表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の子  作者: そうじ
1/74

召喚

     【回想】


 陽はまだ沈んでいない。

 大人たちは「やみひと」がくるからはやく帰れっていうけど、

 そんなにはやく帰れるもんか。

 そんなの、弱虫あつかいされる。

 まだだいじょうぶさ。

 やっとオニから解放されたんだ。

 かんぺきにかくれて兄さんに勝つんだ。

 村はずれのあばら家がぼくたちの遊び場。

 草は自由にのびきっている。

 ここはうるさい大人がこない。

 ぼくは弟と古井戸の裏にかくれていた。

 草のにおいをかぎながら息をころした。

 まえにはオニになって探しまわっている兄さんがいる。

 弟とぼくは顔をみあわせてこっそり笑った。

 「おおい、どこだあ。もう暗くなるぞ、帰るぞお」

 兄さん、ずるいや。

 おびきだそうったってそうはいかない。

 弟は心配そうな顔になってたちあがろうとした。

 『ばか。まだだよ』

 『だって、もう暗いよ』

 『だめだ。なんだ、おまえ怖いのか』

 『ち、ちがわい』

 『ふん、おまえはもうみつかれよ』

 こそこそと話していると、うしろから兄さんがのぞいてきた。

 「みーつけ・・・」

 兄さんの声がぐっととまる。

 ぼくたちはみた。

 あっ

 とおもったがもう遅かった。

 空は暗い涙におおわれていた。

 暗い涙はうなる。

 お、・・・お、・・・お、・・・お、・・・・お、お、お、お、お、お、・・・

 毛穴という毛穴が開いた。

 体温がでていく。

 きた・・・。

 これが、「やみ」・・・。

 ぼくはすぐに首にかけたお札をにぎりしめた。

 兄さんはうしろをふりかえったまま。

 兄さんは「やみ」にぬれはじめた。

 兄さんはお札を手ににぎることもできないまま。

 「やみ」はうなりつづける。

 お、お、お、おお、おおお、おおお・・・・

 入りこんでしまった。

 「やみ」の領域に。

 井戸もこわれかけた家ものびきった草もすべて。

 兄さんのまえに、いる。

 ぼくたちはみた。

 形のない、ひと。

 首のうしろから髪の毛がぞわっとさかだった。

 うなり声が大きくなる。

 おおお、おおおお。おおおおお・・・・。

 ぼくはまばたきさえできない。

 少しでも動こうものなら、

 きっとそいつはおそってくる。

 兄さんは「やみひと」にうもれていく。

 「やみひと」がぼくの目のまえにきた。

 ぼくはうなり声にかこまれた。

 おおおおお、おおおおお・・・・。

 そのとき。

 「走れーーーーーーーっっっ」

 と兄さんが叫んだ。

 ぼくははじかれたようにかけだした。

 とっさに弟の筒袖をつかみ、

 弟をひきずるようにして走った。

 弟はぎゃあぎゃあ泣いていた。

 「やみひと」が追ってくる。

 おおおおおおおおおおおおお

 ぼくと弟は、

 走って、

 走って、

 狂ったようにしてにげた。

 泣きながら。

 泣きながら。

 ぼくと弟は、

 走って、

 走って、

 狂ったようにしてにげた。

 泣きながら。

 泣きながら。

 ぼくたちは転ぶようにして家にかけこんだ。

 母さんが顔をくしゃくしゃにして走りより、

 ぼくを抱きしめた。

 ぼくは母さんにしがみついてわんわん泣いた。

 弟は泣いていなかった。

 弟は、

 いなかった。

 ぼくは、ちぎれた筒袖をにぎりしめていた。

 鐘が鳴った。

 甲高い音をたてて。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    【召喚】


 大いなる御方、空の御名において、

 空の子「光」はこの地に起ちぬ。

 空の地を救う為なり。

 我、命によりこの地を守るべし。

