30 箱の底にはなにも残らなかった
モルモルとぴーちゃんの死体片手に、クロイツとそよそよちゃんがしゃがみこ込み、二人ひそひそ話しながら男たちの遺体に何か怪しげなことをしようとしている間、少し離れた場所で俺はおまるを抱っこしながら、シオンとその様子を眺めていた。
「少し意地悪だね。ここまできて、何も話さないのは」
そう言って、シオンはクロイツとは違って、色々なことを話してくれた。俺が不安になるくらい色々とだ。彼女なりの優しさなのか、それとも何か考えがあるのかは俺には判断できない。彼女はいつも無表情で考えが読めない。
「クロイツ、君の魂を動かしたよね。ハムスターの中に」
「ああ、死んだ風に見せようとしたってやつな」
「あれは銀眼人種特有の能力、魂への干渉。魂を他の体に入れたり、消したり。魂を消すこと、相当疲れるみたい。クロイツがあの状態で、その力を使えるとは思わなかった」
「シオンはその銀眼人種なのか? 目が銀色だけど」
「銀眼人種は灰色の髪に灰色の目。私は違う」
早口でそう言い放つとシオンはすとんと言葉を切った。その後に何か言葉が続きそうだったので少し待ってみたが、しばらくたっても言葉を忘れたようにうつむいたまま、続きを話し出すことはなかった。
銀眼人種って特別な人種なのだろうか。それとも、宇宙には意外と多くいるのだろうか。俺はその人種の中で力を持たなかったからといって、いじめられたりはしなかっただろうか。疑問は多くあるのだが、うまく言葉に出てこない。
童謡蛍の光を心の中で歌い終わり、俺の頭上に二つ目の流れ星が流れた時、シオンが何かを決意したように顔を上げて、再び口を開いた。
「君たちの多くは普通に暮らしてた。もちろんその特殊な力を悪用するでもなく」
もともと数の少ない銀眼人種が住む場所は狭い範囲に限られており、そこは封域と呼ばれ至軸ニザヴェリルという国の一部であり、ほぼ彼らだけが住む自治領であったのだと、シオンは静かに語り始めた。
封域は隣国『原動アスガルド』と国境を接していて、至軸ニザヴェリルが実行支配しているものの、国際法上は原動アスガルドの領土であった。大昔、巨額の金でアスガルドの政治家を買収したニザヴェリルが、大戦の混乱に乗じてまんまと奪い取ったのだという話があるが、定かではない。しかし事実として、封域は自治権を持っていながら、国としては至軸ニザヴェリルの一部だった。
だが、ある日突然、原動アスガルドが封域を侵略し始めた。抵抗する者は殺された。抵抗しなくても殺された人も多々いたらしい。銀眼人種はその能力ゆえ、存在しているだけで武器を所持している戦闘員、つまり脅威とみられ、女子供だとて非戦闘員としてはとらえられなかったようだ。
原動アスガルド軍の攻撃はすさまじく、銀眼人種だけでなく、封域に住んでいる銀眼人種でない人間も抵抗すれば殺された。ニザヴェリル軍も必死に抵抗したが、銀眼人種はもともととても数の少ない人種だったこともあり、封域が奪われるには時間はそうかからなかった。
シオンは時々言葉を忘れたかのように声を止めて、十分な間をとりながら、ゆっくり静かにそう語った。
「どうして突然領土奪還だなんて。そこに住む人を殺してまで……」
人類はいつの時代もどこにいても、殺し合いをせずにはいられないのだろうか。腹の底から行き場のない怒りが込み上げてくる。足元に生えていた草を乱暴にいじってみるも、苛立ちを抑えられない。
「クロイツ達は何も悪いことしてないんだろ」
「魂を喰らう人種って言われてた。存在するだけで、他人には脅威だった。でも、だからといって」
戦争ってのが良い国と悪い国の喧嘩だなんて、そんな簡単な話ではないということは分かる。でも、言わずにはいられない。相手は兵器じゃない。ヒトだろう。俺は草をいじる手に力を込めた。ぷつりと小さい音を立ててあっけなく草がちぎれる。
「そんなに危険な力なのか」
「命を消すとは違うから。ただ、殺すということと違う。魂そのものを消してしまうと、生まれ変われない。記憶も残らない。あれは無に還すちから」
その紛争で、俺の家族や仲間の多くが死んだのだろう。見事に覚えていないけど。あの時フラッシュバックした戦場の記憶はまさに、虐殺の最中だったということか。
「あいつは教えてくれなかったことなんだけど、どうしてあいつは一緒に地球にこなかったんだ。俺は独りだけ逃げることに納得するような男だったのか」
シオンが無言で濃紺色した空を見上げた。つられて俺も見上げるが、そこには満天の星が揺らめく空しかなかった。この視線の先に、俺たちの星があるのだろうか。
「君は、銀眼人種が持つべきものを持ってこなかった。何の力も持たなかったというわけではないけれど、それでも魂への干渉はできない。だからこそ、クロイツは君をひとり、地球に送った」
はっとして、思わずシオンの横顔を見た。
夜の闇に隠れた彼女の表情は冷たく見えた。ためらいなく真実を語るその唇は冷たい機械のように体温を感じさせない。
「俺を地球人として生きさせるために? 力がなかったから、記憶を変えて全てを忘れさえすれば、それが出来ると思ったのか」
そのためには、力を持つクロイツが一緒に来てはいけない。だから、俺は独り地球に逃れ、クロイツはその星に残ったということか。確信に近い推論が口をつき、現実の残酷さに鳥肌が経つ。
「力がないなら、殺される意味もない。クロイツは、君が自分や家族のことを忘れても、平穏に生きて欲しいって言ってた。でも、同じ血が流れている以上、やつらにとって、君も銀眼人種だった。私たちの考えは甘かったみたい」




