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空の子  作者: そうじ
39/74

気付き

 ナツイの事件から三日が経過した。

 雨は降り続いている。

 時折、雷鳴が不気味に響いていた。

 ガンザンは自らの屋敷の前で、叩きつける雨を見るともなく見ていた。

 人々は疲れ切っている。

 村役、里役たちも人々に声をかけようともしない。ここ数日、チャルラの出現はなかった。やみの力も小さくなった。コウさま、ゲンさまは精力的に動いておられる。にもかかわらず呑み込みの被害が増えている。いや把握していないだけで半分ほどはクニ抜けなのかもしれない。

 原因はナツイの悲惨な死。

 いや、それよりもこの雷雨か。

 この地に雷雨は多いが幾日も続くことはほとんどなく、たいてい翌日にはすっかり晴れている。長雨のときは異変が起こる前触れのことが多い。

以前の長雨は、そう、十二年前。サクさまの受胎前に三日三晩続いた。そして・・・、サクさまの受胎翌日にヨウさまが崩御されたのだ。

 あのときのことを忘れているはずがないのに、皆申し合わせたように口に出さない。まだ傷が癒えていない証拠だ。このたびの長雨が、人々には背後から忍び寄るような恐怖であることには間違いない。

 ・・・いかん。

 このまま雨を目にしていると俺自身が取り憑かれてしまう。いったん自室に戻ろう。祈りを捧げ、身を浄めてから出直そう。

 が、動けない。雨が俺を引き留める。理由はわからないがひどく懐かしく心地よい。このまま雨に身を委ねていたい。ああ、この懐かしさがなんなのか、もう少しで思い出せそうだ。

 そのとき。

 かっ!

 とひらめいたかと思うと

 どどん!

 と轟音がして、ずずんと地が揺れた。それに呼応するように、ざああっと音を立てて風雨が迫ってきた。ガンザンの着物の裾が激しく揺れた。

 (雷雨がひどくなってきた)

 屋敷の中では小さい悲鳴をあげながら、女たちがばたばたと動き回っている。

 ガンザンの懐かしい記憶は雷鳴に消されてしまった。しかし、ガンザンはそのことさえ忘れるほど雷鳴に感動していた。ガンザンは動かなかった。そして雷鳴を期待した。

 そう、いまいちどの激しい雷鳴を。

 大地を震わすほどの轟きを。

 (なにを考えているんだ、俺は)

 ガンザンは慌てて首を振った。

 ガンザンは動かないからだに逆らって、せめて頭だけは動かそうとした。

 とにかく動くしかない。

 とはいえ、いまの我々の動きに意味があるのか。各村長、里長は担当地区を治めることに躍起になって動いているにも関わらず空回りしている。

 このまま長雨が続けば、泉谷川の氾濫が考えられる。

 泉谷川をはさんだ里、泉谷、小河原、川端、雷山、田野池、松浦。

 いまのところ松浦は心配はないだろう。川幅が広く、河原に遊びを設けて川の水の逃げ場を作っている。しかも川近くに人を住まわせていない。昔から被害が多かったため、長い年月をかけて体制を作り上げている。

 一番心配なのは北麓村。川端は堤の補修が終わったばかりだから、かろうじて持ちこたえている。しかし、泉谷と小河原の状況は危うい。特に小河原はルキクの指示に従わず、勝手な行動をしているものが多い。ウルクは川端と土橋から応援を出すので西に迷惑はかけないといっているが、果たして間に合うのか。

 いや、西も油断はできない。雷山と田野池ではすでに被害が出始めている。雷の被害には慣れている雷山でさえ、いち早く被害状況を報告してきた。仕方ない。ナツイの事件があった里だから里全体が神経質になっている。田野池は「田んぼがだめになる」とイクリが嘆いていた。しかし、これは田んぼがだめだとかそんなもんじゃない。里も、村も、いや、空の国そのものが・・・。

 それは皆が痛感していることだ。だからこそクニ抜けが絶えない。海は荒れているというのに自殺行為としか思えない。ここは荒れた海よりもひどい、と判断したというのか。舟場がたくさんあるわけではないのに、コウさまは役を派遣することを了承なさらない。いや、それは当然だ。舟場に役を派遣する余裕はない。各里の避難所に役を置くだけでも手一杯だ。

 雨が激しく降れば巨大なやみの出現はない。しかし小規模のやみが増え、呑み込みは増える一方だ。各里の避難所に役がいて、村人を集めたところで助かるというものではない。

 事態は思った以上に厳しい。なんとか皆を助ける手立てはないのか。このままでは雨が続いて平地では川が氾濫し、山間では土砂崩れが起こる。人々は自然災害と呑み込み、双方の犠牲になるしかない。