 空の遣い「源」よ、この地へ来給え。

 怒りにより闇を祓い、

 慈しみにより光を与う。

 空の遣い「源」よ、我がもとへ来給え。

 空の子「光」はこの地に起ちぬ。

 「源」よ、この地へ来給え。

 「源」よ、我がもとへ来給え。


 宇宙を浮遊する魂。

 懐かしく、切ない浮遊。

 このうえなく穏やかで、常に個であるが決して孤独ではない。

 まわりの気すべてと溶け合い、浮かび、流れて、至福の継続。

 恒常なる普遍。摂理。


 ・・・ゲン・・・。

 ・・・ゲン・・・。

 ・・・ゲン・・・。

 ・・・ゲン・・・。


 遠くから声が聞こえた。


 ・・・ゲン・・・。

 ・・・ゲン・・・。

 ・・・ゲン・・・。

 ・・・ゲン・・・。


 呼んでいる。


 白い意識がうねりをあげて、白い宇宙から戻ってくる。額に光が突き刺さり、かっと音をたてた。

 


 陽の暮れ果てた山麓であった。

 小さな集落があり、それぞれの屋根は言葉少なにたたずんでいる。山の稜線には消えそうな緋色が施され、空に漂う雲もいくらか濁った色を残しているが、家々は色もなく、薄い宵闇を漂わせている。

 空から白く光るものがゆっくりと降りてきた。大きな獣である。白く長い毛が天に向かってなびき、四つ足を踏ん張るようにして静かに降りている。

 獣は、集落外れにある小高い山の茅葺き屋根の上に降りようとしている。

 屋根の上には小さく光るものが揺れている。いまにも沈みそうな宵闇のなかで、それだけがまっすぐに生きていた。

 よく見ると少女である。白い長着に藤色の袴をはいている。少女は目を固く閉じ、両の掌を上に向け、腕を精いっぱいひきのばしている。

 獣は、少女の掌に吸い込まれているようであった。少女の掌に限りなく近づいたが、少女は気づかず、なにやらぶつぶつと唱えている。

 獣はそのまま少女の掌の上で浮遊していたが、たまらなくなって声をかけた。

 「おい」

 声をかけると少女ははっと目をあけ、上を見た。

 「わああああっ」

 少女は掌をがばっと下ろした。とたんに獣は均衡を崩し、横手にある庭に落ちていった。獣はとっさに身をひるがえし、四つ足で降りたが、

 ずしーん

と音がしてそこらじゅうが震えた。

 屋根にいた少女は衝撃でいちどふんわりと浮きあがり、そのあところころと落ちてきたので、その獣は尻尾で包むようにして受けとめた。

 少女は小さかった。

 「ゲン。やっときたか」

 (ゲン・・・。ああ、そうだ、確かにオレはゲンだ)

 「遅かったな」

 「なんだと」

 (子どものくせにえらそうな)

 少女はゲンの顔をのぞき込み、こういった。

 「ずっとおまえを呼んでいた」

 なんて生意気な、というつもりでゲンはことばが出なかった。少女の瞳が青く深く、吸い込まれるようで息を呑んだ。

 全身が殴りつけられたような衝撃を受けた。

 頭の中の時がとまり、からだがしびれていた。

 その瞳から目が離せない。

 美しい、と思った。そしてどうしようもなく懐かしかった。

 「ゲン、おまえが必要な時がきた」

 少女は淡々といった。

 ゲンはからだが呪術で縛られたようだった。

 (そう、オレはおまえに会うために、来た)

 ゲンの目から涙があふれた。

 「私は空の子、コウである」


 思い出した。

 オレは仙人だ。

 第二十四番星「地球」にいた。

 そこでの働きが認められ、仙人Sランクに上がったばかりで、今回はSランク最初の仕事だ。第五十三番星にある「空の国」の巫女「コウ」という少女を助ける仕事だ。

 うえから下された命はそれだけでくわしくは不明である。というより、くわしい記憶を消されている、というほうが正しい。意識体の力が強ければ早く正確に思い出し、もしくは現状からやるべきことを察知することができる。

 そういえば、前世、オレは白い犬だったようだ。今世もまた白い毛、四つ足だな。

 犬?

