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空の子  作者: そうじ
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空人

 麓に集落が見える。

 家々のまわりには松明が並び、赤々と揺れている。

 コウに導かれ、ゲンは麓の中心にある大きい屋根に向かった。四つの屋根が広い庭を囲むようにして立ち、庭の中央に大きな焚き火がゲンを導いていた。焚き火のまわりに人が集まっている。

屋根の上にも揺れる松明がいくつか並んでいた。見ると数人の子どもたちがいてこちらを見上げている。

 「なんだ、あれ。光っとるぞ」

 「あっ、コウさまだっ。コウさまが光る獣に乗っておられる」

 子どもたちはそう騒ぎたて、下に集まっている大人たちに大声で知らせている。

 ゲンは誘導されるままに庭に降りた。

 ずしーん

という音とともに、あたりが震えた。

 おお、という声が上がり、皆が駆け寄ってきた。

 コウが声をかける。

 「皆、無事か」

 「コウさまこそご無事で。・・・この獣は、まさか、あの?」

 「そうだ。こいつは『ゲン』だ。以前話をしたな」

 コウはゲンの背中に乗ったまますばやくあたりを見まわした。

 「おお、あの伝説の」

 「やはり、白狼犬であったか」

 「なんと神々しいお姿じゃ」

 ゲンは皆の視線を浴びた。人々はそれぞれ簡素な衣をまとい、首には木製の札を提げ、手首に数珠を着けている。

 「コウさま、御所でなにが・・・。激しい音がして、皆で心配しておりました」

 「家がやみに呑まれた」

 「えっ」

 「サクさまは、サクさまはどうなさったので?」

 「やみに入っていかれた」

 「なんですって」

 「心配には及ばぬ。母上は生きておられる」

 「いったい、どういうことで・・・」

 集まった人々はそれぞれに不安な表情を隠せないでいる。女子どもに至っては泣き出す者もいる。

 コウはひとりの男に声をかけた。

 「ガンザン、村役たちはそろっているか」

 その男はひときわからだの大きな男であった。

 角張った頬骨と艶のある日灼けた肌。おそらく藍染であろう、すすけた麻衣に木札が提げられ、すその短いはかまを穿いている。左手首に着けた木製の数珠がつらつらと光っていた。

 男はすっと膝をついた。

 「長老はすでにそろっております。ただ、長が二名まだこちらへきておりません」

 「各村で被害の報告は?」

 「いえ。いまのところ被害の報告はございません」

 「そうか」

 コウはゲンの背中から皆の顔を見わたし、ひとつうなずいた。そこですうっと息を吸いこみ、声を上げた。

 「聞け! さきほど強大なやみに襲われ、我ら巫女の家は呑み込みにあった。そして母上は、やみの中に入っていかれた」

 とたんに場の気が乱れる。悲鳴とも泣き声ともつかぬ声が上がる。

 「安心せよ! それはかねてからの計画であり、母上は、皆には心配いらぬと伝えてほしいと仰せである。母上がおられぬことでみなも不安だと思う。だが、・・・」

 コウの目に松明の火が映りこみ、ひとしお輝く。

 人々は息を呑んで次のことばを待った。

 「空の国には、このコウがいる!」

 気が一変した。

 「おお」

 「そうだ、コウさまがおられる!」

 場がわっと沸いた。それぞれの瞳に松明が映りこんでいる。

 まるで「やみ」を祓ったあとのように場が清められた。

 ゲンは懐かしい感じを覚えた。

 こういうことが以前もあった。

 それにしても、なんだ、コイツは。

 本当に十二歳の少女か。先程の田舎屋での眠そうな顔とは別モノだ。なるほど祓うとは人々に巣くう邪気も祓うということか。

 まわりを見ると人々の顔に赤みがさしている。

 「それに良い知らせだ。ここにいるのが伝説の仙獣、ゲンだ! ゲンの力があれば多くの命が助かるだろう。みな、希望を持て! だが、闘いはこれからだ。各々働いてもらうぞ。そして必ず生き抜くのだ!」

 再び「おおっ」という歓声があがり、ゲンは人々の志気がぐっと上がるのをからだで感じた。気温が確実に上がった。泣いていた女子どもまで、顔つきが引き締まった。

 代わりにゲンのほうが泣きそうになってきた。

 (コウのやつ、まるでどこかのえせ宗教家だな。はったりでいってやがる。オレは知らんぞ)

