羽犬
コウは帰途につくと気絶したように眠り込んでしまった。途中で背中から落ちそうになったので、ゲンはコウのからだを尻尾に巻いて飛んだ。
コウの部屋についたときは午に近い時刻であった。ガンザンの家に着くころにはコウは目覚めていた。何事もなかったかのような表情でお札をガンザンに渡して皆に配るように伝えている。どうやら各村の重鎮たちが集まっているらしい。
仕事は無事に済んだわけで、ゲンはとりあえずほっとしたが不満が残った。
(なんか腑に落ちない。各村役は今日、札を配られることを知らされていた。ユウキだって何日か前に知ってたじゃないか。なのに当のオレはなんにも知らされていなかった。なんだかだまされた気分だ)
ゲンは状況を整理しているうちに腹が立ってきた。
向こうからコウが近づいてくる。
「ゲン、感謝する。これで空人も力を得る」
「おい、今度からいつなにをするかもう少し早く知らせろ」
「ああ、悪い。ではいっておく。二日後の卯の上刻、今度は数珠だ」
「またあれをやるのか」
「そうだ」
「コウ、おまえは大丈夫か」
「私のことは構うな」
「そうか。・・・じゃ、オレは退散するぞ」
「うん。ご苦労だった」
コウはそそくさと戻った。これから一部の役のみで話し合いをするらしい。ゲンは「おまえも来い」とコウにいわれるつもりだったのでがっかりした。
(またオレはかやの外か)
客分だと割り切ろうとしてもどうも納得がいかない。
ゲンは仕方なく離れに向かったが足が止まった。「黒い羽犬」のことを詳しく説明していない。迷いの廊下に翻弄されていたことを改めて理解した。
ゲンは後ろを振り返った。すでにコウの姿は消えていた。
(証拠はないのだから)
ゲンはあきらめて離れに向かって歩き出した。歩きながらコウから出たやみを思い出していた。
迷いの廊下で、自分の中にいるやみたちをオレに見せたことはコウの本意だったかどうか。とはいえ、空の神の指示通りだったことに間違いはなく、であればコウの本意不本意について探る必要はない。
あのやみはオレが最初に闘ったやみと全く同質、それ以上の威力を持っていた。あれはおそらくオレの怒りの光を札に収めるために仕方なく出したやみだろう。
仕方なく?
あの時のコウの顔はどうだ? 心から沸き上がる喜びに満たされた顔。
ぞっとした。
それをとやかくいう資格はオレにはない。やみを消すときオレは心の奥から震えるような感動を覚える。
闘うということはそういうことなのだ。
考えを戻そう。オレがひっかかっているのはそれではない。
コウがいったことば。
「やみひとは消すべき存在か」
「やみひとの思いが刻まれる」
どんな思いが刻まれているのか。
やみとはいったいなんだ。その情報もコウには刻まれているのではないか。空人にとっては謎と思われていることをコウは知っているのではないか。時間がなかったのであのときはコウに聞けなかった。たとえ聞いたとしても、満足の得られる回答をコウがするとは思えない。自分で考えるしかない。
くそ! こんなことでオレはコウを助けることができるのか。腹が立つが、まあいい。二日後またあれをやるわけだ。迷いの廊下を歩くとき、コウがなにかしら本音を吐くかも知れない。それを待つしかなかろう。だがコウのやみとまた闘わなければならない。負けはしないが気が重い。コウの命を消しているわけだから。
それにしても、なにかもうひとつ、ひっかかっていることがあるが具体的な形が出てこない。コウのやみの力・・・。なにか忘れているような気がする。黒い羽犬のことか。いや、あれはあいつでたぶん間違いないだろう。後は証拠をつかむだけ。すでに「ひっかかっている」域は超えた。
突然、ゲンの胸のあたりがぐんっと痛んだ。
(ああ、ヤツらが近くにいるな。また嫉妬の思いを飛ばしてやがる)
ゲンは横目でちらっと存在を確認した。
くそ、何体もいやがる。中心にいるのはテテだな。いい加減そんな思いを飛ばす程なら、直接話に来いよ。獣のくせにうじうじしたヤツらだ。よし、そっちが行かないからこっちから行ってやる。こっちはおまえたちの嫉妬にいちいち構ってられないんだ。今日は決着をつけてやる。
ヤツらはこれからオレの八つ当たりの犠牲になるわけだ。いやいや、いけない、おさえなければ。
