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廻天列系における輪廻の格律  作者: トトホシ
廻天列系における逃走の格律

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20 死と恐怖の螺旋

 その証拠に、左腕の肩の付け根が焼けつくように熱い。これは痛いと言うレベルを超えている。


 撃たれたところを源として、全身に熱が伝わってきた。嫌な汗が噴出してくる。激痛に耐えながら顔を上げると、俺の下でクロイツが真っ青な顔をしてこちらを見ていた。


 何だその顔。

 足が折れて畑の脇に投げ捨てられた、哀れな案山子みたいだ。


「何だ、青い顔して。お前も撃たれたのかよ。これじゃあ庇った意味がないな」


 格好悪いなと思いながら、痛みに震える体を無理やり起こし、笑える自信はなかったが自嘲気味に笑ってみた。でも、やっぱり笑えてなかったと思う。なぜだか、クロイツの表情がみるみると怒りに満ちる。


「ばかやろう! 俺は撃たれてねぇ! 撃たれたのはお前だこのばかやろう!」


 紛らわしいな。だったら自分が撃たれました、みたいな顔をするなよ。右手で撃たれた箇所を押さえてみるも、肩の付け根からぬるぬると血があふれ出していくのが分かる。とめどなく流れてくる生暖かい血が、左腕を伝わって落下し、何の罪もない灰色の小石たちを赤く汚して、土に吸い込まれてゆく。空から振ってきた赤い災害に溺れた蟻たちが、手足をばたつかせて四方に散っていく。


 ここって太い血管が走っていた気がする。やばいなぁ。血が止まらない。だんだんと目がちかちかしてきた。脳みその焦点が遠くなる。


「ははは。これがあの恐れられた銀眼人種の最期か。惨めだな」


 男の声がただの音の信号となって耳に届いた。かなりの大声だったその音すら、耳の奥でハウリングしていて、なんと言っているのか分からない。俺の全神経は破れた血管に集中していて、他の器官にまわす余裕がないようだ。


 しかし、男の声を聞いたクロイツの雰囲気が、明らかに変化したのが分かった。男が拳銃を構えなおし、再びクロイツに標準をあわせる。回転の悪くなった頭で懸命に眼球に命令を送りクロイツに目をやると、その瞳は死人のように瞳孔が開いていた。


 そして、その開いた瞳孔のまま俺を押し退けてゆらりと立ち上がり、無言で相手に視線を合わせた。


 俺の勘違いだったかもしれないが、そんなクロイツを見た男が、怯えたような顔をした気がした。


 シオンが慌てて駆け寄ってきた。その後ろをおまるがついてくる。彼女は俺の傍らにしゃがみこみ、撃たれた方の腕をとった。おまるも心配そうな表情で俺を見ている。今にも泣き出しそうなおまるの頭に手を載せると、温かくふわりとした感触が手の平に伝わってきた。


 そんな顔すんなって、お前を残して死んだりはしないから。俺は安心させるように笑って見せたが、さきほどに同じく、やっぱり笑えていなかったと思う。笑った瞬間に筋肉が引きつり、「ニタリ」という効果音が脳裏に響き、それを見たおまるがぐわっとひと鳴きした。山中でアヒル大好物な腹ペコ熊に山で出くわしたような顔だ。


「血が止まらない」


 困ったように呟いたシオンの表情は、相変わらず無表情だった。でも今は逆に安心する。ここで彼女にまで慌てられたら、本当に死んでしまいそうだ。


「舐めておけば治るってレベルじゃないか?」 


 必死に絞り出した声は、自分でも驚くくらい掠れていた。


「舐めておけば腐るってレベル」

「俺、死ぬのかな」


 死ぬ、という実感はなかったし、たかだか失血くらいで、自分が死ぬとも思わない。しかし、この場の緊迫した雰囲気を和ませようと、冗談半分で何気にそう言った瞬間、自分の意思とは関係なしに、何かの映像が記憶の小島に浮き上がってきた。


 死、死体、赤、血潮の赤、叫び、断末魔の叫び、終わり、世界の終わり。


「死ぬ……?」


 そして、その映像に呼び起こされたかのように、突如としてある感情が湧き上がってきた。


 恐怖だ。


 それは圧倒的な量と速さをもって膨れ上がり、俺の精神を支配しようとしていた。津波のように押し寄せてくるその恐怖を振りほどこうと、反射的に光を求めて天を仰いだ。


 強すぎる太陽の光が無数の針のように、目に突き刺さり食い込む。それはやがて束となり、ずしりと質量を持って脳を圧迫した。

 瞬間的に世界が真っ白になり、思わず右手で目を覆う。手を汚していた血液が今度はべっとりと顔を汚した。焦点が遠くなり、上体がふらついた。


「オマタ、起き上がってはダメ」


 シオンが慌てたような声を出して、俺を寝かせようと肩を掴んだ。


 視界がぼやける。目がかすむ。手と世界との境界が曖昧だ。顔に触れている手ですら、腐った果実の塊に見える。


 急に世界が暗黒に思えた。大地震でもおきたかのように体が震え、その身を支えていられなくなる。震える体を叱咤するように、血に汚れた手に力を込め、硬く尖った小石を鷲掴みにした。ガリガリと冷たい音を立てて、鋭利な小石の端が肉に食い込む。


 死ぬ。俺、もしかして死ぬ? 今? 今ここで、いきなり、続くと思っていた日常がここで途切れるのか。


 そしてさらにその感情が呼び水となり、俺の千切れた記憶の末端から、次々と映像を引きずり出してきた。


 恐怖が記憶を呼び起こして、記憶が恐怖を呼び起こす。俺は恐怖に支配された螺旋の上で、ぐるぐる回り続けた。


 ぐるぐると。


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