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空の子  作者: そうじ
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迷いの廊下

 ゲンもコウも無言のまま西山に入っていく。

 古い大きな祠。

 古い木の扉をあけ、ふたりはなかに入っていった。

 (くそっ、またここか)

 例によって、

 しゃ、しゃ

 とコウの草鞋の音が響き、

 かち、かち

 とゲンの足の爪が石にあたる音がはじまった。

 首に巻かれた袋の中の音だけは前回とは違う。

 じゃら、じゃら

 と音を立てる。

 ゲンは不安定なこの音を打ち消したかった。

 「コウ、どうだ。念話をやってみるか」

 となかば時間稼ぎに声をかけた。

 「ふむ」

 コウは考えるふうを装っていたが、

 「疲れない方法を教えろ」

 といった。

 「そうだな。強く思う必要はない。普通の会話をするつもりで心の中で対象者に話しかける」

 ―――こんな具合か

 コウはいきなり話しかけてきた。しかし今度は頭が殴られた感じがしない。

 ―――お。そうそう。今度は頭が痛くない。

 ―――なんだ、簡単だ。

 ―――おまえだから簡単なんだ。

 ―――これは遠くからできるか。

 ―――おまえならできるだろう。誰に伝えようとしているのかということをしっかりと意識する。それさえできれば距離は問題ではない。思いは光よりも早い。地の両極にいても一瞬で届く。従って力の消耗は覚悟しておけ。器が小さいおまえはよほどのことがない限り使うべきではない。特に大勢をいちどに相手にするのはやめておけ。

 ―――小さいからだは不便だな。

 ―――大人になってから使うんだな。

 ゲンのことばが妙に浮いた。コウは笑っただけだった。ゲンは、この子どもは大人にはなることはないのだ、とぼんやりと思った。

 コウはことばを発した。

 「ゲン、もうやめよう。少し体力をとっておかないと」

 コウはふうっと息を吐いた。

 「そうだな。あとでオレに殺されるかもな」

 ゲンは冗談でいったつもりだったが、冗談では済まされないことをいったと後悔した。後悔しながらもまたコウが笑ってくれるのではないかと期待したが、コウは笑わなかった。

 「私はいっそ、おまえにここで殺されたほうがいいのかもしれないな」

 「な・・・」

 「私がいてもいなくても人々は呑まれる」

 「違う。おまえがいるから被害を食い止めている」

 「本当にそうか」

 「ああ」

 「では、ゲン。おまえはおまえがいることで被害を食い止めているという自信があるか」

 「あ、あたりまえだ。何人も助けた」

 ゲンは冷や汗が出た。

 (チャルラの存在はオレの責任ではないか。あいつがいるから・・・)

 コウは黙った。黙られたことでゲンは、コウが自分の胸の内を見透かしたのではないかという不安にかられた。

 ゲンもコウもすでに迷いの廊下に翻弄されていたが、ふたりとも自覚する暇がない。あれよあれよという間に、廊下の木の壁が、石の道が、しんしんと放っている迷いの気に浸食されているようであった。

 しゃ、しゃ

 とコウの草鞋の音が響き、

 かち、かち

 とゲンの足の爪が石にあたる音が聞こえ、

 じゃら、じゃら

 と数珠が音を立てる。

 もしかしたらこの不安定な音が琴線に触れ、迷いを起こさせるのかもしれなかった。ふたりともこの音を聞きながらひとりで考え込むことが耐えられなかった。なんらかの会話を続けないと正気でいられないという思いがあった。そしてそれだけが救いであった。コウは執拗に悲観的なことばを発し、ゲンはコウのことばを否定しようと努力した。しかしその結果、解決の糸口など見つからない深みにはまっていった。

 コウはまた沈んだ声を出した。

 「つまり」

 ゲンはイライラした。

 「なにがいいたい」

 「私がいればやみひとを消す。そして空人も守れない。では私がいなければどうなると思う」

 「え」

 とゲンは応じたあと「ああ、そうか」と声を出しそうになった。しかしかろうじて声を出さずにおいた。声を出すことでコウの考えを肯定することになるからであった。意地でもそれだけは避けたかった。