ゲンは一方では冷静に判断しながら、からだはもう止められなかった。後頭部から熱が湧き出てからだじゅうに循環する。自分ではないなにかがからだを突き動かしていた。獣であるがゆえの本能なのか。
「おい。おまえら、いいたいことがあれば直接いったらどうだ」
考えることもなくすんなりと念話を使った。思いっきり凄む。心の底から湧き出る憤り。全くの八つあたりである。こいつらに念話が通じなくても構うものか。
「別に」
羽犬たちはあっさり念話で応えてきた。口を開いたのはテテである。
(へえ、通じた)
心が躍った。その興奮が憤りを増長させた。
「ふん。やるならいまだぞ。ご主人たちは話し合いとやらで忙しそうだからな。気を遣って来てやったんだ」
「うふっ」
と誰かが笑った。だるそうに後ろで寝そべっていたララだ。
「ずいぶんとご機嫌ななめですね」
嫌みのいいかたといい余裕の口振りといい、主人のウルクそっくりだ。そのことばで他の犬たちもげらげらと笑う。
「そうだ」
「へえ? 伝説の白狼犬さまもお疲れですか」
「ことばに気を付けろ。オレはいまむかっ腹がたっているんだ」
「おー、こわいこわい」
「むかっ腹ってのをぜひ見せてほしいもんだねえ」
次々に勢いづいて各々がゲンをはやす。興味本意の顔つきのヤツもいる。同類としてゲンも含め、どこかでお互い話がしたかったという思いもあるのだろう。
ゲンはなんだか顔がにやついて来た。が、血の気の多い獣に「こんにちは、よろしく」というあいさつはまずない。
「そうか。では見せてやろう」
心の中では冷静な自分がいないでもない。しかし自ら発したことばがゲンを震わせる。やみと対峙しているときとは違う震えである。
楽しい。光を発するのではなく肉体の力が試せる。
(コイツら相手に負けはしない)
まず体格が違う。ぐっと重心を低くしてもゲンのほうが大きい。ゲンの胆でんに力がこもった。思わず、
うううううううう
と低く唸る。からだがかあっと熱くなる。
羽犬たちはそれぞれに飛び退いて距離を取る。
「さあ来いよ。真っ先にやられるのは誰だ?」
ひときわ大きく唸りだしたのはテテだった。
(やっぱりおまえか。そうだろうな)
まさにテテが飛びかかろうとしたとき、
「あーあ、もう。やめとけよ」
と背後からひどく間延びした声がした。
振り返ると灰色の毛をした羽犬である。がっしりとしたからだつきでゆっくりと歩いてきた。
「まったく。負けるに決まってるだろ。白狼犬と一度やり合ってみたいっていうのはわかるけどさ」
獣たちが急におとなしくなった。
(獣たちの頭だな)
その羽犬はゲンの横についっと並んだ。ゲンほどではないが結構上背がある。首だけをゲンに向け、じっと目を合わせてにっこりと笑った。
「俺はガガだ」
ガンザンの羽犬だ。
「ああ知っている。オレはゲンだ」
「はは。俺もおまえのことは知っているぞ」
ガガが無防備な笑顔を見せた。
ゲンは拍子抜けした。なんと応じていいかわからなくなり緊張が解けた。からだのほてりがすうっと引いて、ここは謝るしかないと思った。
「・・・悪かったな。ララのいうとおりほんとに機嫌が悪かったんだ」
ララは名前を呼ばれてちょいと驚いた顔をした。
「へえ。私の名前知ってるんだ」
「ああ。知っている。ウルクんとこだろう。おまえ、ウルクに似て機転が利くんだな。口も悪いがな。他にも知っているぞ。テテ、おまえはもちろんだ。いつもオレを睨んでやがるからな。はは。キキはギルんとこだろ。リュリュ、おまえはガクウんだ。それから、ブブはソウイの愛犬だ。ヨクんとこの羽犬がおまえ、ルル。トト、おまえはサキイんとこだな。なんだ、今日は浜の長老は来てないのか。ギンカんとこのゼゼがいない」
皆、唖然としていた。
「これは恐れ入った。ゲン、おまえ、もの覚え早いな」
ガガがあっさりとゲンを呼び捨てにした。
「覚えたくなくても覚えるんだ。ご主人たちがおまえらの自慢ばかりするんでな」
少し自尊心をくすぐってやった。皆、照れた顔をする。主従関係がうまくいってるのだろう。
ララがにやっとした。
「それにしてもケンカでもしようものなら、あんたの信用ってなくなるだろ。機嫌が悪かったにしても短慮だな」
「いや、その通りだ。すまない」
ゲンは恥ずかしくなって目を逸らした。
(全くだ。うえから強制送還されるところだった)
―――ゲン、そのからだ制御できてる?
