6 近づく予感
早朝、覚醒しきれない意識に食い込むように、時空の揺らぎを感じて目が覚めた。布団をはねのけて体を起こし、意識を集中させる。寒くもないのに背筋がぞくぞくして全身が泡立つ。これといった不安ごとなんてないのにどこか不安で、そわそわとして落ち着かない。静寂なのに世界がざわついている感じがする。
ぶるりとひとつ身震いをしたが、それでもまだ次の震えの波が襲ってきそうな、すっきりとしない体の末端がなにかを囁く。この感じ、間違いない。俺が探知できる程度に、近くで空間が揺らいでいる。
太陽系第三惑星チキウのアインシュタインさんが示したとおり、物質があれば空間が揺らぐのは当然だ。今のチキウの技術でそれを星間という規模ではなく、チキウ上の現象において正確に検知できるかとなれば無理だろうが、知覚や聴覚といった感覚と同じように、チキウとは別の惑星の住民たち、つまり俺たちは、個人差はあるが、わずかであれば時空の揺らぎを感知できる。俺は繊細な方だからできる。
未開の星で時空が揺らぐと言うことは、この辺りで地球外生命体が星間パスを利用してチキウにやってきたか、移動機が墜落したか、もしくは原子爆弾を爆発させたか、といったところだが、この程度の揺らぎであれば、おそらく誰かが星間移動機でチキウに来たのだろう。
未開の星であるチキウは他の星々と繋がっていないために、星間パスのステーションもない。その状況で転移装置を使うためには、転移装置に搭載されている量子機能で無理矢理パスを構築してさらには空間の入り口を開くしかない。無理をする分、時空が不安定になり事故も起こりやすくなる。
なので、未開の星へ来る場合、無理矢理出入り口を作る転移装置ではなく、船のような移動機を使うのが一番いいのだが、移動機は速度が遅いうえに、未開人に見つかったらUFOだと騒がれてやっかいなので、未開の星へ行く以外はあまり使われていない。
時空の揺らぎが周辺にいい影響を及ぼすことはまずない。人が突然時空のははざまに消し飛ぶいわゆる神隠しだったり、異常事象を引き起こすこともある。
そうとは言え、そよそよみたいに小さくても、質量のあるものは動くだけで空間は揺らぐわけだし、時空の流れに干渉しようとしているのは、星の大きさと違ってたかだか人間程度の大きさだ。過剰に心配することはない。
そして、今の俺の状況にとって、時空が揺らぐことはありがたい。それがチキウ外から周辺に誰かが来たことを知らせる合図になるからだ。未開星好きな観光客かもしれないが、原動アスガルドからの追っ手である可能性も十分にある。
それで、今回の時空の揺らぎは果たしてアスガルドからの追っ手だろうか。星間警察だろうか。はたまた暢気な観光客だろうか。
以前追っ手に俺の居場所がばれたのはチキウまで追跡されていたからで、俺が潜んでいる家まで知られているとは考えにくい。だが俺がチキウ、ニポンにいるということはまでは掴んでいるはずだ。そして、こんな田舎にピンポイントで観光に来る星外人がいるだろうか、ということを考えると、追っ手か星間警察である確率は高い。
どうするか。先手必勝で見つかる前に見つけて殺っちまうか。見ただけで相手が敵かどうかわかるだろうか。間違ってチキウ人を殺しちまったら大変なことになる。
とりあえずは時空が強く揺らいだ痕跡から、移動機の着地点でも見つけておいた方がいいかもしれない。地場の安定したところと考えると、おそらくは以前来たやつらと利用する着地点も同じ場所になるだろう。
時計を見ると針は朝の四時ちょっと過ぎを指していた。外はやや薄暗くはあるが朝日が出勤の準備をしている状態でほのかに明るく、もう夜ではない。オマタが寝ている隙に偵察にでも行ってくるかな。
先手必勝か、隠れてやり過ごすか。万が一何かあって帰って来るのが遅れたら困るからとオマタのお弁当を作りつつ、迷っているうちにあっという間に五時になった。玄関の方で新聞屋さんが朝刊を運んできた音がする。
オマタが起きてくるのは六時半。朝ご飯も作っておこう。朝刊の折り込みチラシをざっと眺めてから、味噌汁を作っているうちに六時になった。
もう面倒くさいから隠れてやり過ごすを選択する。時間があったのでお弁当も朝ご飯も無駄に凝ってしまった。オマタにぺコナカップの件を許した合図とか勘違いされたらどうしよう。まあいいや。
今日は一日外に出ずに家の中でコソコソ過ごすことにしよう。
カーテンを開けるとまぶしい朝日が部屋の中に射し込んできた。さてと、そろそろオマタが起きてくるころだ。俺は深く呼吸をして平静を装う準備をした。




