28 魔法少女そよ☆そよ
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「とりあえず、この死体を処理しようか」
辺りが夕闇に包まれたころ、クロイツが世にも恐ろしいことを言い出した。勢いで「うん」と言いそうになった口を半開きにしたまま、俺は灰色の髪の宇宙人を二度見した。
「それにはアレが必要だな」
クロイツは眉間に皺を寄せて胸を押さえ、ぶつぶつ独り言を呟きながら男の死体を眺めている。
「兄上殿はまずあばらをどうにかしないことには、ろくに動けないのでは」
おまるが心配そうにクロイツを見上げた。
「そうだなぁ。あばらは……そよそよに頼むしかないか。あいつの治癒は驚くほどよく効くからな」
治癒、という言葉に俺の耳はダンボになった。
「も、もしかしてそよそよちゃん、回復魔法とか使えるの」
「回復魔法? まあ、魔法みたいなもんか」
クロイツがうむ、と唸った。同時に俺は胸の熱さに突き動かされ、無意識のうちにのけぞってガッツポーズをした。
おおお。ここにきて魔法使いの登場か! パーティには必須だろ! 勇者、戦士、僧侶、そして魔法使い!
こいつだって実はすごい能力を持っている宇宙人なのだ。そよそよちゃんが魔法使いでもおかしくはない。
やっと魔法らしい魔法にお目にかかれたりするのだろうか。さらには念願の魔法少女の登場かと、俺は期待に胸を膨らませた。
「お前も腕を怪我してるとこ、わりぃんだけど、そよそよ呼んできてくれないか」
クロイツがすまなさそうに言った。なにも悪いことはない。なんたって魔法少女のお出ましだ。
「俺は大丈夫。今すぐに行ってくるよ」
「あと、例のモノを忘れずに、と伝えてくれ」
「例のモノ?」
なんのことかと、俺は首を傾げた。
「言えばわかる」
「そうか。わかった」
腕の痛みはもちろんあるが、それよりなによりなんてったって魔法少女だ。俺は自然と軽くなる足でアパートの隣部屋までかけていった。
アパートに着くなり、早速そよそよ宅のチャイムを連打したい衝動を抑えて、深呼吸をしてから一度だけ押す。家の中から漏れてきたくぐもったチャイムの音にしばし遅れて、中から聞こえてきた明るい声に自然と胸が高鳴る。
「は~い」
「そよそよちゃん、オマタだけど」
「オマタ? どうしたの。鍵あいてるよ~。どうぞお入りくださいませだよ」
俺は期待に震える手でドアを開けて玄関に足を踏み入れた。だが、ドアの近くで聞こえていたはずのそよそよちゃんの姿が見あたらない。
「そよそよちゃーん。クロイツがそよそよちゃんの回復魔法が必要だって。あいつ怪我してさ。一緒に来てくれないかなー」
奥の部屋にでもいるのだろうか。俺は遠くにまで聞こえるように声をはりあげた。
「きこえてるよ」
「えっ」
どこか近くからそよそよちゃんの声が聞こえてくる。
「そよそよちゃん? どこ」
「ここだよ、ここ、ここ」
足下から声が聞こえてきたので視線を下にやると、玄関マットの上に一羽の小鳥がちょこんと立っていた。
「え、そ」
「そよだよ。あれ。この姿見たことなかったっけ?」
そよそよだと名乗る小鳥が首を傾げる。しかし、その姿は昼間のそよそよちゃんの面影すらなく、黄色と青と緑のいりまじった、まさにピーちゃんのような、鳥そのものだった。
「そよね、昼間ずっと人型だったから、疲れちゃって。くつろぎモードにメタモルフォーゼ。変身系魔法少女だよ。小さいけど踏まないでね~。進撃の巨人ごっことか、今はそういうのいいから」
玄関マットの上で小鳥がちょこまかと走り回っている。
俺の知ってる変身系魔法少女とちがう。俺は言葉を失ったまま口だけを金魚のように開閉させた。
こんな小さな小鳥に傷の手当てなんてできるのだろうか。いや、それ以前に人間が鳥に変身したというのか。宇宙人ってそんなことが可能なのか。なんでもありか。
「クロイツが怪我だって? その様子だとクロイツとは仲直りしたんだね。それでクロイツは軽傷? 昇天寸前?」
「えと、とりあえずアセンションはまだっぽいな」
「ふんふん」
玄関先に置いてあった救急箱と書かれた箱の中身を、そよそよちゃんが指(羽か)差し点検していく。なんだか慣れているっぽいな。意外と頼れそうな気がしてきた。
でもこの救急箱、魔法のにおいが全くしないな。
指さし点検の終わったそよそよちゃんが、小さな翼でぱたんと救急箱のふたを閉める。
「あ、あと、例のモノを持ってきてくれって、クロイツが」
「例のモノだね。わかったよ」
ばばばばば、と羽音をさせてそよそよちゃんが部屋の中へと消えていった。ぱたぱたと何かを開閉するような音が聞こえて、そよそよちゃんのうなり声が聞こえてきた。
「オマタ~、ちょっと来て~。今のそよにはちょっと重いから、持ってくれないかな」
「わかったよ」
靴を脱いで部屋に足を踏み入れる。
当たり前だが、部屋のつくりは俺のところと一緒だ。あまり女の子の部屋をじろじろみてもいけないと思いつつ、きょろきょろ部屋の中を見渡してしまう。
観葉植物が多いが、やはり鳥らしく枝にとまって寝るのだろうか。
まあ、今はそれはいい。俺は改めてそよそよちゃんが消えていった部屋の奥にあるキッチンのドアを開けた。
冷蔵庫のドアが開いたままになっている、と思ったら、その中にそよそよちゃんがいた。ケーキ箱を前にして、困ったように小首を傾げている。
「例のモノ、これ、このケーキ箱だよ。よく冷やして置いたんだけど、残念ながら鳥型そよには持てないよ」
俺はそよそよちゃんを肩に乗せて、ケーキ箱を持ち上げた。
軽い。例のモノってケーキなのか?
「これ、なに。ケーキ?」
「箱だけだよ。中は口惜しいことにケーキじゃないんだよ。さ、例のモノも持ったことだし、すぐにクロイツのところに行こうよ。早くしないとクロイツがアセンションしちゃうかもしれないよ」
そう言うやいなや、そよそよちゃんが玄関に飛んでいき、そこに置いてあった自分の10倍の大きさがあるであろう救急箱を器用にくわえて、飛び立とうと羽を広げた。
「わ、そんな大きなもの、重いでしょ。俺が持つよ」
俺は慌ててそよちゃんから箱を奪いとった。が、軽い。持っているような気がしない。
「こっちは軽いんだよ~。そよが作った魔法の箱と魔法のお薬だからね」
魔法少女だから、そう言ってそよそよちゃんが俺の手から魔法のお薬箱を取って飛び立った。
なるほど。魔法少女か。俺は大きく頷いて、例のモノを小脇にかかえ、俺の知ってる魔法少女と違う小鳥の後を追って、玄関を出た。
 




