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空の子  作者: そうじ
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ユウキ

 暁の空は天上から朝を迎える準備をしていた。

 月は西山の向こうに隠れてしまった。

 ゲンは御前谷の離れに向かってとぼとぼと歩いていた。昨日の夕方、ここを出たのが遠い昔のようだと思った。

 あれから葛原に戻り、経緯をガクウに説明し、西麓に赴いて西の各里を見まわった。

 西麓の各里でも誘導役の指示に従わず、暗闇をうろうろとしている者がいた。しかしやみひとのほうも小者ばかりで、それぞれの祓いの力でなんとか祓って呑み込みを防いだ者、ゲンに助けられた者、祓い師に助けられた者もいた。ただ被害の状況ははっきりしない。行方不明の者が多かったからである。南麓や東浜でも同じような状況だろう。

 ゲンはガンザンから北麓村の小河原の状況を聞いていた。はっきりとわかっている被害は、南と北で人が五人、羽犬が五頭。しかも優秀な祓い師が三人呑まれた。

 (いずれにしても)

 コウの指示に従わなかった結果である。

 ゲンにはなんの収穫もなかった。間違いなくあいつだと確信はしたものの証拠はない。たとえ証拠があってもどうやって空人に理解させたらいいのか見当がつかない。

 (コウは帰っているか)

 ゲンは踵をかえしてコウの部屋に向かった。ぼうっとしたまま歩いていると、ひとりの少年が庭に面した窓からコウの部屋を覗いていた。なにやら大きな袋を担いでいる。

 「なにしてる」

 ゲンが声をかけると少年は「ぎゃっ」と声をあげ、飛びあがって振り向いた。

 目の大きな愛らしい顔をした少年であった。しかし、その顔はこわばっている。

 日焼けした顔、色あせた着物、すり切れた帯。

 着物が短く、細い脛が丸出しになっている。成長期の少年のちぐはぐな格好が生命力を感じさせた。着物のここかしこが泥で汚れている。

 「お、おまえがゲンかっ」

 慌てながらも思い切り虚勢をはっていてかわいい。おまけにゲンを呼び捨てにした。

 そのとき、はっと記憶がよみがえった。そう、俺は地球にいたときは犬だった。そしてやっぱり「ゲン」と呼ばれていた。それ以上は思い出せなかったが、ゲンはこの少年に懐かしさを覚えた。

 「おまえな、自分から名乗るのが礼儀だぞ。親はそう教えてないか」

 「お、俺には親はいない」

 (あ、しまった。いままで充分に気をつけてきたつもりが、つい気安く話してしまった)

 ここでは呑み込みに遭っている空人が多数いるのだ。

 「すまなかった」

 「別にいいよ。俺、ユウキってんだ」

 「そうか。オレはゲンだ」

 「・・・おまえ、白狼犬なのに薄黄色いのな」

 「あ」

 (蒲穂だ)

 ゲンが黄色くなっていることを誰も指摘しなかったらしい。

 「これはちょっと事情があって・・・」

 ゲンのいいわけを聞きもせず、ユウキは荷物をがさっと地面に落とした。中に入っている物がガラガラと音を立てた。

 「あー、疲れたー。もー、コウが今日までに仕上げろっていうからがんばったのに、あいつ、いねえんだもんなー」

 そのままユウキはばったりと寝ころび、大の字になった。

 (コイツはコウも呼び捨てか。面白いヤツだ)

 「なにを持ってきたんだ」

 「お札だよ。木のお札。見たことあっだろ? あれ、俺らが作ってんだぜ」

 空人は「木の札」「数珠」「護符」の三種類の祓い具を持つ。やみを祓うために、巫女が祓いの気を籠めた後、皆に配る。

 木の札は特に皆に愛されている。

 首から提げている者、腰から提げている者、一つだけ提げている者、二つ、三つ提げている者、さまざまである。片手で握りしめることができるほどの大きさで長方形。表には「祓」という呪が刻まれ、裏には時の巫女名が刻まれる。現在、皆が持っているのは「策」もしくは「光」と刻まれた札であった。家の軒にも札がぶら下がっていることも多いが、それは身に着けている札の二倍ほどの大きさである。

木の手触りが良く、不安な時、ぐっと握りしめれば落ち着くのだと言う。札同士が当たってかちかちと音がすることがあるが、その音がまた心地良い。札の当たる音を聞くだけで顔がほころぶと言っていた者もいた。形を目にしなくても感触や音で護られていることを、空人は実感しているのだろう。

 札は一年すれば効力を失い、新たに作られ配られる。以前使っていたものは巫女に返すのが本来だが、新しいものと一緒に首や腰に提げている者もいるし、寝屋に吊り下げている者もいる。。先祖代々、歴代の巫女名が刻まれているお札を集め、大切に保管している者もいる。

