33 ツァラトストラはかく語りき
「おーい」
クロイツがこちらを振り返り、エスタに向かって手を挙げた。
「後はよろしく頼む」
「うん」
力強く頷いてエスタがその場に立ち上がった。今度はなにが始まるのかと、顔を上げた俺を見下ろして、エスタが微笑んだ。綺麗な笑顔に思わず顔が火照る。
「一瞬だからね」
「はい?」
「ほいっ」
綺麗な笑顔のまま、エスタがぱちんと指を鳴らした。
途端、地べたに横たわった男たちの死体が、ぼっと音を立てて燃え上がった。
「エッ」
予想しなかった事態に、俺は燃え盛る男たちをぽかんとした顔で見ることしかできない。
うん、これって火葬だろ。
「うっ、うおおおお!」
我に返った俺は暗黒の夜空に向かって絶叫した。
こんな所で火葬するか、普通。しないだろ、普通。死体損壊容疑だ。もっとこう、シリウス・ブラックみたいにふわっと消すとか、ロマサガみたいに分子分解するとかして、ぱっと遺体を完全消滅させるとかできないのか。宇宙人なら。
灰が残ったらどうするんだ。それを埋めるのか。それにしても明るい。明るすぎる。人が来たらどうしよう。ウフフフ。俺もう警察官として終わったがな。
そのとき、ふと気がついた。人間が燃える嫌な臭いがしないのだ。宇宙人を燃やすと無臭なのか? 鼻をひくつかせるが、夜の風のにおいしかしない。疑問に思ってエスタを見ると、私の炎が特殊なんだよと言った。
炎を物ともせず、近くで踊るおまるがひときわ大きく羽を広げた。それに併せてそよそよちゃんも大きく腕を広げる。なぜかそよそよちゃんまでもが、大きな鳥に見えた。いや、天使といった方が正しいかもしれない。
男たちを取り巻く炎が徐々に消えて、その身体が今度はオレンジ色の光りはじめた。太陽が海に沈むときの色だ。燃え尽きる炎の色。身体の内側からあふれ出すように、光が周囲に漏れ、周りの景色がオレンジ色に染まる。夜なのにそこだけ夕方みたいだ。
白いおまるの体が、燃えているように赤く光を受ける。
燃えていたはずの男たちの体が、オレンジ色の光を帯びて空気中に溶けていく。ひとつの有機体が小さな粒子に分解されて燃え上がる。体が燃えて拡散して空に還る。
「銀眼人種は魂を消す。私は魂の抜けた身体を天に返す。せめてその体が天を廻り、循環して、再び生まれてくるように」
見たことがある気がする。この光景を何度も目にしたことがある気がする。命あるものはやがて死ぬ。体は星に還りまたいつか何かを構成する。パンタ・レイ。万物は流れ去らない。万物は流転する。
シヲンが今俺の横にいる彼女を形作る分子の一部となったように、俺のこの指先も、誰かの目の一部だったかもしれないのだ。
「ツァラトストラ」
「なに」
「ツァラトストラ。ゾロアスター教。その鳥葬を思い出した」
「チョウソウ?」
「死体を鳥に啄ばませるんだ。鳥は空を飛ぶ。魂を空に還す」
男の身体が空気に拡散していくように、散り散りになったと思ったら、再び粒子が重なり合って一本の線になり、ゆるゆると螺旋を描いて廻りながら天に昇っていった。
それも次第に、視界から消えていく。
無事にもとの星にたどり着けただろうか。もし辿り着けなかったとしても、彼らの一部は雨となってこの星に降り注ぐだろう。そうなればやがていつかは、誰かの喉を潤すことになるかもしれない。そして彼らは誰かの一部となって世界を廻るのだ。
ヒィヒィフゥフゥ息をきらしておまるが戻ってきた。そよそよちゃんも頬を紅潮させて、ひとつ大きな息をついた。
「ふぅ、一汗かいたよ」
「おまた殿とも一緒に踊りたかったですなぁ」
「すごく上手だったよ、ふたりとも」
俺は頬を上気させた二人の頭を撫でてやった。




