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廻天列系における輪廻の格律  作者: トトホシ
廻天列系における逃走の格律*アストロラーベ*

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『マーテル』21 かくて地球はこともなし

 *


「あら、クライチさん、ちょっとお味噌汁が塩辛いのではないの?」


 俺の作ったシジミの味噌汁をすすりながら、アキが意地クソのわるい姑のように甲高い声を上げた。

 

「すみませんねぇ」

「これじゃあ脳卒中をおこしてしまうわ」

「早めに起こしていただけますかねぇ」


 嫌みったらしい言葉にこめかみを痙攣させながらも、温厚な俺は笑顔で答える。そんな俺たちのやり取りを、アキの隣に座っているオマタが、冷や汗を流しながら見ている。


 あれからというもの、アキはことあるごとに我が家に訪れるようになった。見た感じではオマタの恋人としてではなく友人として。来ては何かと俺に突っ掛かって取っ掛かってひっかき回して上機嫌で帰って行く。

 意味がわからない。


 そして今日は晩飯まで食いに来た。帰れと思ったが、お土産にサッポロクラシックビール(富良野ホップ)を持ってきてくれたから、歓迎することとする。

 アキはご飯を食べつつ、俺の料理を批評する。オマタはご飯を食べつつそれを聞く。俺は今までの生活のおかげで胃が小さくなっているのか、大量に物を食べることができないので、胃の内容物の大部分をビールで埋めながら反論をする。


 おまるは客人が来たときだけはアヒルらしくするきまりになっていて、わざとらしくガアガアいいながら、俺の足元でたっぷりとお皿に盛られた小松菜を食んでいる。今日は隣に住んでいるそよそよも鳥型のまま遊びに来ていたが、アキの前ではきちんと鳥らしくさえずったり、ふんこをしたり、たまにセキセイインコっぽくコンニーチハーと外人なまりの人間語をしゃべったりしている。


「クライチさん。ご飯を食べないでビールばかりなんて肝臓に悪いわ。ちゃんと食べるべきよ。だから使い古された爪楊枝みたいな体になるのよ」

「食ってるっての」


 しかもマッチ棒から退化してるじゃねぇかゴルァ。


「さっきから野菜ばかりで、お肉もお魚も食べてないじゃないの。あなた虫なの」

「畑のお肉食べてるし」

「言い訳するんじゃないわよ」

「俺、肉が食べられねぇんだよ」

「お肉が食べられない? そんな日本男児に初めて会ったわ。どうして? 宗教関係? 嫌いなだけ? お魚もだめなの?」

「人肉食ってる魚とか見てきたからなぁ。厳しいよな」

「あに、ギュ、グワッ」

「ビヨビヨビヨ」

「クロイツ!」

「ジンニク?」


 めんどくせーと思っていたら思わず真実がぽろりと零れ落ちてしまった。オマタとおまる、それにそよそよまでもがやっちまったという顔をする。

 俺もまずいとは思ったが、アキもなかなかに酔っているのか、その意味を理解できなかったようだ。理解できても信じはしないだろうけど。もしくは「それが何なのよ」って全体重をかけて殴りかかってくるんだろうな。


「昔から肉が苦手だったもんなークロイツはー」

「ダックダック」

「イイテンキダナー」

「あー、明日も天気がいいのかー」


 一人と二羽がテレビの音量に負けないくらい大きな声を上げる。お天気おねぇさんに相づちを打ちつつ、必死に話題を変えようとしているが、わざとらしいったらない。オマタは何かあったら頼ってくれとは言っていたが、こいつらは所詮この程度なんだよな。

 頼ってくれって言うのなら、アキを殴って気絶させて記憶を無くさせるくらいの覚悟を見せろ。


「ねえ、ジンニクって……」

「ただいま」


 アキの言葉をさえぎって、扉の向こうから声がした。一同が一斉に言葉を止めて顔を上げる。この声はエスタだ。約束通り屋久島土産を持って帰ってきたのだろう。しかしまったくもってナイスな間合いで入ってくるな。やっぱりこいつが一番頼りになる。


 玄関のドアが閉まる音がして、まるで散歩から戻りましたとでもいうような様子でエスタが姿を現した。散歩帰りと違うのは、お土産が入っているであろう紙袋を片手にぶら下げていることくらいだ。


「みんなおそろいで」

「お帰り、エスタ」

「イラッシャイマッセー」

「ぉぐばっうぇっぐわ~」

「無理すんなおまる。お疲れさん」

「ただいま」


 アキが目を丸くしてエスタを見ている。そりゃそうだろうな。髪の色とか目の色とか見た目派手だもんな。言い訳はちゃんと用意してあるぞ。こいつはビジュアル系バンドのタンバリン担当だ。