 コウはここでゲンの背からするりと降りた。頬骨の男がささっと近寄り、コウとなにか話している。

 その男はゲンの前にでて膝をついた。

 「ゲンさま。私は西麓村の長を務めております、ガンザンと申します。さきほどはコウさまをお助けいただいたとのこと。感謝のことばもございません」

 大人も子どももガンザンという男にならって膝をつく。ざざざっと音がして場が静まった。

 ゲンはどうしていいかわからずにコウを見た。コウは片眉をあげ、ゲンを横目で見て、うなずけ、と目で合図していた。仕方なくうなずいた。

 「屋敷の中に国の最長老がおります。お疲れのところ申しわけありませんが、足を運んでいただけますでしょうか」

 するとガンザンの後ろから嗄れた声がした。

 「ガンザン、それには及ばぬ。こちらから出向くのが礼であろう」

 よく通る声であった。

 見ると齢七十は超えているとおもわれる老婆が、杖に頼りながら歩いてきた。まわりには支えるように幾人かの取り巻きがいる。その取り巻きも老年である。

 「ヨクさま!」

 まわりの人々はいっせいに老婆をみる。ガンザンは慌てて老婆にかけよろうとしたが、老婆は厳しい目を向けてガンザンに一喝した。

 「ガンザン。ゲンさまの御前で失礼をするでない。控えておれ」

 ガンザンは畏まって膝をついた。

 老婆がゲンの前までゆっくりと近づいてきた。そのからだは小さくしなびていたが存在は確かである。

 「ゲンさまであらせられますか。私は空の国の最長老で、ヨクと申す者。この国の死に損ないでございます。この度はコウさまをお助けいただき、まことにありがたく存じます。このばばは見ての通りの足萎えでございまして、動きが鈍うございます。たいへん失礼いたしております」

 まるで吟詠でもしているかのような美しい語りであった。

 その目はまっすぐにゲンを見る。いまにも涙があふれそうである。祈るように空をあおいだあと、ゆっくりと頭を垂れた。

 「お空さまに感謝申し上げます。いままで生き恥をさらしておりましたのも、こうしてゲンさまにお会いするためだったと悟り、まことにうれしゅうございます」

 人々もみな頭を垂れている。まるで祀り事のように粛々と祈りが捧げられている。

 コウだけが当然のような顔をしてゲンの横に立っている。

 「ゲンさま、どうかコウさまをお助けいただき、この国をお導きいただきますよう、切に、切に」

 老婆は泣いた。それ以上ことばを続けることができなかった。

 まわりの者のすすり泣く声が聞こえる。

 ああ、この者たちはオレでは予想もつかない苦しみを味わい、恐怖と闘い、ふんばって生きてきたのだ。

 ゲンはそう思うと皆が愛おしかった。皆の苦しみを理解することはできないが、皆を慈しむことはできると思った。

 ゲンのからだから愛おしさがあふれでて、慈しみは光と化し、皆のからだを包んだ。その光がなにを意味するのかはわからなかったが、光の粉がきらきらと輝いて、美しかった。

 ゲンはしばらくぼうっとまわりを見渡した。

 この情景、確かに見たことがある。そう、遠い遠い昔。

 山の稜線がくっきりと見えはじめ、長かった夜が終わろうとしている。

 なにかいわなければと思い、ゲンは声を出して驚いた。ゲンの声でない声が、ゲンの声を遣って降りてきた。

 低く低く柔らかく、まるで天の啓示のように。

 「わかっている。そのためにこのゲンが来たのだ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 人々は各々の家に戻りはじめたが、これから長老と村役たちが残り、これからコウとゲンを交えて話し合いを開くことになったらしい。みな、ざわざわと動いている。

 ゲンは所在なく、さっきいったことを後悔しながら、ひとりでため息をついていると、子どもたちが遠巻きに近づいてきた。

 「あなた、ゲンさま・・・?」

 ひとりの女の子が訊ねた。

 「そうだ」

 無造作に応えると声が低く響き、皆が振り返った。

 (しまった、また響いてしまった)

 みな、「わあ」とか「きゃあ」とかいいながらゲンを見た。大人たちも振り返って好奇と期待の視線を投げかけている。

 (なんだかプレッシャーだな)

