1月25日は日本最低気温の日
「今日は中華まんの日だよね。おやつに肉まん食べたいなあ」
「俺もそれがいい。さわっち、コンビニに行って買ってきてもいい?」
さっきまで新曲の衣装合わせをメンバー全員でしてかか初回特典の個別ポスターの為の待ち時間。次の仕事が迫っているふうが最初に撮影をして着替えて次の現場に里美さんと一緒に向かっていったのがついさっき。今は樹の撮影が始まるところだ。残っているメンバーは学校の課題をやることになっているはずなのだが……。
ふうは、なっちゃんと一緒に君想いマカロンの打合せ。他のメンバーも撮影が終わると各自スケジュールが分かれている。雑誌の取材にトークバラエティーの収録と舞台のオーディションの為の練習。最初のコンビニスイーツのオファーを受けてからグループとしても個人の活動もかなり増えてきたのは、担当マネージャーとしては嬉しい話ではある。
ビビットが結成されたときは、子役の時のキャリアがあった樹だけが忙しい日々が続いたけれども今ではメンバー全員が平等に忙しくなってきている。
ただ問題なのは、あいつらの学力差が激しい事だろうか。グループでクイズ番組に出ると、そこそこの結果が出るのに、個人……特に双子の成績がよろしくない。一年前にメンバーに最終学歴の希望を聞いたら、双子は高卒でいいと即答。それでも何度か中退してもいいと言っていたのだが。最終的に社長の「アイドルを辞めた後は?業界から身を引いたら後はどうしたいんだ?」と質問されて、高校だけは卒業すると決めたようだ。まあ、二人とも物怖じしない性格なのでグループが解散してもタレントで活動はできるだろうと僕は思っている。
他のメンバー……ふうは、高校をこの春に卒業後、ある大学の文学部史学科に進学が決まっている。ふうのばあいは最終的に実家の柏木流の家元になるのだろう。実際にそうなる日の為の努力だってアイドルの活動と同時に着実にこなしてスキルアップしている。表向きテレビに出ている時間は圧倒的に少ないかもしれないが、オフの時間が一番少ないのはふうだ。もちろん、実家の柏木流の時期家元というのはトップシークレット。事務所の人間とメンバーと夏海ちゃんだけは知っている。アイドルの仕事を快く思っていないお弟子さんたちの事を考えてアイドルとしてはかなり地味な……ミドルエイジをターゲットにしている番組に積極的に参加している。そのきっかけはベテラン俳優さんと街歩きをして探索をする番組にゲストで出演した時だろう。そのときの視聴率がかなり良くって、数回のゲスト出演を経て今では番組のアシスタント的な立ち位置でレギュラー出演している。
ただ、番組のコンセプトが自由に探索するという事なので、基本的にアポなし取材がメイン。
自分たちで交渉をして、お店に立ち寄りながら町の人と触れ合う。時にはグランドゴルフをしたり、公民館の健康体操に参加もする。小腹が減るとファミレスやファーストフード店なんかにも入っている気軽さがかえって視聴者には新鮮なようで、さしょは週に一度の放送が春の番組改編後は選り抜きと称して平日の十分間の枠も新たにできるという。
俳優さんに翻弄されて右往左往しているふうの姿がかわいらしいと彼らのお母さん世代から番組へコメントが来ているそうだ。
樹と昌喜も大学進学を希望している。樹は、児童合唱団から子役タレントを経て今に至っている。最終的にはミュージカル俳優になりたい本人の志望は演劇学科か声楽科を目指している。進路を決めてからは高校を三年間で卒業しようと頑張ってはいたが、単位が足りずに三年での卒業が不可能になってしまった。最初はショックだったらしいが、今は開き直ってボイストレーニングを増やしている。それと舞台のおーでいションにも積極的に挑戦をしている。今度受けるのは夏休み頃のミュージカル。目指しているのは今のところ主役クラス。結果が分かるのは三月ごろになるだろうか。
昌喜はどちらかと言えば器用貧乏。大抵はなんでもそつなくこなしている。本人の経歴でちょっと変わっているのは特技が将棋だろうか。僕らがスカウトしなければ、本人は本気でプロを目指していたかもしれない。春からは、初心者向けの将棋番組のアシスタントが決まった。アシスタントいうよりは、ナビゲーションの方が近い表現になるかもしれない。それと、年間のトーナメント戦のゲスト出演も決まった。こちらの打合せはまだ始まってはいないけれども、本人は「俺の立ち位置がもしかして変わっちゃう?」なんて言っている。メンバーの中ではのほほんとしているように見られている今のイメージが変わるのはいいんじゃないかな。メンバーの中では一番早い誕生日の為に皆のまとめ役なことが多い。そんな彼をファンの子たちはリーダーらしくないリーダーと呼ぶ。それもどうなんだろうと僕は思っている。本当は、昌喜がそんな風に自分を作り上げているだけなのだから。
「たっだいまー。外、雪が降っているよ」
「えー、マジか」
「だからさ、食べられるうちに食べちゃおうよ。ねえ、さわっち。どうして今日は中華まんの日なの?」
うん、中華まんの日という前にもっと大切なのがあるのだが……。
「今日は、元々は日本最低気温の日な訳だ」
「あれ……確か旭川で出たやつだっけ?」
「そう。そこから派生したのが、あったかい食べ物という事で中華まんの日。それと毎月25日はホットケーキの日でもあるんだな」
「ふうん。なあ、カレーまんはないのかよ」
「ねえよ。それ以外には何の日なのか知っている?」
「後は、主婦休みの日。これは主婦にリフレッシュをして貰うための日で、他に5月25日と9月25日もあるぞ。それからお詫びの日。1077年にカノッサの屈辱事件があったことからできたそうだ」
「で、そのカノッサの屈辱って何?」
聞いてきたのは昌喜。お前……それは大丈夫か?
