36 発音は正しく
***
「これでお別れだぜ。オマタ」
「そうだな」
「元気でオマタ」
「うん、みんなも元気で」
「もう一人で大丈夫だね」
「ああ……」
あのあと俺たちは、男たちの持っていた通信機器で、銀眼人種を殺害したとの偽情報を報告した。これで、奴らに狙われることはもうないだろう。
そして今、クロイツは俺と決別しようとしている。何の力も持たない俺の幸せのために、自分を犠牲にしてまで。
俺の記憶が完全に戻る可能性は低いのだという。しかし、それでいいのだとクロイツは言った。それが、全てうまく収まる一番良い方法なのだと。
おまるだけは今までと変わらず、俺のそばにいてくれることになった。おまるも彼らと一緒に行ってしまうのではないかと内心気が気ではなかったので、これにはかなり安心した。もうおまるは俺の生活になくてはならない存在、大切な家族となっているのだ。
そして、オプションだと言ってクロイツはモルモルとぴーちゃんまでも置いていった。こいつらはいらんというのに。
それにしても、おまる含めてこいつら全員中の人はおっさんなんだよな……。しかもモルモルとぴーちゃんにいたっては、俺のこと殺そうとしたっていう。
ケージに入ったネズミとインコを見下ろすと、彼らはつぶらな瞳で俺を見上げていた。その瞳に誤魔化されそうになる自分が怖い。
「俺たちのことも全て忘れて地球人として達者に暮らせ」
と、あまり似ていない……いや、ほんの少しだけ似ている兄は言った。
簡単に言うな。あれだけ散々暴れておいて、そう簡単に忘れられるはずがない。けれども俺は頷くしかなかった。そうするより他に答えが見つからなかった。
「じゃあなオマタ」
「さよならオマタ」
「バイバイだよオマタ」
暗闇に溶け込むように坂を下り、視界から消えて行く彼らに、俺は無言で手を振った。
爽やかに去っていった彼らだったが、最後まで「お股」という発音だったことに、憤りを感じずにはいられなかった。




