18 あっけのない幕切れ
しかし、モルモルは放置しておけないだろう。十年以上生きるセキセイインコと違って、ハムスターの寿命はどう頑張っても片手で足りる。ただでさえ死んでいたハムスターに魂を入れたのだ。いつどうなってもおかしくはない。
それにしても、ここでまさかの身重の女房か。命を狙われた相手とはいえモルモルはいまやハムスターだ。毎日顔を合わせてご飯の世話や下の世話をしていれば、情のわかないわけがない。どうにかして女房に会わせてやりたいがしかし、モルモルの中の人の本来の体は完全に心臓打ち抜いて蘇生不可だったし、なんせ燃やしちゃったし。
これはまずい。どの角度から見ても俺完全無欠の悪者じゃねぇか。
どうしよう。どうすれば悪い方はモルモルとピーチャンだといいわけできるだろう。どうすれば悪役の道を回避できるのだろう。と考えを巡らせていたところで大切なことを思い出す。そうだ、今はそういう場合ではなかった。連続老人(男)の衣服切り裂き変態男のことを忘れるところだった。
「よしわかった。とりあえず、モルモルのことは後回しだ」
「む……クロイツ、冷たいね」
「なぁ~」
「ひどいですぞ」
そよそよとベコナ、そして腹が立つことにおまるまでがじとっとした目で俺を見据える。
「そよはクロイツがそんな心ない人だとは知らなかったよ」
「なっこす」
「いや、あの、実はな、もしかしたら俺が悪役になる脅威よりも、もっと脅威になるかもしれないやつがあそこにいるんだよな」
俺は先ほど男がいた駐車場の方角を指さしたのだが、人差し指が指し示すその先には既に男の姿はなかった。
「あれ?」
所在なげな指先を見つめて、そよそよがふんと勢いよく鼻息を吐き出した。
「いいわけはよすんだよ」
「いや、言い訳じゃなくて本当にそこに例の犯人がだな……」
「聞きたくないよ。とりあえず家に帰ってモルモルと話し合うのがいいんだよ。それが人道的解決方法ってやつだよ。でも、協議の結果交渉が決裂したら、臨月の妻ごとモルモルを消し去る方法もなきにしもあらずだとそよは思うよ」
というか臨月かよ。さらに聞いてねぇよ。まじめな顔で怖いことを言うそよそよが一番悪人じゃねぇか。
いや、今はそれどころじゃない。まずいぞあの男、パークゴルフ場の中に入っていったのかもしれない。まさか片っ端から白髪の紳士淑女の服を切り裂くつもりなのだろうか。危険だ。それは非常に危険だ。色々と。
「まあ待て」俺は咳ばらいをしてそよそよに向き直った。「いくら仕事だからって、臨月の嫁さんを置いて遙か遠くのチキウまで来ようってんだから、モルモルだって悪いところはあるんじゃねぇか」
「む……、それも一理あるね」
そよそよがあっさりと頷く。
「だろ? しかも目的は人殺しだ。まともな仕事じゃない」
「それもそうだね。ろくな人間のすることじゃないね」
「ピーチャンの中の人……仲間の死にすら動揺しなかった人間だ。嫁さんがいることだって、おまえたちを騙そうとしてひと芝居打ったのかもしれない。ということで、モルモルのことは後回しだ」
「うん。クロイツの言うとおりだよ。情にほだされて悪者に味方しようとしたそよが間違っていたんだよ」
「モルモル殿の演技は真に迫っていましたからなぁ」
「なぁなぁ」
そよそよ、ベコナ、おまるが一斉に頷く。
そう、モルモルの方が圧倒的に悪い。自分で言っていてなんだか本当にそんな気がしてきた。そうだ、モルモルが悪役だ。モルモルの中の人を殺っちまった俺のことは置いておく。
とりあえずモルモルは後回しという結論で話し合いが完了したところで、パークゴルフ場の中に消えたであろう男を追って、引き返そうとしたところだった。
例のモルモル似の変態犯罪者が、数名の警察官に囲まれながら、首根っこを掴まれて駐車場に姿を現した。どういうことかと事の次第を見ていたら、その後ろをパークゴルフのクラブ片手にぞろぞろと歩く野次馬たちも現れた。
「え?」
一体どういう事だ。
よくよく見ると、犯人を囲む数名の警察官の中にはオマタもいた。慌てて駆け寄ると、こちらに気づいたオマタがにこやかに片手をあげた。
「そいつ、もしかして捕まえたのか」
「見ての通り捕まえた。先日の事件の防犯カメラに似たような人が映っててさ。今回は未遂だよ」
「どうしてここが」
「お年寄りの多いところで張り込みをしてた」
なぜかオマタが半笑いで俺を見る。
これは、もしかしてもしかしなくとも、俺がパークゴルフやっているのも物陰から見られていたということか。あのショットもあのスコアも。か~! いつから張り込んでやがったんだこのニポンの腐れ警察官が。
「あとさ」
「はい?」
「全然モルモルに似てないぞ」
オマタが犯人にちらりと視線を移す。
そうかなぁ。似てると思うんだけどなぁ。しげしげと犯罪者を見ると、彼もじっとりとこちらを見た。そして、無言の口元が少しだけ笑った。予想外の反応に驚いて、反射的に一歩後ずさる。
なんだ、こいつ。ずいぶんと余裕があるようだが、自分が置かれている状況がわかっているのだろうか。男の不気味な笑顔に言いようのない不安が鳩尾に沈み込む。
「危ないですから離れてくださーい」
あっさりとご用になったモルモル似の男が、どこに隠してあったのか、赤いランプをぴかぴかさせて当然のように現れたパトカーの中に押し込まれていった。なぜか焦り一つ感じさせない態度に言い慣れない不安を感じる。その男を挟むように、オマタとその同僚が男の隣に乗りこんだ。
これで、終わったのか?
パトカーが国道を走る車の波に小さくなって消えていくまで、なんとなく釈然としない気持ちで、俺は走り去るその姿を眺め続けたのだった。