 いや、犬にしてはずいぶん大きい。しかもさっき空中に浮いてたな。

 妖獣の類か。


 ふっとからだが自由になった。

 とたんに涙を流している自分に気づき、コウから目をそらしながらいった。

 「コウか。小さいな」

 するとコウも顔をそむける。

 「おまえが大きすぎるんだ」

 「オレを呼んでいたのはコウか」

 「そうだ。おまえは予定より三日も遅くきた」

 不満そうな顔をしてゲンを見返した。

 「おまえ、何者だ」

 「さっきいったろう。空の子だ」

 「空の子?」

 「この国の巫女だ」

 つり上がった切れ長の目、きりっとした太い眉。短い黒髪。美人とはいいがたいが端正な顔立ちで、なるほど巫女という品格が現れていた。とはいえ、ところどころ跳ね返った短髪がなんとも幼い。

 と、少女の青い瞳がうるうると濡れたかと思うと、ぽろぽろと涙があふれでた。

 なんといじらしい瞳。

 ゲンはあわてて目をそらした。

 コウもふいと向きを変えた。藤色の袴がふわと揺れた。しばらく天を仰いでなにやらまた唱えている。祈っているのか。

 しばらくして、

 「こっちだ」

 と、すたすたと古い一軒家にむかった。その姿は小さくいとけない。

 古い一軒家に入ると簡素な囲炉裏があり、その向こうにおそらく二十畳はあると思われる座敷があった。

 「母上、ただいま戻りました」

 大声で呼ばわり、コウは中にすたすたと入っていく。ゲンは大きなからだを小さくしながら入った。中に入るとゲンのからだと白く長い毛で部屋が狭くなった。

 「で、いったい、なぜオレが必要なんだ」

 「そのうちわかる」

 コウは鷹揚なものいいをしてすとんとゲンの毛のうえに座った。ゲンのからだを背もたれにすると大きなあくびをした。

 奥から小さな灯を持った者が入ってきた。

 とたんに周囲が夜になった気がした。さきほどまで薄く残っていた山の稜線はすっかり消えていた。

 灯にぼんやりと照らし出され、それはゆっくりと姿を現した。

 ひどく美しい女性であった。

 二十代後半か。やはり白い長着に袴を穿いているが、その袴の色は桔梗色である。濡羽色の長く豊かな髪は無造作にひとつに束ねられ、耳もとからつうっと後れ毛が垂れている。

 美しい女性というのは、後れ毛一本でさえ美しい。

 白い肌に黒瑪瑙の耳飾りが映え、左手首にも黒瑪瑙の数珠が二重に施され、ふっくらとした手の甲にかかっていた。

 その女性は深々とお辞儀をした。数珠がちゃらと音をたてた。

 「ゲンどの。よくおいでくださいました。お会いできて光栄でございます。私はコウの母親で、サクと申します」

 母親か。そういわれれば、切れ長の目、青い瞳、黒髪など、コウと似ている。上品な顔立ち、品格ある容姿。しかしコウとは雰囲気がまるで違う。ほの暗い灯でサクの白い肌が艶やかに翳る。

 ゲンはコウをみた。単に母娘が似ているか見比べようと思っただけだった。

 果たしてコウの顔は白かった。それはサクの白い肌どころではなかった。まるでコウの額が、まぶたが、頬が、あごが、みずから光を発しているかのように白く映えていた。

 「サク、といったな。オレは確かにゲンだ。どうやらコイツに、失礼、コウに呼ばれて来たらしい。が、悪いが事情がわからない」

 サクはうつむくようにしてうなずいた。

 「ゲンどの。いまこの国は危険な状況にあるのです」

 サクは静かな口調で話しはじめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