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廻天列系における逃走の格律  作者: トトホシ
廻天列系における逃走の格律*アストロラーベ*

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『ルーラ』9 気がつけばいつだって、ひたすら言い訳してる

「今日、スーパーでお前の元カノに会ったぞ」


 二人と一羽でテーブルを囲みながらの夕食中、突然飛び出した『元カノ』という単語に驚いたのか、オマタが箸を握り締めたまま、勢いよく顔を上げた。箸の間から小松菜の炒め物がポロリと落ちる。阿呆のように口をあけたままでいるその顔が、ちょっとだけ嬉しそうだ。

 未練たらたらだな。


「アキに? なんか言ってた?」

「マザコンバカヤロ男って言ってた」

「嘘だな」

「なんでだよ」

「アキはそんな悪口言わない」


 なんかムカつく。


「アキは文句があったら面と向かって怒鳴りに来るタイプだから」


 そういうことか。


 アキの話をするオマタはなんだか楽しそうだ。本人は隠しているのかもしれないが表情に出ている。皿の上に逃げ落ちた小松菜を再びつまみあげたその口元が、どことなくニヤついている。


「確認しておくけどよ。お前ら別れたんだよな?」

「ん……、ま、そうなるな。ドッペルゲンガー事件以来、彼女には会っていない」


 オマタが寂しそうにうつむいた。未練があるっぽいその仕草。まぁ誤解からの破局だから未練があって当然か。

 だが、頭に血が上って勝手に誤解したのはあの女だ。そして、頭から血を流したのはこいつだ。

 結果、破局だ。

 ホレ。俺は何も悪くねぇ。


 別れたという話をすると、途端に哀しそうな顔をして口に食事を運ぶ弟を横目に、俺はビールを飲む。

 食事ぐらい美味しそうに食べろってんだ。鼻の穴かっぽじってよく嗅ぎやがれ。食欲をそそるようないい匂いが、部屋中にあふれているだろうが。俺が丹精込めて作ったんだぞ。俺が。


 今日のおかずは小松菜と厚揚げの炒め物。カレイの煮付け。トマトサラダ。あと、とんぶりの和え物。おみおつけは豆腐とネギ。クックパッドを見ながら、すっごく頑張った。

 塩分を取りすぎてはいけない年寄りおまるには、新鮮なサラダ小松菜と生サンマ。そして好物のトウモロコシ。無心にトウモロコシにかぶりつくおまるを見ていると、フォアグラまっしぐらなんじゃないかと思う。


 諸々の事情により、俺は原動アスガルドにいた時に魚を三枚下ろしにまでできるようになった。ここまでさせておいて「アキがいてくれれば」とかぬかしやがったら、とんぶりを頭からぶっかけるからな。


 ちなみに、とある理由で魚は下ろせるが食べられない俺は、虫みたいに草を食べてひたすらビールを飲んでおる。


「炒め物、ちょっと味が濃くなかったか?」

「いいや、ちょうどいいよ」

「そうか」

「今日は随分頑張ったみたいだけど」

「そういう気分だったんだ。お前のためじゃねぇ」


 オマタが俺の顔を見てニヤニヤ笑っている。なんかすげぇ嫌な感じだ。とんぶりを鼻の穴に詰めるぞ。


「んだよ」

「もしかして、アキと話して、この女にだけは負けたくないと思った、とか?」


 思わず口に含んでいたビールを噴出した。正面に座っていたおまるが黄金に染まる。顔からぽたぽたと滴り落ちる黄金色の滴を眺めながら、俺は動揺を隠せなかった。鈍感なくせに、どうでもいいところで勘がいいな。当たらずしも遠からず、だ。


「彼女、すごく勢いがあっただろ」


 眼球に直撃したビールに目をしぱしぱさせているおまるに謝りがら、洗い立てのタオルでその顔を拭いてやると、オマタがにやついた顔のままそう問いかけてきた。


「吹き飛ばされるかと思った」

「あの子には勝とうと思っても勝てないと思う」

「だろうな」

「彼女と何を話した?」

「お前がマザコンだからやめておけって言っておいた」


 オマタは少し困ったような顔をして、俺の顔を見つめてきた。

 

 だから、そうやって何も理解できていない子供に向けるような、哀れみの目で俺を見るなってんだ。腹立たしい。


「アキが苦手?」


 得意なタイプではないな。そうはっきり言ってしまうのもなんとなく悪い気がして、俺は無言で肩をすくめた。


「強引なところもあるけど、悪い子じゃないよ」

「知ってる」


 分かっている。

 お前が好きになって、お前を好きになった女だ。悪い奴のはずがない。いつもそうだった。お前が好きになった女はいつも強くて優しかった。そしてちょっと強引でお前はいつも尻にしかれて、俺はいつもその迫力に吹き飛ばされそうになって……おや? なんだかアキもシヲンとタイプが同じだな。


「シヲン」


 俺の心を覗いたように、オマタが茶色いカレイの煮つけを見つめながら、今はいない愛しい人の名をぼそりとつぶやいた。胸元からのぞく十字のペンダントが白く光っている。

 

 オマタの記憶はまだ戻っていない。シヲンと恋人であった頃のことも、もちろん覚えてはいないだろう。ただ、なんとなくうっすらとシヲンのことを知っているような気がする、その程度のようだ。

 ちなみにカレイを眺めて呟いたが、カレイとシヲンは似ていない。


「シヲンのことは今はいい。考えなくていいと思う」


 アキのことを考えてやればいいのだ。傷つけなくてすむ方法を。オマタが呻くように「ああ」と呟く。

 こうなったのは全ては俺のミスだ。俺がお前の送り先に地球なんて選ばなければ、誰も傷つかずうまく収まったのにな。


 思わずため息がこぼれ出た。吐き出した息が深く心を沈める。


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