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廻天列系における輪廻の格律  作者: トトホシ
廻天列系における逃走の格律

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24 君の名を

 伸ばした手をそのままに、俺はクロイツに近づいた。静電気がバチバチしそうで、彼に触れるのは少し怖かったが、何故かこのままではいけない気がした。

 理由はよくわからないけどシオンが焦っていたからこの暴走っぽいものを止めた方がいいだろうし、サングラスの方もこのままではどうにかなってしまう。多分、なんとなく思うのだが、死ぬだけでは済まなくなるような。


 意を決してクロイツの腕を掴んだ。予想に反して静電気は起こらなかったし、特にはじかれもしなかった。俺はその手に少しだけ力を込めた。


「クロイツ」


 再び名前を呼ぶと、やおらクロイツが俺の方を向いた。その表情に心臓が一度強く脈打った。瞳は宝石のように美しく銀色に輝き、人形のように整った顔は心ここにあらずといった様子で、薄く笑みすら浮かべている。先ほどまでのクロイツとは違う。人間というよりは匠が作った精巧な人形のようだった。


 今までに見たどんな人間よりも綺麗だった。一度目を合わせたら逸らせなくなる程には。けれど、このままこの瞳を見つめていてはいけない気がする。それでも俺の目は動かなかった。眼の玉だけが金縛りにあったみたいに、心だけが悲鳴をあげて体が動かない。


 突如、ふっと気が遠くなって、魂がまるごとごそっと吸い取られてしまいそうになる感覚に陥った。脳味噌が危険信号を発している。


 今すぐに目を逸らせ。こいつから離れろ。危険だ。


 そう思うのだけれども、俺の目は銀色の瞳に吸いついて離れない。彼が瞬きをするのと同時に体が震えた。長い睫が銀色の瞳を一瞬遮り、その一瞬で俺は腕を掴んでいる手に力を込めて、名前を呼んだ。


「クロイツ……ッ!」


 それでもクロイツは俺の目を見たままなんの反応も示さない。


「に……」


 無意識に舌の先からこぼれ出そうになった言葉を飲み込む。

 

 兄さん。


 そう呼ぶには軽々しすぎる。俺にはその記憶も実感もない。だが、体が覚えているように、この喉が唇が声帯が舌が口が、こいつをそう呼ぶことが自然だと言っているかのように震える。


「くっそ……!」


 歯を食いしばって渾身の力を手に込める。折れそうな程に細い腕に思わず力が緩んだが、ここで手を離しては全てが終わってしまう気がした。クロイツの体だけではなく魂ごと放してしまうような。かつて、そういうことがあったような。離してはいけない手を離してしまったという後悔。もう二度とそういうことをしたくない、いや、しないのだと、記憶の奥底の俺は俺自身に誓ったのだ。


「に……クロイツっ!」

「っあ……」


 名前を呼び、もういっそ引き倒すほどの力で腕を引く。倒れこむ直前で彼の体を受け止めると、我に返ったようにクロイツの目が見開かれた。


 同時に、事切れたように叫び声が絶え、男は口から泡を吹いてその場に崩れ落ちた。ずしゃ、と砂利同士が擦れた声を上げる。身体には傷ひとつない。出血箇所も見当たらない。ただ苦しんで、そして倒れた。だがまだ生きているのか、わずかながら男はぴくぴくと痙攣していた。


 クロイツに目をやると、冷たい瞳のまま男を見下ろしていた。だが、その瞳には先ほどとは違って自我が見て取れる。そして、わずかに浮かぶ恐怖と困惑。その恐怖は自分の力に対するものだろうか。


「あっ……、いつら、騙しゃ……って、銀眼のちか……使えるじゃ……」

「あいつらって、誰だ」

 

 戸惑いの表情とは裏腹に、クロイツの声は驚くほど冷たく冷静だった。

 

「ころっ……、ころ、せ……!」


 男ががちがちと歯を鳴らしながら、とぎれとぎれに叫んだ。目はこぼれ落ちそうな程に見開かれ、激しく痙攣するその姿が恐ろしすぎて、俺はこの場から逃げ出したくなった。


「教えてくれ。依頼主は誰だ」


 わずかに震えながら、クロイツが小さな声でようやく聞き取れるかどうかの言葉を紡いだ。


「俺達を殺せと言ったやつ、誰だ。軍じゃないんだろ。じゃあ誰だってんだよ。どうせ死ぬなら、教えてくれ」

「ァ……、スガ」

「アスガルドの?」


 タイヤから空気の抜けるような音が男の喉元から聞こえてきた。徐々に小さくなる胸の隆起が、男の死期の近さを知らせる。


「こ、ろ……は……やっ、……く」

「……わかった」


 ぱん、と男の側頭がはじけ飛んだ。触れている手のひらから振動が伝わってきて、クロイツが銃を放ったのだと知った。ぷつりと痙攣がおさまり、動かなくなった男を呆然と見下ろす。


 俺は腕を掴んだままで動けないでいた。クロイツも同じのようで、立ち尽くしたまま苦しそうに肩で息をしている。より一層青白くなったその顔には、玉のような汗までも浮かんでいる。


 シオンがそろそろと顔を上げた。おまるも怯えるように彼女の腕から顔を出した。あの男以外、みんな無事みたいだ。


 鼓膜の内側で耳鳴りがする。キーン、と金属を打ち付けたような冷たく硬質な響き。


 空はいつの間にか薄紫色に染まり、雲が橙色の染みを作っていた。誰も何も言わない。鳥も鳴かない。風も吹かない。先ほどまでの騒がしさが嘘のように、辺りを静寂が包み込んだ。あまりの静けさに気が狂いそうだ。


 橙色の陽の光を受けたクロイツの首が、やけに細く目に映った。思わず彼の腕を掴んでいた手に力がこもる。


 お前はいったい何をしたんだ? 俺は誰なんだ?


 鳥が一羽甲高い声で鳴きながら、風切り羽で空を裂くように飛び去った。その残響が悲鳴に聞こえて、俺は思わず身震いをした。

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