「その方はどちら様?」


 アキが頬を引きつらせながら声を震わせる。おや、これはどうやら見た目がどうので動揺しているわけではなさそうだ。エスタがオマタと何かしらの関係を持っていると思ったのかもしれない。「ただいま」だもんな。一緒に住んでますってことだもんな。

 

 エスタなんか女でもないし、まあ男でもないが、色恋沙汰になる一番可能性の低い人間なのに。おそらくそよそよより、いや、道端を歩いている名も知らぬ小学生よりも可能性がないぞ。

 

 エスタが首を傾げてアキを見た。


「私? 私はここに住んでいる」

「住んでいる?」

「オマタには、いつもお世話になっている」

「あ、あなたたち……」


 アキの顔がみるみると赤くなる。相当嫉妬深いなこの女。ものすごい剣幕だ。今は付き合っていもしねぇのに。

 だが弟よ、これは愛されている証拠だ。ここまで女に愛されるなんて、兄さんは激しく嬉しいぞ。羨ましくはないけどな。それにちょっとDVのにおいがするしな。お巡りさん呼んだ方がいいだろうか。


 顔を真っ青にしながら、オマタがアキの隣で震えている。お前ら本当にかつては好き合っていた仲なのか。嘘っぽい。アキの妄想じゃねぇの。


「ヒトトセ、あなた」

「お、落ち着け。これは」

「まあ間違ってねえよな。一つ屋根の下」


 立ったままで事の次第を見守っているエスタに目配せをする。久々にイタズラでもするかと。それに気がついた彼女が口の端だけを持ち上げて、ニヤリと笑う。俺が何をしたいか理解してくれたようだ。エスタは意外にノリが良い。そのうえ楽しいことが大好きだ。

 エスタがオマタに近づき、その二の腕に手を添えた。


「彼とは、とてもいい関係にある」

「え、えすた?」

「なっ」


 いきなりのことに声が上ずり、椅子から転げ落ちそうになるオマタ。血管がぶち切れそうなほどに顔が引きつっているアキ。慌てるおまる。やんやと歌うそよそよ。笑う俺。


 オマタとアキが赤くなったり青くなったりしている。シンクロ率高い。仲いいな。


「今日は久々に帰ったから……ね」

「ね、って何!」

「ご無沙汰だったから……」

「何が!?」


 すっげえ汗かいてら。

 エスタがオマタの背中にのの字を書く。どこで覚えてきた小芝居だこれ。

 そんな二人を見て、アキがわなわなと震えだした。禍々しい殺気にあてられたのか、オマタは今にも白目をむき出して失神しそうだ。


「ぃよっ! 大統領! もてる男はつらいねー」

「クロイツおまっ……」

「あんたが大将!」

「酒ノ席トハ言イナガァ~ラァ~」


 茹で上がったかにのように顔を真っ赤にしてオマタがわめく。そのうち泡吹いて倒れそうだ。その横ではアキが席を立ち、上から哀れな子羊を見下ろしている。エスタが俺を見てニヤニヤと笑う。俺もニヤリと笑い返す。


 こういうのも悪くないかもしれない。色恋沙汰なんて平和な証拠だ。少平和だからこそ、こういった個人間の平和な紛争が起こる。


 アキが腕をまくり拳を握り締めた。子羊が椅子から転げ落ち、尻もちをついた格好のまま後方へと逃げる。プロレスに移行しそうな男女二人を観戦しながら、最後の一口のビールをあおる。

 

 そよそよが俺の肩にとまり、若いね~見せつけるね~、とひそひそ声で呟いた。仲裁に入るのを諦めたおまるが、ぐわぁと悲しげに鳴く。そのおまるを抱き上げ膝に乗せて、エスタも椅子に座りテーブルを囲む。

 プロレス観戦の準備は万端だ。


「怪我だけはしないようにしろよ」

「あと、下の階の人に怒られない程度にね」

「イッテラッシャーイ」あの世に、とそよそよが小声で付け加えた。

「おまえらなあ!」

「待ちなさいヒトトセ!」


 二人仲良くケンカをはじめる。おー、やれやれ。死なない程度に。だがいちゃついているようにしか見えねぇな。

 

 いちゃつく男女から一旦目を離し、部屋の窓から外を見た。月のない、星がきれいに見える新月の夜だ。


 青黒い空に浮かぶ星々をでたらめに線で結ぶ。何かの形に見えなくもない。俺は目を瞑り、かつていた星の夜空を思い浮かべた。そこでは二つの衛星が寄り添いあい、闇夜を切り裂くように流星が流れていった。

 

 感傷に浸りながら再び目を開けると、地球の星空に弟の悲鳴がどこまでもこだましていた。




 ~アストロラーベ~   ―――終―――

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