 ゲンもお札が好きだった。

 「ほう、そうか。あれはいいな。見ていて心が和む」

 「だろ? 他にも職人っているけど、祓い具を作れるのは俺らだけなんだぜ。でもまだまだなんだ。とうちゃんとかあちゃんはすげー職人だったんだぜ。祓い具に込める思いが違うんだ。一つひとつ、国のみんなを守れるようにって」

 ユウキは口をつぐんだ。その尊敬する親はもういない。

 「そうか。じゃ、おまえはいずれそんな職人になるんだな?」

 「あったりめーよ! 三年後には、いや来年にはなってやるさ!」

 大きな瞳をきらきらさせてにっと笑った。小さなこぶしをぐっと握りしめている。

 「来年は無理かも知れんが、まあがんばれ」

 「んなことねーよ。なんだよ、おまえは。やなやつだな」

 「はっはっは。どうだ、オレ用にひとつ作ってくれないか」

 「なーにいってんだよ。おまえ、伝説の仙獣なんだろ? お札なんか要るもんか。それに今日はな、おまえの持っている光をこのお札に練り込むんだってコウがいってたぞ」

 「ほう。そういうことができるのか」

 「知らねー。出来たお札に気を籠めるのは巫女の仕事だし。俺はそれを受け入れる器を作るだけさ」

 背後でもの音がした。ふたりが振り向くと、コウが気まずそうな顔をして立っている。ユウキが口をとがらせた。

 「なんだよー。帰ってたんなら早く声かけろよ。盗み聞きかよ。まったくもー」

 「いや、悪い。声をかけそびれた」

 「コウも、・・・薄汚いのな」

 「まあな」

 ユウキの指摘どおり、コウの髪にも顔にもまだらになって乾いた泥がなじんでいる。長着も袴も薄汚れている。

 コウはちらっとゲンを見た。ゲンはなんとなく目を逸らした。

 ユウキはしばらく薄汚れたふたりを見比べ、

 「ま、ふたりともがんばれ」

 といってふたりのからだをぽんぽんと叩いた。

 (おまえだって汚れてるくせに。あ、こいつ泉谷か。昨夜あちこち逃げまわった里だな)

 ゲンは泉谷のようすを思いやった。

 ユウキはさっき下に落とした大きな袋を持ちあげて、

 「ほいっ。約束のもん。仕上げたぜ」

 と、コウに見せた。袋はがしゃがしゃと無造作な音を立てた。

 「ああ、助かった。いつも急かして悪いな。まあ、中に入れ。おまえの好きな芋まんじゅうがあるぞ」

 「わーい。やったー。コウはやっぱ気がきくな。そりゃ巫女さまだもんなー。あったまいいしよー」

 「ふん。おまえはいつも調子いいな」

 お互いに小突き合いながらふたりは並んで部屋に入る。

 ゲンは思わず微笑んでしまった。ユウキの方が少し背が低く、コウがお姉さんに見える。後ろから見ていると仲のいい姉弟のようだ。

 「おい、ゲン、ぼうっとするな。おまえもこっちに来い」

 コウがゲンを見る。ゲンはむっとして後についた。

 「コウ、おまえなあ、伝説のゲンさまなんだぜ? もっと丁重に扱えよ」

 「ユウキ、おまえのほうがいいかた荒いぞ? さっき『やなやつだな』とかいってたろ」

 「あーっ。やっぱり盗み聞きしてたんだ。趣味わるー」

 「私の部屋の前で大声で話すからだろ」

 (どうでもいいがオレを丁重に扱えって話はどうなったんだ)

 とは思ったが、ゲンはこの子どもらしいやりとりがうれしかった。

 コウに子どもらしい生きかたをさせてやりたいと思う。ユウキのような子がコウのそばにいて、姉弟のような存在でいてくれることをありがたく感じた。が、それは一時的なことだということはゲンにも十分にわかっている。

 コウの部屋の前に世話役のミノが膝をついて畏まっていた。後ろには姿こそ見えないが何人もの世話役が控えている。コウは国を守る巫女である。それ以外の生き方などない。

 ミノはガンザンの末の娘である。ミノはコウにさっと近づき、挨拶をする。まだ十四歳。若いのに真面目で賢く礼儀正しい子で、さすがはガンザンの娘だ。ゲンの世話役のコウシの妹だが、同じような真面目さである。

 「あっ、コウさま。お顔に泥が。お着物もこんなに」

 ミノは薄汚れたコウの着物を見て驚いていた。そのあとゲンの薄黄色い毛を見ると、

 「あっ。ゲンさま・・・」

 といっただけでなんともいえない顔をした。

 コウがミノに声をかけた。

 「ミノ、私の汚れもゲンの色も気にするな。それよりユウキがお札を仕上げてきた。食べ物を持って帰れるよう見繕ってくれるか。今回はかなり無理をいったからそれなりに量を増やしてくれたらありがたい。それからこの部屋に芋まんじゅうを持ってきてほしい。あ、ゲンには鶏だな」

