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強盗見習い、ゴーレム使いに出会う(2)

 「わかりにくい、お前らの説明はまわりくどくて、実~にわかりにくい」

 平伏するタングシュテンとモリブデンの頭上で、ドスの効いた男の声が低周波まじりでビリビリと響く。聞けば誰しも「このバリトンの響きはマッチョで恐ろしげな大男の声に違いない」と思うであろう……はたして実際、万人の想像まんまの姿がそこにあった……わかりやすい、実にわかりやすい悪役顔、強盗団の頭・その名はゲアリック。


 「いえその、ですから、当方とは別の強盗組織所属と思しき娘がですね」

 「そいつはともかく、弾も竜の攻撃も効かない化物じみた鎧騎士風の大男がですね」

 部下の二人は頭を下げたまま、かしこまって列車強盗失敗の言い訳の最中である。


 「経過より結果をまず言えっつうんだよ!細けえ前置きをグダグダ並べんじゃねえ!

 難しい話を簡単にまとめるのが頭のいい奴、簡単な話をわざわざ長ったらしくしたがるのは、自分が頭いいように見せたいアホだろが!てめえらはアホの方か?ああ!」

 なるほどわかりやすい。わかりやすくさせるための、わかりやすい叱咤である。


 「同業者に負けて逃げてきましたっ!」

 今度はわかりやすく、二人はハモって答えた。

 「とぉってもわかりやすくてよぉろしいぃ!」

 熱気を感じるほどの大声の後、ゲアリックはニヤリと微笑んだ。しかし、

 「でも罰として死刑な」続く言葉は絶対零度であった。


 「ぐわっはぁ!」「おごわぁおッ!」

 返す二人の悲鳴はそれぞれ個性的、今度はハモらない。

 「と言いたいところだが、今現在この強盗団出張所はお前らしかいないので、補充のアテがあるまで生きていやがれ、わかったか?」

 「とてもわかりやすい説明とお慈悲をいただき、ありがとうございます!」


 頭の中央だけ縦にそり残された髪、脂ぎった顔の中央に集まった、睨みを利かせた小さな目、顔の下半分は牙を模した金具付きのマスク、ぶっとい首、両肩と胸元を守るごっついプロテクター、でもそんな物は無用なんじゃないかと思わせる、分厚く弾も刀も通りそうにない全身筋肉の塊。装飾品をみれば、全ての指には相手を殴る時のナックルガード代わりであるごっついリング、装飾の付いた皮のブーツ、背には派手な色のケープ、それらに無駄に打ち込まれた鋲やら棘々やら・・・


 わかりやすい、頭の先からつま先まで、一目瞭然で「肉体系悪者のボス」体現した男、それが東部強盗互助連絡会ヴィルデグリュン地区支部長・ゲアリック様である。

 「だいたい見習いの坊主を見捨てて帰って来るだぁ何事だぁ!極悪非道な強盗団なりの正義と愛と友情ってもんがねえのか!」

 『極悪非道』と『正義と愛と友情』って並びたつ要素なんだろうか?部下たちはそう思ったがもちろん口には出さない。


 「つい先月、押し入った先に居合わせたあの小僧が、いきなり『仲間に入れてほしい』と言ってきたのには驚いたし、その時は『おじさんは今忙しいんだからまた後で、あと騒ぐと殺す』、と答えたんだが、一応理由を聞いてみれば

 『ドラッケンマスターなのがカッコイイから。』……わかりやすい、わかりやすいので合格!」

 「そんなのが気に入ってウチに入れたんですかい!」

 「そんなとは何だバカ野郎!わかりやすさは天を裂き地を砕き、神をも殺すって言うだろがっ!

 いやそんな言葉はないし、意味もわからない。全然わかりやすくないぞ、親分。


 「入団理由はともかくあの坊主、会計とか料理とか、雑用やらせたらかなり使える奴ですし」

 「死んだ親父が刀鍛冶だったとかで、道具直すもの上手いですからねえ」

 タングシュテンたちは同意した。荒事担当は多いのだが、学や手に職のある者が足りないこの業界、アントン君はなかなか得がたい、将来有望な人材だったようである。



 一見肉体系ばかりの彼ら強盗団。しかしそれが集まった「強盗互助連絡会」は、仕事の分業化を推奨している。


 実行係であるマッチョな暴力担当だけでなく、情報収集担当や、大きな仕事なら全体を統率する進行担当、獲物の配当係りの事務担当、負傷や引退した者への福利厚生担当、等など、ちょっとした企業グループみたいな充実ぶりであった。