 しかしコウには見透かされていた。

 「いま、おまえが思った通りだ。空人は呑まれるがやみひとを消すことはない。空人、やみひと双方が消されるよりはましだとは思わないか」

 「コウ、おまえ、どうかしているぞ」

 「ああ、たぶん、どうかしている」

 「確かにおまえの命の半分はやみひとかもしれない。しかしおまえは空の国の巫女だ。空人を助けるために存在するのだろう」

 「まあな」

 コウは捨てばちないいかたをした。

 「真の目的と正反対のことをいっていることに気づいているのか」

 「わかっている」

 「おまえ、わざとそんなことを聞いているな? オレに否定させて安心したいのか?」

 「違う」

 「違わないだろう。おまえのなかで答えが出ているのに、いちど否定したことをもう一回オレに否定してもらいたいんだろう」

 「そうかもしれない」

 「ふん。ずるいやつめ」

 「すまない」

 コウがあっさり詫びを入れたことでゲンはいいすぎたと後悔した。が、かえって腹が立った。

 また沈黙が訪れた。

 しゃ、しゃ

 とコウの草鞋の音が響き、

 かち、かち

 とゲンの足の爪が石にあたる音が聞こえ、

 じゃら、じゃら

 と数珠が音を立てる。

 ゲンは再びイライラした。

 (迷いの廊下だ。この場がいけないんだ)

 ゲンは、怒りを抑えることをやめた。

 「なんだってんだ! 勝手なこというな! だいたいな、おまえがオレを呼んだんだぞ。おまえがいなくなったらオレはどうなる」

 「うん」

 ゲンは力任せに大声を出したがコウは動じるほどの元気もない。

 「とにかくな! おまえはこの国にいるべきで、おまえがやろうとしていることは正しいんだ」

 「うん」

 コウの声は沈んだままだ。

 「空の神の啓示の通りに行動しているんだろう。だったら正しいに決まっているだろう」

 「うん」

 コウがあまりにも素直に返事をするので、ゲンは余計にサディスティックになっていった。

 「だから、こんな変な歩きたくもない廊下を歩いているんだろうが」

 「うん」

 「それを迷うということは空の神を疑っているってことだろう。巫女のくせに」

 ゲンは、また失言した、と思った。

 しまった。そこまでいうことはなかった。だいたいオレだって仙人のくせにうえのいうことを全面的に信じて行動できているか、と問われたら、そうとはいえない。疑うことぐらいしょっちゅうだし、疑うことは信仰という大前提で行われることであるから、いわば信じていると同じことなのに。

 しかしコウは弱弱しい声で、

 「うん」

 というだけであった。ゲンは

 「あー、もうっ」

 と嘆くような声を上げながら、ちらっとコウを見た。コウは人が変わったような暗い表情だ。

 (やっぱりサクに似ているな)

 ゲンは前回もここでそう思ったことを思い出した。そしてその状態のまま闘いに突入したのだ。

 遠い前方に扉が見えてきた。もうすぐあの闘いの場に入る。

 (まさか)

 闘うためにコウの気を変化させているのではあるまいか。つまり空の神の思惑通りなのか。

 ロウロウはいった。

 ―――巫女と空の神は一心同体。いずれにしても空の神の意志です。

 コウだけではない。ゲン自身も迷わされ、しかもイライラさせられる。ゲンの「怒り」。これはやみを消す力のもとであった。ゲンはそう感じるとさらに「怒り」を覚えた。怒りを覚えることが空の神の思い通りだと気付き、癪にさわるが苛立ちを抑えられない。

 こうなったら、コウの中にいるやみの出現を待って、怒りを解放することしか解決法はないとゲンは理解した。皮肉なことにチャルラが教えてくれた。

 ―――あなたの力はやみの攻撃があってはじめて発揮されるのですよ。

 確かにチャルラはそういった。

 長い廊下が終わり、あの扉のまえに来た。

 コウはゲンの首に巻かれた数珠の袋を取り外しにかかった。

 「コウ、確認したいことがある」

 「なんだ」

 「チャルラがいっていたのだが、やみ側が攻撃の意思を示さない限り、浄化の光をやみにぶつけることができないと」

 「そうだ」

 「なぜだ」

 「わからない」

 コウはゲンの顔を見ることもせず、ただ数珠を並べながら気のない答えをした。

 (まただ。オレの目を見ずにこういういいかたをするときのコウは嘘をついている)

 ゲンは質問を変えた。

 「やみひとが空人を呑み込む、そもそもの原因だが」

 「原因?」

 「それは解明されているのか」

 「いや。わからない」

 コウは作業を続けながら再び気のない答えをする。

 「呑まれた空人のからだにはやみひとの意識体が入り込んでいるんだろう」

 「たぶんな」

 「では空人の意識体はどこに」

 「ゲン」

 コウは冷ややかな声でゲンのことばをさえぎった。研ぎ澄まされた刃がゲンのからだを切りつけたようであった。

 「そろそろ始めるぞ」

 その刃は、コウ自身をも切りつけていた。

 ゲンはため息をついた。

 「やはりやるのか」

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