 「さわっていい?」

 今度は男の子がおそるおそる聞いてきた。

 「ああ。構わないが」

 とたんに子どもたちがいっせいに飛びついてきた。ゲンは、はじめはとまどったがからかい気分で尻尾を振ってみたり、からだから光を出して驚かせたりした。

 大人たちまでその光をさわりにきてゲンのまわりは大騒ぎになった。

 (どうやら、オレの光は人のからだに気を与えるらしい)

 自分が少しは役に立つことがわかり、ゲンはうれしくなった。

 「みな、ゲンがお気に入りだな」

 その声で皆が振り返った。

 コウが後ろで笑っていた。

 ゲンはコウの笑った顔をはじめて見た。

 (なんだ、普通の少女じゃないか)

 が、みなは特別驚くわけでもなく、小さな子どもに至ってはコウに抱きついてじゃれるものもいた。それがまた驚きである。あれだけの力を示せば普通は畏れを抱き、近づきがたいものだ。何人かの子どもはゲンから離れてコウに向かっていった。

 そこに村役の男が近づき、たしなめた。

 「ほれ、みんな、コウさまとゲンさまから離れなさい。これから大事なお話があるからな」

 大人も子どももしぶしぶ離れた。もう一度ぎゅっと抱きついて一散にかけていく子どももいた。大人でもゲンのからだをさわったまましばらく動かない者もいる。たしなめた男も目をきらきらさせてゲンを見ている。

 空人は本来明るく単純な者たちのようだ。なるほど気候は温暖で海山の幸に恵まれ、実りもある。やみひとの出現がなければなんの悩みもなかったのであろう。

 空人の気質はゲンと似通っていた。昨夜は、生意気なコウと暗い表情のサクしかいなかったので、ゲンは不安を感じていた。が、空人の明るさが心地よくなじめそうで、仙人Sランクとしての仕事もやれるだろうと考えていた。

 (それにしてもコウも笑うのか)

 「ゲン、なにをにやついている。行くぞ」

 (コウめ、もう真顔になってやがる)

 「ふん。にやついてなどいない」

 (くそ、生意気で気にいらないヤツだ)

 「ゲン、おまえは変わらないな」

 「オレを以前から知っているような口ぶりだな」

 「そうか」

 「変わらないといっただろ」

 「そうだな」

 「オレを知っていたということだろ」

 「そんな気がしただけだ」

 (そういえば、さっきオレにも既視感があった)

 ゲンがそのことをいおうか迷っていると向こうからガンザンが姿を現した。

 「コウさま。ゲンさま。どうぞお入りください」

 ガンザンはふと空を見上げた。

 朝焼けの空から飛来してくるモノがある。

 犬のようである。

 それは大きな羽根を持ち、ゆっくりと地上に降りてきた。赤く長い毛をなびかせ、首には黒く大きな数珠をかけられ、木札が見え隠れしてする。

 人が乗っている。色の白い、細い目がつりあがった男だ。からだも細いようで生成りの麻衣がだぶついている。首に提げられた木札がぷらんぷらんと揺れた。

 「や、ウルク。はやかったな」

 「おう、ガンザン。急ぎの遣いがきたのでね。羽犬はやっぱりコイツがいちばんはやい。ララ、ご苦労だった。おまえがいちばんはやいな。うん」

 その男は細い目をますます細めて羽犬の頬をしっかり撫でてやってから、声を張り上げた。

 「誰か。ララに水を飲ませてやってくれ」

 何人かの男たちがウルクに一礼して赤い羽犬を連れていった。行く先には何体かの羽犬がいた。羽犬たちはゲンを鋭くにらんでいる。

 (お。これは人間たちのようにヤワな視線ではないな。完全にオレを警戒している)

 とはいえこの感覚が心地よくわくわくしてくるから、ゲンも獣だということだ。

 (かっこいいヤツらじゃないか)

