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パイリン・ザ・ドラッケンマスター?(5)

 ベンヤミン・ケンプフェンは修道騎士団の騎士長であった18年前の、この地の辺境伯連合との戦いを思い出す。この大陸における国家統一により、既得権益を奪われることを嫌う旧諸王国以来の辺境伯たちの連合軍は、新しい中央集権に反対する勢力の一つであった。


 辺境での布教のため幾つも作られていた、騎士修道院を中心とする城塞都市は、中央から辺境に侵攻する大空龍タイクーロン騎士団の橋頭堡に、あるいは中央と最前線と間の補給基地に、戦略上の拠点となったため、常に敵連合軍の攻撃に晒され続けることとなった。

 特に恐るべき敵となったのは、彼ら騎士団と同じ竜使い《ドラッケンマスター》たちではなく、東海岸の交易を通じて大陸に進出を始めていた、魔像使い《ゴーレムマスター》たちである。取引相手であった辺境伯側の傭兵となった彼らの生み出すゴーレムは、岩や樹木から切り出して作られた動く巨像であった。


 完全に破壊するまで動きを止めず、しかし倒しても翌日には新たなゴーレムが補充され攻撃してくる、その使いマスターを倒さない限り巨大な兵士を生み出し続ける。育成と訓練に時間のかかる竜とは対称的な、量産が容易な怪物というものは、それまでのこの国には無かった存在だったのだ。

 もはや限界かと思われた頃、中央教区と連合の間に和睦が成立し、彼の戦いは終わった。中央教区への納税や国防協力の代わりに、従来通り辺境伯たちにより治められる「東方辺境自治区」が認められ同盟が成立、一転して魔像使い《ゴーレムマスター》達は味方側の傭兵となったのだ。


 彼らは南方における、最後の反抗勢力討伐における強力な味方となり、竜使い《ドラッケンマスター》らと肩を並べて戦った。この時、彼らはその戦功により権利を与えられ、戦後はこの地で勢力を広げることになると思われていたのだが……。



 「院長殿、いよいよ決勝が始まりますぞ」現騎士長である青ゲアリックことウドーの声に、ベンヤミンは追憶を中断し、瞳を開け周囲を見渡した。

午後に入ってからの会場は思いの外静かで、所々で低いどよめきが聞こえるのみ。

 準決勝の時のような燃え上がるような激しい熱狂とは異なり、煮えたぎるような控えめな、しかし噴き出そうとする熱は遥かに高そうな、そんな異様な空気に包まれている。


 「ゴーレムマスター……」

 ベンヤミンの呟きを耳にした騎士長が尋ねる。

 「今、何と?」「いや、何でもない。」

 そう、今この場の事と「奴」とは、実際何の関係も無いではないか。この地より追い出されたはずの「奴ら」。

  約一年前、それがたった一人、再び現れたらしいとの噂を耳にした時、ベンヤミンは……。そこで選手入場が始まり会場は再びわき上がり、その声に彼の思考は再び中断された。


 「決勝戦!東の闘士!アコヴァとマスター・ビャクレー!西の闘士!タービングとマスター・ゲアリック!」

 準決勝同様の作法で入場してきた使い手二人が、最後の観客へのアピールを行っている。

 「クソ、結局時間も手段も無くて、何も仕掛けられなかったぜ」

 ボディビルダーじみたポージングでアピールしながら、赤ゲアリックは一人愚痴った。

 

 賭け率はおよそ五分と五分。意表を突いた勝利でアコヴァ人気は再び盛り上がったが、憎たらしいビャクレーことパイリンの挑発が狙い通りに反感を買ったのと、タービングの安定したNo.2としての力量に期待する者が多く、結果賭け率が均衡したのである。


 「こっちもアコヴァに賭けて、わざと負けて大きく稼ぐという案も出たが」ちなみに発案者の部下Bは、その根性が情けないとして赤ゲアリックの全力左アッパーを喰らい、糸の切れた凧のようにクルクルと吹っ飛んで、壁にぶち当たって陸に上がった蛸のようにグニャリとのびてしまっている。

 「まあ仮にそうしても賭け率五分五分じゃ美味しくねえし、何よりここで優勝して大会運営への発言力を増す、って最初の目的が果たせねえ」

 ならば、まっとうにやり合って勝つしかあるまい、と今更ながらのフェアプレイを決意する赤ゲアリック。


 その反面、アコヴァの姿の異様さにはとまどいを覚えるばかりだ。

 「いったいありゃどーゆーワケだ?キノコ毒の副作用なのか?」

 タービングは前試合のように盛んに威嚇する動きを見せているが、アコヴァは全くの無反応。試合開始位置に付いてからピクリとも動かず、まるで置物か剥製のような、いや実際死んでるわけだが。

