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空の子  作者: そうじ
22/74

迷いの廊下

 西山に入っていく。

 巫女の家があった場所に近づいた。そこにあったモノは塵の類まで飲まれたらしい。残っているのは畑や林ばかりである。コウはちらと下を見ただけでさらに奥へ誘導した。すでに曙を迎え、まわりは明るくなってきている。コウの向かう先は暗い山の奥であった。

 (どこまで行くというのだろう。それにしても)

 先程からいるはずのコウの気配が薄い。ゲンが首を捻って背後を見るとコウは確かにいる。コウが口を開いた。小声である。

 「ゲン、光を出さないように気をつけてくれ。できるか」

 ゲンも小声で返す。

 「よくわからん」

 「おまえが光を出すときは感情が高ぶった時だ。感情を消してくれ」

 「わかった。やってみる」

 やり方がよくわからなかったが、これ以上声を出すとやばい気がして、ゲンは頷いた。

 さらに奥へ。

 巫女の家の近くでは竹林が整然と並び、涼しい空間を作っていたがこのあたりでは竹林など影もない。あれは人工だったのだとゲンは悟った。大木が並び、蔓や草たちがたむろしている。まさに森閑とした山奥である。

 (ソウイが西山奥の地中深くにやみの拠点があるといってなかったか?)

 ゲンは周囲に目を配りながら考えた。コウがささやくようにいった。

 「ここだ。音を立てないように降りてくれ」

 ゲンは空中から下を見た。古い大きな祠がある。そのまわりは鬱蒼とした草たちがはびこっている。ここからでも草いきれが感じられる。抜き足でなかに入る。古い木の扉がぱたんと閉められた。するとコウがふうっと息をついた。またぶつぶつとなにやら唱えている。

 「ゲン、このなかでは感情を開放してもいいぞ」

 ゲンもふうっと息をつく。

 「いったいなんだったんだ」

 コウは応えない。緊張したまま黙って歩く。

 しゃ、しゃ、

 とコウの草鞋の音が響く。

 長い暗い廊下が続いていた。壁も床も石造りである。ひんやりとした石の感触が足に伝わってくる。

 ゲンの足の爪が石に触れ、

 かち、かち、

 と鳴る。

 首に巻かれた袋の中でお札が時々、

 カタ、カタ、

 と音を立てる。

 「こちらの行動をやみひとに知られてはまずいからな」

 コウはやっと口を開いた。声がぐわんと響いた。

 「ここは察知されないのか」

 「この祠は空の神の所有だ。やみは入れない」

 「ふむ。山の中は空の神の所有ではないのか」

 「そういうことだ」

 「なぜわかる」

 「いろいろとある。まあそれはいいとして、今日は空の神のお告げにより、おまえの光をお札に練り込む作業をする。ここまで来いというお達しがあった」

 「ここにいることは役の者たちは知っているのか」

 「いや、知らない」

 「おまえの行動はすべて相談すると約束していなかったか」

 「違うな。約束したのは、『やみひととの闘いで考えがあれば、すべて相談する』ということだ。お札を作って配ることはすでに伝えているから約束は守っている」

 「確かにそうだが。皆、納得するかな」

 「個人の情に合わせてどうする。私はうえの命で動く」

 「それはそうだが・・・」

 またか。悔しいがその通りだ。オレはいつもそこで判断を誤る。ただ、なにか違和感が残る。それでいいのだろうか。知らないことが多すぎないか。

 しゃ、しゃ、

 とコウの草鞋の音が響く。

 かち、かち、

 とゲンの爪が鳴る。

 カタ、カタ、

 とお札が音を立てる。

 単調な音が続く。

 続く廊下を歩き続ける。

 不安定な沈黙が続く。

 沈黙を破ったのはコウであった。

 「ゲン、おまえは何者か、なんのためにここに来たか、私に説明してくれるか」

 え。突然なにをいい出すんだ。

 オレはもともとの生まれは地球という星で、修行を積み、仙人Sランクに昇格し、上の命で仕事をしていて、いまは白狼犬とかいう肉体に入っていて、別の星に住むコウを助ける仕事に就いている。

 しかし、すべてを安易に説明することは許されていない。

 「オレは空の神の遣いで、おまえを助けに来た」

 「いま、ずいぶん説明を省いたろう。つまり私もそうだ。いわなくていいことがある」

 ゲンは背中がヒヤリとした。

 「わかった。この話はやめだ。説明させて悪かったな」

 (嫌みなヤツだ)

 ゲンはむかつくやら気まずいやらでからだがぎくしゃくした。

 再び単調な音が続く。

 沈黙。

 長く続く廊下が妙に息苦しい。どこまで行っても目に映る景観が同じだ。その景観になのか、コウの言動になのか、とにかくゲンは不満だった。

 (こんな暗くて狭いところはもともと嫌いなんだ。早く広くて明るいところに出たい。気が狂いそうになる。ちくしょう)