 これはそもそも、国の内乱期に富の不均衡が激しく、自然と富める地方軍閥とか領主など大きな相手から盗ることとなり、強盗側も団結して計画的にやらないと返り討ちの危険が大きかったのが原因で、必然的に行われた、彼らなりの「近代化」なのだ。


 単なる反社会的な集団から、マフィア的な地方の裏社会そのものに成り代わろうということか。



 「で、坊主の件、どういたしやしょう」とモリブデン。

 「聞くまでもねえだろ、迎えにいってやれ。使い捨てにするにはもったいねえ人材だ」

 「しかしアレにとっつかまってるんじゃねえですかねえ?」

 タングシュテンは悲観的だ。

 「あの小娘とデカブツが坊主にここを聞き出して、襲ってくるってのはねえですか?」


 「ここ」というのは彼らのアジト、すなわち鉄道の廃車置き場のことだ。機関車の給水場から少し離れたところに、旧型の機関車や壊れた客車が、合わせて十輌ばかりうち捨てられている。鉄道実用化からまだ二十年も経ってはいないのだが、初期の車輌は設計や鋳物の質が悪くて故障が多く、新型に切り替えられて廃棄されていた。


 機関車の中にはまだ動きそうな物もあるし、客車はサスペンションが壊れていても住み家になるし、鉄道管理会社はこれらを修理する予定がなく見回りにも来ない。汽車の給水場がほど近いので飲み水を拝借できるし、荒野で帰り道がわからなくなっても、とりあえず線路を見つけこれに沿って移動すればアジトに戻れるし……などなど、いいことづくめなのであった。


 特に水の確保は大事、給水場では地中を流れる川からポンプで汲み上げているのだが、これは彼らだけでなく、彼らの乗り物であり武器であるドラッケンたちにも必要なのは言うまでも無い。

 離れた水場まで飛んでいける鷹竜たちはまだしも、親分の操る土竜…といっても「もぐら」でも「みみず」でもない、巨大な土竜エルデドラッケンが潜み住むための水源の確保は欠かせないのだ。


 「来たなら来たで、今度はうちの可愛いエルヒェン(えるちゃん)と遊んでもらおうかい」

 なんだか可愛い名前のドラッケンである。しかし大戦中にドラッケンマスターの兵士として戦った彼らの戦友、敵から見れば恐るべき破壊兵器、城壁を下から突き崩し、攻城戦の先鋒として活躍した歴戦の怪物なのだ。彼らは決してチンケな強盗ではない、それ以前にドラッケンマスターであり、竜に乗った彼らを二人程度の賞金稼ぎがどうこうできるとも思えない。


 「坊主の件だけじゃねえ、『パイリン』とかいったよな、その女賞金稼ぎ……そりゃこいつじゃねえか?」

 と、言いながらゲアリックが取り出したるはあの手配書。

 「手配犯のくせに賞金稼ぎ、なら俺らの方がそれやっちゃいけねえって法もねえよな」


 法も何もあったもんじゃない話だが、悪党同士が噛み合って数を減らすのは保安官たちも望むところ、問題はなかろう。ゲアリックは今さっき思いついたこの新商売に意欲をわかせていた。

 

 

 ちょっと時間が遡る……さて、凶悪賞金稼ぎ少女・パイリンさんに捕まった可愛い強盗見習い少年・アントンくんの安否やいかに?


 「とりあえず暴行を加えてみようと思う、性的に」

 「何その性的ってのは~っ!」


 ……いきなり18禁な描写になりそうだ。かつて魔像だった岩にできた木陰に、縄代わりの蔦で縛られ逆さ吊りにされたアントン君、そしてニヤニヤ笑いのパイリンと、周囲を警戒している様子で相変わらず無口のヘルツマン。

 「でも年端もいかぬ少年に暴行ってのは非道すぎ?……とりあえず、いたづら程度に抑えておこう、もちろん性的に」

 「だから性的ってなんだ~ッ!」


 言葉の意味はわからないけど、本能で下半身方面へのピンチを感じた少年は絶叫する。よくわかんないけどヤバい、ヤバいぞ、このお姉ちゃんはすっごくダメな人だ、いろんな意味で。


