19 わりと死にそうな感じにやや痛い
それにしても、そもそもこいつらは、なにをいがみ合っているのだろう。それに俺だって、どうして殺されそうになったり、ハムスターにされなきゃならないのだ?
俺は殺されなきゃならないほど悪いことをした覚えはないし、ハムスターになった方がいいほどヒマワリの種を食べた覚えもないし、インコになった方がいいほどおしゃべり好きでもない。
「こんな辺境の星まで逃げるとは思わなかったな。そいつがいたからか」
背中をこちらに向けたクロイツの肩がかすかに揺れた。表情は見えないが、何かに動揺しているのだと分かる。
「後ろの奴は何が何だか分からないといった顔をしていが、まさか記憶を書きか……」
「あー!」
突然クロイツが男の言葉を遮り、大きな声を上げた。
うおっ! びびった。
サングラスも驚いたようで、口を開けたまま絶句している。
「どした。狂ったか」
「いや、発声練習」
「はぁ?」
「お前あっち行ってろ」
クロイツが俺を追い払うように手で空を払った。サングラスがゴホンと咳をする。
「それにしても、本当にナウシズのきょ……」
「あーあー!」
「……ごほん、しかし、まさかこんなところに逃がし……」
「あーあー、まー、あー、うん」
「しゃべらせろ!」
「いやだ」
「クロイツ。これ以上、隠し切れないよ」
小さく息を漏らして、シオンが俯き首を振った。腕の中のおまるもぐわぁと声を上げて、どこか残念そうにうなだれている。
「やはり仲間がいたか。脱獄はお前の手助けによるものだな」
シオンが目を細めてサングラスを見据えた。その銀色の目には怒りらしき感情が感じ取って見える。
俺には理解できないことばかりを喋っているが、この男、今脱獄がどうのとか言っていたな。つまり……そういうことなのか。俺は服の上からでも薄いと分かるクロイツの背中を見つめた。
「あーあーあー。あー……無理か……ちくしょう。テメェ。俺の努力を無駄にしやがって、覚悟は出来てんだろうなゴルァ」
巻き舌で相手をまくし立てるクロイツの剣幕は、凄まじいものだった。反射的に後ずさりをすると、足下の砂利がざりっと音を立てた。
脱獄犯、それを追うサングラスの男、という構図なのか。にしてはサングラスは警官のようには見えないし、仲間の死に対しても酷く冷たい。うーん、よくわからない。
「お前が地球にこなければ、そいつは私たちには見つからなかったかもしれないぞ。危険を冒してまで、姿を確認したかったのか?」
「テメェには関係ねぇ」
「関係はある。私はお前の捕獲……場合によっては抹殺を任されている。ナウシズの存在は不確定ではあったが、この様子だとどうやら確かなようだ。そうすると、私の作戦対象はお前だけではなく」
サングラスが言葉を切って俺を見た。なぜだか心臓が強く高鳴った。
「お前の弟、オマタ・フィト・トゥシエもそうなるな」
なに? 何だって? 今、なんて言った?
ごくり、とクロイツが喉を鳴らした。振り向きシオンを見ると、彼女は無言で俺から目をそらした。誰も否定しない。
オマタ・フィト・トゥシエって、多分、俺だよな。オマタフィトトゥシエ。オマタヒトトーセ。オマタヒトトセ。俺しかいないわな。
弟ってなんだよ。みんなで俺をはめてるんだろ? なぁ。
そう思って懇願するようにクロイツを見たのだが、彼は唇を震わせ青ざめたままで俺の顔を凝視するばかりだった。
「図星のようだな」
なにを言ってんだよ。違うよ? 梅干じゃないよ? おとうと? 俺が? 誰の? クロイツの? はぁ? なんで? 何でそうなる? 違うよ違う。似ているのはクローンのせいだよ。記憶は適当に受信した違法電波でインプラントされたんだし。弟だっていう記憶なんてないし、昔の記憶がないし、幼稚園とか小学校とか行った記憶ないし、あと、母さん。そうそう、いやいやあったあった母さんの記憶。あれでも、その記憶すらとっても曖昧。あーでもクローンよりクロイツの弟だって方がマシかな、クローンというには似てないけど、兄弟だったら納得のいく範囲だな。いや、アイツ、人の魂をハムスターに入れることの出来る宇宙人だし。俺、そんなこと出来ないフツーの地球人だし。そうだ、俺の体冷蔵庫に入れられてたんだぞ。一回死んでたんだ。本当に弟ってなら、そういうことしないだろ。そうそう、俺ただの田舎のお巡りさんだし。だし。だし。あと、なんだ。いや、なんだ。アキに平手打ちされた。それは二週間前か。えっと、でもアキがどっかいった。クロイツのせいだ。そうだうん。塩も弁償してもらってない。うん? 女は無理だけど塩は弁償できるって言ったもんなクリスタルソルトの四角形が目に浮かぶって俺今なに考えてんだろ。相当混乱しているな。って分かっているということは、それほど混乱してないのかな、でも回ってる。俺を地軸に地球がぐるぐる回ってる。星の自転星の公転星の運行。ニューロンを走る電流が錯綜している。思考回路はショート寸前だ。いや、ショートしてる。ヒューズ切れてる。交換しなきゃセフィラとパスが切断される。クリポトに落ちる。
左側の脳味噌で思い出しかけた記憶がおでこの内側にあたって砕けてなくなった。忘れたのか最初から知らないのかわからないのかがよくわからない。
