疑惑
ゲンとコウが御前谷に着いた時、既に巳の中刻を過ぎていた。ガンザンが家の前で待機している。中には各村の長老と長がそろっているらしく、羽犬たちがたむろしている。
コウはせかせかとガンザンの屋敷に向かっていた。ゲンは慌てて声をかけた。
「コウ、オレは必要ないだろ」
「ああ」
コウは返事もそこそこに屋敷に入っていった。
いつもなら「かやの外」の存在であることに腹が立つが、いまは好都合だった。
ガガが目配せをしていたのであった。
(まさか、チャルラ)
ゲンは嫌な予感がした。
ゲンは羽犬たちの群れに近づこうとして、中庭の奥にロウロウがいることに気付いた。ロウロウが静かにゲンを見ている。ゲンが話しかけようとすると、遠くからガガが促すように
「ワッ、ワッ」
と吠えてきた。
(連れてくるなってことか)
ロウロウがうなずいたように見えた。
ゲンがガガに近づくとまわりにいた羽犬たちも寄ってきた。皆、なんだかまぶしそうにゲンを見ている。ゲンは「?」と思って皆を見回した。ガガが目をキラキラさせている。
「ゲン、それいいな」
「これか。ユウキが作ってくれたんだ」
ゲンは首にかけられた札を見下げて驚いた。
(あっ、色が)
ユウキが首にかけてくれた時点では確かに白木の若々しい色だった。それが使い古したような光沢のある茶色に変化している。しかも角ばっていたはずなのに少しだけ丸みを帯びているようだ。しかし、その原因を追究している場合ではない。
「ガガ、そんなことより」
ガガはまわりに目を配りながらいった。
「ああ。話がある」
次第に雨が強く降ってくる。
ガガは犬舎に入っていった。御前谷の犬舎は広く天井も高い。ゲンも中に入ることができ、見渡しながら感嘆の声を上げた。
さすがは御前谷。それだけ羽犬をたくさん所有しているということだろう。中で飛ぶこともできる。奥も広い。犬舎というよりはまるで遊技場のようだ。
ゲンは小声で訊いてみた。
「おい、ロウロウは連れてこなくていいのか」
「ばーさんはわかってんだよっ」
ガガが怒ったようにいった。
「なんだ。ロウロウの指示か」
「あれが指示なんかするか。うまく動かされてるのさ」
「は?」
「いいからっ」
ガガはいらいらしていた。ロウロウがからむと子どものようになるなと、ゲンはおかしく思った。
「まさかチャルラか」
ガガは真顔になって首を振った。
「いや、まだだ」
ゲンはほっとした。コウとふたりで祠にいた時間は長い。そのあいだにチャルラに出てこられたというのではしめしがつかない。油断はできないがとりあえず助かった。
するとリュリュがガガをつついている。
ガガは仕方なさそうにゲンに向き直った。
「ゲン。えーと、サクのことだが」
「え」
ゲンはサクという名前を聞いてまた胸がどきんとした。理由はわからない。無意識に隠していた本音を聞かれた気がする。どうもサクという名前を耳にするのは心臓に悪い。
「サクがやみに入ってもう六日が経つ。そのことをどう思う」
「どうって・・・。死んでいる、とでもいいたいのか」
「いや」
ガガはリュリュをちらっと見る。
「ゲン、おまえ、一緒にやみと闘ったんだろ?」
「ああ、少しだが。サクの祓いも見せてもらった」
「で、ゲンさん、どう感じました?」
今度はリュリュが低く声を発した。リュリュらしくない湿っぽい声。
「正直にいえばコウほどの祓いの力がなく、あの強大なやみの威力のまえでは無力だった。だが・・・」
「だが?」
皆、息を飲んでゲンのことばを待っている。
(なんだ、コイツら。なにを聞きたい?)