 そうならないうちに。そう、中央ならば。中央なら皆を収容する建物が十分にある。人々をひとつにまとめれば、コウさまとゲンさまがそこにおられるだけで皆が助かる。

 (はっ)

 なぜ早くそうしなかったんだ。気付いていたではないか。以前の会議のときに、本来ならば皆がひとつのところに集まるのが望ましいとガクウはいった。ガクウがあのときもっと強く言ってくれたら。

 いや、ガクウではない。俺だ。俺自身に危機感がなかった。状況を考えてひとつところに集めることが難しいと判断した。確かに皆がそれに従うことはとても考えられなかった。生活がある。仕事がある。里を捨てて中央に集まって生活するなど。それに、コウさまも長老さまたちもなにもおっしゃらなかっただろう?

 ガンザンはいつのまにかぎりぎりと奥歯を噛んでいた。

 済んだことはもういい。いまからでも遅くない。いや、いまでないと遅い。

 しかし、食糧はどうする。村人は移動で精いっぱいだ。人の移動で羽犬を使うことはできない。家畜を使うことも考えられるがそれでは量が足りない。

 (あ・・・)

 村の食糧庫の食糧。半分以下に減っている・・・?

 コウさま、長老たち、モトン族。

 まさか・・・。

 ガンザンがここまで思い至ったとき、再び雷光と雷鳴が轟き、降りしきる雨で前が見えなくなっている。

 すると、前からずぶぬれになった男がやってくる。下を向いて暗い表情。痩せたからだ。雷が轟いても気にもしない。絶望にさいなまれた表情、とぼとぼとした歩き方。

 「ウルク?」

 ウルクはぼんやりとした目つきをして、ふらりとガンザンを見た。ガンザンはしばらくウルクにくぎ付けになった。

 なんという空虚な顔。

 仕方ないのかもしれない。俺もさっきは動けなかったではないか。

 雷雨に身を任せてこの地に留まりたいと思ったではないか。

 声をかけることがはばかられ、ガンザンは思わず手を伸ばしてウルクの肩をぐいとつかんだ。

 「なーんてね。ははは」

 ウルクは破顔した。

 「な・・・」

 「冗談だってばー」

 「おまえ・・・」

 ガンザンはあきらめたように

 「いい加減にしろよ」

 といったが、ガンザンはウルクの肩をつかんだまま放さなかった。放すことができなかった。ガンザンには、さきほどのウルクの絶望は正真正銘の絶望であったと思えたからだ。子どもの頃、たまに見せた演出。こうして自分の本心を隠そうとする。いや、見せようとしている。

 「そんなに怒らなくてもいいでしょ」

 ウルクは口をとがらせた。

 「怒っているわけではない」

 ガンザンはウルクの肩から手を放し、目を逸らした。

 「そお?」

 ウルクはわざとガンザンの顔を覗きこみ、細い目を見開いた。

 「おまえ、川端に行ったのではないのか」

 「こっちが先だ」

 「こっち?」

 ウルクが自分の背後を示した。

 ギルであった。が、ギルとは思えないほど静かで存在を消しているとさえ思った。

 「ギル、どうした?」

 「聞いてほしいことがある」

 「それはいいが・・・」

 なにやら重い話のようだ。ギルの苦しそうな表情。こいつは「なーんてね」などとはいわない。そんな余裕のあるやつではない。いつも一生懸命なのだ。いまここにいることもギルのまっすぐな一本道の途中に過ぎない。応えてやりたいがこの場で長話はできない。ガンザンは辺りを見回した。

 「いまはガクウがいないし・・・」

 ウルクはガンザンの肩に肘をかけた。

 「だから、なのさ」

 「は?」

 ウルクは細い目を細くした。

 「いまやこの国まるごと発狂しそうじゃん?」

 ガンザンは苦い顔をした。するとウルクが細い腕を組み合わせ、目をつむって見せ、眉をしかめ、ガンザンの真似をした。

 「だからこそ、いまは正しい方向を見つけねばならん。うんうん」

 「・・・」

 「ははは。だからな、その、もとを探ろうって話」

 「もと?」

 「まあまあ、ギルの話を聞こうぜ。面白そうじゃん。ささ、ここじゃまずい。中に入ろうぜ。おまえの部屋でいいだろ」

 ウルクはガンザンの肩を叩いた。あれほど動かなかったガンザンのからだ は、すんなりと自室に向かっていた。

 

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