『リート』7 天気がよくても人は勝手に死んでいくけれど
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最悪だ。
最悪な再会をして最悪な別れ方をしてしまった。
傷つける気はなかった、といえば嘘になるだろうか。あんなにとげとげしい言葉がマシンガンのように出てきたのだ。心のどこかで傷つけてやりたい気持ちはあったのだろう。
いいやもう俺嫌なヤツで。そうやって生きて行くわ。
そう思いながらも後悔の念が押し寄せて来て、床の上でのた打ち回る。そんな俺をおまるが奇妙なものでも見る様な眼をして眺めている。
ベランダに干された色とりどりのぱんつたちが、風にゆらゆら揺れている。何も知らない幸せそうなぱんつたちよ。お前の主のせいで俺は悩んでいるんだからな。心の内で悪態をつこうが、ぱんつたちはどこ吹く風だ。赤白黄色のなにかしら記号めいたぱんつたちを眺めているうちに、なんだか眠たくなってきた。もういいや不貞寝だ。昼だから嫌な夢は見ないだろう。なんでか分からないけどそんな気がして、仕事しないでだらだらしている姿をおまるに目撃されたまま、俺は睡魔に屈服した。
「お前、なにか忘れていないか」
「なにを?」
不機嫌なハガラズの声が聞こえて、俺はなんのことかと首を傾げた。
「お前は戦犯で捕虜で奴隷でサンドバックだということを」
「忘れるというか、それ半分事実じゃねぇだろ」
キャベツ、大根、水菜、ワサビ菜、人参をそれぞれ刻んで大皿の上で混ぜる。その上にゆでたブロッコリーと八つに切ったトマトを乗せてから、最後にシーチキンをのせる。サラダ終わり。昼から煮込んでおいた野菜スープに火を通しつつ、同時にニンニクと醤油で下味をつけ片栗粉をまぶしたもも肉を油の中に投入する。しばしするとニンニクの香ばしい香りが辺りに立ち込め、ぱちぱちと音を立てて肉たちがきつね色に染まって行く。
「それにこうやって毎日ご飯作ってやってるだろ。掃除もしてるし、一連の家事はやっとります。奴隷としての職務はこなしていますが、ご主人様はなにがご不満ですか」
「その態度だ」
「さようでございますか」
「牢に帰れ」
「やだ」
はぁ、とハガラズが小さくため息をついた。機嫌が悪化する前に俺は冷えたビールを冷蔵庫から取り出して、まだ何か言いたげにこちらを見ているハガラズに差し出した。
「ご飯もうちょっとだから、ビールでも飲んで待っててくれ」
怒っているのか諦めているのか、俺にはよくわからない顔で彼はビールを受け取った。台所に戻る途中で後ろからプルタブをあける音が聞こえた。多分、諦めているのだろう。
「エビフライまだ~?」
「まだもうちょっと待てって」
「揚げたてさくさくのやつが食べたいわー」
「すぐ出来っからな」
ハガラズの隣に座ったヘーカがソファの上で足をぱたぱたさせている。
「山菜のてんぷらはまだ~?」
台所をうろつきだしたヒーロゥが揚げたての唐揚げを口に運ぶ。
「おい、つまみぐいすんなよ」
「だって出来立て食べたいし。で? 山菜は?」
「山菜はすぐ揚がるから最後。つか、どうしてお前達のリクエストは揚げ物ばっかりなんだよ!」
「僕の誕生日だし、食べたいもの何でも作ってやるって言ったの君じゃん」
忘れたの、と小馬鹿にした顔で笑うヒーロゥを睨みつけ、それ以上何もいえなくなった俺は、ただ黙々と唐揚げを揚げるしかなかった。
「口を動かす暇があったら手を動かせ」
「動かしてるっての!」
ハガラズの言葉に思わず声をあげる。ちゃんと見ろよ! 口動かしてるだけなのはヒーロゥの方じゃねえか!
「相変わらず仲がよいわね、二人とも」
やりとりを見ていたヘーカが、優雅にころころと笑う。
「ちょっと前まで殺し合いしてたとは思えないよね」
冗談なのか本気なのか分からない言葉を吐いて、ヒーロゥもでかい口を開けて笑った。
「仲よくねぇよ。和解しただけだ」
「和解ではなく屈服または服従だ。言葉は正しく使え」
うっせぇな、と心の中でつぶやきながら、最後の肉の塊を油の中に投入すると、油が跳ねて手首の薄い皮膚に火傷を作った。あまりの熱さに小さく声をあげて腕を引くと、背後をうろついていたヒーロゥが慌てて振り返って手元をのぞき込んだ。
「だいじょぶ? 火傷しちゃった? すぐに冷やさないと」
「いい。このくらいなんともない」
「よくない。傷が残るよ」
腕を捕まれ、水道をひねり流れ出した水に強引に手を突っ込まれた。ひりひりしていた皮膚の痛みが少しだけ和らぐ。
優しくされつつ、この程度で傷だとのたまう男に少しだけ苛立ちを覚える。こいつらは、俺に二度と消えない烙印を押したくせに、まるでそれを忘れたように接してくる。許し切れてもいないし諦め切れてもいない、だが憎しみ切れない複雑な感情が俺の中でぐちゃぐちゃと混ざり合う。
「どうした、火傷か」
ソファにふんぞり返ったままでハガラズがこちらに視線をよこす。流水から手を引くと、手首には小指の先程度の大きさで赤く楕円型の火傷が出来ていた。
「火傷には馬油を塗るとよいわ。マァムが教えてくれたわ。あれはよいものよ」
ぱたぱたと軽やかな足取りでお皿を運びながらヘーカが言う。
「あ、ヘーカ。ありがとうな、手伝ってくれて」
「あら。当然よ。働かざるもの食うべからずだわっ」
可愛らしいヘーカの仕草に自然と笑顔がこぼれる。先程感じた多少の苛立ちもこの笑顔に霧散して行く。
平和だ。幸せ、と言える日々なのだろう。独裁者に虐げられる毎日だが、牢にいたときよりは数倍マシだ。
だが、時々思う。俺は幸せでいていいのだろうか。戦って死んだ銀眼人種の屍の上に、俺は笑顔で立っているのだ。仲間たちの死体を踏みつけて。
そうだ
俺は の 死体の上に立って 生きてる
「あ……」
びくりと大きく体が震えて閉じていた目が開いた。
いつの間にか眠っていたのか。今日はやたらと夢を見るな。でも、やっぱり昼間に見る夢は怖い夢じゃないようだ。わき腹にぬくもりを感じると思ったら、傍らではおまるが寝ていた。
その頭を撫でて、俺は小さくため息をついた。