ゲンは少しひるみながら続けた。
「うまくいえないんだが、サクは力を隠している、と感じた」
ああ、と皆、息を吐く。
リュリュはずいぶん興奮していた。
「ね? そうでしょ? そうなんだよ。あいつはどうも信用できないんだ」
「おいおい。なんだ?」
ゲンは慌ててリュリュに聞いた。
リュリュはガガが頷くのを確認するとすぐに、
「説明、聞く?」
と例のことばを発した。だが、皆は昨日のようなうんざり顔ではなく、消沈したような顔つきでリュリュのことばをただ待っていた。
「ゲンさん、ガクウさん知ってるでしょ?」
「ああ、もちろんだ。南の長で、おまえの主じゃないか」
「うんうん。でね、サクはね、ガクウさんと、ガクウさんの長女のエイリさんと三人で一緒にやみひとの研究をしていたんだ。それって羽犬では僕とククさんしか知らないことだった。他のだーれも知らないことだったんだ。コウさんだって知らないことだったんだよ。羽犬はその主が秘密にしていることは、たとえ仲間であろうと絶対に他言しない。だからククさんも僕も仲間にもいってないことだった。でも、こないださ、みんなのまえでコウさんにあっさりばらされちゃったんだ」
「あのときのことか。一部の役は共有している情報だとコウがいってたぞ?」
リュリュはくすっと笑った。
「コウさんらしいね。確かにそのことばに間違いはないよ。その一部の役ってサクとガクウさんとエイリさんってわけ。実は決して表には出せない極秘の研究だったんだよ」
(なるほど。その極秘の研究をサイナがかぎつけてコウに報告したのか)
「だからさ、コウさんにいきなりばらされてガクウさんはひどく驚いたみたい。それはまあいいとして。その研究をするためにサクは、ガクウさんとエイリさんの父娘とこっそり合ってたの。そのときに僕、見ちゃったんだ」
「なにを?」
「サクが、やみを操ってた」
「あっ」
ゲンは身震いした。感動にさえ近い身震いだった。迷いの廊下でのコウのやみが脳裏に蘇り、心の奥から怒りが湧き出てきた。理性でかろうじて抑えた。
(引っかかっていたことはこれだったんだ)
「ガクウはそのことを知っているのか」
「たぶん知らない。でね、裏付け取るためにいろいろ調べたんだ。で、ククさんにもいろいろ聞いてみた。でもククさんはなんにもいってくれない。つまり主が秘密にしていることなのさ。僕たちは主に対しては忠実だし。特にククさん、テテさんといった巫女付きの羽犬ってすげー口固いんだ」
ここでガガが口を開いた。
「あたりまえだ。だいたい、おまえはしゃべりすぎだ」
「僕だっていろいろ考えたんだ。ガクウさん、サクのこと心から信頼してるけど、僕はサクが大っ嫌いなんだよ。ガクウさんはだまされて利用されているんだっていつも思ってた」
ガガがリュリュのことばをさえぎった。
「同感だな。巫女って名がつきゃあ偉いって思ってやがるんだ。いまいましいやつらだ」
リュリュは迷惑そうにガガを睨みながら続けた。
「サクがいなくなって僕は正直ほっとしてたんだけど、ガクウさんはずっと考え込んでてさ。僕はガクウさんにサクが信用できないやつだってわかってほしい。いまこの国は非常事態だし、僕たち羽犬が情報を提供しないといけない時期に来てると思うんだ。ゲンさんは人と直接話せるでしょ? いざという時にはゲンさんから空人に伝えてもらうことも考えておかなきゃって」
ガガが舌打ちをした。
「って、あのばーさんにそそのかされたんだろ?」
「違うよ。僕の意思だ」
「けっ。くそばばあ。リュリュに目ぇつけやがって」
キキが落ち着かないようすで、きょろきょろしながらガガをたしなめた。
「ガガ、口に出していっちゃだめだよ。ロウロウさまは絶対聞いてるよ」
「かまうもんか。いわなくったってどうせ見透かされてんだ」
ガガはいまいましそうに横を向いた。リュリュはガガに構うことなく話をつづけた。
「とにかくさ、空人って単純でさ、表面しか見てないでしょ? みんな深く考えることをしないんだもん」
皆、うんうんと頷く。
(そんなふうに見られているとは、人間たちは知らないんだろうな)
ゲンは少し空人がかわいそうに思えた。
「そのなかで巫女たちとガクウさんは別なんだ。物事を深く考える」
「ガンザンなんて真面目と根性でできているようなもんだしなあ」
ガガがぼそっという。
(うんうん。確かに)
ゲンは笑いをこらえた。
「うちのウルクは頭いいよ」
「うんうん、ソウイだってなかなかの切れもんだね」
ララとブブがお互いに自慢しあう。
皆が自然とキキを見る。キキは黙って下を向いた。
(おまえんとこはギルか)
「あ、ギルはああ見えて頭の回転早いんだ。慌て者ってさ、先を見てるから慌てるんだよな」
ブブがわけのわからないフォローをした。
リュリュは不満顔で皆を見まわす。
「違うってば。切れ者とか回転が早いとかの話をしているんじゃないんだ。物事を深く考えるって話なんだよ」
リュリュは軸がぶれない。
「でね、ガクウさんは空人は呑まれたときに死ぬのではなく、やみひとにからだを乗っ取られると確信していた。以前、呑まれた空人を山奥で見かけたって人がいたこと覚えてる? あれ、見間違いだってことになって話が終わったけどさ、たぶん見間違いじゃない。その証拠が昨夜のナツイさんってわけ」
皆、目を伏せるようにして聞いている。
「やみひとに体を乗っ取られた後、空人の意識体はどうなるか。肉体にいて動けないのか消されているのか。それがわからない。だってさ、その肉体と話したことないからね。ナツイさんだってすぐに死んじゃったからはっきりしない。どちらにしても意識体は死んだも同然だ。だから仮にその肉体がここに帰ってきてもすでに本人ではない。ガクウさんとエイリさんとサクで、ここまで結論は出ていたらしい。でもガクウさんとエイリさんが知らされてないことがある」
「知らされてないこと?」
「そう。サクから知らされていないこと」
「なんだ」
「そのやみひとを操っているのは、サク自身だってことさ」