サイナのことばが思い出された。
羽犬たちは明るかった。
「あんた、威厳もなにもあったもんじゃないな」
「そうだよ。白狼犬らしく、もう少し落ち着いてもらわないと」
頭のガガがゲンに友好的だというだけで、どいつもこいつもさっきとは全く違う雰囲気で笑う。ゲンもほっとしていた。が、テテだけは相変わらずの仏頂面だった。
ゲンは自分に敬語を使わず対等に接する存在が嬉しかった。今朝、コウにユウキのような存在がいることを良かったと感じたが、実は自分の気持ちを重ね合わせていただけで、案外コウはそこまで思っていないのかもしれない。
ゲンはふと疑問だったことを聞いてみようと思った。
「ところで、誰にも聞けなかったんだが、その、・・・白狼犬ってなんだ?」
白狼犬自身がまさか空人に「白狼犬ってなに?」などと聞けるわけがなく悶々としていたところだった。
羽犬たちはそろって「えっ?」という顔でゲンを見た。
「はあ? おまえが白狼犬じゃないか」
いちばんに声を出したのはブブだった。
「そうなんだが、実はオレは、えーと、気が付いたらこのからだに入っていただけで・・・」
「気が付いたら入っていた? なにいってんだ、おまえ」
ブブはいいかたはぞんざいだが、ゲンのことばを一つ一つ受け止めていた。コイツは世話好きなんだとゲンは心のなかで分析しながら、その存在がありがたかった。
「うん。で、空人たちが白狼犬だっていうからそうなんだろうって思っているだけで・・・」
「あんた、本当はアホだろう」
ララがそういうとみんなが笑い出した。テテが横から口を出した。
「おい。こんなヤツの相手をするなよ」
やはりゲンのことが気に入らないらしい。ブブは無視して話し出した。
「いいか。白狼犬ってのはな、人里にはいないんだ。もともとは空の神が飼っている獣だって、ソウイがいってたぜ。で、俺たち羽犬の先祖なんだとさ」
ブブはテテのことばを無視したというよりはゲンに答えてあげたい気持ちが先走り、テテのことばが聞こえていなかったのだろう。
「ほほう。じゃ、なんでおまえたちは羽があってオレにはないんだ」
ゲンは普通に会話ができることを楽しんでいた。
「そんなこと知るか。おい、リュリュ、おまえ知っているだろ」
ブブの正直な反応がいじらしかった。
「うーん。知ってるのではないなあ。学問的推測ってとこかなあ。なに? 説明聞く?」
リュリュと呼ばれた羽犬は乾いた声を出した。すると羽犬たちがひそひそと話を始めた。
「わ。リュリュの『説明聞く?』が出た。またわけのわからない長い話になるぞ」
「ブブ、なんでリュリュにふるんだ」
ブブは口をとがらせていた。
「仕方ないだろ。ゲンが聞きたがっているんだから」
リュリュはまわりの反応に構わず話し出した。
「本当に先祖かどうかは疑問なんだけどね。先祖と仮定した場合、長年の間に退化やら進化やらを繰り返したと考えられるんだ」
羽犬たちは小声でささやきあっている。
「ほーらはじまった。俺は知らんぞ」
「聞いてもわかんねー」
「終わるまでうなずいとけばいいんだよ」
「うへえ。いつ終わるかなあ」
リュリュの説明はゲンにとってはわかりやすく興味深かった。
「白狼犬ってさ、仙獣っていわれている通り、力も智慧も人より優れている、らしいんだ。普通の獣じゃないのさ。まあ、空の神が飼っている獣だっていうからそうだろうね。で、さっきブブさんがいった通り人里にはいないわけ。山奥には何体かそれらしきモノがいるっていう説もあるけど、姿を見ることはまずない」
「ほう。では似たヤツがいるかもしれないのか」
