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空の子  作者: そうじ
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宿敵

 身の毛がよだつ、とはこのことだ。

 いままでの何倍もの嫌悪感。

 ゲンの形相が恐ろしかったのか、それとも羽犬たちも気配を感じるのか。皆、さっと後ろに飛び散り、それぞれに身構えている。

 皆がどんな顔をしているのか不明であった。

 ゲンはそれどころではなかった。まだ見ぬ敵の気配だけで怒りがこみ上げる。

 この気配、間違いない。

 ゲンは鋭い視線で射抜くように見た。見据えるのは、沼の奥の暗い底。

 沼のよどみが静かにうねりをあげた。中からこみあげてくるようなやみの粒子の渦。低く低く唸り声をあげ、その唸りが重く響き、音に合わせて黒煙がうねる。

 来る。

 うねる黒煙に護られるようにして黒い物体が姿を表した。

 羽が、ある。

 いや、形はどうでも良い。問題は中身だ。

 こいつの中身は・・・、やはり。

 ゲンのへその奥から緊張が脳天を貫く。

 おっ・・・、おおおっ、・・・おおっ、

 と、嗚咽に似た声があがる。

 ずずずずずずず・・・

 と、沼の底から地響きがする。

 黒い物体が徐々に姿を表す。まとった暗いやみを少しずつ剥がすように。

 「クク・・・!」

 羽犬の誰かが叫んだ。

 ククだって?

 いや、器は関係ないんだ。問題は中身なんだ。

 ゲンは目の前のそれだけを凝視した。

 それもゲンだけを見ている。

 目が合った。

 はっきりわかった。あいつだ。

 笑ってやがる。

 ゲンはどうしようもなく怒りがこみあげ、

 おおおおおおおおおうううう

 と、激しく怒号をあげる。

 同時にそれは笑うのをやめ、視線を落としたかと思うと、

 ぐおおおおん

 と、巨大なやみが地中から出現し、それを突き上げる。

 どどんっ

 と、今度は大量の光が空から降下し、ゲンをたたきつける。

 パパパパパーン

 と、からだに大量の光が爆音を立てる。

 怒りと哀しみでからだが締め付けられる。異様な気持ちの昂り。しかし、その力をなぜかそれの出すやみにぶつけられない。懐かしいほど覚えのある精神の憤りが入り混じる。

 それは攻撃をしてこない。目でゲンを制している。ゲンも動きを止める。

 からだに受けた光はゲンのからだのまわりに留まり、

 パン!パチ!パチ!

 と音を立て続ける。

 ふたりは睨み合った。それは微笑みながらことばを発した。

 「お久しぶりですね」

 「お・・・、お・・・、くっ・・・」

 ゲンは怒りと哀しみを湛えた光を持て余して震えが止まらず、うまく喋れない。

 「あなたは相変わらず、うふ、間抜けな姿だこと」

 「お・・・、おまえは・・・、やはり、・・・ここにいたのかっ」

 「わざわざ挨拶に来たというのに、礼を知らない人はこれだから。Sランク入りなさったんでしょう? お祝いもいわせていただけないのかしら?」

 「チャルラ・・・!」

 ゲンはぶるぶると震えた。

 誰にでも苦手な存在がいるものだが、ゲンにとってチャルラは二度と会いたくない存在であった。しかし、そういう存在は避ければ避けるほど形を変えて自分の前に現れるものである。

 (早くこの光をぶつけてしまわないと精神が持たない)

 「光をぶつけてしまいたいのでしょう? でもできませんよ。すべての主導権はこちらにあるんですから」

 「・・・なぜ、そういえるっ」

 「やっぱりまだご存じないのね。そうやっていつも後手にまわるから私に勝てないんですよ。まあ、そんなことだろうと思っていましたけど」

 (なにをいっている? からだがいうことを聞かない。なんで光をあいつにぶつけられないんだ? なにか術をしこんでいるのか)

 「はあ。仕方ないから教えてさしあげましょう。あなたの力はやみの攻撃があってはじめて発揮されるのです。私に攻撃の意思がない限り、光をぶつけることはできないんですよ」