 「そもそもなんでこんな所に吊すのさ!」

 「おまえのボスと仲間の居場所」ボソリ、と低い声でつぶやくパイリン。

 「だがしかし、脅しに屈して仲間を裏切る程、少年の心は汚れてはいなかった」

 「はい?」

 「世話になったボスはもはや実の父も同じ…どうして賞金稼ぎなどに売ることなどできようか?」

 また一人芝居のモノローグが始まったようである。


 「毅然として女賞金稼ぎをにらみつける、そんな少年の瞳がこう訴える。『どんな辱めを受けようと、僕は屈しないぞ!さあ、やるならやれ!』」……一息ついて

 「その身悪の中に置きながら、輝きを失わない純真な少年の心……しかし襲い来る悲劇、そしてちょっぴりエロエロ展開、つうか陵辱の嵐。そんな燃え萌えシチュエーションに乞う御期待、てなわけでつかまつる!」

 「なんの話だ~ッ!」

 いよいよもってダメだぞ、このお姉ちゃんは。


 「クックックッ、い奴じゃのう~」三文芝居の悪代官か、お前は。

 「しゃべるからしゃべるから!何もしなくてもしゃべりますから!」

 「うるさい黙れぱんつ脱げ。そしていろいろなものをいろんなところに抜き差ししてみたい年頃の、オレの決意たるや不退転」


 ぐへへ、と下卑た笑いのパイリンのツラ、そしてちょっと涎がたらり。

 マズい、へんたいだ。間違っても伝説の英雄譚の主役にはありえないキャラだぞ、このパイリンさんは。何がどうなってこんなに歪んじゃったのかは少し気になるが。


 「しゃべるって言ってるでしょ~が!」

 「何ィ?仲間を売ろうってのかい、この薄汚い裏切り小僧め!あたしゃそんな子に育てた覚えはないよ、父ちゃん情けなくて泣けてくらあ!」

 「誰がとーちゃんだよ!だいたい教えて欲しいの欲しくないの、どっちだよ?」


 もうわけわかんないよこの人。頭がおかしくなりそうなのを止めるに、早々に情報提供して会話を打ち切るしかあるまい。

 「言うから聞いてっつうの!第26ゲアリック強盗団こと、東部強盗互助連絡会ヴィルデグリュン支部の拠点は、この先の線路沿いの廃車置き場の中でえす!ちなみに今現在、人員三名のみ!竜も三匹、以上!」


 素直かつ正確な自白であったが、しかしなんだかパイリンさんはご機嫌斜め。

 「チッ……これだからお子ちゃまは。夢のようなひと時を味合わせてやろうと思ったのに。ここはお姉さんを楽しませてから自白でしょ、場の空気読めよな~。」

 「どんな空気だよ!夢っつうか悪夢確実だし!」

 「ま、とにかくゲロっちゃったんだから貴様は強盗団にとっては裏切り者決定な。拷問のあげく粛正間違いなし、性的にかどうかはしらないけど」

 「そ、そうなの?あと性的って何?」

 「拷問の恐怖と端金はしたがね、そしてセクシィなオレ様の色仕掛けによって、少年は裏切りの道へと全力疾走、さらば優しき少年の日々よ、もう戻れないもう帰れない♪」

 「拷問はともかく後の二つはいつあったの!」

 「うるさい黙れおパイでも喰らえ」


 そう言って逆さ吊りのアントンの顔を、胸元に抱きかかえるパイリン。むにゅり、と新鮮な感覚が少年の顔に押しつけられる……ちょっといい匂い。

 「もごわッ」

 小柄で細いように見えてパイリンさん、意外に胸はあったようである。しかし心地よい弾力は感じるんだけど、彼女の上着の大きな襟の中に防御用の金属板でも仕込んであるらしく、グリグリされると顔が痛いんですが。

 「色仕掛け完了!あと端金……え~と、ハイ五十コーカ玉。無駄遣いしちゃダメだよ」

 「フンフン、グシュングシュン……」

 少年は恥辱にまみれ、なんかもう泣くしかなかった。


 「何故泣くか貴様~!それでも軍人かッ!」

 わかってて延々とボケ続けてるのか、本当に天然なのかは判断に苦しむところだが、いっこうに話が進まないので、なんとかしていただけませんか?パイリンさん。


 「よろしい、とりあえず線路沿いに進めはアジトに近づくのな。あと貴様、裏切り者の名を受けて、全てを捨てて戦え下僕、オレ様のために」

 「そんな義理はない~ッッッ!」

 「義理も人情もへったくれもねえんでえ~ッ!……へったくれ……へったくれについては耐え難きを耐えておいといて……これは決定事項にして絶対命令につき拒否は認められない。逆らったらおまえの家、燃やす」