 ゲンはたまらず沈黙を破った。

 「昨夜、例のモノを見た」

 そう切り出してはみたものの、どこまで話すか迷った。

 コウは少し間をおいて答えた。

 「なにかわかったか」

 「あれは羽犬だった」

 コウが一瞬瞠目したのを、ゲンは見逃さなかった。

 コウは静かに問うた。

 「誰かにいったか」

 「いや。混乱させると判断した」

 「毛の色は」

 「黒だ」

 コウは今度は表情を変えなかったが、ゲンにはコウがみずからの胸の内を探っていることがわかった。

 「で、呑まれ方は」

 「一昨日と同じだ。一瞬でしゅるっと、渦を巻くように」

 「・・・」

 コウは答えなかった。コウは黒い羽犬を知っているのだ。

 ゲンは迷った。

 憑代が黒い羽犬だとわかっただけだ。たとえコウが黒い羽犬を知っているとしても意識体のことをどう説明するんだ。もしかしたら違うかもしれないだろ。くそ! オレはまだあいつではないことを期待しているのか。あいつだということは確信しただろう。いや、まだ期待できる。つまり期待できるほど不確かだということだ。そんな不確かな情報をいまコウにいってどうする?

 ゲンの頭の中はなにかに翻弄されているかのように、ぐるぐると同じところをまわっていた。

 また長い沈黙に戻った。

 しゃ、しゃ、

 とコウの草鞋の音が響く。

 かち、かち、

 とゲンの爪が鳴る。

 カタ、カタ、

 とお札が音をたてる。

 単調な音が続く。

 ゲンは気が狂いそうになった。もういってしまうしかないと覚悟を決め、声を出そうとするとコウがふうっと息を吐いた。

 「ゲン」

 「なんだ」

 「私を助けにきたといったな」

 「それがどうした」

 ゲンはイライラした。

 (またなにかを諭すために問答しようってんじゃないだろうな)

 ゲンの気持ちをよそに、コウは淡々と問うた。

 「それはおまえのやりたいことか」

 (やりたいことか、だと? つまりはうえの命だから嫌々やっているのかって確認しているのか。ばかにすんな。オレは自分で決めたんだ)

 「そうだ。オレのやりたいことだ。文句あるか」

 ゲンは半ばやけくそでいった。

 (ちくしょう。なんだってこんなやつの助けをしないといけないんだ。もうたくさんだ)

 ゲンは無性に腹がたった。大ゲンカしてやろうと思った。

 ところがコウは、

 「そうか」

 と弱くいったっきり黙ってしまった。ゲンにとっては拍子抜けである。どうしたのか、コウらしくない表情だ。

 さらに単調な音が続く。

 沈黙。

 随分先に扉らしきものがみえた。

 ああ、やっとここから抜けだせると思うと、ゲンはほっとした。

 コウは視線を落としている。表情が暗い。誰かに似ているとゲンは思った。

 (あ、サクだ)

 ゲンはなにか変な気がした。が、母娘なのだから似ていて当然だと思い直した。

 コウは暗い表情のまま落ちるような声を出した。

 「我々が行っていることは正しいことだろうか」

 「なんだと」

 「やみひとは本当に消すべき存在なのか」

 「消す?」

 「私の放つ光はやみひとを消している。つまり殺している。おまえの光も同じだ。実はやみを消してはいけない、やみの意識体を殺してはいけないという掟があった」

 「掟を破っているということか」

 「そうだ。だが、空の神からの直接の指示なのだ。いままで我ら巫女は『祓う』ことしか許されていなかった」

 「いつからやみを消している」

 「おまえがきた時からだ」

 「え」

 「正しくは『浄化』という。今日はその力を持った光を札に宿して空人に持たせる。さらに多くのやみひとが消される。できればやみひとを殺したくない」

 「殺したくない? しかし、そうせねば空人が呑まれるだろう」

 「そうだ。だが彼らを消す時、私には彼らの哀しみが刻まれる。哀しくて寂しくてたまらなくなる。そして・・・」

 「やりたくないことなのか」

 コウはゲンの問いにはこたえず前を見た。

 扉である。細い廊下が終わっていた。天井が高い。左右の広がり、深い奥行き。真正面にみえる扉は寒々と佇んでいる。

 「袋を外す」

 そういってゲンの首に巻かれた袋を取りはずし、なかの札を全部取りだした。

 コウは扉のまえにたった。ぶつぶつと祈りを唱え、扉に手をあてる。扉を開けようとしているのだろうか。扉はびくともしない。再びコウはぶつぶつと祈り、力をこめて押す。何回か繰り返したが扉は開かなかった。

 再びコウが祈り、同じ行動を繰りかえす。

 しばらくしてコウはぶるぶると震えだした。その顔は脂汗にまみれ、苦痛に歪み、涙を流している。どうしたのかと思い、ゲンはコウに近づいてはっとした。首筋にぞわそわと悪寒が走る。

 なんということだ。やみの気配ではないか。

 ゲンの毛がさかだつ。あたりをみまわす。この建物にはやみは入れないのではなかったのか。いったいどこから? 感覚を研ぎ澄ましてやみの方向をみきわめる。近い。

 「・・・ゲン、私を撃て」

 コウが苦しそうな声をだした。

 「あっ」

 ゲンは声をあげた。

 やみはコウのなかから出ているのだ。不思議な光景であった。やみがコウの胸のあたりからうねりながらでている。コウは左手で自分の胸を押さえ、やっとの思いで震える右手をかざしている。