 「えっ」

 「あなたのお得意の後手ですね。応じることしかできない。空の国と同じ。似たもの同士ということでしょうか」

 「ち、ちくしょう! いつも後から来て、・・・オレの仕事を邪魔しやがって・・・」

 「あら。ここに来たのはあなたより二日も早かったのですよ。どちらが邪魔なのでしょうね」

 ゲンの我慢は限界だった。過去生からの恨みつらみが募ってくる。

 「おまえの・・・いう通りには・・・ならない」

 チャルラは真顔になった。

 「いいでしょう。あなたの力を見せてもらいましょう」

 といって視線を落とす。

 地中からやみの塊があふれ出てその塊を両の羽でぐーんと引っ張るようにして操った。

 ぐん!

 と勢いをつけて四方八方に広がり、うねりながらゲンに飛び込んできた。

 おおおおおおおおおう!

 ゲンは、ここぞ! と声をあげると脳天に溜まっていた緊張と怒りが、ずごん、と抜け、

 だーん!

 と、やみにぶつかった。

 一散。

 後には光の粉が舞い散っている。

 チャルラは上に浮遊している。ゲンもすぐさま飛びあがり距離を詰める。

 「まあ、これはこれは。馬鹿力だこと」

 ゲンは憤りをぶつけたからか妙に落ち着いていた。チャルラを前にしてこれほど冷静な自分をはじめて体験した。入っている器の大きさがそうさせるのかもしれない。

 「ほざけ。今度はおまえだ」

 チャルラは少しのあいだゲンのからだを見ていたが、静かに目を細めた。

 「あなたの光で私の意識体は消せませんよ」

 「そんなことはわかっている。光で消すとはいってない」

 「あなたにしては頭を使っていらっしゃるのね」

 「ふん、虚勢を張っているようだが、おまえに余裕がないことぐらいわかっている」

 「虚勢を張っているのはどちらかしら? あなたは本当に臆病ね。臆病なくせに虚勢を張って臆病を打ち消そうとする。その結果、自信過剰に陥って空回り。くっくっ。そうやって今回も失敗なさるのかしらねえ」

 いつものチャルラの挑発であった。昔は挑発に乗って簡単にのされていたが今日は違う。白狼犬という器に助けられているようだ。ゲンは静かにチャルラを見返した。

 「この光がやみひとを殺していることはわかっているんだろう? やみひとを操ってオレを攻撃すればするほどやみひとは殺され、おまえの手勢が減る。それを避ければ肉弾戦だ」

 チャルラは戦闘向きの仙人ではない。ゲンはいまならこいつに勝てると思うとうれし過ぎて笑いがこみあげてきた。

 しかし、チャルラも笑っている。チャルラは大きく広げた羽を少し後ろに動かした。

 「私の力、覚えておいでなのでしょう」

 ゲンは羽の動きでチャルラが飛ぶ方向を見極めながら答えた。

 「ああ、もちろんだ。さんざん痛い目に遭ってきたんだ」

 チャルラの力。

 瞬間移動。目の力で狙った対象を瞬間移動させることができる。どのようなからだに入ってもそれは可能であった。目はからだの中で、意識体の力を純粋に発揮できるいちばんの道具である。