 かろうじて話題が逸れるのは防いだのは賢明でいらっしゃいますが、言ってることは相当ヒドいですぞパイリンさん。

 「家なんかないよ、母さんはずっと昔に死んだし、父さんも半年前に……強盗団のアジトが今は家みたいなもんさ」

 「……んじゃお前を燃やす、直に」

 「同情は期待しちゃいなかったが、最悪の答えが返ってきたッ!」

 どこまでもヒドい賞金稼ぎ兼お尋ね者である。


 会話を打ち切ったパイリンは、唐突に両腕をヒュヒュッと振り回し、ちょっと恰好よく両の篭手ガントレットを打ち合わせる。すると手首のあたりを軸にして、シャカッ!と内蔵されてた何かが反転して飛び出した。それは手首から肘までくらいの長さの片刃のブレード。パイリンは体を半回転させて、いきなりそれでアントンを吊した蔦を薙ぎ払う。逆さ吊りだったので頭から落ちるところ、寸前に軽く蹴りをいれて横倒しに落としてみせた。


 「いててて、いちいち乱暴なんだから……ところでそれ、板金を繋いだ物じゃないよね。重くなるから鋳物なわけないし、刃もピッタリ収まってるし、どうやって作ったの?」

 「え?興味あんのか、この篭手ガントレットに」

扱いのヒドさについての文句もそこそこに、篭手の作りや仕掛けについて質問されたのは意外だった。妙なところに興味を持つ坊主だな、と思いつつパイリンは答える。


 「こいつは地丹ちたん合金という金属の塊から、職人が手作業で削り出した一品物よ」

 「削り出し?金属を曲げるんじゃなくて削って作るの?」

 「旋盤とゆう機械の、すごく硬い金属の刃で、それよりは少し柔らかい金属を削って作るのだ。ここまで薄く仕上げても一体型なんで強度があるし、この三次曲面を出すのがかなり面倒、削る時熱は籠もるし、材料は殆ど金屑になるし、値段もスゲえ高いし」


 確かに金属板から叩き出す曲げ加工では、こんな微妙な曲面は作れない。よく見れば、軽量化のためであろう溝が細かく彫られ、しかも強度を落とさぬように考えられているのがわかる。この国の技術でここまでの精密加工ができる工房なんてあったのかしら?とアントンは疑問に思ったが、ついその素晴らしい仕上げに見ほれてしまい、疑問もどこへやら。金属加工マニアというか、代々続く職人の血が騒ぐのだ。


 「なにお前、鍛冶屋の倅か何か?」

 「あ、うん、正解。こーゆーの見ると懐かしくて、つい」

 「ああ、名前が小刀メッサーだけに、刀鍛冶メッサーシュミットか?地霊系ドワーフォイドの血が濃い金属加工業者一族の出で、それで背がチビっこいと」

 「チビっこいとかゆ~な!自分だって獣人系ライカノイドにしてはチビなくせにぃ!」

 「うるさい黙れ弟子の分際で!師匠マスターへの侮辱に対しては激しく折檻の予定!言うまでもないが性的なやつを存分に!」

 「だから性的って何!……アレ?いつの間にボク弟子扱い?いや、下僕よりはずいぶん地位向上っぽいのは喜ぶべき?」

 「貴様のスキルをビミョ~に見直したので昇格してつかわす。ちなみに給料出ないって点では同じナリ」

 「強制労働なのは変わらないのね……強盗見習いから賞金稼ぎの弟子かあ」

 「賞金稼ぎと職人のスキルは関係ねえ、『本業』の方の手伝いに……」

 「本業?」

 「ゲフンゲフン(咳)、その話はおいといて、奴らの使うドラッケンどもについて話せ、四百字詰め原稿用紙一枚以内で」

 なんだその縛りは、あと「本業」って何?と疑問は尽きないアントンだったが、さっさと答えないとまた話が横道に逸れそうなので、ここは素直に答えることにした。


 「部下の二人が乗ってるのは、さっき見た鷹竜アドラードラッケンね。ボウガンじゃ墜とせないくらい素早いし、羽の繊維が銃の鉛弾もからめとってしまうからやっぱ墜とせない。乗り手の持つ銃しか飛び道具はないけど、あの尻尾を使った低空攻撃はおっかないし、隠れるところの無い荒野で生身で戦える相手じゃないよ」

