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廻天列系における逃走の格律  作者: トトホシ
廻天列系における逃走の格律

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25 実はいい奴なのかもしれなくなくなくなくなくない

挿絵(By みてみん)

俺は「なく」を何回入れれば否定で、何回入れれば肯定か未だに分からない

「クロイツ、大丈夫?」


 シオンが静寂を破り、壊れたロボットのように立ち尽くしたまま動かないクロイツの背中に声をかけた。それで我に返ったのか、彼はびくりと大きく体を震わせて振り返った。開いていた瞳孔も既に収縮している。俺は少し安心して、掴んでいた手を離した。


「ああ……さすがに疲れたけどな」


 クロイツが力なく笑う。その笑いは先ほど見せた冷酷さのかけらも感じさせなかった。だが、銀色の光はまだ完全に消えておらず、髪や瞳はまだわずかに輝いていた。そのせいか、まだ少しだけ人形のように見えた。


「まさか今『魂への干渉』を使えるとは思わなかった。ちからは大凡使い果たしていたものかと」

「こいつのおかげで、途中までだったから。最後まで使ったら俺死んでたかも」


 そう言ってクロイツは気まずそうに俺に向き直った。その顔は初めて会ったときよりも、明らかにやつれていた。唇はうっすらとスカイブルーに染まっているし、目の下も色素沈着を起こしたように青黒い。まるで冷気が具現化したかのようだ。


 死人だ。生きているとしても、明らかに死相が出ている。


「その」


 クロイツも目を合わせにくいのか、俯いたまま遠慮がちに口を開く。


「大丈夫かよ、撃たれたとこ」

「ああ。シオンが(無理矢理)血を止めてくれた。何とか動くし、神経や靭帯をやられてはいないみたいだから。お前こそ、大丈夫かよ。あばら折れてるだろ」

「うん、きっと無理」


 青い顔をいっそう青くしてクロイツが首を振った。意外と素直。


「でも、あばらは今まで数回折られてるけど、放っておくと自然に治るから」

「あ、へえ、そう」


 数回折られている。大丈夫かこいつ。拷問とかそういうのをされたときかな、牢獄入ってたみたいだし、ってそうだ、こいつ脱獄とか言ってたな。どういうことだ。それに俺のことも……。


「一体なにがどうなってんだ。本当のことを話せよ」


 どうせまた皆して俺を騙しているのかもしれないしな。と強がってはみたものの、心の内ではかなり不安だった。こいつの口から真実が紡がれることが。


 本当のことを話して欲しいと思いながら、本当のことを知りたくないと思っている自分がいる。フラッシュバックしたあの記憶を肯定されるのが怖い。確実に今までの日常が揺らぐ。それ以前に、俺の存在の根本が揺らぐ。自分が自分のことを知らないという事実に、底知れない恐怖を感じた。


 クロイツと目を合わせられない。記憶は曖昧なのに、やけにはっきりとあの感触だけを覚えているこの手のせいだ。


「こうなってしまった以上、隠し通せないだろうから言っちまうと……お前にしたことは、こいつらの目を欺くための、カモフラージュだ」


 足元に転がっている二人の男の体を交互に眺め、しばし考え込むような仕草をしてから、クロイツはそう言った。


「カモフラージュ?」

「殺す気なら、ハムスターにした時に、お前の体を朝一で生ゴミに捨ててたろ。乗っ取る気なら早々にやってた」


 まるで俺の考えていたことなどお見通しだとでもいうように、そう言い放つと、立っているだけでもつらいのか、彼はその場に座り込んだ。


「あいつらはお前を殺すつもりだった。だから、お前の魂をハムスターの中に入れ替えてから、頃合を見計らって体の方を路上にさらして、一時的に死んだように見せかけることで、やつらの目を欺こうとしたんだよ」


 見事に失敗したけどな、とクロイツはあからさまに俺から目を逸らして、ぶっきらぼうに言い放った。俺が逃げ出したから怒っているのだろう。でも、あの状況なら誰だって逃げ出すってもんだ。


「ま、あいつらにお前の場所がばれたのは、わざわざ地球になんて来ちまった俺のせいなんだけど」


 うなだれると丸い背中がこれ以上ないほど丸まり、小さな体がますます縮まった。


 俺を殺すって、あいつらはいったい誰なんだ。俺は殺されるようなことした覚えはないぞ。それから……。


「どうしてクローンだなんて嘘を言ったんだよ」


 あちこちから疑問が噴出す。聞きたいことがありすぎて、どこから聞けばいいのか分からない。


「本当のことは言わないつもりだったんだよ。何もかも一切。言ったら意味がなくなる。せっかく苦労してお前の記憶を消したり、書き換えたりしたんだから。それに」


 一度言葉を切り、クロイツは顔を上げて正面から俺を見据えた。そんな真面目な顔なんて似合わない。そう茶化してやりたかった。


「本当のこと言ったって信じなかっただろ」


 若干の諦めを含んだ声色で彼はそう言った。俺はそれが少し悔しくて、即座に反論した。


「そんなの、わかんないだろ」

「わかる。お前のことだから。……血を分けた、兄弟だからな」


 そう言ってクロイツは笑った。どこか儚げで柔らかい。その笑い方は、俺とは全く違う笑い方だった。


 こんなに似ていないのに、兄弟ってどういうことだよ。いきなりそんなことを言われても、なんと答えたら良いのかわからないし、本当に信じていいことなのかもわからない。今までこいつにされてきたことを考えたら、素直にはいそうですかとは言えない。


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