26 欠乏
「それが本当なら、なんのためにその兄弟の記憶を改ざんしたりするんだ。なんのために俺を地球に送ったんだ。俺はそのことに納得していたのか」
矢継ぎ早に発した疑問にクロイツが俺を見つめたまま、しばし黙りこくった。大分涼しくなった風が俺たちの間を通り抜けて、日没が近いことを告げる。
俺は暮れなずむ山々を背に佇むクロイツをだまって見下ろしていた。白髪が夕日に照らされて、オレンジ色に染まっている。柑橘系の味がしそうな髪が風に揺れたのを見て、思わず目の前にたれる自分の髪に触れた。夕日を受けても色を変えない黒髪。
本当に兄弟なのか。嘘だろう。
俺は地球のお巡りさんで、お前は俺に少し似た宇宙人。そして、明日からはまたいつも通りの日常が始まるんだ。これは夢。そうでなければ、何かのどっきり企画。
そうあって欲しいと思いながら見つめ返したクロイツの顔はあまりにも真剣で、俺の悪あがきのような願いをあっさりと打ち砕いた。
「いつか滅ぶだろうことを予感していて、終わりを感じながら、それを認めたくなかったのかもなぁ」
「なんだよそれ」
「なんだろうなぁ」
遠くを見つめながら、やけに間延びした口調でクロイツが答えた。無理に明るく振舞ったかのようなその口ぶりが、俺の耳には逆にとても寂しげに響いた。
きっと重要なことは何も言わないつもりなのだろう。ここまできて隠すことなんか何もないと言ってしまうのは、何も知らないからこそ言える台詞なのだろうか。
けれど、散々俺の生活を乱しておいて、全てが終わっても話さないのはフェアじゃない。それならばこっちにも考えがある。
「勿体つけてないで言えよ」
「もったいつけてねぇし、言う気もねぇ」
「言え」
「くどい」
「言え。さもなくばお前のこと」
クロイツが訝しげに俺を見上げた。
「お兄ちゃん、って呼ぶぞ」
一同が顔を引き攣らせ無言で俺を見た。おまるがグエッ、と車に轢かれたヒキガエルの様な声で鳴く。
そこまで引くことないだろう。こいつら、意外と冗談通じないのな……。
「俺たち、顔のつくりはなんとなく似てる気がするけど、他はあまり似てないよな。性格とか、色とか」
なんとかして冷え切ったその場の温度を一℃でも上げんとして、俺は思いついたことを咄嗟に口に出した。
「ああ、似てねぇけど、俺たちは一応双子だ。お前は俺と違って銀眼人種の持つ力を持って生まれてこなかった欠乏者だけどな」
「なう……なんだそれ」
「俺たちの人種は多くが灰色の目に灰色の髪で、力を使ったときに銀色に光ったりするから、銀眼人種って言われてる。で、お前はその人種でありながら、黒髪で黒い目。欠乏者、ナウシズ。さっき俺が使った力を持たない証拠だ。たまに突然変異で出てくるんだよな、お前みたいなのが」
本気で「おにいちゃん」と呼ばれたくないのか、青い顔をしたまま震える唇で、それはもうぺらぺらと話してくれた。手を上下左右に大きく振ってのジェスチャー付だ。
本気で引いたんだな。俺も言った瞬間自分で引いたよ。だからもうそういう顔をするのやめろ。
「音も聞こえなかっただろ」
「音?」
「身体から魂を引き剥がすときの音。魂の叫び声。結構すげぇ声なんだけどな」
あの時、銀色に光っていたクロイツは、男の魂を身体から引き剥がしていたということか。それが銀眼人種とやらが持つ力なのだろう。そして、男はその力で魂を無理やり引き剥がされて、叫び声を上げていたと。シオンたちは口から出る男の叫び声と同時に、魂の叫び声も聞こえていたから耳を塞いでいたのか。
俺には聞こえなかった声。何も出来ないし聞こえない。さっきも事の成り行きをぽかんと見ていただけだ。これじゃあ、肩に雀を乗せてそこいら辺に立っている案山子と同じだ。
昔の俺も、何も出来ずにただあの惨劇を見ているしかなかったのだろうか。かすかに蘇った記憶の中の俺は、ただ現実から逃げて震えていた。何も出来ずに骸を抱えて隠れていた。
「欠乏者だからといって、劣性遺伝子と同じで劣っているという意味じゃない。ただ『魂への干渉』の力を持たないだけ。むしろ身体能力は他より高い。お前は力がない代わりに、昔から馬鹿みたいに一生懸命体を鍛えてた。相変わらず筋肉だけは良いもん持ってんのな。……変わってない。あの時と」
クロイツが俺から目を逸らして、地面に目を落としながら寂しげに笑った。
あの時って、俺の記憶があったときだろう。
昔を思って懐かしむくらいなら、どうして俺の記憶を消したんだ。俺はあの惨劇から一人逃げてきたのか。前の星で何があったんだ。何のために俺たちは殺されなきゃならないんだ。どうしてお前は一緒に来なかった。俺がお前を殺そうとしたからか。
考えても答えなんて出ない。そして、きっとこいつは話してくれない。
昨日からわけのわからないことばかり立て続けに起こっている。それを必死に理解しようとして俺の脳みそはフル回転だ。いつも使っていない頭を使ったからか頭が痛い。
この痛みを忘れたくて、撃たれて焼かれた左腕の傷跡を強く押してみた。気はまぎれたが、頭が痛いことに変わりはない。根本は何も解決していない。むしろ、忘れていた痛みまでも思い出した。
心が痛けりゃ肉を切れ。
嘘の記憶かもしれないが、記憶の中の母さんよ。あなたから教わったことは、いつもあまり役に立ってないよ。
そう思うとなぜだか少し哀しくなった。