 ミノは畏まった。下がり際にユウキを一瞥して、

 「こら! ユウキ。コウさまとゲンさまに失礼な口を聞いて! あんたはいっつもそうなんだから!」

 と小声で叱った。

 「なんだよ、ミノも盗み聞きしてたのかよ。御前谷のヤツらってコウの近くにいるからコウに似て趣味悪くなるんだな」

 ユウキが嫌みを言う。

 「なによ。あんたたち泉谷はみんな口悪いじゃん」

 ミノは「いーっ」と歯を剥き出しにして去っていった。

 ゲンはミノの意外な表情を目にしてしばらく呆気にとられていた。あの真面目な子がまさかそんなことをするとは思わなかった。

 (子どもらしくてかわいいじゃないか)

 ミノの兄コウシもそんなヤツであってほしいと願った。


 部屋に入ると、コウはユウキの持ってきたお札を一枚一枚手に取り、鑑定するように見ていた。現在、空人が下げているお札と形や大きさは変わらないが、表に掘られた字が「祓」ではなく「浄」であった。

 ユウキは正座して息を飲み、コウのようすをじっと見ている。途中で大好きな芋まんじゅうが届いたが、目もくれない。

 しばらくするとコウはふうっと息を吐いていった。

 「うん。これでいい。いい札だ」

 「そうか。良かったあ」

 ユウキはだあっと体を投げ出し、芋まんじゅうをばくばく喰い出した。

 「ゲン、鶏、喰っていいか?」

 ゲンはちょっと惜しかったが、子ども相手に食い物を渋るのも気がひけてしぶしぶ頷いた。

 コウも芋まんじゅうを頬張っている。

 「ユウキ、すまないが今度は数珠だ。以前伝えた数と大きさを揃えて欲しい。前回と同じ条件だ」

 「ああ、任せとけ。護符はどうする」

 「護符はまだだ。追って指示する」

 ユウキは少しだけコウのようすをうかがったが、またばくばくと芋まんじゅうを食いだした。

 「ふうん。ま、いいけど。早めにいえよ」

 「わかっている。数珠はいつまでにできる」

 「おまえが決めろ。俺らはどうとでもする」

 「そうか。では明後日のこの時間だ」

 「おう。引き受けた。じゃ、帰るぜ」

 「うん。よろしく頼む」

 コウはそういうと戸の向こうに控えていたミノを呼んだ。

 ミノは心得たもので、さっと姿を現し、ユウキに大きな袋を渡した。ユウキは中をのぞき込んで喜声をあげた。

 「おおっ。こりゃあいいや。ミノ、おまえ、気がきくなあ。芋まんじゅうもたくさんだ。おまえも頭いいもんなっ」

 ミノは眉間にしわを寄せてユウキの頭をごつんと殴った。ユウキは大袈裟に

 「いてえ」

 といってみせた。

 「そういえば、コウ。おまえ、やみに狙われてるんだって? やみのヤツらも趣味悪いのな。ははは。まあ、気をつけろよ」

 「こら! ユウキ!」

 ミノのげんこつをひょいっと避けてユウキは窓に足をかけた。

 「じゃあな、コウ。明後日だな。あ、ゲンもここに来いよ。また鶏が喰えるしな。ミノ、おまえはいわれなくてもいるか」

 ユウキが指笛をぴゅうう、と鳴らす。と、羽犬が空をなでるように飛んできた。

 ユウキはひらりと窓から飛び降り、羽犬に乗り継いで高く空へとあがっていく。夜明け間近の山端の空は東雲色で、ユウキはその色に熔けていった。コウもミノも彼の姿が見えなくなるまでじっと見やっている。

 「ああしているが二日は寝てないはずだ。今度も」

 コウが小さくいった。ミノが頷く。

 「コウさま、ご心配は要りません。あの子は強いです。それにユウキには兄のマサキがおります。常に助け合っていますよ」

 「そうだな。ミノ、おまえたち兄妹はちゃんと休養を取っているか?」

 「ええ。おかげさまで。お気遣いいただき、ありがたく思います。コウさまもご無理なさらないよう。長居致しました。これで失礼致します。ごゆっくりお休み下さいませ」

 ミノは恭しくお辞儀をして部屋から出ていった。

 コウはしばらく目を瞑り、ぶつぶつと祈りを唱えていた。

 コウをはじめとして、空人はなにかはじめるとき、完了するときにぶつぶつと祈る。どうやら空の神に報告とお礼をいっているらしい。

 目を開けたコウは厳しい顔をしていた。

 「ゲン、これから私と一緒に来て欲しいところがある」

 「テテは」

 「連れていけない」

 「わかった」

 ゲンはコウを乗せて庭から飛び立った。

 ユウキが持ってきたお札の袋がゲンの首に括りつけられ、ガラガラと音を立てた。その音でテテがコウとゲンに気づき、妬ましい目でゲンを見る。

 (仕方ないだろう? 許してくれよ、テッテ)

 心の中で詫びながらゲンは飛びあがった。


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