 「なぜ」

 「いいから撃てっ。早く、やみを・・・消せっ」

 コウは胸を押さえ、苦しんでいる。膨大なやみが渦を巻いて出ている。

 そういわれても相手はコウではないか。しかし、やみがそこに出現しているのだ。勝手に体の奥から怒りがこみあげ、ぶるぶると震えがくる。それを必死で抑えながらじりじりとあとずさった。

 コウは・・・、ところがコウはもう苦しんでいなかった。

 それどころか。

 コウは笑みを浮かべて両手を徐々に横に広げている。なにをしようというのか。コウは顔つきが全く変わっていた。にやりとして静かにいい放った。

 「なんだ。なにもしないのか。では私からいく」

 ぞわっ

 と、ゲンの全身の毛がさかだった。同時に後ろに飛びのいた。

 コウは両手を横に広げていく。胸のあたりから出たやみが、ぐらっと揺れたかと思うと四方にぐんっと広がり、ゲンをめがけて飛びこんできた。

 あのときと同じだ。喜び狂ったように襲ってくるやみ。ゲンの心の奥底からこみあげる怒りがいっきに開放され、

 おおおおおおううっ

 と怒号をあげた。相手がコウだとわかっているがどうすることもできない。感情が破裂しそうで、しかしたまらない感動を覚える。ゲンのからだに、

 どかんっ

 と大量の光が落ちてきた。それはからだの各所で、

 パパパーン!

 と音をたてている。

 再び、哀しい光。からだじゅうの血が頭に昇ってくる。それごと巻きこんで全身の気を、吠え声とともにコウにぶつける。コウはその光を小さいからだにどおんっと受け、上にぐーんっと押しあげられた。広げた手で光をつかむようにして絶望的な声をあげた。どうしようもない痛みを受けたかのようである。

 声が止まった。

 みるとコウはきりりとした目付きでねらいを定め、下に並べた札にむけて手を激しく下ろした。コウの絶叫が響き、操られた光が札に激しくあたる。

 ガッシャーン

 と、札はそれぞれが勝手な方向に飛び散り、壁やら床やらにぶつかってガラガラと音を立てて落ちた。

 コウも落ちてくる。ゲンはすぐさまコウのからだを尻尾で受け止めた。コウはばったりと倒れ、うずくまってしまった。コウから出ていたやみはほとんど消えていたが、まだいくらか残ってにじみ出ている。

 (オレの光で完全に消せない?)

 コウは胸からにじみ出ようとするやみに手をかざして、みずからの光を当て振り絞るようにして祈りを捧げていた。

 光の粉が舞い散る。

 コウは涙を流しながら誰かに囁くように続ける。なんと祈っているのかゲンには聞こえなかった。

 (子守唄? いや、まるで懺悔のようだ)

 一筋の光がコウの上に降りてきた。うずくまりながら、その光を右手に受け自分の胸にあてる。やみは説得されるようにしてコウのからだの中に納まっていく。

 気が清浄に戻った。

 コウはうずくまったまま祈り続け、やがて静かにからだを起こす。表情が元のコウに戻っていたが病みあがりのような顔つきであった。

 「ああ、疲れた。おまえすごいな。死ぬかと思ったぞ」

 「おまえ、やみが」

 「ああ。私の内なる力の半分はやみなんだ」

 「えっ」

 「やみひとをからだに取り込み、有効な力を持ったものは私の一部となる。そうでないものは内なる光で浄化する。浄化するまえにいちど吟味をする。だからどうしてもやみひとたちの思いに引きずられてしまう」

 コウは、ふうっと息を吐いた。

 「いま、おまえは私の一部を殺した」

 「おまえの一部を殺した・・・?」

 「そうだ。さっき説明した『浄化』だ」

 コウの声は弱々しかったがことばははっきりと出ていた。

 「このことは空人にはいうなよ。あくまでも空人には『祓い』といってほしい」

 (なるほど。サクと同じやり方か)

 ゲンはサイナとの話を思い出した。

 サクは死体解剖、コウは浄化。それぞれに空の神からの啓示によって動いているということか。いずれにしてもいきなり空人に伝えるのは避けたほうがいいだろう。こうやって極秘情報ができあがるわけだ。

 「それから、おまえの浄化は私と違って吟味をしない。おまえの光に触れるだけでやみひとは即死だ。その即死効力を持った光をたったいま、札に込めたわけだ」

 嫌ないいかたをするとゲンは思いながら、

 「殺したくないんだろ」

 と聞いてみた。

 コウはゆっくりと散らばった札を拾い集めていた。

 「いいんだ。納得していたんだ。・・・さすがは『迷いの廊下』だ」

 「迷いの廊下?」

 「うん。ここは大巫女が命尽きるまえに入る場所だ。試される場所でもある」

 確かに、これほど長く暗い廊下をひとりで歩き続ければ迷いもするだろう。事実、ゲンもずいぶんと迷った。

 ゲンはいままで歩いてきた細長い廊下を振り返った。

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