37 人生終わりの始まり
「すまん。面倒見てくれ」
別れてから小一時間後、闇夜に紛れてやつらが再び俺の前に姿を現した。俺の記憶が確かならば、こいつはさっき輝く星々を背に格好良く去っていった奴だ。
これは改竄されていない確かな記憶だ。
「何用で御座いましょうか?」
俺はチェーンを外さずに、ドアの隙間から宇宙生物の様子を伺う。
「いやー、帰ろうと思ったら星間移動機が壊れててよ。チキウは未開の星だから移動機を直せる整備工場もねぇんだろ。どうにもならねぇ」
「私達、機械全く分からなくて。時間をかけないと直せないから」
時間をかけて直せる保証は無いけど、とエスタが聞き取れないほど小さい声で呟く。
「そよも帰りの移動機呼ぶ機械とテレビのリモコン間違えて持って来ちゃった」
「チキウって文明遅れてるから、星間パスの駅もねぇんだろ。星外観光客大変だろ。どうにかしろよ」
知らん。
俺はなにも知らん。
つか、もうこいつらの話は聞きたくない。関わりとか持ちたくない。
が、宇宙生物たちはドアの隙間から、やけにご機嫌な声を発してにこにこ笑いかけてくる。もういやな予感しかしない。
帰れ。頼むから帰ってくれ。
「あと数百年頼むわ」
「失礼します」
「ちょっくらそよもお邪魔するよ」
耳を劈くような轟音を響かせて、クロイツが拳銃でチェーンを砕くように切断した。俺のアパートを音源として、田舎町に発砲音が鳴り響く。俺の鼓膜と共に夜の闇を揺るがす轟音、目の前に広がる暗闇は空の色なのか絶望の色なのか。そして、当たり前のようにどかどかと玄関に足を踏み入れてくる宇宙人たち。
お前いい加減にしろよ。家の中で拳銃ぶっ放すな。常識ってもんがあるだろ。いやその前に銃刀法違反だ。何から怒って良いのか分からない。気が遠くなりそうだ。
いや、それもそうだが今こいつ、ものすごく気になることを言ってはいなかったか。
俺は額に手を当てたままで、無断侵入を果たして居間へと向かう宇宙人たちの背中を眺めた。
確か今、数百年頼むって言っていなかったか。
「少し尋問するぞ、お前たち、何年生きるんだ?」
肩を掴んで振り向かせると、きょとんとした顔で、地球外生物が俺を見つめてきた。阿呆面しやがって。
「あれ? もしかすっと、地球人てすぐ死ぬのか?」
「百年生きれば大往生だな」
「やべぇな。地球人ってそんなに生きねぇんだ」
「誤算だね」
クロイツがさも困りましたという素振りで、アゴに手を添えた。困ったフリをしても無駄だ。こいつらは危険だ。俺はもう関係なんて持たん。早く出て行け。
「大丈夫大丈夫。お前も俺たちと一緒だから」
「どういう意味だ」
「軽く数千年は、生きるだろうなあ」
「す……」
言葉を失った。
お前たち、いつ死ぬか分からないような生物を地球に逃がしたの? 俺がもし子供を作ったら、生態系変わっちゃわない?