つか、オマタって本名だったのかよ。そこ一番の疑問だなおい。
頭をかきむしって考えるが、思考が樹状突起のように四方八方に分散していく。答えがまとまらない。ふらふらとその場に崩れ落ちた俺の肩を掴んで、シオンが俺の名前を呼ぶ。足元ではおまるがズボンの裾をくわえて引っ張っている。
目の焦点も耳の焦点も合わない。シオンが分身の術をしているように見える。どこか遠くで耳鳴りがして、ヒキガエルがこの上なく汚い声でぐわぐわ鳴いている声しか聞こえない。
あ、いや、これはおまるの声だ。
「力を持たなくても、そいつが銀眼人種であることには変わりはない」
俺には理解できないことを言い終えたかと思うや否や、男は薄ら笑いを浮かべたまま、地面を蹴り、素手でクロイツに飛び掛ってきた。
クロイツは避けようともせず、後ろで動けずにいる俺たちを庇うようにその場で銃を撃ち放った。男はそれに怯むことなくクロイツに殴りかかる。それを寸でで交わして、クロイツは男の腹を蹴り飛ばした。
蹴りは確かに入ったように見えたが、全く効いていないらしく、男は薄ら笑いを浮かべてクロイツの腹に拳を食い込ませた。
クロイツは溺れたアメンボのような声を上げながら倒れ込みそうになったが、足場の悪い砂利の上で必死に体制を立て直し、かろうじて片手で標準を定め、男の眉間めがけて拳銃を放った。
だが、男は人間離れした速さでその銃弾をかわすと、余裕の笑顔で後方に飛び去り距離をとった。クロイツは片膝を地面につけ、腹を押さえながら激しく咳き込んでいる。
なんとまぁ弱すぎる。
確実に入った蹴りが効かず、反撃のパンチにむせる姿を見て、その弱さに俺は「おぉ」と嘆いて、顔を覆い天を仰いだ。
激高したチワワの方が、もう少しまともな戦い方が出来るのではなかろうか。
俺の肩に手を乗せて、クロイツの戦いを見ていたシオンが、ああと小さく息を漏らした。
「あの人にまともな物理攻撃ができるわけがない」
確かに、あの白髪ねぎのような体と、風にそよぐペンペン草のような身のこなしでは、肉弾戦は向いていないだろう。口だけなら強そうなんだけどな。
ふいに肩が軽くなったと思ったら、シオンが俺の両肩から手を放して、おもむろに立ち上がった。
「私が」
「え?」
次は私が相手になる、ということなのだろうか。
冗談はよせ。シオンはどう見ても戦えるような人間じゃない。ロールプレイングのキャラクターでいったら、重要なヒントをくれるだけで、決して仲間にはなってはくれない非戦闘キャラクターだ。もしくは突然現れてセーブだけしてくれる不思議キャラ。
そして彼女の足下で首を伸ばしているおまるは、可愛いマスコットだ。重要キャラが死んでもマスコットが死ぬことはまずない。そんな感じのマスコットだ。俺のリアルゆるキャラ可愛いアヒルのおまる。
いや、おまるのことは今はいい。
俺は今にも駆け出そうとするシオンの腕を引いて首を振った。女の子に戦わせて、自分だけぶるぶると震えているなんてことできるか。
「シオンはおまると一緒に下がっていてくれ」
「でも」
「いいから」
この状況は全く理解できていないが、一人で狼狽えている場合ではないということだけは分かる。
強引に背中を押して彼女を下がらせると、俺は脂汗を流しながら腹を抱えて痛みをこらえているクロイツに駆け寄った。
「大丈夫か」
「大丈夫、じゃねぇわいだだだだ触んないだだだだだだ」
そっと腹部に触れてみただけで、クロイツは異常な痛みを示した。あばらが数本折れているようだ。強靱な俺の肉体であればあれしきの攻撃、まんまと跳ね返して見せたのに。
こうなったら、次は俺が相手になってやると胸を張って勇み叫ぼうと思った矢先、男が懐から片手にすっぽりと納まるくらいの、真黒で鈍く光る拳銃を俺に向けた。
いやあ、これはこれは。そうだよな。テッポウ使うよな。勝てないよな。どう考えても。
再びこうやって銃口を向けられてみると、やはり怖い。というか震える。
逃げたくて逃げたくて震え過ぎ。怖くて怖くて瞳閉じ過ぎ。明日に向かって逃げるために翼広げた過ぎ。俺弱過ぎ。
男はもったいつけるようにその腕を持ち上げると、どこまでも続く暗闇を思わせる銃口をクロイツに向けた。
「まずはやっかいな兄からだな」
カチリ、とやけに安っぽい音を立ててロックが外れた。
いやいやいや、ちょっっっっっと、待てって。男なら男らしく拳と拳、筋肉と筋肉で勝負しようぜ。
静止の言葉を上げようとするも、男は聞く耳も持たないといった顔で、あっさりとその引き金を引いた。
俺は大脳から命令を受け取るよりも早く、傍らにいるクロイツを抱え込んで、そのまま倒れこむように横に飛びのいた。考えるよりも先に体が動くってこういうことか。
俺が動くのと、ぱんぱんと数回、乾いた音が鼓膜を揺らしたのはどちらが先だったろう。
空気の破裂するような音が幾重にも重なって、蒼穹にこだましている。クロイツの拳銃は耳が痛くなるくらい大きな音がしたが、たった今発砲された拳銃は、それに比べてとても軽い音がした。
型が違うのかとか、この音なら命中しても死なないかなとか、足や腕に当たっても肉片がはじけ飛ぶ程にはならないかななどと、冷静に判断してみるが、これはあれだ。
うん。
命中した。