 相手の目を見ずに闘う。相手が達者な武芸者であればかなり不利である。しかし相手は戦闘不向きのチャルラだ。負けるわけがない。

 チャルラは薄く笑いながら、すうっと下に降りていく。

 その後を追ってゲンは(しまった)と思った。

 羽犬たちが狙われている。

 ゲンは滑り込むように羽犬たちの前に戻り、大声で叫んだ。

 「いいか! おまえら、アイツの目を見るな! とんでもないことになるぞ!」

 チャルラはじっと狙いを定めている。

 「くっ! 」

 ゲンはチャルラの懐に飛び込み、思いきり体当たりした。チャルラのからだは簡単に吹っ飛び、ごろごろと転がった。かなりダメージを与えたはずだ、

 「オレがアイツをなんとかするから、おまえらは早く里へ帰るんだ!」

 ところがゲンの前にガガが立ちはだかった。

 「ゲン! やめろ! そいつはククなんだ!」

 「ガガ、違う! そいつはもうククじゃない。中身は・・・もう」

 「わかっている。でもからだはククなんだ。ククの、ククの臭いがするんだ!」

 チャルラが向こうで体制を整えている。時間がない。

 「気持ちはわかる。しかし中身は違うんだ。いまやっておかないと、おまえたちのご主人たちもごっそりやみ行きだぞ!」

 「お願いだ! ククを助けてくれ!」

 テテの声であった。

 「あれはククじゃないっていってるだろ! おまえたちもどうなるかわからないんだぞ!」

 「嫌だ! ゲン、嫌だ!」

 テテは泣きじゃくっている。

 チャルラが近づいてくる。

 「ばかめ! くそっ、殺さないようにはする。だが傷は負わせるぞ! いいな!」

 テテが狂ったように泣いて抵抗しているが、ガガがおさえていた。

 「ガガ、早く皆をつれて里へ帰れ!」

 「わかった! ゲン、無事で帰れよ」

 「ああ。負けはしない」

 羽犬たちは思いを残すようにゆっくりと飛びあがっている。

 「早く、早く行け!」

 ゲンは焦っていた。

 チャルラの動きをしっかりと見据える。さっきのダメージが残っているらしくスピードがゆるい。

 喉元を噛みきって重傷を負わせれば、目の力も使えなくなるに違いない。だが、致命傷になる危険性がある。殺さず、傷を負わせるだけ、か。

 なにも羽犬たちの希望というわけではない。オレだって殺すのは避けたい。

 目だけを潰す? いや、ヤツの目を見ずに目だけを潰すのは困難だ。もう少しヤツの動きを分析する必要がある。さっき、あいつはやみを操るときに両方の羽を遣っていた。今後やみを操れないように羽を狙う。せめてそれだけは。

 チャルラが猛スピードで羽犬たちの方向に飛びはじめた。

 ゲンはチャルラの動きを読んでいる。

 斜め下からチャルラの胸元に飛び込む。

 チャルラはからだをかわし、まともな体当たりを避けたが、顎を下から殴られたような格好になり、のけぞった。

 チャルラの足元だけを見て後ろにまわり込み、右羽の根元に喰いこうとしたが、チャルラは体制を戻し、ゲンの後ろ足に喰いついた。動きがいい。ククのからだの力か。

 しかし喰いつきは軽い。なんせ羽犬だ。知れている。

 尻尾でたたき落とし、背中を追って右羽の根元に思いっきり喰いつく。

 チャルラは、ぎゃっ、と声を上げ、振り払おうとする。

 (そんな小さなからだでオレのからだが振り払えるものか)

 ゲンは笑いさえこみ上げた。簡単に離しはしない。

 ぐぐるるる

 と、唸りながら、歯ぎしりをするように深く噛みきった。

 ばきっ、ぐしゅっ

 骨が折れ、血しぶきが飛ぶ。

 (やったか)

 完全に折れてはいない。左の羽に喰いつこうとした時、

 「やめろ、ゲン、やめてくれえ!」

 と声がした。なんと、テテが飛び込んできたのだ。

 「ばかっ! くるな!」

 ゲンはテテとチャルラの間にまわり込んだ。

 「クク! 大丈夫か?」

 テテがゲンを避ける。

 (いかん! チャルラの視線の先に出てしまう!)

 「テテ! そいつを見るなあっ!」

 「クク!」

 テテはそう叫んだまま、打たれたように止まった。声も出ない。

 (あっ)

 チャルラはぐっと目を据え、テテを凝視している。

 「チャルラ、やめろーーっ」

 ゲンはチャルラを蹴り上げた。チャルラはぐんっと体制を崩し、視線がずれた。

 (間に合え!)

