29 箱の中には希望が詰まっている わけない
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「わりぃなそよそよ。疲れてるとこ」
「なにを水くさいこと言ってるんだよ」
驚きの顔一つせず、現れた小鳥と自然に会話をするクロイツ。やはりクロイツはこの変身系魔法少女の正体を知っているのか。
変身というよりも変体。宇宙人にはありふれたことなのだろうか。
となると、もしやおまるも変身系魔法爺さんだったりする可能性もあるのか。ふと沸いて出た残酷な可能性に俺の全身が凍りついた。
小太りだったらどうしよう。
声だけですらかなりのダメージを受けたんだ。
夢を壊さないでくれ。
よしてくれ。
頼む。
脂汗を垂らしながら目でおまるに懇願したが、おまるはことの次第を見つめているだけで、変身するそぶりをみせなかったので、俺はほっと息をついた。
「治療するよ。傷を見せて」
そよそよちゃんが救急箱を広げて、座っているクロイツの前に立った。箱の中の薬は彼女が調合したものらしいが、これも想像していた回復魔法と違う。どれもこれもただの瓶詰の薬に見える。
茶色い小瓶に入った液体。同じような茶色いガラス瓶に入ったカプセル。半透明の紙に包まれた粉薬。赤チンキっぽいもの。
その他箱の中には、普通のガーゼ、普通のピンセット、普通のテープ、普通の絆創膏などが入っていた。
見渡す限りどれもこれもが、ものすごく普通だ。魔法のステッキとかコンパクトとかないのか。
俺がそんなことを考えている間にも、そよそよちゃんの治癒魔法は滞りなく進んだ。治癒魔法というか、見ている分にはそよそよちゃんはただの看護師さんだった。薬を飲ませて、患部に薬を塗って、包帯を巻く。それでも、クロイツはすぐに見違えるほど元気になった。目には光が宿り、唇の色もプルシアンブルーから薄い朱鷺色に変わった。
どうやら本当にそよそよちゃんの薬はよく効くようだ。
「さて、早速死体処理しようか」
そよそよちゃんに礼を言って、元気になったクロイツが仁王立ちのまま力強く頷いた。
やはりするのか。俺は死後硬直の始まりかけた男の死体を見下ろした。
「死体処理って、その、まさか、証拠隠滅とか……?」
俺は恐る恐る訊ねた。
「証拠? なんの証拠だ?」
本当になんのことか分かっていないのか、目をくりくりさせてクロイツが首をかしげた。
「殺人のに決まってるだろ」
「でもこいつ地球人じゃないし。住所不定無職無名の人間だし」
「いやいやいや、そんなの関係ないし。人間は人間だし」
うろたえる俺を尻目に、クロイツ、シオン、おまる、そして幼いそよそよちゃんも交え、四人はさっさと話を進め、迅速かつ丁寧に、人目のつかない所まで男たちを運ぶという判断を下した。
もちろん俺も死体を運ぶ役目だということは決定していた。俺に不参加という選択肢はないらしい。遺体損壊幇助とかいう罪名あるかな。あったとしたらそれになるのかな。しかもがたいの良い重そうな方を俺が運ぶことになった。左手に力が入らないのでしょうがなく右肩に男を担いだ。クロイツはヒィヒィ言いながらもう一人の男を引き摺っている。道に引き摺った跡がつくだろうが。誰かに怪しまれたらどうすんだ。
あ、死体を引き摺った跡を気にする今の俺、ものすごく警察ドラマの犯人っぽかった。
しゃれにならん。
結局、クロイツが男の腕を持ち、シオンが足を持つということで落ち着いた。どうやら腕力はシオンの方が強いらしい。そよそよちゃんを頭の上に乗せ、背中にケーキの箱を載せたおまるが、にこにこしながらその後を付いてくる。なんかすごい絵面だ。
三人と二羽でそれぞれ男たちを連行しながら、山深い道を歩く。一番星が暗幕に開いたのぞき穴のように見える。俺たちがこれからしようとしていることを、あそこから誰かに覗き見られている錯覚に襲われる。
警官がとんでもないことをしてしまった、殺人犯だ殺人幇助だと青くなってわめく俺に、クロイツは「こいつらは地球人じゃないから、殺人にはならんだろ」と重そうに男の腕を持ちながら、さらりと言った。
しゃれにならん。
「ほら、宇宙船から拉致した宇宙人を解剖したとかいう番組あったろ。ネットで見たぞ。大げさに宇宙服とか着てよ。この所業に全米が泣いたとかなんとか」
「いや、泣いてない」
「でもそれってばらばら殺人事件とかにならなかっただろ。だから大丈夫だ」
でも、こいつらはどう見ても人型だ。呆れるを通り越して哀しくなった。
足を持つシオンと後ろからついてくるそよそよちゃんとおまるが、俺たちの会話を聞いておかしそうに笑っている。気楽なもんだ。
「兄上殿は変わらんのう」
「クロイツの電波受信はだいたい少しダイヤルずれてるんだよ」
「いつも適当」
フォフォフォ、アハハと田舎町の裏山に怪しい笑い声が響く。町人に見られたら即刻通報されるに違いない。
まったく、クロイツが俺の目の前に現れてから、調子が狂いっぱなしだ。怒ったり、怒ったり……怒ったり。怒ったりしかしてないな。
闇夜に隠れたフクロウがどこか遠くでホウホウと鳴いている。俺たちの末路を予言するかのような不気味な声に気が重くなった。心なしか担いでいる男の体も重みを増したような気がする。
男の体に負けないくらい重たい、鉛の様な足を引きずりながら歩み進めていくうちに、とうとう土がむき出しになった、何かを埋めて隠すには御誂え向きな場所に辿り着いてしまった。
男を肩から下ろすと、死体は重力に抵抗することもなく、地面に吸い付くようにその場に崩れ落ちた。結局のところ俺が裏山に案内する形になってしまったのだが、こいつは本当にここに死体遺棄するつもりなのだろうか。
俺は目に見えるのではないかと思うくらい、盛大なため息をついた。これから穴掘りかな。
しゃれにならん。
「あとは俺がなんとかするから。お前らはあっち行ってろ。そよそよ、頼んでいたモノは持ってきてくれたか。希望の詰まったあの箱だ」
「ぬかりはないよ」
そよそよちゃんがおまるの背中を指差した。俺はおまるの背中からすっかり冷たさのなくなってしまったケーキの箱を持ちあげて、クロイツに手渡した。
「あ、最後の最後はシオン、頼むな」
「わかった」
てっきり今から穴を掘るぞ、とか言うのかと思ったら、予想に反してクロイツが俺たちをしっしっと手で払った。そして、おもむろにケーキ箱を開け、何かを取り出したと思ったら、その手には半日前まで俺が入っていたであろう、ハムスターとセキセイインコの亡骸が握られていた。
「モルモルとぴーちゃんだよ。冷やしていたからまだとても新鮮なんだよ」
そよそよちゃんが保冷剤をかざして見せる。
何か言いたげにふたつを指差す俺を見て、クロイツがニヤリと笑った。
「大丈夫、悪いようにはならねぇよ」
信用できるか。




