21 知られたくないこと、知るはずのないこと
アサオの言葉に全身が総毛立つ。封域での紛争を知っている人間か。殺意に似た感情が鳩尾わき上がってくる。
本物の銀眼人種を見たことがある人間は数少ない。もともと少数の希少人種のうえに、その封域での紛争で多くが死んだ。それ以前もその大半が封域に引きこもっていたような人種だ。世界に出て行った者は多くはない。そんな人種をたくさん見ただと?
こいつ何者だ。言動や見た目からして星間警察ではないとはわかるが、どうやらただの賞金稼ぎやアスガルドからの追っ手ではなさそうだ。
「俺がそのお目当ての銀眼人種だったとして、どこに引き渡すつもりだ。星間警察か、アスガルド軍か、銀眼人種のルネを欲しがる権力者か。それともここで殺そうって話か?」
「まさか。殺すだなんてなんと野蛮な。それに私たちはそのどれでもない」
アサオが大げさに腕を広げて首を振った。隣のモルゥも俺を見て意味深に頷く。
「私たちはあなたを迎えに来たのです」
「は?」
うねりの激しい前髪を片手で大仰にかき上げてアサオが俺を見た。
こいつなに言ってんだ。迎えに来た、と言ったか。捕らえに来たではなくてか? 意味が分からない。牢獄に迎えに来た、ということだろうか。
明らかに狼狽した俺の様子がおかしかったのか、アサオが薄い笑いを浮かべ、大仰に両手を広げてみせた。
「我らが求めるのは尊い血筋。それを受け継ぐ銀眼人種。私たちは知っています。あなたのことを」
「はぁ……」
めんどくさい話しになりそうだ。と思いかけたところで、アサオが薄い笑みを濃くして俺を見据えた。
「王の記憶を引き継ぐ者」
「は……」
「王の光を浴び、王の記憶を持ち、王の魂を引き継ぐ者」
「なにを」
「さらに、あなたは、くうはくですね」
一瞬、息が詰まった。全身が凍り付いたかと思ったら、次の瞬間には体が熱くなって、汗腺という汗腺から汗が噴き出してきた。筋肉が神経が精神が、髪の毛の先から爪先の毛細血管に至るまで、体の全てが戦闘態勢に入る。
「目の色が変わりましたね」
アサオが嬉しそうに目を細めた。
「お前、アスガルド軍か」
「いいえ」
アスガルド軍ではない。いや、確かにそうだろう。あのことに関してアスガルドは関与していないはず。ならばこいつは誰だ、どこの機関の者だ、王の記憶とはあれに違いない。こいつはどうしてそのことを知っている。いや、知っているならばこいつは――。
いや、はったりだ。誰かがそれを知るわけがない。あの場にいたやつは……。
「どうやら烙印を確認するまでもなさそうですね」
俺の異常な反応に気がついたアサオが何度も頷き満足げに笑った。
「一緒に来て貰います」
「どこに……って、行くわけねぇだろ!」
「そうですか」
さも楽しげに男が笑う。全く楽しくもおもしろくもなんともない状況なのに。苛立ちが限界を越えて吐き気がする。
「ですが、あなたには選択権はありません。モリモルゥ。やはりこの者の服を切り裂き、抵抗できなくさせてしまいなさい」
アサオの言葉に俺の体に緊張に似た痛みが走る。しかし、モルゥはこちらを見たまま微動だにしない。聞いていないといいうよりは、無視を決め込んだといった風だ。その様子に苛立ったアサオが舌打ちをする。
「モリモ……」
「お前、本当に指名手配の銀眼人種なのか」
男の言葉を遮ってモルゥがまっすぐに俺の目を見据えた。こいつ、ここまできて疑ってやがる。俺本人ですら覚悟を決めたのに。慎重なのかバカなのか。だが、こんなにも恐れを知らずにこの目を見返してくることに、俺は少なからず驚きを覚えた。
「お尋ね者の割にはずいぶんと堂々としているな」
「そりゃどうも。ところで、アンタなんでじいさんばかり狙ってたんだ。まさか爺さんたちのことを銀眼人種と思っていたのか」
「背中を丸めて歩いているのはこそこそしている証拠だろう」
年寄りだから腰が曲がってるだけだろ。と言いたいが、やけに堂々としたモルゥの様子に俺はたじろいだ。こいつは天然だ。
「俺もお前の存在には気がついていた。だがしかし、まともな指名手配犯なら、お前のように堂々と変装もせずに道を歩いているわけがない」
一理ある。なんも言えねぇ。
「うん、だから俺、とてもいい銀眼人種で指名手配犯の銀眼人種じゃないんだ」
「だがその物言いは嘘くさい」
めんどくせぇなこいつ。
「兄上殿!」
いい加減腹が立ってきて、ルネを使って二人一緒にあっさり殺してしまおうかと思い始めたそのとき、突然背後から大声と共に、ぺったぺったと独特な足音が聞こえてきた。聞き慣れた声に熱くなった脳味噌が冷静さを取り戻す。
振り向くと、家の外の異変に気がついたのか、おまるが尻を左右に振りつつはふはふ息を切らせてこちらへと駆けてくるところだった。その背中にはそよそよやベコナが乗っている。
なんでまた大勢で。冷静さを取り戻した脳味噌が今度は全身の血まで冷やす。俺の問題にこいつらは巻き込みたくない。




