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廻天列系における逃走の格律  作者: トトホシ
廻天列系における逃走の格律*アストロラーベ*

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『ルーラ』10 夕食時に君が来た

「けどな、あいつは地球人だ。お前より先に死ぬ」

「どうして、もっと寿命の長い星を選ばなかったんだ?」


 責める口調ではなかったが、不満げにオマタがつぶやいた。


「選んだつもりだった。地球人の寿命って八百年とか九百年じゃなかったか? 何かの本に書いていたんだけどよ」

「どうせ何かの漫画だろう?」

「活字だったぜ。すっげー分厚いの。アダムさんだかノアさんだかって人が出てきた物語だ」

「それ聖書だろ」

「世界一読まれているっていう有名な本だから信頼できると思ったんだけど」

「……」


 オマタが心を無にしたような顔でこちらを見てくる。


 なにそれその顔。哀れみの目で見られるよりも三割増しでなんかすっごく腹が立つ。鼻にフォーク刺して穴三つにするぞ。そのうえとんぶり詰めてやるからな。


「お前な」


 オマタが何かを言いかけたとき、突然玄関のチャイム音が食卓に鳴り響いた。皆が一斉に動きを止める。


 夕食の時間帯にやってくるとは一体誰だ。夜遅くと夕飯時にはなるべく人様のおうちにお邪魔しちゃいけないって親に習わなかったのか。さては押し売りか。俺は出ねぇぞ、とオマタに目でものを言う。


「わしが出てこようか」


 もしゃもしゃと咀嚼した小松菜を飲み下しながら、おまるが席を立とうとする。


「よせ。おまるがしゃべりだしたら、お客さんが卒倒する」

「アフラ~ック」

「よせ」 

「まねきねこダッ……」

「よせ。古すぎる。若い子は知らない」


 ぴしゃりと禁止を言い渡されたおまるが、グワァ~と情けない声を上げながら、しょんぼりと肩を下げる。新しく覚えた歌が古すぎる。誰かに聞いてもらいたかったのはわかるが、俺の拾った電波と同じくらい古い。全く……って、あ。俺が受信した電波で教えたからか。


「俺が出るから」


 めげずに立ち上がりかけたおまるに対して手の平を向け、オマタが座っているように促した。そして箸を置いて席を立ち、玄関へと向かった。


 なんだか嫌な予感がする。オマタが向かったドアの外から、ものすごいプレッシャーを感じる。


「誰じゃろうなぁ」

「多分……」


 がちゃり、と安っぽくドアの開く音がした。


「アキ……!」


 壁をひとつ隔てた向こうから、戸惑ったような驚いたような、なんとも形容しがたい弟の声が聞こえた。


 ああ。やっぱり。できるだけ会いたくない奴が来た。


 予感が当たったことに苛立ったが、それ以上に、言いようのない不安にかられた。 

 気を紛らわせるように残っていたビールを一気に飲み干す。喉を通過しながら気泡の荒い炭酸がはじけ、程よい痛みが膨れ上がった不安を収縮させる。無意識に難しい顔をしていたのか、俺の様子に気が付いたおまるが、心配そうな顔で俺を見上げていた。


 こんな状態なら、いない方がいいな。


 俺は食べかけの夕食をそのままにして立ち上がり、上着を羽織るとナイフと拳銃をポケットにしまいこんだ。

 そして、もうひとつ。部屋を出る前にドア近くの壁にかけておいたそれを手に取る。懐中時計よりも一回り大きい程度のアストロラーベ。鎖を首から提げると、銀製のそれが鈍い光を放って服の中に滑り落ちる。苛立った神経を沈めるように、金属の冷たい感触が心臓の近くを通り過ぎてゆく。


「兄上殿、どこへ」

「天体観測」


 慌てて駆け寄ってきたおまるの頭を安心させるように撫でて、玄関へ向かった。玄関ではドアを開けっ放しにしたまま、問題の二人が無言で見つめあい立ち尽くしていた。冷たい風が部屋の中に流れ込み、その冷たさが二人の関係を表しているかのようだった。


「邪魔者は退散でもしましょうかね」


 おどけたように背後から声をかけてみると、オマタは慌てたように後ろを振り向いた。その顔を見ない振りをして隣を通り抜ける。


「クロイツ。待てよ」


 引っ掛けるように靴を履き、立ち尽くしたままでいるアキの横を通り抜け、外に出ようとする俺をオマタの声が引き止める。女はうつむいたまま、俺と目を合わせようともしない。


 オマタの言葉を無視して外に出ると、冬が過ぎて春が来たとはいえ、北国特有のまだまだ冷たい夜の風が頬に突き刺さる。


 もう少し厚めの上着を着てくるんだった。だがここで「もうちょっと厚手のコートをと思いまして。へへ、へ」なんてへらへら笑い、背中を丸めて手揉みをしながら引き返したらものすごく格好悪いだけだろう。やめよう。男ならば、こういうシチュエーションでは哀愁漂う背中を見せ付けつつ、できるだけ格好良く去るものなのだ。

 

「おい! クロイツ」

「すぐ戻っから」


 兄の優しい気遣いに感謝しろぃ。俺は振り向かずに手だけを振って、弟の家を後にした。

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