 しかし遅かった。テテの姿が歪み始めた。

 しゅるっ

 と音を立てて、テテの姿が消えた。

 (くそっ、連れていかれた)

 「テテはどこだっ」

 「・・・う。・・・私が教えるとでも?」

 チャルラの息があがっている。右の羽は力無く垂れ下がり、大量の血が流れている。片羽でかろうじて空中に浮いていた。

 「あ、安心してくださいな。・・・そのからだと違って、このからだには、野蛮な殺傷能力はありませんから」

 「いいか、空の国を荒らすな。これ以上荒らすようだったら、そのからだを殺す」

 チャルラはふふっと笑った。

 「・・・いまなさったら? ふ、・・・できるのであれば、こんな羽など、噛みきっていないでしょうね。力の持ち腐れ、ですね」

 チャルラはもう飛ぶ力がなくなりつつあるらしく、よろよろと下に降りていく。出血もおびただしい。

 「では・・・今回の目的は果たしたことですし、・・・う。失礼しましょう。・・・ここまで傷を負わされるとは思いませんでしたけど」

 「目的を果たした、だと? テテを連れていくことがおまえの、いや、おまえたちの目的なのか」

 「・・・ふふ。・・・あなたが彼女を名前で呼んでくれて助かりましたわ・・・。余分な力を遣いたくありませんからね」

 (なんということだ。オレの失敗だ)

 「待てチャルラ。サクは、・・・そっちにいるのか」

 「・・・なんのことでしょう」

 チャルラは脂汗を流しながら、にやりと笑った。

 いまだったらこいつを殺せる。いや殺しておかねばならない。これ以上犠牲を出してはいけない。

 そう思いながらゲンはからだが動かなかった。後ろからガガたちがゲンを見ている。

 チャルラは下からオレを見てつぶやく。

 「相変わらず、・・・情に弱い。だから、私に利用される」

 「今度は容赦しない」

 ゲンは不用意にチャルラを見て目が合ってしまい、慌てて目を逸らそうとした。が、その瞳は黒であった。術をかけるとき彼女の瞳は緑色になる。

 チャルラは生沼に近づき、沼のよどみが彼女をやみごと覆い、落ちるようにして中に入っていった。

 「くそっ」

 ダメージを与えていながら勝った気がしない。あいつのことだ。傷を負うことも計算ずみだったのだろう。


 下に降りると羽犬たちが近寄ってくる。

 「すまない。テテが連れていかれた」

 「いったい、なにが」

 皆、しばらくは声を出さない。なにが起きたのか理解が出来ていないのだ。ゲンだって頭の整理がついていない。

 「テテは消えた?」

 「そうだ」

 「どこかにいるのか」

 「わからない。あいつは対象物を瞬間移動させることができる。あいつの目が力の根源なんだ。目を見るなといったろう。あの目の力で飛ばされる。オレも昔やられた」

 「死んで、ないよな」

 「ああ。あの時点ではな。だがあいつは、目的を果たすために殺すなど、躊躇なくやる」

 「テテまで」

 「蒲生で見たのと同じだったわ。ああやって」

 「じゃあ、犬が淵もやっぱり」

 「ククさんもあれで連れて行かれたんだよ、きっと」

 「ゲン、あれはククじゃないっていったけど、中には誰がいるんだ」

 「やっぱりやみひと?」

 ゲンは仕方なくある程度の説明をした。

 「ククの中に入っているのはチャルラというヤツで、やみひとではない。そもそもこの星の存在ではない」

 「星。あの夜の星?」

 「ああ。その星だ。オレたちがいるこの大地も星なんだ。その星星に意識体や生き物がいる」

 「ああ、そんな話、聞いたことがある」

 「ある星で生まれた意識体がなんらかの理由で、別の星の肉体に入ることがある。すると、この星の摂理通りには行かない。だから、オレの光でヤツを消すことはできない。空人の祓いなんていうまでもない。やみひとではないからだ。あいつを消すためには、肉体の息の根を止めるしかないのだ」