 「本当に生きてんのかよ?アレ」と、口にした己の言葉を耳にした途端、赤ゲアリックの頭の中で閃きがあった。

 「死んでいる?実は死んだまま動いている!……まさか、ありゃ竜の動屍体ゾンビーだとでもいうのか?!」


 鋭い!バカなのでわ?などと言って悪かった、大正解、赤ゲアリックさんに商品として温泉旅行ペアでご招待である。大戦中を竜使いの騎士として戦った彼の、動屍体ゾンビーを使役する死霊魔術ネクロマンシーを使える上級の死霊ゴースト使いの、おぞましくも恐ろしい戦を見た経験が導き出した真実だった。

 「しかし人間のにしろ竜のにしろ、動屍体ってのはもっとノロノロはいずるというか、木偶デクの坊って感じだったよな~?前の試合じゃむしろ生きてる時より身軽に動いてたようだったが?」


 ということは伝統的なロメロのゾンビ映画タイプではなく、近年の走れるタイプのゾンビ……ゲフンゲフン(咳)、もとい、この世界ではありえないタイプの動屍体ゾンビーだということだ。動屍体ゾンビーを倒すには頭部の破壊か、使いマスターを倒し術を解くこと、しかしここは戦場ではなく試合会場、どちらも実行困難だ。

 そして試合直前の今ここに到って、対戦相手が既に竜ではなく動屍体ゾンビーだなどと騒いで抗議するわけにもいかない。そもそも殺してしまったのは赤ゲアリックだし、相手側もそれを持ち出して試合を中止にはしなかったのだし、今更すぎである。やはりまっとうに戦って打ち勝つ意外に無いのだ。


 「さてどうする?奴の頭をブッ壊すには角のカバーを外す他ねえが、試合だから禁じられている。ぶつかりだけで潰そうにも、ひどく腐った動屍体ゾンビーならまだしも、まだまだ簡単には崩れそうも無い肉だし……と、なると」

 短い間にそこまで考えが進んだところで、上空の鷹竜アドラードラッケンの背から行司の声が響いた。

 「始めい!」そして定石通り、正面からの激しいぶつかりから闘竜開始!やはり内臓の分軽量になったアコバが、少し押し戻される。


 しかし「あいつには恐れも痛みもねえ!何度ぶつけて倒したところで起き上がるから、それだけじゃ絶対に勝てねえ」

 赤ゲアリックの推察は全く正しい。もはやアコヴァを「倒す」「殺す」ことはできない、「壊す」ことだけが勝利への道、だが機敏に動き回るあれは尋常な動屍体ゾンビーですら無いのだ。

 「噛みつけ!首を食いちぎってやれ!」

 その叫びに反応し、グワッっと大口を開けるタービング。涎に濡れてギラギラ光るその歯、いや草食動物にあるまじき「牙」は、金属製のマウスピースのような物である。


 互いの肩口に頭を押しつけ合った姿勢から首をひねり、アコヴァの首横に噛みつくタービング!厚く硬い革に守られた犀竜ではあるが、可動部位である間接部の肉はどうしても少し薄くなっており、金属の牙は見事に食いこんだ。

 歯の保護と見た目のハッタリのために装着が許されていたそれは、「噛みつき」の威力を何倍にもする凶器。野生の犀竜同士の戦いでも、肉食動物のような噛みつきや引っ掻きの攻撃は見られないため許されていた装備が、ここで想定外の威力を見せた。


 「あ!野郎きったね~の!」

 予想外の攻撃に思わず叫ぶビャクレーことパイリン、しかし想定外の手段を使ってるのはお互い様である。観客も予想もしなかったこの戦い方に、タービングに賭けた者が声援を、アコヴァに賭けた者が罵声を浴びせる。要するに観客としてもルールがどうこうより、勝てばどうでもよかろう、なのだ~ッ!


 「血が流れねえ、つまり心臓が動いてねえ、苦しんでもいねえ、やっぱりアレは動屍体ゾンビーに間違いねえ」

 想像通りだったと納得の赤ゲアリック。牙が立つのなら、このままちぎり取るように破壊できなくはないはず。頭部を破壊された動屍体ゾンビーが止まるということは、即ち頭から体に送られる何かが途絶えたと言いうこと。

 ならば首、正確にはその中の延髄を牙で破壊し、そこを伝わっているのであろう、おそらくは電気信号のようなものを切ってしまえ、と彼は考えたのだ。流石はドラッケン・ハイ・マスター赤ゲアリック、戦闘に関してだけはバカじゃない模様。


 そして綺麗に売りさばけたモツ串焼きの、とって置いた残りをクチャクチャやりながら、観客席のエンジェラも叫んだ。

 「首のお肉は脂肪が少ないけど固いのデスよ!煮込みにしてから食べなさい!」

 これを聞いたアントン、激しくズッコケながら

 「エッちゃんさんは料理評論もやるの?ってゆーか、食べてるわけじゃないと思うの」

 と、天然ボケに対するツッコミを正しく遂行。


 もっとも「打ち身以外の傷を増やすんじゃねえ!後で肉屋に売るときに値段が下がるだろが!」

 という、パイリンの抗議もまた、激しくズレていたのだが。

 「離れろヘルツマン!急速後退!」

 パイリンの指示に、アコヴァことヘルツマン=ゾンビーゴーレムは首の皮がちぎれるのもためらわず、無理矢理牙を引きはがした。そしてそのまま真っ直ぐ、すごいスピードで跳ねながら後退、更にはカニのように真横へもシャカシャカと機敏に移動、更には後脚で跳ね、前脚を軸に素早く方向転換、尻尾を鞭のように叩きつける新技まで披露してみせる。