「うん。可能性としてはある。でもねえ、純粋な白狼犬じゃないだろうね。以前、白狼犬を見たってヤツがいたけど、話を聞いてみたら大きさとか色とかさ、全然違うんだ。たぶんそれは大きな山犬だったんじゃないかな。ガクウさんの研究によると純粋な白狼犬って、色は真っ白、目と鼻が黒。全長は十尺程度、手足とか胴体とか尻尾とか異常なほど太く丸い。毛は長く、尻尾はそれも異常なほど長く・・・」
話しながらリュリュは、ゲンのからだを標本を見るような目つきで見定め、ふーむ、とか、ほほーう、とか唸り声を出した。
「とにかくゲンさんみたいなのが純粋な白狼犬ね。でね、白狼犬ってもともとからだも大きくて翼なくても飛べる。けど、山奥にごろごろしている山犬との間に子孫を残したと考えられていて、そうなると子孫のからだは小さくなるし、力も減っていくし、そんで飛ぶ力も少しずつなくなっていった、と考えられてるんだ。そうやって白狼犬の真の力はなくなっていく。ちょっとだけ大きくて、ちょっとだけ気の利いた山犬になっちゃったわけ」
「そういうのがいまでも山奥に何体かいるわけか」
「まあ、そうだと考えられる。で、それらが山から里に出てきたのか、人間たちが山から無理やり連れてきたのか、空人の飼い犬となるものが増えた。まあ、僕たち人間が好きじゃない?」
ララが口をはさんだ。
「まあ、好きっていうか、人間ってアホ過ぎて放っとけないっていうか、なあ、みんな」
皆、うんうんとうなずきながら一様に笑ったが、リュリュだけは肩をすくめた。
「それは、『好き』じゃなくて『愛』だね」
ララをはじめ羽犬たちは白けた顔をした。
しかしゲンはリュリュに同感した。
(空の神が遣わした獣か。つまり羽犬を通して空の神の愛を受け取っているということだ)
ゲンがこの国に来て四日目。人と羽犬の関係を見てきた。羽犬は空高く飛べるという利点があるから大事にしているというが、それは口実で、人と羽犬は深くつながっていることをゲンは感じていた。
リュリュは続けた。
「そんなだから、山の中で人間に遭ってお互いに気に入って一緒に降りたってのが本当かな。ともかく、飼い犬になってからはまったく飛ぶ必要がなくなった。退化、だね。それまでは食料を調達するのに少しは飛ぶ必要があったんだろうね。主に鳥を食べてたみたいだし。でも空人の飼い犬になってからは食料くれるからさ、飛ばなくても良くなって飛べない犬になっちゃったわけ」
「ほう」
「余談だけど、空人が鶏を家畜にしたのって僕たちに食べさせるためってのがそもそもの理由なんだ。で、自分たちも食べてみたら美味しかったってとこだろうね。鳥はお空さまの遣いだから食べちゃいけないっていわれてたらしいんだけど、鶏は飛ばないからお空さまの遣いじゃないなんてこじつけて食べはじめたらしいよ。人間の常識って欲で簡単に曲げられていくんだ。なんてばかなヤツらなんだろうね。ははは」
リュリュは笑った。
「まあ、そこまでだったらめでたしめでたしなんだけど、やみひとが出現するようになったわけよ。で、主人たちが僕たちに飛んでほしいと望んだのさ。その環境に合わせるために羽を生やして補った、というところかな。えーと、白狼犬の背中のところに、ほら、ここ、ここ」
リュリュはおもむろにゲンの背中に手を当てた。ゲンは抵抗するでなく、いいなりになっている。
「この骨。ここが翼になったと考えられる。進化ってことね。ガクウさんにいわせれば、そういう力を『お空さまが力を与えて下さった』んだとさ」
「ふうん。わかるようなわからないような」