 ゲンがそんなことを思っていると、こちらではガンザンとウルクが小声で話していた。

 「みんな来てるのか」

 「ああ、ガクウはいる。ギルはまだだ。浜は遠いからな」

 「なんの、もう来るだろ。・・・それにしてもすごいな。ありゃあ、白狼犬か。もしかして例の?」

 「そうだ。ゲンさまだ。お姿だけでも驚くだろう」

 「ああ。なんと神々しい。光をまとっておられるのか」

 「おからだから光を出される。昨夜はコウさまをお助けになったそうだ」

 「おお。そりゃ、尋常な力じゃないな。昨夜の激しい音はそれだったか。闘いを早く見たいものだ。いまやみが襲ってこないかな」

 「不謹慎だぞ、ウルク。ほんとうにおまえというヤツは。この状況でよくもそういうことがいえるな」

 「そうカリカリすんなよ。なるようにしかならんのだから。ちょっと挨拶してくる」

 ウルクが興味津々の目でゲンに近づく。ところが、横にコウがいることに気づき、慌てて膝をついた。

 「コウさま、北のウルク、ただいま、馳せ参じました」

 「ウルク、急がせて悪かったな。北は大事なかったか」

 「はい。おかげさまで。・・・こちらはゲンさまでいらっしゃいますか」

 はやくゲンとからみたいという気持ちがみえみえである。

 「そうだ」

 ゲンはとりあえず厳めしくいってみた。

 「私は北麓村の長を務めております、ウルクと申す者でございます。この度はコウさまをお助けいただきありがとうございます」

 ウルクが空を見た。

 「ギルが来たな」

 ふりむくと羽犬が降りてきた。今度の羽犬は白と黒のぶち模様で、茶色の数珠にやはりお札を提げている。

 背中に乗っている男は潮焼けした顔を赤く染めている。首に木札を提げていない。肉付きのいいからだを揺さぶって、その男はどすんと降りたかと思うと転びそうになりながらコウに向かってまっすぐにかけてくる。木札は腰に二枚提げられていて、かつんかつんと激しく音をたてていた。

 「コウさまっ! 東からギル、ただいま参りました! 浜、浜にまでっ、音が聞こえてきましたが、ご無事で。ああ、良かったですっ」

 「ああ、ギル。心配させたな」

 「あっ、サクさまはっ」

 ギルと呼ばれた男は焦ってあたりを見まわしていた。こいつはまた慌て者だ。

 ウルクが気づいたようにたずねてきた。

 「サクさまは、奥にいらっしゃるので?」

 コウが仕方なく口を開こうとすると、ガンザンが厳しい顔でいった。

 「そのことは後で」

 そのひと言でウルクもギルも黙ってしまった。ゲンは、ガンザンが頭らしい、と悟った。

 突然、ギルが大声を出した。

 「ああっ。なんだっ。この獣はっ」

 この慌て者はすぐそばにいたゲンに気づいていなかったらしい。

 「こら。失礼なことをいうな。ゲンさまだ。コウさまをお助けになったんだ」

 ウルクがギルを小突きながらいう。

 「ええっ。あのっ、伝説の? わあっ、失礼しました! ゲンさまっ。私、私、ギルと申しますっ」

 ギルは興奮してからだをぐるぐるまわしている。そのたびに腰の木札がかちゃかちゃと落ち着きのない音をたてた。その姿を見てコウもガンザンもウルクも笑っている。ゲンはどう対処していいかわからずにいるとガンザンが促した。

 「さ、中に入ろう。長老たちが待ちくたびれてる。また小言をいわれるぞ」

 「はは。小言は長老の仕事だ。まあ、焦らんでもいい。長老たちはみな、行動が遅い」

 コウが笑っていった。

 「確かに。ヨクさまなどまだ部屋の入り口で足踏みされているかもしれませんな」

 ウルクはそういって足踏みをして見せると、コウは大声で笑った。

 ガンザンがウルクを目で制すると、ウルクの行動がぴたりと止まった。コウはまだくすくすと笑っている。ガンザンはコウに向きなおった。

 「コウさま、そのようにお笑いになるとは。ヨクさまに失礼ですぞ」

 「いや、すまん、すまん。はっはっは」

 コウの笑いは止まらない。

 「コウさま。はっはっは、ではありませんぞ。おい、ウルク、そんなことヨクさまの前ではいうなよ」

ガンザンがウルクをにらみつける。ウルクはぺろっと舌を出し、

 「わかってるよ」

と平気な顔である。

 ギルはその会話には頓着せず、駆け込むようにして屋敷の中に入ってしまった。


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