 これは本物の犀竜リノドラッケンにはありえない、というかできないはずの動きだ。元の生物の動きや本能が残った動屍体ゾンビーとは異なる、事前の指示入力コマンドで制御される《魔像》ゴーレムだからこそ可能な動きなのである。

  これを見た赤ゲアリック、そして青ゲアリックを含む会場の竜使い《ドラッケンマスター》たちは驚愕した。

 「何なんだあの動き!本当に犀竜リノドラッケンなのか?!」

 しかし闘竜にあるまじき派手かつスピーディーな動きに驚きつつも、観客席は大盛り上がりである。繰り返すが勝てばどうでもよかろう、なのだ~ッ!


 だがただ一人、やはり竜使い《ドラッケンマスター》であったベンヤミン院長だけは、もう一歩先の真実に気がつき始めていた。これは昔戦った「あれ」とは大きく違う、しかしこんなことができるのは……

 「ゴ、ゴーレム?ゴーレムマスター?!」


 アコヴァ=ゾンビーゴーレムの変則的な動きに翻弄されるタービング。これまでも対戦相手の多くがタービングの威嚇行動によって萎縮して実力を発揮できなかったのに対し、アコヴァは怯むことなく勝利してきたのだが、今回はとても同じ竜とは思えない、いや竜ですらない物へと変貌している。

 タービングの中で異質な物に対する本能的な恐怖と、目前の敵を粉砕せずにはいられない闘争本能がせめぎ合い、そしてそれらが混じり合って激しい攻撃衝動へと変化する!そして何度目かの攻撃をフェイントで躱し、つんのめったアコヴァの首を再び捉えることに成功!


 「上手いぞタービング!今度こそ離すな!!」

 赤ゲアリックの指示を受けるまでもなく、今度は首の上により深く食いこんだタービングの牙。全力の噛みつきの威力はおそらく延髄にまで達し、これが生きている竜であれば半身不随か死亡、動屍体ゾンビーであっても機能に障害が発生するレベルの深傷となる。

 だがしかし、アコヴァ=ゾンビーゴーレムは苦しんでいる様子もなく、牙を突き立てられたまま動き続ける。

 「惜しいな、こいつは動屍体ゾンビーにして動屍体ゾンビーに非ず、頭を吹っ飛ばされても動くのさ!」

 パイリンの言葉の通り、魔像ゴーレムの「心臓ヘルツ」とその神経索的な触手状部品が、死んだ竜の肉体を駆動させているのだ。


 アコヴァの胸の辺りに埋もれ隠れている「心臓ヘルツ」こそを狙うべきだったのだが、これはこの国の誰もが知らなかった第四世代の最新型ゴーレム、そんな攻略法など知るよしもない。

 「ヘルツマン!筋肉螺旋マッスルスパイラルだ!!」

 パイリンの叫びに反応し、アコヴァ=ゾンビーゴーレムの動きが突然変化!首を抑えられた状態のまま四本の脚全てで跳ね上がり、全身を勢いよく捻る!


 一捻り、二捻り、三捻り、アコヴァの体はまるで筋肉製の絞った雑巾だ!「ななな、何だァ!」赤ゲアリックだけではない、それを観ていた全ての人間が驚愕するのに充分すぎる異様な光景!タービングも、自分が噛みついているモノが何なのかわからなくなってパニックを起こしている。

 充分すぎるほど捻りの入ったそれが、後脚を地面に食いこむほど激しく下ろした瞬間、爆発的に反転を開始!今度はタービングが宙に浮き、見事に一回転して激しく背中から地面に叩きつけられた! 「一本!」

 してやったりと叫ぶパイリン。野生でも闘竜でも、犀竜リノドラッケンは「投げ飛ばされる」などという攻撃を受けたことが無い。極限まで捻ったゴムのような筋肉の力と、己の体重そのものが多きなダメージと化した!


 もうもうと巻き上がる土埃。あまりの衝撃にタービングは、仰向けのまま四肢を引きつらせ、間も無く失神しガクリと脱力した……

 「しょ、勝者、アコヴァとマスター・ビャクレー!」

 静まりかえった会場に行司の判定の声が響き、そして一瞬の間をおいて再び歓声と怒号が戻ってきた。

 「フハハハ!優勝~ッ!賞金と賭け金でオレ様ウハウハ~ッ!」

 大喜びで殆ど踊ってるような動きのパイリン。そして椅子からズリオチそうになりながら、顔面蒼白でパクパク動いていたベンヤミンの口から、やっとのことで一言だけが漏れた。

「やはり……ゴーレムマスター!」 (続く)


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