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廻天列系における逃走の格律  作者: トトホシ
廻天列系における逃走の格律*ジャイアント・インパクト*

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22 エクセルゴールドラベル

「お前らは危ないから家の中にいろ!」

「そういうわけにはいきませんぞぉ」

「そよそよとベコナも戻れ!」

「おまるの言うとおり、そういうわけにはいかないよ」

「なんなっこ」

「不肖おまる、助太刀いたしますぞぉ」


 威勢良く叫んでおまるが男たちの前に立ちはだかり、激しく肩で息をして目の前の敵を睨みつけた。かかってこいとでも言うように中腰で体勢を整えると、じゃりっと足下の小石が音を立てる。おまるの背中からふわりと飛び立ったそよそよとベコナが、姿勢を低く保ったまま近くの桜の木の枝にとまった。いつでも飛び出す覚悟はあるといった構えだ。

 緊張感と共に、一陣の風が俺たちの間を駆け抜ける。


 これが仲間のピンチに助けに来てくれる味方、というやつか。この上なく心強くありがたい。が、鳥が三羽。激しく頼りない。特に俺の足下でふぅふぅ言ってるこのダッグ、わりと邪魔。


「仲間がいたのですね」


 足下の砂利を踏みつけて、半歩前に出たアサオがおまるを見下ろして目を細めた。おっと。アヒルでも仲間認識してくれるんだ。案外やさしい。


「モルゥ、あなたの必殺技、このアヒルに見せてあげなさい」

「……」

 

 アサオの言葉に頷きはしなかったものの、モルゥはおまるにナイフの切っ先の照準を合わせた。太陽光の反射するナイフに照らされたおまるが、小さくぐわっと悲鳴を上げた。


「まぶしいですじゃ。なるほどそのナイフよほどの切れ味とみた。しかし……しかしわしは負けませんぞぉ」


 ここで引いたらマスコットの座がぁ! と意味不明なことを叫んだ直後、その黄色いくちばしで胸元の羽をはんだかと思ったら、勢いをつけて自身の毛をぶちぶちと引き抜いた。


「ふぬお」


 おまるが痛みに悲鳴を上げる。


「お、おまる、ついにボケたか」


 痛いことをなぜやった。おまるの奇怪な行動に、俺もそよそよもベコナも、開いた口がふさがらない。 

 そして、攻撃態勢に入っていた男たちも、おまるの素頓狂な行動にあっけをとられて固まっている。


「ふはは。恐ろしさに声もでまい。とくと見るがよいですじゃ。これが最終兵器おまるの必殺技、羽魔矢ですぞ!」


 おまるがくちばしにくわえていた自身の毛に、ふんぬと力を込めた。すると、むしり取られた羽たちは突如まぶしく輝き出し、徐々に美しい白羽の矢へと姿を変えた。驚きうろたえる俺たちを横目に、おまるは羽矢を右の翼でつかみなおし、野球選手さながらのフォームで、立ちふさがる男たちへと向かって次々に投げつけた。


「このおまる、草野球チームでは六番ショートでしたぞぉ」


 叫ぶが早いか、ぎゅんと風を突き刺しながら、羽魔矢が男たちへと無慈悲に襲いかかる。


「ぐあっ」


 突然のことによけきれなかったアサオの左肩に、疾風を引き連れたおまるのトルネード羽魔矢が突き刺さる。鮮血が飛び散り、アサオの短い悲鳴が雲を散らして空に響いた。モルゥの方はというと、見事な身のこなしでおまるの羽をよけきったようだ。

 

「うおっ。おまるすげぇ」

「なっなっ」

「見直したよ、おまる」

「なんのこれしき」


 得意げにおまるが胸をつきだした。だが、その胸は今し方のやんちゃによりはらりと地肌が見えている。ちらと視線を移すと、そよそよもベコナも戦況よりも、はげ上がったおまるの胸元をじっと凝視していた。

 だが、あれもこれもそれも見ないふりをして、俺はおまるの背中に手を当てて、ねぎらいの言葉をかけた。邪魔なダックという認識は撤回する。おまるは立派な戦士だ。


「思い知ったかこわっぱども! 死にたいやつからかかってこい!」


 やけに張り切ったおまるが鼻息荒く目の前の敵を睨みつける。

 

「では次は俺から行く」


 モルゥが余裕の笑みを浮かべた。まずいと思った次の瞬間には、すでにやつはこちらへと襲いかかってきた。


「おまる逃げろ。あいつはまずい。とてもハレンチなんだ」

「ここはわしに任せるですじゃ! いいとこ見せておかないとマスコットの座がぁ!」

「だめだ、おまる!」


 制止の言葉をかけるが早いか、おまるが羽魔矢を作る間も与えず、モルゥのナイフがおまるに襲いかかった。

 怪しく光るナイフがなでるようにおまるの体中を滑っていく。それは獲物を狙うふくろうの羽ばたきのように無音だった。そして、まさに早業、瞬きする程度の一瞬の出来事だった。


 両者が交差し、すべての動きが止まった。誰もが固唾をのんでおまるとモルゥを見守っている。


 防御もままならなかったおまるはその場で立ちすくんでいる。血が出ている様子はない。だが、モルゥが何かの合図のように虚空にナイフを振り下ろした刹那、まっしろな羽毛が空を隠すほどの勢いで大量に舞った。


 なにが起こったのか信じられない顔をして、おまるがナイフと空に舞った羽を交互に見る。そして、ついに自らの体に目をやった。


「な、なんと!」


 絶叫が大地を揺るがす。それもそのはず、おまるは羽のない、出荷寸前の状態になっていたのだ。


「わあ~。大変だよ。毛抜き処理の済んだダックが道ばたに」


 慌てておまるに駆け寄るそよそよの絶叫が空に響く。


「ああ、スカスカしますぞ……しかし、痛くない。こんなにはがされているのに、微塵も痛くない。なんという手練れ。これぞ匠のなせる技。しかしなんという辱め。ああ……纏うものを失った我が肢体。太陽が皮膚にしみますぞ……」


 肌色で毛穴つぶつぶな若干気持ち悪いおまるが、涙をこぼして天を仰ぐ。


「なんなんなー!」

「なんてことだよ、おまる~!」


 鳥たちが太陽に向かってむせび泣く。


「わしの羽毛はエクセルゴールドラベル」


 そう言い残しておまるの体がどさりと音を立てて地面に沈んだ。

 

 なにしに出てきたんだこのダックは。

 足下に転がるブロイラーのダックに訪ねても返事はない。ただのしかばねのようだ。精神的ダメージでおまるは戦いに負けたのだった。


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