20 モルモルモリモリひまわり食べるよ
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追っ手のことも忘れかけ、灰色の髪も隠すことなく外出するまでに気が緩んでいたのがまずかった。
それは、家を出てすぐのことだった。
「ギンガンジンシュ」
背後から声が聞こえた。聞き間違いだろうかと思うよりも早く、軽く肩を叩かれた。全身に全ての血液が凍り付いたかのような衝撃が走る。
肩を叩かれたことすら勘違いかもしれない。少し筋肉が痙攣しただけかもしれない。神経が過敏になっていただけかもしれない、そうただの錯覚かもしれない。脳味噌はそう判断を下して、叩かれた肩の感触を全身全霊を込めて無視し、寸分の反応を示さないように頭首目手足指に至るまで命令を送り、脚はただ前進を続けよとの指令に従い歩き続けた。
「ギンガンジンシュ」
再びそう呼ばれ、背後から手首を掴まれた。無視をしてふりほどこうと思ったが、相手の力は強く、上手く腕を動かすことすらできなかった。聞き間違いではないということか。まさか張られていたのか。覚悟を決めて振り返る。
いたのは薄手の白いコートを着た黒髪の男。そしてなによりも驚いたのは、その男の後ろに立っている人物だった。
「なんでアンタがここに」
動揺を隠せなかった。男の横には昨日捕まったはずのモルモル似の男が同じ薄手の白いコートを着てそこにいた。赤茶色の髪に俺を睨みつけてくる目の下のクマ。器用そうな指先。間違いない。
「昨日警察に捕まったはずじゃ」
モルモルじゃない方の男が、俺の視線を辿ってつっと隣に目を動かす。
「警察に捕まった? モリモルゥのことですか」
ん?
「確かに捕まりましたが、地球のセキュリティなどたいしたことはありませんね。私が忍び込んで助け出しました」
うん、そっか。地球のセキュリティは脆弱か。
だが今重要なのはそのことじゃない。
得意げに話し続ける男の手をふりほどき、男たちから距離をとる。だが、男は余裕の表情を浮かべたままで、先ほどまで俺の腕をつかんでいた手で前髪をかき分けた。
「モリモルゥ、あなたは本当にどうしようもない愚か者です。ことを荒立てないようにと言い聞かせていたのに」
「……すみません」
口調から察するに上司らしき男がモルモル似の男を叱責する。口調は穏やかではあるが威圧感がはんぱないパワハラ上司だ。可愛そうに、じいさんの服を切り裂いたときの威勢はどこへやら、モル似男は上司から目をそらしてつぶやいた。だが、どうしてかその顔は言葉とは裏腹にあまり申し訳なさそうではない。
「あなたの必殺技は最終手段です。誰でも見境なく使って良いものではない」
「しかし、アサオさん。ここには灰色の髪の人間がお……」
「体にあるであろう烙印を調べるとしても、全ての服を切り裂く必要はありません!」
男二人が道の真ん中で説明臭い会話を始める。
上から目線のアサオと言われた男のドヤ顔とか、モルモル似の男の渋面とかどうでもいい。それよりも、ややヒステリックなアサオさんとやらの上司が先ほど言い放ったモルモル似の男の名前が気になって仕方がない。質問するタイミングを計りながらも、この状況で質問なんてしていいのかな、と不安に脈打つ胸を押さえつつ、彼ら二人の出方を見る。
「この怪しいこの人物を見てご覧なさい」
赤の他人に指を差されて少しむっとした。だが、俺の不機嫌なんてそもそも意に介しない男は、まっすぐ俺に向かわせた指を下ろすことも曲げることもしない。近眼なのかモルモル似の男が目を細めて俺を見る。
「若いのにこの髪の色。太陽に晒されて銀色に光っているでしょう。老人の白髪とは違います。銀眼人種にまず間違いない。さあ、モリモルゥ最終確認として、今こそあなたの必殺技を使うときです!」
「あの、その前に聞きたいことが」
申し訳ないと思いつつ、俺は小さく手を挙げた。このタイミングを逃したが最後、またずるずると男の話が長引きそうだったからだ。
「なんですか!」
予想しなかった敵からの質問に、ヒステリーアサオが声を荒らげる。すんませんと謝ってから、俺はモル似男に向き直る。
「その、アナタですね、名前、モリモルゥ?」
刺激しないよう、突然ルネを使われないよう、できるだけ柔らかく慎ましやかに問いかけた。
「え? 俺か? ああ。正式な名前は、モリ・リュー・モルゥだが」
「なんだと!?」
俺は驚愕に目を見開いた。本家より可愛い名前じゃねぇか。ふざけやがって。
よし、疑問が解けてすっきりした。さぁ、殺りあおうか。
姿勢をやや低めに保って相手の出方を窺う。こちら一人に対して二人だという余裕からか、まだ攻撃を仕掛けてくる様子はない。
それにしても、敵は二人いたということか。てっきり敵はモルモル似の男……モルゥ一人だけかと思っていたら、アサオという上司まで登場とは。
「ずっと後をつけていたこと、気がつきませんでしたか。私は数日前よりあなたに目をつけていたのですが。こっちの……モリモルゥは検討違いなことばかりしていましたがね」
「……」
小馬鹿にした様子で、アサオが横目でモリモルゥを見る。見られた方はというと、屈辱に耐えているといった風でもなく、素知らぬ顔で遠くを眺めている。上司の言う事なんて完全無視といった様子だ。
モリモルゥというこの男、ニポンの警察に捕まったときも笑っていたが、今もこんな態度だ。どうにも考えがつかめない。
「残念ながら俺もギンガンジンシュってやつじゃねぇ。この髪は染めてるんだよ。なにを証拠に言ってるんだ」
「そんな嘘が通じるとでも思っているんですか」
え、通じねぇの。と思ったが動揺を隠して表情を変えないよう努める。
「たとえ私たちが探しているのではなかったとしても、あなたはどこから見ても銀眼人種だ。何人も銀眼人種を見たことがある私からすればすぐにわかる。そしてお目当ての銀眼人種かどうかは、裸にすればわかります。体に複数の烙印があると伺っていますからね。さあ、モリモルゥ最後くらい役に立ってもらいます」
「何人も……銀眼人種を見たことがあるのか」




