10 渚のベコナ
そんなことを思ってアキと鳥たちを眺めていると、早速なにも知らない男共がアキに近づいてきた。どうやら声をかけているようだ。そう、ナンパってやつ。
しばし立ち止まり話し込む男と女。おまるが時々チキウのアヒルのように尾羽をぷりぷりとふる。男たちに向かってそよそよがこちらを指さして何か言い、それに対してだろうか、アキが頷く。なんだなんだ、変なことに俺を巻き込むなよ。
うわ。男たちがこっち見た。ウェ~。
アキの奴、アタシにはツレがいるのぉ、とか言ってんのかな。男共もツレかよ、あれが? とか言ってんだろうな。あんなのほっといて一緒に泳ごうぜ~、とかな。もうほっとかれているのも同然だけどな。いいから行こうぜ、ねぇちゃん。いやっ、離してっ。よし、そこのツレとこの女を賭けて勝負だ! とかな。
以上、チキウの電波で見た少女漫画の、あり得なさすぎて読んでて恥ずかしいうえに、読まれているところを見られると自分が書いたわけでもないのに、なにかしらの言い訳をしたくなるシチュエーションのアテレコ、終わり。
さて、ビールでも飲むか。
俺はアキたちから視線を逸らして、自分も海を満喫することにした。
ほろ酔い気分で炭と文化焚き付けを用意し、バーベキューの準備も万端になったところで、ベコナが弱々しい声で、な~と鳴きながら、よろよろとこちらへ向かって飛んできた。
「あれ、ベコナ、どうした」
「な~ん……」
「どこか痛いのか? さっきの男たちになにかされたか?」
ふるふると首を左右に振りつつも、意気消沈したベコナが広げた手の中に不時着する。撫でてやるとしょんぼりした様子で頭をすりすりとこすりつけてきた。
「んなぽっこな」
消え入りそうな声で呟く。
「え、波?」
「ぽこぽこな……」
「なるほど」
どうやら波が怖かったらしい。
考えてみれば、ベコナのように小サイズの海鳥は見たことがない。波に立ち向かうにはそれなりのサイズが必要ということなのだろう。片手にすっぽりと収まるサイズのベコナが、海に向かって翼を広げてなにやら主張をし始めた。
「な~な、なん」
「ふんふん」
「なんっなんっ」
「なるほど」
海には入っていないとはいえ、波があれば飛沫が当たるし、波間に漂ってるコエビみたいな生物も気持ち悪いし、潮風で羽がべたべたになるのも嫌。ということらしい。案外細かいなこいつ。
海の方を見ると、アキが近くで見守る中、まだ立てる程度の深さのところで、そよそよやおまるが浮き輪に乗って浮かんでいる。あいつらも怖いといって戻ってくるかと思われたが、しばらく待っても何事もなくぷかぷか浮かんでいるのでどうやら大丈夫そうだ。それに、近くにナンパ男たちもいる。一緒に楽しく遊んでいるのかもしれない。イカガワシィことさえしなければ、人類仲良くするのがよし。
ざーんと大きな波音がする度に、びくっと体をふるわせるベコナをなだめつつ、2本目のビールに手を伸ばす。
「ベコナはここで俺と一緒に砂のお城でも作ろうか」
「な~ん」
喜びに頭を膨らませるベコナ。その頭をなでてやるともっふぁとさらに膨張した。このまま海に浮かべたら浮きそうなんだけどな。
そう思っているうちに、ベコナがさっそくスコップ片手に浜辺の砂をかき集める。
翼でスコップを持つとか、地球の鳥の骨格構造ではできないからやめて欲しいのだが、楽しそうな様子を見ていると、やめろとは言えない。とりあえず、他の海水浴客との距離も離れているし、アキにさえ注意すれば、誰かに見られることもないだろう。なによりベコナは小さい。きっと誰も気がつかない。