 羽犬たちは神妙な顔つきをしていた。ゲンは続ける。

 「しかも、あいつはやみを操ることができる。さっき見たようにな」

 「テテのからだにも、あんなのが入って攻撃してくるのか?」

 「おそらくは。そのためにテテを連れていったんだろう。いま、ククのからだは動けない。可能性としては、・・・チャルラ自身がテテのからだに入ることが考えられる」

 「テテのからだに?」

 ララが疑わしい目つきでゲンに向き直った。

 「ゲン。あんたもここの星の存在じゃないんだろ? まさかあいつと仲間じゃないだろうな」

 ゲンは一瞬とまどった。

 仲間? 確かに同じ仙人だ。しかし仲間じゃない。正しくいえば「今世は敵」だ。うえから与えられた仕事の内容によっては敵になること、味方になることさまざまである。チャルラとは数回一緒に仕事をしている。敵に配置されるときは負けているし、味方になるとき大抵は、オレはチャルラの部下である。しかもあの能力で悪戯ばかりされている、なんて口が裂けてもいえない。

 ララの問いに対する答えを聞こうと皆が待っている。

 「オレはあいつの仲間ではない。ずっとまえから因縁のあるヤツだ。くそっ、今度こそ片をつけてやる」

 ゲンはいままでのことを思いだして怒りがこみあげてきた。図らずもその怒りが功を奏したらしく、羽犬たちはすっと警戒心を解いた。ララも安心したようすだった。

 「なんだ、そうか。で、具体的な方法はあるのか」

 ゲンは羽犬たちの純粋さをかわいく思った。同時にだましたようで罪悪感をおぼえた。が、そんなことはいってられない。事態は最悪だ。

 「いいか。今後おまえたちもチャルラの術にはまる可能性がある。チャルラに会ったら絶対に目を見るな。術をかけるときヤツの瞳は緑色になるが、緑だと気づいた時はすでに時空の狭間にいる。緑になる寸前に青くなるときがある。青を確認したらすぐに目を逸らすんだ」

 「え。そんなこと、僕、できるかな・・・」

 キキが戸惑ったようにいった。ゲンはかぶせるようにしていった。

 「できなければ、とにかく目を見ないことを心がけろ。それからヤツは頭が切れるが戦闘は苦手だ。さきほどのようすからすると、ククはかなり動けるようだが」

 「そりゃ、巫女付きだからな。俺なんかとてもかなわねえ」

 ブブが情けなさそうにいった。ゲンは首を振った。

 「大丈夫だ。からだがククでもテテでも、中身がチャルラでは肉体能力の半分も使えないだろう。まず負けない。おまえたち少しは闘えるだろ?」

 ゲンは全員を見るが羽犬たちは目を合わせない。しばらく黙ったままである。

 「そりゃ、そうだけど、でも」

 ブブだけが沈黙に耐えられず、弱々しい声を発した。目が泳いでいる。

 (力の問題ではなく、仲間であるククやテテと本気で闘いができない、ということか)

 そこへ、いままで黙っていたガガが厳しくいい放った。

 「あれはもうククじゃなかった。心配して近づいたテテに平気で攻撃しやがった。おまえたちも見ただろう・・・」

 ガガはもの凄い形相で羽犬たちを睨み付けた。皆、ぎょっとして動きが止まった。

 喉の奥から絞り出すような声。声量がないだけに凄みがある。

 「ククはもう仲間じゃない。からだがたとえテテになったとしても仲間を攻撃するようなことがあれば許さない。俺たちは闘うだけだ」

 激しい自戒であった。

 皆、しんと静まる。

 ざわざわと森の木々が音を立てた。生温かい風が吹いてきた。

 ポツ、ポツと雨が降ってくる。

 皆、顔つきが固い。その顔を大粒の雨が濡らす。濡れながらじっと表情を変えない。

 いま、それぞれの決断が行われている。

 そう感じただけでゲンはやるせない思いでたまらなくなった。かろうじて我慢すると、ゲンから光が出て皆を包んだ。ゲンの所在はすでにやみ側に知られている。感情を抑える必要はなかった。

