表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の子  作者: そうじ
23/74

巫女の墓場

 「仕上げだ。入るぞ」

 コウは扉に手をあて祈りはじめた。

 かかか・・・・

 と扉の向こうから音がする。

 重々しい扉の間から風が起こり、砂塵が巻き上がる。コウの袴が激しくなびいた。

 ぎぎ・・・

 と音を立てて扉が開く。

 そこは鬱蒼とした山の中であった。建物の外に出たのである。いや果たしてここは山の中だろうか。ひときわ大きな大木があり、そこに透明の光があたっている。絡まっている蔦、伸び放題の草、まわりを飛んでいる虫、浮遊している塵さえもその光に照らし出され、一つ一つが清らかである。大木に近寄ると、なんと足下に髑髏や骸骨がたむろしている。髑髏というのはこれほどまでに美しく自然のものなのかと思えるほど美しかった。数々の髑髏も光に照らし出され神の祝福を受けている。

 「おい、ここは、まさか」

 「そうだ。巫女の墓場だ」

 コウがそれきり黙る。コウは光に包まれ、まっすぐに大木を見上げ、涙を流していた。ゲンはコウがなぜ泣くのかなどとは微塵も思わなかった。そのコウを放ってゲンは大木の近くに腰を下ろした。

 ここは幸せな場所だなと感じた。そして自分が恐ろしく疲れていると思った。ゲンも光にあてられて、おそらくここの自然の一部となっているのだろう。その光は温かくからだがふんわりと浮いているようであった。

 コウはつぶやいた。

 「私はここで眠ったことがある」

 「なんだって」

 「ここで眠った。幸せだった」

 「どういうことだ」

 「早くやろう。ここに長くいるとまた眠ってしまう」

 コウはなにかを振り切るようにしてお札を並べ、祈りを捧げている。

 ゲンはそのようすをただ眺めていた。

 白い靄がかかったように見える。全身が痺れてくる。ここは美しい。確かに幸せな気分だ。そしてとても懐かしい。ああ、眠ってしまいそうだ。ずいぶんまえにもこんな感覚を味わった。なにもかもが記憶の奥にしまわれていく感覚。

 いくら考えても答えなんて出ないんだ。コウはなにも教えてくれないじゃないか。空の国とかやみひととか、もうどうでもいいじゃないか。

 それにあいつがこの国にいる。面倒だな。あいつに会うまえに強制送還されてしまったほうがどんなに楽か。オレがいなくったって誰かがオレの役目を果たすだろう。世の中そんなもんだ。

 ああ、このまま、ここの一部になって溶けてしまえたら・・・、どんなに幸せだろう。


 ゲン・・・

 ゲン・・・

 戻るぞ・・・


 誰かの声がする。

 戻る?

 どこに?

 オレはここにいたい。起こすなよ。やっと眠れるのに。こんなに気持ちいいのに。オレはこれから帰るんだ。オレの場所に。幸せだ。幸せすぎて感動している。からだじゅうが泣いている。


 意識が白い渦を巻いて白い宇宙に戻っていく。

 渦は穴に吸い込まれるように遠のいた。やがてひとつの玉が残った。白い玉はなにかに引っかかっていて、穴の中に入っていかない。オレは近くでそのようすを見ている。

 とても眠い。眠いのに白い玉が気になって眠れない。白い玉は、手で押すだけですぽんっと入りそうだ。 オレは手をかざした。

 そうだ、簡単なことだ。押して中に入れてしまえば、すっきりするぞ。宙ぶらりんでいても苦しいだけだ。やってしまえ。そして安心して眠るんだ。

 ところが、オレは手をかざしたまま、それができない。

 片付けてしまえ。その玉を中に入れてやれ。そう、オレのこの手で。

 手? これがオレの手? 人の手だ。オレは人だったか?

 ん?

 視線を感じてあたりを見まわすと、後ろに生き物がいる。

 白狼犬? へえ。きれいだな。白い長い毛が光を放っている。威厳のある風貌。静かな目。

 しかし、オレじゃない。

 「おまえ、誰だ」

 白狼犬は答えない。からだを横たえ、顔を浮かせて、オレをじっと睨んでいる。

 「なんだよ。なにがいいたい」

 監視でもしているように、オレから視線を外さない。

 オレはその視線を振り払って白い玉を見た。そう、押してやれ。片付けろ。眠れるぞ。

 白い玉に手を近づけた。

 すると後ろから声がした。

 「ばーか」

 「なんだと」

 振り返っても白狼犬しかいない。この神々しいからだが「ばーか」といったのか?