俺もベコナと一緒に、バケツに汲んできた海水で砂を固めながらお城を作る。遠くから見ると、いい歳した男がひとりで砂遊びをしているようにしか見えないだろう。周りにいる家族連れからの視線がちょっぴり痛い。だが耐える。ベコナのために。
「んななん」
「ん、わかった。海水な。今持ってくる」
「はよなん」
そんな俺の気も知らないベコナが、海水を持てだの装飾に使う貝殻を探せだの、俺を召使いのように顎で使う。それに従う俺も俺。
水分の調整に難儀しながらも、なんとか城門ができあがり、立派な城も形になりかけたとき、ふとなにか辺りに違和感を感じて顔を上げた。すると視線の先では、この暑い中で白くはあるが長袖のコートを着た男がひとり、うろうろと砂浜を徘徊していた。
見るからに怪しいやつだった。髪は黒いが背が一般的なニポン人よりも高い。はっきりとはわからないが、雰囲気もニポン人ぽくない気がする。そして、先ほどからなにかを探るようにきょろきょろとせわしなく周囲に視線を向けている。ナンパ目的にしては様子がおかしい。と、男がこちらで視線を止め立ち止まった。俺は慌てて手をのばしてベコナ隠す。男の視線はこちらで固定されている。距離は20~30メートルほどだろうか。上から下まで舐めるような視線に、背中に冷たいものが流れる。
ベコナを、というよりも俺を観察しているようだ。アスガルドからの追手かもしれない。目の色まではこの距離からだとわからないはずだが、髪はパーカーの帽子をかぶっていても、完全に隠し切れているとは言い難い。
「なー!」
「んがっ」
突然ベコナが大きな声をあげた。手を休めるなと言われたって、今そんなでかい声を出すな、ばれてしまう。いや、もうばれたかもしれない。
男がこちらに近づいてきたら、ベコナを掴んで服の中にでも隠し、代わりにナイフを、と考えを巡らせていたところで、男がふっと視線をはずし、再び元の進行方向に歩き始めた。
「えっ」
「な?」
気づかれなかった……のか?
警戒を緩めずに、しばしその行方を見つめていたが、男は振りかえらない。なんだったんだ。安心すると同時にどっと汗が流れてきた。
俺は男が遠く離れて他の人と見分けがつかなくなるまで、その背中を睨み続けていた。
緊張したせいか、なんだか気分が悪くなって吐き気がしてきた。鳩尾に鉛でも流し込まれたみたいに息苦しくなり、今にも胃が収縮して酸っぱい物が逆流しそうな感覚に襲われた。
数回深呼吸して不快感をやりすごす。大丈夫、男はもう行ってしまった。安心しろ自分。
「どうしたの、不細工な顔をして」
頭上から降ってきた突然の問いかけに我に返る。気がつくとアキが近くまで来ていた。そよそよとおまるも一緒だ。
俺は若干残る胸元の不快感を隠し、眉間を人差し指でぐりぐりほぐして、別に、とはぐらかした。
「わあ~、すてきなお城なんだよ」
「なぁ~ん」
いつの間にか完成間近となっていた砂の城に、そよそよが歓声をあげる。ベコナが誇らしげに胸を張る。俺はすかさず翼に握っていたスコップを奪い取った。しかし、それをアキは凝視していた。もう、諦めるしかない。
「これ、クライチさんが作ったの? ずいぶん本格的ね」
「え、あ、ベコナと一緒に……」
「鳥と? ……鳥よね? さっきスコップを持っていたように見えたけれど」
「えっと、鳥型ロボ的な?」
「ロボ」
「ロボ」
アキが穴のあきそうなほどベコナを睨み見る。そんな視線に気がつかないベコナは、そよそよとおまると一緒に砂のお城の最後の仕上げに入っている。翼でなめらかに砂を整え、足で砂を踏みしめ、爪の先から城壁の絶妙な模様を生み出す。
「すごいよ~、器用だよ~、ベコナ。これはニザヴェリルにあるなんとかっていう宮殿だね」