それは犯罪だわ。追っ手もくるわ。これはもう妖怪の仕業かもしれないぞ。
「まぁ、年老いないことをご近所さんに、悟られないようにさえすれば、全て丸く収まらぁな」と、俺の必死のカバディも虚しく、どかどかと部屋に入り込んできた妖怪不老不死が、笑ってソファにふんぞり返った。
「そういうわけで、ひとつよろしく頼むぜ。弟よ」
クロイツが項垂れる俺の肩をバンバンと景気良く叩く。どこか遠くで犬の遠吠えが聞こえ、宇宙人三人の笑い声が夜の闇にこだました。
***
結局、俺の説得を無視し、やつらはあっさりとオレに寄生した。
そよそよちゃんは以前と変わらずアパートの隣の部屋に住んでいるが、クロイツとエスタは立派な寄生虫と化して俺の家に棲み付いている。パラサイト宇宙人め。
翌日、クロイツたちが持ってきた、星間通信機器なるテレビのようなものを俺、クロイツ、そよそよちゃん、そしてエスタの四人で見ていた時のことだ。
ニュースが流れ、そこには『この顔にピンときたら』というテロップとともに、良く見知った顔が映し出された。
「う~ん、とても見たことのある顔だね」
画面に見入りながら、そよそよちゃんがうなり声をあげる。
そこに映し出されたるは灰色の目に灰色の髪をした男。俺は隣にいる男の顔と、液晶画面にくっきり映った男の顔を交互に凝視した。
『銀河系凶最悪極悪殺人脱獄犯。宇宙的犯罪者』と、ニュースキャスターらしき紺色のスーツを着た女が言った。
なぬ。
俺はクロイツの顔を見たまま固まった。
銀河系最凶最悪極悪殺人脱獄犯? 宇宙的犯罪者? どういうことだ。こいつ、一体なにをしたんだ。俺が思っていたよりも数倍危険な奴なんじゃないか。
「スゲェ俺。ウォンテッドになってら!」
クロイツが親指を立て振り向いた。白い歯がキラリと光る。
また気が遠くなった。こいつはキケンだ。本気でな。こんな奴を家に匿っている俺も同じく犯罪者ってことだよな。めまいがする。
『また、この指名手配犯に関しまして、双子の兄弟と思われる男も逃走に関与している疑いがあります』
「フェッ、ファッ!?」
液晶画面から聞こえてきた言葉に俺は二度振り返った。
『写真はありませんが、双子ですので顔はこれに似ていて……』
これ俺のことかい。あまりの衝撃に耳の焦点がぶれてニュースキャスターの声がだんだん遠くなっていく。
「なんて声出してんだよ、お前」
呑気に言いやがるこの犯罪者、本当に今の状況分かっているのか。
立ち上がろうとしたが足がもつれてふらふらとよろめき、倒れかかるように壁に手を付いた。
「偽情報を流したんじゃなかったのか。俺たちは死んでいることになっているんじゃないのか」
努めて冷静に振る舞ったつもりだったが、俺の声は怒りに震えていた。
「クロイツ、芝居が入りすぎてたから」
ふふふとエスタが笑う。
「ばれたのかもな」
「開口一番『本日は晴天なり』なんて、マイクのテストじゃあるまいし、電話口で普通言わない」
ああ。そうか。もうな、突っ込む気にもなれないな。
適当すぎる。殺意すら覚える。
分かった。分かったぞ。記憶をなくす前の俺が、こいつを殺そうとした理由が分かったぞ。
こいつもともとバカだからだ。
それ故、色々なものが積み重なって、そしてあの衝撃で箍がはずれた。そうとしか考えられない。今この瞬間ですらも、画面を見て笑っているこの男を絞め殺したい衝動に駆られるのがその証拠だ。
「俺も有名になったもんだなぁ。罪名はなんだ? 脱獄犯? なんで?」
「これ、全銀河区放送みたい」
「……」
わっはっは、と雲ひとつない青空にクロイツの盛大な笑い声がこだまする。そして笑い声とともにグゥ、と緊張感のない腹の音が響いた。
クロイツがアラヤダとお腹を押さえる。
「監獄でまともなものを食ってなかったから、やつれちゃってよ。いいもん食わせろよ」
「……宇宙人に稼ぎは期待しないけど、食事係くらいやれよ、お前」
「いいぜ、俺、こう見えて家事は得意だ!」
本当かよ、こいつの言うことはいちいち嘘くさい。
「おれ、もやしってやつを食べてみたい。野菜なのに工場で作られる不思議な食べ物」
「もやし、気になる」
クロイツの言葉にエスタが頷く。
またどこで受信した情報だよ、それは。クロイツが食べたら明らかに共食いだろ。
「おもやし、味なんてないよ~」
栄養もたいしてないよ、とそよそよちゃんが言う。
「あと、あれ、とんぶり。とんぶりってやつも気になる」
「とんぶり気になる」
「とんぶりはぷつぷつしてて上級者向けだよ~」
おまるはにぎやかなのが嬉しいのか、フォフォフォと不気味な声で一緒になって笑っている。ひばりがビヨビヨビヨと俺のアパートの屋根の上を飛び去って行く。
ケージの中では、今日も1羽のセキセイインコが、たまに卑猥な言葉を呟きつつ、ぶつぶつ独り言を喋っている。その隣のアクリルケースでは、1匹のハムスターが忙しそうに走っても走っても進まない回転器具の上を駆け回っている。
そして俺はこの先待ち受けるであろう数百年にもわたる逃亡劇を思い、人知れず涙を流したのだった。
了




