あの交差点で
彼を初めて見たのは、真昼の交差点。
引っ越して来たばっかりの街で新生活には足りない物も割とあって、物珍しさも手伝って繁華街に買い物に来ただけだったのに。重い荷物に絶望しながら交差点を渡っていて、ふと、違和感を感じた。
あれ?交差点の真ん中でずっとつっ立ってる人がいる?
目をあげると、そこにいたのは血まみれで、目の焦点も合ってない……そんな、バリバリの地縛霊。
おお……何あれ、怖っ!ヤバいヤバい。
目が合ったりなんかして、変なちょっかいかけられたらたまったもんじゃない。
初めての一人暮らしだっていうのに、あんな血まみれ連れて帰って二人暮らしなんて、目も当てられない。
私は彼を見ないようにして足早にその場を立ち去った。
そこそこ見えるけど、別に霊能力とやらが高いわけでもない私にできる最大にして唯一の防御は『無視』なんだよね。
もちろんそれからも私は極力その交差点は渡らなかったし、渡る時にはとにかく無心を心がけた。
そのスタンスが変わったのは、彼を最初に見かけてから、二年は経っていたかと思う。
交差点の彼をちょうど見渡せる場所に私のお気に入りのカフェがなければ、そのスタンスはきっと一生変わらなかっただろう。
その日もお気に入りのカフェで、お気に入りのロシアンティーを飲みながら、何気なく外を見たんだ。
交差点に、彼が見えた。
彼はニ年経ってもその場所で、誰にも興味を示さずに、ただ立ち尽くしているように見えた。あの場所で事故にあったんだろうなあ。あんなに血まみれで、きっと酷い事故だったんだろう、可哀想に……おっと、いやいや、下手な同情はダメだったら。
あれ?
でも、なんか……最初に見た時よりも、若干、血まみれ感が減ってない?前は服の色なんて分からないくらいの血まみれっぷりだったよね?
なんて考えていたら。
突然、彼が、動いた。
ええっ??
動くとこなんて、初めて見たよ??
もしや単なる地縛霊から、悪霊にランクアップ??
混乱しながらも彼の動いた先を見たら、横断歩道の真ん中で転んだ女の子を助け起こすように動く彼の姿があった。しかも女の子の服をパタパタと叩いてあげているように見える。触れるわけもないのに。
女の子は、何か違和感を感じたのか周りをキョロキョロと見回した。首を傾げるその顔にもう涙はないみたい。自分が横断歩道の真ん中にいる事に気付いた彼女は、慌てて横断歩道を渡りきり、そのままかけていった。
そして私は見たんだ。
その跳ねるような可愛い後ろ姿を満足気に見送る彼の顔に、ほんの少し笑顔が浮かんだのを。
そして彼の姿が、ほんの少しだけ ……綺麗になるのを。
見間違いかと思った。
だって今までたくさんの霊を見てきたけれど、こんな光景を見たのは初めてで、とても信じられなかったから。それでもその光景は私の脳裏に焼き付いて、私はふと気づくと彼のことを考えていた。