「えー。俺、わかんね」
「ふん。そんな話はどうでもいい」
「うーむ。だったら白狼犬と俺たちってすでに別モノじゃんか」
「まあ、そういうこと。だから先祖って考え方は疑問なんだよ。羽を持った山犬が山奥にいてそれを空人が連れてきたとか、みずから里に下りてきたって説もある。どっちにしても犬の類だから、ほら、僕らと似てるでしょ? ゲンさんの目とか鼻とか耳とか。ゲンさん、鶏、好きでしょ?」
「え? あ、まあ」
リュリュは無造作にゲンの「目とか鼻とか耳とか」を指さす。彼にとってゲンの「目とか鼻とか耳とか」は、説明のための道具でしかないらしい。
「じゃ、おまえたちはオレみたいに光を出すことができないのか」
「そうそう、できない。まあ、白狼犬先祖説でいうと退化だね。必要じゃないんだ」
「だが、さっきの話からすると空人がおまえたちにそのことを望めばそのように進化する、ということもあり得るんじゃないか?」
「そうだね。そう考えれば、空人はいままで僕たちに守ってもらうことを望まなかったってことになるね」
「空人がやみに飲まれないように、おまえたちがやみを祓えば守れるのではないか?」
「うーん。僕たちはさ、空人を守る存在じゃないんだ。空人に従って役に立って共に生きる存在なのさ。どちらかといえば守られているんだよ。守るのって巫女の役割だしさ。そしてゲンさんは、その巫女を助けるのが役割なんでしょ? 役割が違うんだ」
「えー。じゃあ、俺たちって結局ゲンに守られてるってこと?」
「そんなことあるかっ」
「そうかあ。ゲン、おまえって偉いんだな」
さまざまな反応をする羽犬たちにゲンはどう答えたものか思案していると、リュリュが呆れたような顔をして、
「やだなあ。役割が違うっていったろ? 役割に偉いとか偉くないとかってないんだよ。与えられた役割を果たしたヤツが偉いんだ」
といった。
ゲンはとりあえず「そうだな」といったが、本当はよーくわかっていた。「リュリュ、おまえのいう通りだ」といいたいところだったが、
「リュリュ、少しわかった。ありがとう」
というにとどめた。
ガガはそのようすをにこにこして見ていたが、話が途切れると急に真面目な顔をしてゲンに近づいた。
「ゲン、実は相談がある」
テテがひどく驚いた顔をする。
「ガガ、まさかあのことを」
「そうだ」
「私は反対だ。なにもコイツの力を借りる必要はない」
「なにいってる。おまえじゃどうすることもできないだろ」
「それはそうだが」
どうやら深刻なことらしい。皆の表情が暗くなっていく。ゲンは興味を持った。きっと人間には言えないことだ。そういう情報が欲しかったんだ。
「ガガ、話を聞こう。ただ出直したほうが良さそうだ」
向こうからギルが駆けてくる。相変わらずの慌てぶりだ。打ち合わせが終わったらしい。ゲンはギルがいつもの慌て者に戻っていることに安堵を覚えた。
ガガは小声でいった。
「明日の辰の上刻、たいていの村役の者たちは睡眠をとる。その時刻に生沼で会おう。人にはいうな。コウにも、だぞ。目立たないように来いよ」
生沼は巫女の家があった場所からかなり山奥に入ったところにある。人工の竹林が尽き、奥地に入る手前の沼である。やみの所有地に近い場所。なぜそんな所で。しかし聞き返す時間はなかった。
「わかった」
ゲンは短くいって離れに向かった。
明日とんでもない情報が手に入ると思うとゲンは興奮した。わからないこと、コウがあえて言わないこと、そしてもしかするとコウでさえ知らないことがわかるかもしれない。