 「ふん」

 そいつは鼻で笑った。

 「あんた、前もそうだったよな」

 「前も」

 「覚えてないんだ。ほんとうにばかだね」

 「まえにもオレと会っているのか」

 「ああ、二回めだよ」

 「えっ」

 「あーあ。もう。がっかりだよ。あんたさあ、期待されてんのに」

 「え? 誰に?」

 「教えてやんなーい。自分で考えれば」

 白狼犬は呆れたように顎を前足にすとんと置いた。でも視線を外さない。オレもそいつをじっと見た。

 黒く鋭い目。白い長い毛。優雅だ。つい見とれてしまう。

 「かっこいいな、おまえ」

 「あはは。あんた、はじめて会った時も同じこといったよ。ばかなヤツ」

 そういいながら、まんざらでもなさそうじゃないか。ゆるゆると尻尾まで振っている。その尻尾の先まで 白く美しい。

 「それにしても白いな、真っ白で・・・、あっ」

 思い出した。こいつをオレは知っている。

 白狼犬はにやにやしている。

 「おまえ、シロだ」

 「あははは。やっと思い出したか」

 シロは黒い瞳を丸くして、尻尾を振って走り寄ってきた。

 かわいい。

 「あー、久しぶりだな、シロ」

 オレはシロに抱きついて、頭や顔を思いっきり撫でた。

 「なにいってんだよ。四日前に空の庭で一緒に遊んだじゃないか」

 「えっ。そうか? まだよく思い出せない」

 「やっぱりばかなヤツ」

 「そうか、そのあとおまえのからだに入ったんだ。そうかそうか、ずいぶん前にもおまえのからだに 入って空の国に来て・・・。あ、そうか! 伝説の仙獣はオレだ」

 「からだはあんたじゃないけどね」

 「・・・あーっ。おまえ、昨夜、怖いのか? なんていっただろ」

 「だってホントのことじゃないか」

 「でしゃばってくんなよ」

 「ま、いいじゃん」

 「いいわけないだろ。・・・あーっ! こないだ自信たっぷりのことばをいったのもおまえだな」

 「なんのことだよ」

 「わかっている。そのためにこのゲンが来たのだとかなんとか、かっこつけていっただろ」

 「ああ、あれか。あれは俺じゃないぜ」

 シロはにやっとした。

 「誰なんだ」

 「さあねえ。で、どうすんの」

 「なにが」

 「それ」

 シロは顎をくいっと上げて示した。その先には例の白い玉があった。そうだ、これを片付けて眠ろうと思っていたところだった。

 「あ、えーと」

 オレはどういいわけするか考えて結局思いつかなかった。きっと決まりの悪い顔をしているんだろう。

 シロは意地の悪い顔をしてにやにやしている。

 「それ、中に入れて眠ってしまうんじゃなかったの」

 「いや、もういいんだ。シロ、ありがとな」

 「別に。俺はどっちでもいいけどね」

 「助かったよ」

 「じゃ、空の国に帰ったら鶏をたくさん喰わせろよ」

 「うんうん。そうするよ」


 ・・・ゲン・・・

 ・・・ゲン・・・

 ・・・ゲン・・・

 ・・・ゲン・・・


 遠くから声がした。ひどく懐かしい。

 「ほら、呼んでるぞ」

 「うん。行かないと」

 オレはちらっと白い玉を見た。玉が大きくなっている。これではもう穴には入らない。でも、やってしまわなくて良かった。


 ・・・ゲン・・・

 ・・・ゲン・・・

 ・・・ゲン・・・


 ああ、早く戻らなければ。

 「行くぞ、シロ」

 「かっこつけんな。どうせからだに入ったら俺のこと忘れるくせに」

 「大丈夫、絶対忘れない」

 「本当か? 鶏も忘れるなよ」

 「おう、任せとけ」

 「あんまり期待してないけどね」

 オレは気づいたら白い玉に融合されていた。いや、白い玉はオレだった。そのままシロのからだに吸い込まれていった。


 「ぬああああっ!」

 声を出すと変な唸り声だった。口の中がからからに乾いている。

 「ゲン!気づいたか! ああ、良かった!」

 コウが叫んでいた。

 ぼんやりとした意識の中でゲンは、コウの目がまん丸だと思った。あの切れ長の目がここまで丸くなるのか。そう思うとおかしかった。

 「ああ・・・。そうか。呼んでいたのはおまえか。ここは・・・?」

 巫女の墓場である。

 「ゲン、動けるか! すぐにここから離れるぞ」

 「お、おう」

 ふらついたまま、やっとの思いで扉の中に入った。


 扉がばたんと閉められると、はっと我に返った。

 「コウ? オレなにしてた」

 「ふうっ。向こうに行こうとしていたな」

 「向こう・・・」

 「おまえのふるさとなんだろ」

 「そうか。ここは・・・狭間か」

 「まあ、そうだな」

 「コウには影響なかったのか」

 「私も危なかった」

 「・・・オレが伝説の仙獣だった」

 「おまえははじめから伝説の仙獣だ」

 「ああ、そうだな。その通りだ」

 「ゲン、寝ぼけているのか」

 「いや、いいんだ。・・・で、白い玉を見た」

 ゲンは自分が伝説の仙獣であることと、白い玉を見たこと以外にはなんにも思い出せなかった。

 「白い玉?」

 コウはなにか考えているようすだった。

 「おまえは見なかったのか」

 「ああ。私は・・・白い蝶を見た」

 「白い蝶?」

 「うん」

 コウは笑ったが、ゲンにはさびしい顔に見え、なんだか息が詰まりそうになった。

 (どんな情景だったんだろう)

 ゲンは同じ情景を実際に自分の目で見てみたいと思った。

 「コウ」

 コウに問うつもりは毛頭なかったが声をかけずにいられなかった。

 「なんだ」

 「いや、よく戻れたなと思って」

 「おまえとは決意の度合いが違う」

 コウはあっさりと答えた。ゲンはむかついたが確かにその通りだ。

 「ゲン、帰ろう」

 ゲンは前足の毛が引っ張られるのを感じた。「?」と思って見るとコウの手が前足の毛をぎゅっと握りしめていた。丸く小さい手。

 「帰ろう」

 コウは前を向いてもう一度いった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