「昌喜。来年は世界史やったらどう?ほらっ、教科書」
樹が昌喜に世界史の教科書を見せた。
「ふうん。俺、来年は世界史を選ぶ予定だから予習だね。なんとなく分かったけど、罷免を受けても対立が半世紀も続くってのはどうなんだろう?最近、ホットケーキ食べてないなあ。ホットケーキミックスを買ったとしても使い切れないしなあ」
「っていうか、昌喜は甘いものが好き過ぎ」
「別にいいじゃん。ホットケーキなら朝ごはんにもなるじゃん。さわっち、今度作ってよ」
「泊りならいいぞ。その代わりに宿題を持って来いな」
「ええー。それはちょっと」
昌喜は言葉を濁す。
「それなら、さわっちの友達が来ているときがいい」
どうやら、こないだ偶然ロケであった大学の同期のことでも指しているのだろうか。
「昌喜。僕が教えるよりも、あいつらの方がスパルタだぞ。それでもいいのか?」
「さっ、さわっちより厳しいの?それは無理。俺の心がボロボロになりそうじゃん」
「だよな。さわっちって国立大学だろ?」
「うん。でもうちの大学には赤い門はなかったぞ」
「えっ、どうして?」
「四年間、同じ校舎が良かったからな」
「はあ?そういうものなのか?」
「学力が伴っていたから言えたわけだし、前職の国家公務員だって最初から狙っていた訳じゃないし。最初から国家公務員志望だったら、赤い門の大学に行っていると思わないか?」
そう、別に赤い門の大学が嫌だったわけじゃない。校舎が分かれるのが単に嫌だっただけだ。そんな理由で選んだのが僕の親友たちがたまたま多かっただけだ……結果的に。もちろん、赤い門の大学に進学した同期も先輩もたくさんいる。今だってもちろん交流はあるけれど。
「そんなエリートが、アイドルのマネージャーか。それでいい訳?」
「僕は楽しいからいいよ。仕事が辛いのなら、最終的には続かないよ。僕が社長に始めた会った時は休職中だったからね」
「さわっちは最終的にどうしたいわけ?」
「そうだなあ。最終的には、白戸の所で社会保険労務士でもいいかなあって思う時もあるさ。もちろん、この事務所で社会保険の手続きに専念してもいいし」
「それって難しいの?」
「興味がない奴には難しいだろうよ。僕の時間はまだある。医師は無理でも目指せる職業はまだたくさんある」
「ふうん。弁護士さんはどう?」
「それはいいや。先輩にも同期にもいっぱいいるから。裁判とかで相手方にいたらやりずらいなあ」
右も左も知り合いだらけの業界だけはちょっと僕は嫌だな。法学部卒だけど、僕は商法と労働法が好きだった。国家公務員じゃなければ、労働基準監督署もかなり興味があった職場ではあったのは事実だ。
「俺はさわっちがマネージャーで良かったと思う」
「それはなぜ?」
「俺達がどんなに忙しくてもオフをちゃんともぎ取ってくれるじゃん。他の事務所だと休み全くもらえない人もいるらしいし」
「まあな。休みがないといいパフォーマンスは無理だと思わないか?」
「うん、そうだよね」
「これからも僕らのマネージャーでいてよね」
「やっぱり……ホットケーキ食べたいからさわっちの家に泊めてよ」
「昌喜……結局そこに戻るのかよ」
「だって、食べたいものは食べたいじゃん」
「全く、このお子様味覚は」
「分かったよ。ちゃんと自宅には僕の方から連絡をしておくから、それでいいか」
「やったあ」
「昌喜……やっぱりなんかずるい。俺も食べたくなってきた」
「今度事務所でレッスンの日に食堂を借りて作ってやるよ」
「その日はいつかな」
「すぐにはないなあ。とにかくお前達頑張れよ」
二週間後の事務所勤務の日になぜか午後からしばらくの間、ホットケーキを食堂で作り続ける羽目になってしまったのは、社長が一枚噛んでいたのだろうか?
そうそう、1月25日は左遷の日でもあるんだよな。これは菅原道真が大宰府に左遷された日から決まったらしいけど、あんまりいいイメージじゃないからふうもいないから教えなかったことはあいつらへの優しさだと僕は思っている。