 光に当てられ、皆、はっとして我に返った。

 ララが明るくいった。

 「わかったよ、ガガ。みんな、わかってるから。雨、ひどくなりそうだ。帰ろう」

 ゲンは即応じた。

 「そうだな。雨に濡れると疲れる。行くぞ」

 ゲンから出る光がさらに温かくなって皆を包んでいる。

 「ゲン、おまえわかりやすいな」

 ガガが一言そういって飛びあがった。

 「え、いや違うぞ。この光はオレじゃなくて、空の神とやらが、オレを遣ってやっていることなんだ」

 「そういうことにしとこう。さ、行こう」

 ガガは笑っている。ゲンはちょっと悔しかったが、ガガがさっきの恐ろしい顔ではなくなっていたのでほっとした。

 ララがゲンをじっと見ている。

 「ところであんた、顔やらからだやら血だらけで怖いよ? 途中で空人に見られない方がいいんじゃない?」

 「あっ」

 ララとブブが顔を見合わせて頷いた。ブブがいった。

 「ガガ、ゲンを白泉に連れていっていいか?」

 「ああ。もちろんだ」

 「ゲン、いいって。良かったな」

 「なにが」

 「白泉は仲間と認められたヤツしか行けないんだ」

 ブブは人なつこい笑顔を見せた。

 (ああ、確かコウがテテと一緒に水を持ってきてくれた。・・・テテ)