「なんなん」
「……ロボね」
「そうそう、ドイツの友人が作ってくれた、最新のロボ」
なぜドイツかというと、俺とオマタの双子の兄弟がどうして生き分かれていたのか、ということをアキに説明する際、二人で適当に話を合わせていた挙げ句に、どういうわけか俺は故あってドイツの地下組織で働いていた、という設定になってしまったからだ。そして、地下組織なだけあって、そこで知り得た情報は漏らしてはいけない。何かを聞かれて俺がたまに口ごもるのはそのためだ、というオプション付き。
非常に苦しい。しかし、アキは怪しい目を向けながらも、やはり少し似ている俺たちを交互に見て、なんとなく納得してくれたようだ。なんとなく。
「そういえばさ、さっきナンパされてた?」
「ナンパ?」
これ以上突っ込まれたくなかったので話題を変えてみると、アキが尻に食い込んだ水着を人差し指で整えながら聞き返してきた。その後、布に食い込んだ胸横の脇の肉を親指でくいっと中央上にあげて、タニマを深くした。多分、男がいないからって無意識にやってる仕草。いや、わかってたんだけど、やっぱり俺、男に数えられてないのな。いや、わかってたんだけど、なんとなく、そこはかとなくなんとなく、やっぱり切ない。俺だってアキのこと女として見ていないのにな。自分勝手だよな。面倒臭い俺。
「男に声かけられてたろ」
それでも一連の行為を目で追いながら、同時に質問を繰り出す。
「ああ、あれね。あれはそのアヒル、おまるによ」
「おまる?」
突然名前を呼ばれたおまるが、困惑した様子で俺を見上げた。
「アヒルを海に連れてきてるなんて珍しいって。アヒル好きらしくてしつこくおまるを撫で回してたわ」
アキがクスクスと思い出し笑いをする。そういうことかと俺は膝を叩いた。
この尻が魅惑的なのかな。思わずさわりたくなるもんな。正直アキの尻より価値がある。ひざまずき、白くまっふまふしたおまるの尻を撫で回して独り頷いた。
「よかったな、おまる」
会話を聞いてなにやら思い出したのか、どこかしらぐったりした様子のおまるに、俺は小声で話しかけた。アキに悟られないようこそこそと。
「おなごならよかったのですが、むくつけき男にもててもどうにもなりませんじゃ……」
ぼたりと砂の上に濡れた浮き輪を落としておまるがうなだれた。
「相変わらずお前はエロじじぃだな」
「裸の男にだっこやすりすりされても……男の乳首が頬にあたるとかとかなんの罰ゲーム……しかももっじゃもじゃのギャランドゥが……」
「オマタだって100本くらいふっといギャランドゥ生えてるだろ」
「オマタ殿にふっといギャランドゥは生えておらぬ! たとえ生えていたとしても慎ましやかで凛々しいギャランド……」
「えっ? ギャランドゥ?」
砂の城を見ていたアキがこちらを振り返った。
俺はおまるにヘッドロックをかまして、アキに向かって笑顔でなんでもないと腕を振った。足元ではおまるが不遜にも尻穴を天に向けて伸びている。
「さて、バーベキューでもしようか。備長炭だから持ちがいいぞ」
「沢山遊んだからお腹が減ったわね」
「わーい。そよは早速おピーマンを焼くよ」
「なーも」
「カキとかホッキとか先に焼いちゃっていいよな」
「焼きましょう。お肉はクライチさんもそよちゃんも食べないから、少ししか買ってこなかったわ。代わりにほっけとツボ鯛を買ってきたのだけれど、そよちゃんお魚は食べられる?」
「大好きだよー」
「ぐばー」
「おまるも食べられるのね」
「ダックダック」
「なーも」
「……ロボも食べるのね」
「なんなん」
気がつくと、鳩尾にたまった不快感はいつの間にか消えていた。




