が必要なこともあるだろ」
「うむ」
「おまえは国の頭脳だ。おまえの考えを待つしかない時がある」
「なにもしゃべらずに帰る、としたら」
「それも必要なことなんだろう」
「私はおまえに信じられているってことか」
「違う。お空さまがおまえを信じている、ということだ」
ガクウが黙った。
今度はガンザンが声をかけた。
「おまえ、迷っているのか?」
「なにを」
「なにをって・・・。おまえのことだろう。俺に聞くな」
「そうだな」
「なにを迷っているかはしらんが、いま、おまえが迷っているとしたら、それは国に必要な迷いだ。さんざん迷って決めた行動が人々に許容されなくとも、それは国に必要なことだ。この国はおまえの国だ。おまえはやりたいことをやりたいようにやればいい」
「国を滅ぼす結果になっても?」
ガンザンはガクウを見なかった。が、ガンザンはガクウがどんな目をしているか知っていた。だから見たくなかった。
こいつは時としてこうなる。俺に答えを出させようとする。結果を引き受ける覚悟がないからだ。無性に腹が立つ。覚悟は自分自身でするものだ。なのに俺に覚悟を委ねる。しかし俺は、こいつの覚悟を結局引き受けてしまうんだ。
ウルクの不満そうな顔を思い出す。
―――おまえってガクウに甘いよな。
確かにそうだ。ガクウがなにを考えていようが、俺はガクウが好きだ。こいつの考えにはいつも驚かされる。感動を覚えるのだ。だからこそ、ガクウのやりたいことをやらせてあげたいと思ってしまうんだ。たとえそれが国を滅ぼすような企みであるとしても。
ガンザンはガクウに向き直り、ガクウをしっかと見た。
「やりたければやれ。結果は俺がすべて引き受ける。しかしな、ガクウ。おまえがなにをやろうとこの国が滅びることは決してない。なぜだかわかるか? 俺がここにいるからだ。だから・・・」
ここでガンザンはことばを止めた。本当は、俺と一緒に国を護ってほしい、といいたかった。が、ガンザンはいえなかった。自分で決めてほしかった。肩を並べて同じ方向を見たかった。
(わかっているんだろう? ガクウ。この国を、空人を護るのは俺たちだ。おまえは、おまえは・・・どうする?)
ガンザンはガクウから目を離さなかった。ガクウはガンザンから目を逸らした。これ以上、ガンザンの強い視線を受けとめることができなかった。
「・・・わかった。じゃ、帰るぞ」
「おう」
ガクウは、部屋から出て行った。とん、とん、と足音が遠のいていく。
ガンザンはつぶやいた。
「本当になにもいわずに行きやがった。ばかめ」