 「三匹って言ってたよな?もう一匹は?」

 「親分の土竜エルデドラッケン……ってのがいるって話なんだけど、詳しいことはわからない。必要無いときは地中に潜りっぱなしで、まだ見たことないし。あと名前はエルちゃん《エルヒェン》」

 「なんだそりゃ。確か土竜エルデドラッケンって、毛の生えたでっけえ蛇っぽいのじゃなかったか?竜使い《ドラッケンマスター》の親分が操るんだから、相当の戦力なはずだし……あと」

 「あと、何?」

 「四百字どころか二百字ちょいしか語ってない」

 「いちいち数えてたのか~ッ!」


 いらんところで細かい人である。しかしどう会話しようとしても、話が逸れるというか、ボケとツッコミの漫才になるのは何故だろう?

 「でも何で賞金稼ぎなんてやってんの?その歳でしかも女の子なのに」

 「女の子……フフフ、そう、まさに女の子らしい夢のために!」

 「夢って?」

 「お金稼いで宝石をいっぱい買うのが、このオレ様の夢なんでぇ~!悪人バリバリぬっコロして賞金首ズバズバ刈って、稼ぎに稼ぎまくるぞう!」

 「どんな悪夢だよ!」

 いやいや、ストレートに宝石強盗になってないだけ、まだマシだというべきか。もっとも先ほどの所行を見る限り、やってることは大して変わらんのではないか、という疑念は残るのだが。


 「さっきいただいた見本のルビーも、まあそこそこの品だったけど、この位のヤツを揃えたいしな」

 そう言ってパイリンが指さしたのは、彼女の首に巻かれたチョーカーの、喉笛の位置に付いた楕円形の大きな赤い石だった。黒い革製のチョーカーは刃物の攻撃から首筋を守るための物だが、その石は喉笛の下の、二股に分かれて胸当てを吊す革ベルトと繋がる位置に固定されていた。

 色から見て、これもやはりルビーなのだろうが、またなんとも大粒で色も濃く、それでいて透明度は高く、見本の物とは格が違うものだと、宝石に関して素人のアントンが見ても、その違いは一目瞭然だった。


 「美しいねえ、真っ赤だねえ、まるで奴らの血の色みたいだよ」

 いい物を見たという気持ちが台無しな、イヤなことをぬかしながらケケケ、と笑うパイリン……やっぱあんた鬼だよ、と死んだ目でアントンは思った。

 「やっぱそれも賞金稼いで手に入れたワケ?すごい高そうだけど」

 「いやこれはずっと昔に貰ったのだ、うちのダンナに」

 「ダンナって?雇われてるの?賞金稼ぎの元締めとかいるの?」

 「いやダンナってのは主人、オレの夫のことな」

 …………………………。

 「ハイ?」

 「だから夫、ハズバンド」

 「あんた結婚してるんですか~ッ!」

 「うん、二年前、十六の時に」

 「って十八なの今!見えないし全然!いいとこ十五くらいかと思ったし!」

 「フフフ、いつまでも若々しいオレ様、美しさがギルティ、求刑無期懲役」

 つうか彼女の場合、どう見てもガキっぽいと言いたいところなんだが。

 「そんな高価なのくれるってことは、旦那さんお金持ちなの?」

 「とゆ~か、偉い人、最上級匠グランドマスター。このオレだって、それなりの家柄のお嬢様だし」

 …………………………。

 なんか、一気にすげえウソくさい脳内設定にしか聞こえなくなったぞ……そうだ、きっと何かつらい現実から逃れるため、彼女の心が壊れないように自ら生み出した夢に違いない。だってこんなアレな人、わざわざお嫁に貰ってくれる偉い金持ちなんて……

「その旦那さんって、偉くて金持ちな上に、すごく男前だったりする?」

「男前っつうか、女と見紛う美形だな」

 …………………………。

 ……ああ、もう確実に脳内設定だ……パイリンを見るアントンの目が、かわいそうな人を見る目に変わった。この件にはもう触れず、そっとしておいてあげよう。問い詰めたあげくに、ただでさえアレな人が余計にアレなことになったら困るし。


 そんな失礼というべきか、まあそう思うだろう普通、なことを考え空を仰いだアントンの顔を、何かの陰が覆った。そして風を切る音と、甲高い叫びが耳を襲ってきて……。(続く)

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