 ゲンは、嫌そうな顔で自分を見ていたテッテを思い出した。嫌われてはいたが他のどの羽犬よりも仲が良かったようにも思えた。

 ブブはとても嬉しそうだ。が、ゲンは断った。

 「そういうところなら是非行きたいがいまは止めておこう。すぐにコウに会わねばなるまい」

 ガガが応じる。

 「そうだな。俺たちも遊んでいる暇はない。おまえら自分の村に帰ったらすぐに、仲間に今日のことを伝えろ」

 「わかった。ウルク、なんか気づくかも」

 ララがつぶやくとガガは首を振った。

 「空人には気づかれないようにしろ。感情の激しいヤツらだからな。混乱する」

 ゲンも同意した。

 「そうだな。コウが村役に指示を出すはずだ。それまで待ってくれ」

 キキがううっと唸っていった。

 「う。ギルに気づかれずにできるかな・・・」

 「キキ、自分のことだけを考えるな。全体を見ろ。そうすればできる」

 ガガが厳しくいったがまなざしは温かい。

 皆がぐっと頷いた。

 空の国に近づくころは雨が止んでいた。

 陽が高かった。もう午過ぎである。


 羽犬たちと別れ、コウの部屋の前の庭に降りた。

 なんとコウが立っている。

 「厄介なことになった」

 ゲンは声を潜めたつもりだったが、庭一面に低く響いた。

 コウは後ろに目をやり、黙ってゲンを部屋に促した。部屋の入り口にミノがいるのだろう。

 思った通りミノが部屋の入り口で膝をついて礼を取っている。ゲンの血だらけの姿を見て一瞬ぎょっとしたようすであった。

 コウはミノに下がるよう伝えていた。ゲンはミノがいなくなったことを確認してコウにいった。

 「おまえ、なにがあったかわかっているのか」

 「いや。大きなやみの力を感じただけだ。なにがあった」

 「テテが連れて行かれた」

 「はっ」

 コウは息を吸い込んだ。目を閉じ、眉をしかめ、息を吸い続けていた。しばらく息を止めると声を吐いた。

 「連れて行かれた? あちらにか」

 「ああ、たぶん」

 「いままでどこにいた」

 「生沼だ」

 「おまえとテテが生沼に行ったのか」

 「いや、羽犬が何頭か一緒だった」

 コウは少し驚いた顔を見せた。 

 「なんのために」

 「それはあとだ」

 「テテは誰に連れていかれたのだ」

 「ククだ、と羽犬たちがいっていた」

 コウは再び息を呑んだ。

 「クク」

 「ああ、そうだ。傷を負わせた」

 「闘ったのか」

 「そうだ」

 コウは目を伏せたが、意を決したように顔を上げた。

 「あれは、ククではない」

 「やはりわかっていたか。厄介な意識体が入っている」

 「知っているのか」

 「ああ。やみひとではない。つまり光で消せない。しかも、目の力で相手を瞬間移動させる。その目でテテをやみの中に連れていきやがった」

 「瞬間移動」

 「コウ、おまえ、ククを連れて生沼に行ったらしいな。なにを見た」

 「ちょっと待て」

 コウはすっくと立った。ミノが慌てて駆けてきている。湯の入った桶と手ぬぐいを持っていて、袂と前掛けを濡らしていた。

 「ミノ、ガンザンに伝えよ。各村の長と村役一名を召集するように。至急である」

 「かしこまりました」

 ミノは桶を持ったまま身を翻そうとした。コウは付け加える。

 「桶と手ぬぐいは置いていけ。私がやる」

 「えっ。しかし、これは」

 「いいから。おまえはやるべき事をせよ」

 「はっ。ありがとうございます」

 ミノは桶と手ぬぐいをコウに渡し、駆けだした。

 コウは手ぬぐいでゲンの体を拭き始めた。

 「激しくやったな。これはククの血か」

 拭き方がぎこちない。ゲンはもどかしく思いながら答えた。

 「そうだ」

 「テテは無事だろうか」

 「わからない」

 コウはゲンの右脚に噛まれた後を見つけた。

 「塗り薬を持って来るようにいえばよかったな」

 「大した怪我ではない。たかが羽犬の噛み跡だ」

 コウはゲンを見た。傷にまともに手ぬぐいあたった。ゲンはうっと唸った。

 「悪い、ゲン。こういうことは下手なんだ」

 「おまえにも苦手なことがあるんだな」

 「まあな。私のからだは、癒すことが苦手らしい」

 「そうか」

 「たかが羽犬の噛み跡でも痛いか」

 「皮肉か」

 「他意はない。そのからだも痛みを感じるのかと思っただけだ。それで、ククの中身の特徴を教えてくれ」

 「そいつはチャルラという。かなりの切れモノで目的を果たすためには手段を選ばない。いちばん厄介なのは目の力だ」

 「瞬間移動か」

 「そうだ。術をかけるときあいつの瞳は緑色になるが、緑だと気づいたときはすでに時空の外だ。緑になる寸前に青くなる時がある。青を確認したらすぐに目を逸らせばいいのだが体得するのは難しい。とにかくあいつヤツの目を見ないようにするしかない」

 「術にかけられたことがあるのか」

 「何回もな。ただ、術にかけられて死ぬことはない」

 「そして、やみも操るということか」

 「そうだ。羽を広げてやみを操っていた。片羽に傷を負わせたから、いまはやみを操れないはずだ。傷は深い。ひと月は起きあがれまい。だが」

 ゲンはいいよどんだのでコウが急かした。

 「だが?」

 「ああ。チャルラがククのからだに見切りをつければ、ほかの羽犬のからだに入り込むかもしれない。そのために羽犬を呑みこんでいたと考えられる。そのなかでもいちばん動けるのはテテだ」

 「テテ」

 コウは喉の奥が詰まったような声を出した。ゲンは続けた。

 「チャルラがテテのからだに入ると仮定して、チャルラが活動を始めるまでに二日は猶予がある」

 「二日」

 「器が巫女付きの羽犬だとしてもチャルラは戦闘が苦手だ。大した戦闘力ではない。問題はヤツの目だ」

 「チャルラ」

 愛犬のテテが未知の敵に呑まれ、さらに敵になる可能性があると聞かされているのだ。いくらコウでも動揺が隠せないようすであった。さきほどからコウはきわめて冷静に、もしくは冷静を装い、かみしめるようにゲンのことばを復唱している。

 「おまえ、チャルラを生沼に連れていったのか」

 「ああ、連れていった。サイナが、ククの意識体がおかしいといってきたんだ。私はククの中身が何者かを見極めようと思った」

 「チャルラと話をしたのか」

 「いや、あれは自分から消えた。『しゅるっと渦を巻くように』。まさにホシナがいったようにな」

 「チャルラは、オレがここに来る二日前にこの地に来たといっていた。そのときにククのからだを乗っ取ったのだろう」

 「ふむ」

 コウは焦点の合わない目をしている。なにか考えているのであろうが、コウのことばを待っている暇はない。ゲンは焦っていた。

 「いまから役を集めるのだろう」

 「ああ」

 「オレが説明する。文句はいわせんぞ」

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